無料ブログはココログ

« イギリス風景画の巨匠 ターナー 風景の詩(2)~第1章 地誌的風景画 | トップページ | イギリス風景画の巨匠 ターナー 風景の詩(4)~第3章 イタリア─古代への憧れ »

2018年11月11日 (日)

イギリス風景画の巨匠 ターナー 風景の詩(3)~第2章 海景─海岸国家に生きて

Turner2018falmas_2  島国のイギリスでは、海景画は主要な芸術のジャンルで、海を愛したターナーは、海が持つパワーを絵で表現しようと果敢に挑戦し、絶大な人気を博したと言います。このような説明がされているところから、この展覧会はターナーを人気を博した、上手い風景画家というスタンスで展示を考えていることが分かってきます。私のように絵画の一線を超えようとした人という視点はとってはいないようです。なぜなら、海を描いた作品からターナーの飛翔が始まっていくはずですから。そう私は思っています。
 「ファルマス港、コーンウォール」という作品は、上述のパターンを踏襲した作品で、こういうのであれば安心して見ていられます。画面右端の手前の左端から真ん中に向けて山が海に落ちていく下り坂の稜線と、雲の線が、同じ向きになって、海の波のように繰り返しになっていて、それが、画面真ん中下の海の水平の白い線、つまり波があって、そこが中心でその先に島が盛り上がって、向こう側Turner2018tempest_2 を隠しています。一方、画面左側には手前で人々が海を眺めている。画面の左右で対照が作られています。前のコーナーの作品でも、またこういう作品でも、ターナーという人には、単に風景を写すように描くだけでなく、はるかな向こう側への憧憬、というとロマティックですが、そういう彼岸への志向性があって、それが自然と、このようなパターンを作ってしまっていたのかもしれません。
 「嵐の近づく風景」という作品。上のようなパターンにはまった作品を描く一方で、若いターナーは、こんな作品を描き始めていた。町や谷の風景は、海の波のようなダイナミックな動きはないので、それとは違った描き方をする。ここには、牧歌的な風景とは異なる人間のささやかな努力を圧倒するような強大な自然の力をロマンティックな手法で描く、左から右へ覆い始めた暗雲、強風で横倒しになる船、急いで帆を下げようとする人の動き、強大な力を今にも爆発させようとする波のうねりといったものです。また、海には水平線という横の線があって、その向こうは見えないというのは、陸の消失点をわざわざ作らなくてTurner2018tempest2 も、水平線で向こう側があるということも、特異なところでしょうか。「風下側の海辺にいる漁師たち、時化模様」という作品は、波の描き方が、より激しいものとなって、雲の渦巻く様子など、画面のいたるところにダイナミックな動きが人間ささやかな努力を圧倒する自然の力なんですが、それは人間の視点から自然の凄みみたいなものを描くということを超えて、その向こう側にいこうとしている、そういう志向があるように見えます。人間の視点で、ということは自然科学もそうだし、これからそれを克服していこうというポジティブに冷静さみたいなものが底流にある、それが近代的な視点なのですが、これらの作品には、そういうのが追いつかない、もっと圧倒的なもの、人間を超えた超越的な視点に行こうとしているように見えます。それが、私が独断と偏見で見ているターナーの始まりではないかと思います。
Turner2018ostend  「オステンデ沖の汽船」という作品では、これまでのパターンが雲散霧消というよりも、すべてがもやもやしていて、海と空、雲そして汽船の煙との区分が曖昧になって手前の木造の船の一部らしきもの以外は、形が分かるものが何もないという、抽象画みたいになってきています。これが、ターナーが一線を超え始めた作品であることは確かでしょう。この展覧会では、このような超えてしまったターナーの作品は少なく、いかにも風景画といった作品が大半だったので、この作品とともに数点が集まって展示されていた一画は、私には、この展覧会の白眉と言えるものでした。それが、この展覧会で、ここまでのパターンの上手い風景画を見てきて、この一線を超えた、「オステンデ沖の汽船」や「海と空の習作」「波の習作」といった抽象画のようになってしまった作品というのは、それまでのターナーの風景画にあって、消失点のあちら側とか海の水平線の向こうとか、山に隠れてみえないあっちの方とか、要するに、ターナーの風景画にある、遥かな向こう側への憧れのようなものが常にあって、それは描くことが出来ないけれど、憧れ、画家として描きたいという思いがずっと作品に流れていたように思います。他の画家であれば、それは遂げられない片想いのように、そのまま大切にしておいて、その思いを作品に投影するようにするのでしょう。しかし、ターナーはそれだけでは満たされなかった。そこで何とかして向こう側に・・・。そこで一線を超えた。しかし、超えたことはいいとして、それはどう描くかということになった。ターナーは超えたかも市内が、他の人はこっち側にとどまっている。だから超えた先を描いたとしても、こっちの人にはそれが分かるはずもない。しかし、それをこっちと同じに描いたら、あっちとは思うはずもない。そういうところで、こっちでありえない画面であることが最低限必要になるわけです。だからというわけではありませんが、今までの描き方で描いてもしょうがないわけです。そのことがターナーの背中を押した。少なくとも、そういうことはあったのではないかと想像できるのです。それまでの彼の風景画を見ていると。

« イギリス風景画の巨匠 ターナー 風景の詩(2)~第1章 地誌的風景画 | トップページ | イギリス風景画の巨匠 ターナー 風景の詩(4)~第3章 イタリア─古代への憧れ »

美術展」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« イギリス風景画の巨匠 ターナー 風景の詩(2)~第1章 地誌的風景画 | トップページ | イギリス風景画の巨匠 ターナー 風景の詩(4)~第3章 イタリア─古代への憧れ »