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2018年9月 1日 (土)

人間・髙山辰雄展~森羅万象への道(1)

 今年の5月6日(日)世田谷美術館で見てきた「人間・髙山辰雄展~森羅万象への道」の感想です。
Takayamapos  5月の連休の最終日。この連休に出かけることは珍しい。考えてみれば、前に出かけたのは、同じ世田谷美術館の展覧会を見に行ったときだった。それだけ、世田谷美術館は、私にとっては行きにくいところだ。交通の便の関係でしかたがないのだけれど、用賀の駅から環状線の大通りを歩いて行くのも、あまり好きではないこともある。美術館じたいは、係員は親切だし、雰囲気も静かで落ち着いているので、一度中に入ってしまえばいいのだけれど。
 さて、高山辰雄という画家の作品は5年以上前に山種美術館の「生誕100年 髙山辰雄・奥田元栄」で一度見たことがある。そのときの感想は別に書いたけれど、作品が見る者にどのような効果を及ぼすかということに意識的な画家という印象だった。しかし、この展覧会では、そういう私の印象とは異なる画家のイメージを基に構成されていたようだった。引用する主催者のあいさつに、それがよく表われている。
 “日本画家・高山辰雄(1912~2007)は大分県大分市に生まれ、1951(昭和26)年より終生、世田谷の地を捜索の拠点としました。自然と人間のつながりや生命の尊厳について思考し、その深い精神性を湛えた絵画表現は、没後10年を経た今日もなお、高く評価されています。1931(昭和6)年、東京美術学校(現・東京藝術大学)に入学した高山辰雄は、在学中の1934(昭和9)年、第15回帝展に初入選し、若き才能を開花させます。松岡映丘に師事し、同門の先輩・山本丘人らとともに研鑽を積みました。戦後間もない頃にゴーギャンの伝記に感銘を受け、1950年代に鮮やかな色面で構成した人物表現に挑みます。その後は、次第に点描による静謐で幻想的な画風へと展開し、宇宙までをも視野に入れた壮大なスケールで、生と死や、人間の存在の神秘を問い、現代社会に生きる人間を描く独自の画境を切り拓きました。1982(昭和57)年に文化Takayamakoujin 勲章、戦後の日本画壇の最高峰として、杉山寧、東山魁夷とともに「日展三山」と称されました。高山辰雄の作品には、自然風景であっても、身近な草花や生き物であっても、自身の内面で構成し続けた繊細であたたかみのある心情がいきわたっているように感じられます、高山辰雄は人間を見つめ、描き続けることを通して、森羅万象の不思議へと思いをめぐらせ、生命の厳かな輝きを求めて制作を重ねたのです。皆様には、この機に人間の本質を摑もうとした人間・高山辰雄の芸術世界に深く触れていただきたいと願っております。”
 受付から長い廊下をとおって広間に最初の作品が展示されています。広間であるために、大作や展覧会の目玉となるような作品が展示されていることが多い場所です。「行人」という作品です。2.3m×1.5mという比較的大きな作品で楽想されているので、果たして日本画なのかと疑わしくなるようなとろがありますが、縦長の構図で、人物を右側に縦の一直線のように配置して、画面左側ははるか遠方の背景をのぞませる。かなり、意図的に計算された画面構成であることが、素人の私にもわかります。この右側の人物は同じ顔をしていますが、髪型や下方の座っている人物は赤い服をきていることから女性で、立っている人物は男性と見えます。その一対の人物が縦の一本の直線に重なる。その縦の線は、例えばゴーギャンの「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」で画Takayamakoujin2 面中央で立って天を向いている人物を思わせます。一方、画面左側の景色は右側の人物とは別の空間であるのか、象徴的な幻想風景なのか、少なくとも空間の連続性はありません。しかし、上の湖のようなところから屈曲して下に川となって水が流れ下ってくるという縦の構図になっています。こういう構図の風景は人生をシンボライズするような受け取り方をし易い構図です。例えば、有名な「モナ=リザ」の背景の幻想的な風景に、それとよく似たものがあります。そういうものを、美術に関しては素人の私にも容易に読解できたような気になってしまう、そういう分かり易さ。それが、この作品にはあると思います。Takayamakoujin3 そこから、見ている者はものがたりの想像に誘われる。それは、人生の生々流転であったり、ゴーギャンの作品タイトルの「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」といったことであったり、そのようなものです。それが、主催者あいさつの中でも語られている“静謐で幻想的な画風へと展開し、宇宙までをも視野に入れた壮大なスケールで、生と死や、人間の存在の神秘を問い、現代社会に生きる人間を描く”といった言説と親和的なものがたりを見る者に納得させるものになっていると思います。それが、この画家の作品の魅力となっているのではないか思います。以前、私が高山という画家の特徴は、そういう効果を生み出すところと述べたことがあります。むしろ、私には、この人の作品は、そういう効果を見る者に与えるように結果的にはなってしまう絵画の形をつくろうとしているところにあるのではないかと思うのです。何かややこしい言い方をしていますが、“静謐で幻想的な画風へと展開し、宇宙までをも視野に入れた壮大なスケールで、生と死や、人間の存在の神秘を問い、現代社会に生きる人間を描く”と評されているのは、作品の意図とか目的でなく、結果としてそう見える、いわばオマケで、これらの作品は、その形だけを追い求めていたのではないか、と思える。そのために、この人は、かなり他の人の作品の引用なんぞを臆面もなく繰り返している、そんな感じがします。例えば、「行人」の屈曲する川の同じパターンは、同じTakayamamorning 広間に展示されていた「朝」という大作に全く同じS字カーブで描かれていますが、こちらの作品では、まるで尾形光琳の「紅白梅図屏風」の真ん中を流れる川のように見えます。そんな見方で、これから展示されていた作品を追いかけて行きたいと思います。

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