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2018年11月12日 (月)

イギリス風景画の巨匠 ターナー 風景の詩(4)~第3章 イタリア─古代への憧れ

 40歳をすぎてはじめてローマを訪れたターナーは、古代の世界の美を感じさせ、物語性のある風景スケッチに取り組んだと説明されていました。
Turner2018rome  「モンテ・マリオから見たローマ」という作品は、その時のスケッチをもとに描かれたもので、歴史のある都市が日没時の光を受けて浮かび上がる。北部にある丘からローマの中心部を眺めた。右手にはサンピエトロ大聖堂の威容。左手にはテヴェレ川とカンピドリオの丘。田園地帯からはたき火の煙がたなびき、前景の少女と笛を吹く少年の存在とともに牧歌的な雰囲気を醸し出すという、言ってみれば観光案内のパンフレットの挿絵のような目的で描かれたような作品です。右手前の前景を別にすれば、横にひろがるパノラマのような広角の、これまでに見てきたターナーのパターンです。イギリスとは異なる南欧の明るい陽光とローマの風景をそれと分かるように正確に描いているところは、さすがにターナーという人が上手な画家であることが分かります。
Turner2018egypt  「キリスト教の黎明(エジプトへの逃避)」という作品は、もやもやした雲のような画面に、両側が黒く川の両岸のようなものなのか、何が描かれているのか形がぼんやりして判然としない、これぞターナーといった作品。人の顔も、色使いも、筆運びもベタタッとしている。水面と空の雲に境目がなくてつながっていて、そこに黒い両岸があるという、何か宙に浮いているのか、神話の世界のものなのか、現実でない彼岸の風景というのか、前のコーナーでも触れましたが、ターナーの形のない風景というのは、そういうものへの憧れが含まれている。そこに、この作品では宗教的な背景もあるもというよりも、こういう神話を題材にすると、もっともらしくなる。しかし、エジプト逃避というのだから旧約聖書の物語のばずだすが、右の木の下にマリアらしき人影のようなものがありますが、これを見てその物語を塑像することはできないと思います。
あとはスケッチや版画がたくさん。

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