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2018年10月 8日 (月)

ある内部監査担当者の戯言(16)

 夫婦について生産性という観点から評価するということについて、見当外れかもしれないが、生産性ということは功利だよね。そこで求められるのは効率ということでしょう。そうすると会社のような集団と同じように見るということでしょう。いってれば、夫婦という集団は、もはや愛情とか血縁でつくられるものではなくなるべきだ、ということになる。なぜなら、功利性を求めることについては、必ずしも効率的ではない。夫婦はゲマインシャフトからゲゼルシャフトに変化すべきということになると思う。ということは、伝統的ということになっている夫婦の形態を破壊しようという主張に結びつく。私は、そのように破壊してしまってもいい思う。
 もし、子供を生産するという功利性で夫婦を評価するという場合、伝統的ということになっている形態の夫婦が果たして最適なのかということが、男女のペアリングという形態、あるいは一夫一婦制という形態、はワン・オブ・ゼムで、他の形態の場合の予測値を計算して比較するというデータの裏付けのもとに、論証されていない。
 要するに、夫婦について生産性という観点から評価するということは、伝統的と思われている形態の夫婦制を維持する根拠とはならない。
見当外れかもしれないが。

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