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2018年10月16日 (火)

戦後美術の現在形 池田龍雄展─楕円幻想(2)~第0章 終わらない戦後

Iketatsupicaso  練馬区立美術館は玄関を入るとすぐ受付とロビーがあって、そこで入場料を払います。展示室は1階と2階に分かれていて、それがつながっていない。分かり難い書き方になりましたが、展示室がつながっていないんです。鑑賞者は、まず1階の展示室を見て、それからいったん展示室を出て、玄関ロビーにもどって、ロビーにある階段を上って2階に行きます。だから、そこで見ていて、いったん途切れるんです。連続していない。それだからでしょう、美術館の展示の仕方も、そういう建物の構造を意識して、1階と2階とで、話題を転換させるようにしたり、ちょうど画家の画風の転換期を挟んで、2階にいったらまったく雰囲気の違う作品が並ぶという劇的な展開を演出してみせたり、という工夫をしたり、この美術館では階段を上る楽しみがあるところなのですが。今回の展示では、回顧展で画家の年代順に作品を展示していくというパターンの前に第0章というのを置いて、それを1階の展示室においていました。それが最初のところで、かなり強いインパクトがありました。池田の作品の中でも直接的なメッセージ性の強い作品が集中して展示されていました。ここに、今回の展覧会の強い主張が見られていて、とても興味深くおもいました。展覧会のサブタイトルに“戦後”という言葉を用いていることや、主催者あいさつの中で“1928年に佐賀県伊万里市に生まれた池田龍雄は、特攻Iketatsu1945 隊員として訓練中に敗戦を迎えます。占領期に故郷の師範学校に編入しますが、軍国主義者の烙印をおされ追放にあいました。戦中から戦後の大きな価値の転回に立ち会い、国家権力に振り回され続けたこの体験が、池田の原点を形作りました。”と述べられていることが、この最初の展示にところで形になってストレートに見る者に提示されていると思いました。このような旗幟を鮮明にするのって、公共の施設では難しいことなのだろうけれど、よくぞやったという感じです。それだけ。展示されている池田の作品の迫力が強い印象を見る者に及ぼすものであったこともたしかです。これだけメッセージの強い作品を集めると、相互に緊張を高める効果が生まれて、かなりテンションの高い空間になっていました。
 「僕らを傷つけたもの 1945年の記憶」という作品です。1.3×1.6mという比較的大きな画面と鮮やかな色彩で、印象の強い作品です。瓦礫が積み重なる荒廃した土地の上で、大きな手で頭を隠し、身をよじるように逃げ惑う人、半身が焼かれ奇妙なほど関節を折り曲げられ横たわる人、竹槍で立ち向かい飛びゆくアメリカの戦闘機を睨みつける人の姿。それらはデフォルメされ、その姿は無残や悲惨さを引き伸ばされ、それが画面に詰め込まれたような作品です。そのデフォルメされた形の奇妙さと配置をリアリズムではない意図的な構成が目立つところなど、有名なピカソの「ゲルニカ」を、私は連想していました。あIketatsucharry まり、画家の伝記的エピソードをもとに作品を見るということはしないのですが、池田は幼いことから絵を描いていて、もともと画家を目指していた人ではなく、敗戦後の窮乏の時代の佐賀という田舎で美術に触れる機会もなく、その勉強もしていなかったというなかで、画家になるということを考えたのは年齢を経てからだったようです。本人もインタビューに答えて、“僕は絵描きなろうと思って、絵とは何かということを考えることから始めたんですよ。それで、結局は理論から入ろうと思って、芸術論みたいなものを盛んに読んだんですけど、ヨーロッパでは20世紀の初めから抽象絵画が始まっているということを知ったんです。それで多摩美に入るんですけど、教育内容がね、明治時代とちっとも変わらないんじゃないか。古いわけですよ。だから身を入れて勉強する気にならん。第一、石膏デッサンなんて何のためにやるのかわからなかったんですよ。入ってまともに石膏デッサンをやったのは2枚くらいかな。”と言っています。池田の発言の内容から窺われるのは、描くという行為自体を無邪気に好んでいるという人ではないということで、だから絵を勉強するという対象化して考えている。しかも意味のある勉強、つまり効率的にやろうとしている。効率を優先するというのは手段だからこそ、そういう発想が生まれてくるわけです。だから、池田の場合は絵を描くということと、画家自身の間に屈折が介在しているといえると思います。それが端的に表われているのが、この第0章に展示されている作品です。この「僕らを傷つけたもの 1945年の記憶」では、だからスタイルにこだわるとかいうことはなくて、ピカソ風に描くのが効率的という、そんな感じがします。ただし、池田の興味深いところは、その手段である描くということが、だんだんと手段であることを越えていってしまうところにあると思います。それが、この展覧会をみていると、終わり近くで、手段が超えてしまった作品の攻勢に圧倒されてしまうのですが、それは感動的としか言うほかのないものでした。おっと、先回りしすぎました。
Iketatsuningen  「散りそこねた桜の碑」という作品は、一部にコラージュもあるパネルで、髑髏を描いた下に菊の紋章を貼り付け、自身が特攻隊にいたときに書かされた辞世を並べるといった、メッセージあるいは作者の強い思いが、どんどんと先に出てきて、見る者に迫ってくるところがあります。ただ、私のような作品に距離をおいて眺める人にとっては、作者は見る人を置いてきぼりにして、わが道を勝手に言ってしまっている感も否定できない。これを制作していて、楽しかったのか分からない。そういうところも否定できない作品だろうと思います。この展覧会が「楕円幻想」というサブタイトルを冠していますが、池田という人は、絵を描くということについて、それ以外のことに中心がある。それゆえに、絵を描くととうことと、描く以外のことという二つの中心を持っているから楕円になる。その絵を描く以外のことが端的に表われているのが、この作品です。
 「にんげん」という作品もそういうところがあります。交叉したはためく2本の旗は男の身体を覆いつくし、まるで身体の一部のようになっています。旗は菊の紋章の天皇の旗であり、もう一つは日章旗です。あきらかに、この男は天皇であることを暗示しています。丸眼鏡で帽子を取って挨拶する姿は昭和天皇であることをさらに連想させます。この作品もそうですが、このコーナーに展示されている作品には、ストレートなメッセージが重く、やるせなさにとらわれるのです。しかし、この作品では、画面に引かれた無数の線が、メッセージ性からすれば果たして必要なものなのか、仮に必要なものであったとしても、これほど無数に引くほどのものなのか。そう思えるところがあります。しかし、その線が、画面のメッセージ性とは別に力が抜けていて、それぞれの細い線が一気にすうっと伸びています。余計な力が入らないから自然な線で、太さや強弱に無理がなく、こIketatsustreet れは線を引くということが、とても気持ちがいいだろうなと思わせる爽快さがある線です。それが、画面が重苦しく沈んでしまうことを防いで、ちょっとした動きを感じさせるような働きをしている。この線のノーマルさが、池田を描くということに繋ぎとめている、そんなように見えました。
 「大通り」という作品。街中を大通りの真ん中を2台の戦車が我が物顔で通り過ぎるという作品ですが、通りのまわりの町の描き方は、イラストやマンガで、どこかでみたような、デザイン的な画面です。この作品でも、街を描く線が、「にんげん」での線と比べて屈折していますが、その線が組み合わさって街の風景に見えてくるところは、地の淡いグラデーションの色彩と相俟って、洗練された感じもします。

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