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2018年12月

2018年12月28日 (金)

映画「駅馬車」の感想

1111111  ジョン・フォード監督の代表作というより西部劇といえばこの作品ともいうべき代名詞ともいうべき作品。ジョン・フォード的空間としか言いようのない、遙か遠くまで、見渡す限りひろがる平原を、俯瞰で見下ろすように駅馬車が走る姿。それをみただけで、見る者は、その世界に入り込んでしまう。映画冒頭の騎兵隊に守られるような駅馬車に続いて、逆光の中の騎兵隊、続けてインディアンの騎行が映し出される。この駅馬車、騎兵隊、インディアン、三つの映像だけで、見る者は物語の枠組みが想像できてしまう。これは「むかし。むかし…」ではじまる昔話のように、それだけで現実の世界を忘れて、古老の話す世界に導かれるようなものだ。
 しかし、その入った世界で語られるのは人間ドラマだ。実際、物語は駅馬車の車内や停車場の室内という閉ざされた空間の内部なのだ。そこに居合わせた種々雑多な境遇の乗客たち、彼らの車中の会話、停車場での行動から、本性が次第に明らかになってくる。例えば乗客たちの席の変化だ。最初、売春婦のダラスから離れて座っていた将校夫人のルーシーが距離を縮めていく。車外の平原がどこまでも広がっているのと対照的で、そこに閉じ込められるような車内は密度の高い空間となって、その中の乗客たちの人間関係が濃密に現われる。それは社会の縮図、一種のミクロコスモスでもある。しかも、インディアンの襲撃の脅威がひたひたと迫ってくる。インディアンは姿を現わさずに、護衛すべき騎兵隊が移ってしまったり、停車場の男達や馬が消えてしまったりと恐怖感がじわじわと高くなる(まるでヒッチコックのサスペンスのようだ)。大平原は、どこにインディアンが襲ってくるか分からない空間として駅馬車をとりまいているのだ。それは閉ざされた乗客たちの緊張感を極限まで高める。そして、インディアンの襲撃。疾走する駅馬車は、極限の状況に乗客たちを導く助走なのだ。その結果として、型破りで、善良な市民の顰蹙を買うような人間が危機のときにその人間性を発揮する一方、社会的な権威が失墜する。例えば、気障なギャンブラーのハットフィールドはインディアンに襲われて死んだ女性に自身のコートを脱いでかけてやったり、駅馬車が襲われたときに、ルーシーに自殺のための銃弾を一発残しておいてやったりする。また、飲んだくれの医者ブーンは、酔ってさえいなければ彼の腕は確かであり、ルーシーのために彼はコーヒーで必死に酔いを醒まし、見事子供を取り上げてみせる。一方、その醜悪な本性を明らかにするのが銀行家ゲイトウッドで、彼は護衛の騎兵隊が帰ってしまったことに腹を立て、怒りついでに政府が実業家に干渉しすぎ、銀行に監査に入るなどもってのほかと不満をぶちまける。しかし、それによって自分が監査を恐れている、横領の罪が露見する前に逃亡し、さらに行きがけの駄賃に着いたばかりの大金を持ち逃げしたことが見る者にわかってしまう。そんな乗客たち、敵対していた人間同士が、本来の姿を現わし、危機を共に乗り越えることで連帯する。そこに、この映画のカタルシスがあると思う。
 だから、意外に思われるかもしれないが、この映画では夜の闇と光の対比が活用されている。それが、初めて宿泊するアパッチ・ウェルズでのこと。そこでルーシーが急に産気づき、ダラスがその間ずっと彼女の看病をする。生まれた赤ん坊を抱くダラスが聖母マリアのように見える。その一連のダラスの振る舞いを見てリンゴーは、ダラスが自分の伴侶にふさわしい女性と確信する。この場面が夜に設定されている。ここで、このシーンは仰角気味のカメラアングルで、人々の影を黒々と河辺に投影し、これまでの場面と打って変わった深々と暗い空間を演出する。その暗い空間は、無論赤ん坊が無事に生まれたのかという不安を書きたてるものであるが、それ以上に、このことを機に心を一つにする乗客たちの間の、そしてとりわけダラスとリンゴーの親密さを醸成する。赤ん坊が生まれた後、ダラスとリンゴーは二人、狭く、暗い、遠近法で奥へと抜ける廊下を通って月明かり射す中庭に出るのだが、それは暗い過去を通り過ぎ、明るい場所へ出ようとする二人の未来を象徴している。

2018年12月22日 (土)

ある内部監査担当者の戯言(18)

 最近大きな話題となった、高速道路での感情的な行き違いから煽り運転が行われ、追い越し車線に止められた自動車に後続のトラックが突っ込んで死者が出たという事件。ここで、事実と言えるのは、サービスエリアの駐車についてAさんがBさんを注意したこと。Aさん一家の乗る自動車に対してBさんの運転する自動車が突っかかるような運転をしたこと。BさんがAさんの自動車の行先を塞いだこと。Aさん一家の自動車が高速道路の追い越し車線で止まったこと。そのAさん一家の止まった自動車にトラックが突っ込んだこと。Aさんがなくなったこと。これらの事実に関して、客観的はそれぞれの事実で、関係として確実なことは時間的な前後関係くらいしかない。しかし、人は、これらを因果関係という物語をつくって結びつける。それは、敢えて言えば主観的で、立場によって変わってくる。例えば、Aさんが死んだという視点で、これを避けることはできなかったのかという視点で考えられる物語はこうだ。Aさんが死んだのはトラックに突っ込まれたからだ。トラックに突っ込まれたのは高速道路の追い越し車線で車を止めたからだ。何もなければ、そんなところに車をとめることはない。普段ならない何かがあったからで、それがBさんが道を塞いで止めざるを得なかったからだ。だから、Bさんが道を塞がなければ、事故は起こらなかった。だから、Aさんの死の原因はBさんの行為にある。他方、Bさんの行為の視点からみれば、違った物語となる。BさんはAさん一家の車の前方を塞いだ。Aさん一家の車は直進できなくて車を止めた。そこまでは、Bさんの意思した範囲といえよう。しかし、トラックが突っ込んだのは、それとは違う。もし、トラックが突っ込んで来なかったら、Aさんは死ぬことはなかった。つまり、BさんはAさんの前を塞ぐという同じ行為をした場合で、トラックが突っ込んできたらAさんの死亡の責を問われて、トラックが突っ込んでいなければ問われない。同じ行為をして場合によって結果が違うということになる。その違いは偶然ということ。
 この二つのものがたりの、どちらが正しいとも、真実ともいえない。しかし、それを裁判というパブリックなところでこうだと決めた。つまり、たくさんの物語があるうちのただひとつの物語を正しいとして権威づけた、ということになる。

2018年12月17日 (月)

生誕120年 中村忠二展 オオイナルシュウネン(2)

Nakamuranightlake  「夜の沼」という作品。夜の漆黒なのでしょうけれど、これが塗った黒い絵の具を紙に転写しているためか、全体に画面はにじみなどのムラがでて、薄ぼんやりとした感じになっています。満天の星に流れ星が混じっているものだとは想像できるのですが、そんな細かい描き方をしていません。水色の点(が転写のときに滲んで大きくひろがってぼんやりしてしまっている)や水平な線。さして、画面の真ん中に白く太い水平の線が入っていて、それがおそらく沼ということになっているのでしょう。しかし、流れ星の水平の線と沼の水平の線は同じように滲んでぼんやりしています。ただし、沼の線は画面を横に切断するように、端から端まで通っています。その沼の水平の線と直交するように横長の画面の真ん中にこけしの形の人影が垂直にあります。立ち尽くして佇んでいるようなさまは、その漆黒でカラフルな星が散りばめられた中に独りというのが際立っています。まるで、取り残されているかのようです。それがぼんやりとした独特の画面の調子のなかで、Nakamuradoor 現実の風景とも、作者の幻想、心象風景とも、どちらともいえない、どちらにも見えます。それは、おそらく写実的な目で客観的に見ているのでもなく、内心の感情や心持ちを映し出してるでもなく、自身の姿を幽体分離して自身で外側から他人事のように眺めているような外形を表面的に嘗めるにとどまっているのでもなく、見通す意志はあるけれど醒めているのです。それは、一旦描いたのを、紙に転写するという回避的な手法を経ることによって、自身を迂回して眺める屈折がそうさせていると思います。だから、ここの独りでいる姿は、ただ独りで坦々としているのです。重くも、暗くもない。それがかえって、この宇宙に独りという絶対的な感じを持たさせられる、そういう作品になっていると思います。
 おそらく、「夜の沼」あたりで、画家自身は、それまでの作品に潜在的だった自己の影に気付いたのではないかと思います。独りでいる自身の姿を意識的に画面の中に入れ込んで、それを中心とするようになっていきます。それ以前は、例えば「野の女」では顔の真ん中を空洞にしたり、「青い空の下で」では中心に太陽のようなものを書き入れたりして、間接的に自身を仄めかしていた、それはおそらく画家自身は意識的にやっていたのではないと思います。「扉」という作品です。真ん中に人影があります。しかも、扉という題材と独りの自身がオーバーラップして、扉が左右に開くことが、自身が左右に分裂してしまうことが重なっているように見えます。扉は白い線で何重にも枠が描かれていて、それは、自身の姿のまわりに何重にも設けられた枠、それは内側にでもあると外側にでもあるし、そういうものを連想させもします。左右のとびらの中央は半透明のすりガラスになっていて、向こう側の自身の姿が透けて見える。間接的に見えているというわけです。そういう題材のフィルターがかけられているのと、描く手法がフィルターをかけて画面に定着させていくのと重なっているかのようです。そのフィルターという屈折が、リアルに見えているのでもなく、内心に映っているのでもない、具象でもない、抽象でもない、迂回して迂回した挙句のものという、この人だけの世界を創っていると思います。
Nakamuraunknown  自身の独りの姿が画面で意識されてくるにつれて、それ以外の景色とか物体といった要素が後退して、そこのところは抽象的になっていって、二本の水平線に挟まれて斜線が並ぶように引かれるという模様のようなパターンが執拗に描かれる抽象的なものになっていきます。それは、まるで斜線を繰り返し引くことに意味があるかのような、また、その緒戦が不揃いで偶然に左右されて変化していく模様はミニマルな反復のようなところもあります。しかし、これは、以前の「青い空の下で」では二体の向き合った生き物の背景に水平線と斜線を無造作に何本も引いたことからずっと発展してきたものだろうから、中村は一貫してこのパターンをつかってきて、ここにきて意識的に前面に出すように、しかも精緻にやっているといえると思います。たとえば「不詳(人と蝉)」という作品がそうです。中心である一人でいる人の姿は輪郭線だけになって、ただ頭の中央に蝉がいて、背景の模様のようなパターンと赤く着色された四角形で画面は満たされている。それだけ、人を境目とした外形の世界と内面の世界との区別が意味がないものとなってきているかのようです。両方の世界が通底してしまって、そこをつないでいた自身が相対的に透明になってきた。そう通底してきた世界は、斜線のパターンになっているという。そこには何も意味のあるものが描かれていない。そは、自身の拡散ともみることも可能でしょうか。ただ、それが、そういう図式的な解釈にとどまるものでなくて、そこでしみじみできてしまうのです。それがこの画面全体の調子で、それがこの画面の一番のキーポイントとなっている。ここでは、頭で考えるのもいいが、生身で感覚としてそれを実感できてしまうのです。
 これ以外に、たくさんの詩画が展示されていました。ちょっとした抽象風の絵と、いくつかの言葉が散りばめられていて、親しみ易いものとなっています。

2018年12月16日 (日)

生誕120年 中村忠二展 オオイナルシュウネン(1)

Nakamurapos  2018年7月25日(水)に練馬区立美術館で見てきた「生誕120年 中村忠二展 オオイナルシュウネン」の感想です。
 全世界的な異常気象のひとつなのか日本全国が40度近い猛暑に見舞われて、それが数日間続いているという日々。その暑さゆえ、日中に屋外で行動するという気になれないでいたが、外せないランチミーティングがあって、その後夕方以降に別の用事が控えている。その間、会社に戻っても往復の手間ばかりという中途半端なスケジュールになってしまった。その間をつかって立ち寄ってみた。展覧会といっても、2フロアある中の一つだけ、しかも小さい方の展示室だけという、まるで画廊のようなこじんまりとした展示で、それに相応しいような作品が並んでいた。平日で、しかも猛暑というわりには、ち
らほらと人影はありますが、静かな雰囲気でした。
 中村忠二という人については全く予備知識がないので、主催者あいさつで、この人の紹介もされているので以下に引用します。“中村忠二(1898~1975年)は、現在の兵庫県姫路市に生まれ、20歳で上京。各地を転々としながら制作を続け、晩年の20年間を練馬区貫井で過ごした作家です。1919年日本美術学校に入学しますが翌年退学、水彩連盟展や光風会、国画会に出品しながら洋画団体「歩人社」や「トアル社」などを結成し、精力的に活動を続けました。交流のあった画家・水波博の影響を受けモノタイプ(ガラスや金属に描画して紙に転写する版画技法)の研究を始め、忠二でなければできないといわれるほどの大作も生み出しました。また詩画の制作にも精力的に取り組み、『蟲たちと共に』『秋冬集』など、生前5冊の詩画集を自費出版しています。自身の絵を前に涙を流す忠二に、妻であり画家であった伴敏子がどうしたのNakamurabluesky_2 かと尋ねたところ「見ろよ、いい絵だなあ、こんないい絵が描けた時に、泣けないやつがあるかしら」と答えたといいます。切り詰めた生活の中、自身の全てをかけ、しがみつくように日々作品に取り組んだ忠二。一見強く激しい筆致を見せながらも、その繊細で叙情豊かな作品世界は、今もなお多くの人をひきつけています。2018年は生誕120年に当たり、ゆかりの地では初めての展覧会となります。初期の油彩画から、水彩画、版画、詩画まで、約80点をご紹介します。”この紹介では、あまりどのような作品を作る人なのか具体的な想像がつかないと思いますが、雰囲気としてあまり売れっ子ではなくて、しかし、生活も余裕があるというわけではないだろうところで、マイペースで制作を続けたという感じで、そんな雰囲気を漂わせる、マイナーな叙情性、いってみれば詩情とでもいう印象と、売れないだろうなと納得できてしまう画家の独りよがりっぽいヘタウマてきな天邪鬼さ抽象とをいったりきたりするような、そういう印象の作品と、大雑把な印象は、そうでしょうか。この人の最大の特徴はモノタイプという手法で、展示されている作品の半分以上はそうで、それ以外の水彩画や油絵は、ハッキリ言ってまったく印象に残っていません。面白いとか、つまらない以前のものでした。したがって、ここでは、モノタイプの作品のみを取り上げて、感想を述べていきたいと思います。
Nakamuragirl  なお、モノタイプについては主催者あいさつの中でも簡単に触れられていましたが、ガラス面などに絵の具などを塗って紙を置いて刷る版画のようなもので、版画は何度も刷れますが、モノタイプは1回しか刷れないというものです。インクを塗って乾かないうちに、紙を置いて転写するわけなので、短時間で一気呵成に描き切らなければならないこと、紙を置いて刷るわけなので描いたものと左右が反転することになる。また、いったん描いたのを紙に刷るので、例えば刷る時点で絵の具が滲んでしまったり、流れてしまったり、描いた線が潰れてしまったりといったように、描いたとおりに紙に写らない、という作者の意図とは違う画面ができてしまうという、こうやって言葉で説明しようとすると、はなはだ面倒くさい作品技法のように聞こえます。ちょっと屈折しているというか、おそらく、その屈折が中村という人が制作するときにプラスにはたらいたのでしょう。
 「青い空の下で」という作品。おそらくモノタイプの制作を始めた初期の作品でしょう。人間には見えない不思議な動物が2体、立って向き合っているのは、カップルのようにも見えなくもありません。背景は、水平線と遠近法的な消失点に向けられた線が無造作にサッサッと引かれているようです。その整っていないいい加減さが、モノタイプの手法で紙に転写された時に、その絵の具が滲んだり、かすれたり、汚れたりして、それがいい加減さの角を丸め、画面にほんわりとした雰囲気を作っています。なんとなくいい感じで、人によっては、生き生きとした生命感というかもしれないし、詩情というかもしれない、見る人が好き勝手にもっともらしい理屈をつけるでしょうが、感覚的な心地よさを生んでいる。それはどうしてなのか。
 「野の女」という作品は、「青い星の下で」と並んで展示されていましたが、この画面真んNakamuranightship 中の女とおぼしきものが、黒一色で塗り潰されて、それがそのままでなくて絵の具が滲むようにして紙に転写されているため、形の輪郭が滲んで、形の境界が潰れたようになり、また形の内側の塗り潰された絵の具が滲んでムラになったり、かすれたりしています。それによってフィルターがかけられたようになって直接的な尖った角が丸くなっているような印象です。それ以上に、一旦、描いて絵の具を塗ったものを、もう一度刷るというワンクッションをおいたことによって、作者と作品の距離感が直接的ではなくなって、自分が描いたものを一歩離れて見るというクールなスタンスが生まれているように感じられます。それは、ひとつには、このような不定形の変な形になってしまったのを、こんなもんだと突き放して諦めてしまっているような、それゆえに「野の女」であれば暗い不定形なのだけれど、どこかユーモラスな微笑ましさ感じられるのです。それ以上に、「野の女」であれば女の黒い形の顔の真ん中はポッカリと穴が空いているようだったり、「青い空の下で」では二体の立ったものの間の上方に青い線の集まった太陽のようなものが描かれています。これらは画面の中心点のようなもので、ここに作者の人物が重なるようなのです。画面の中心に自身の視点を入れて、しかも、それを転写することによって幾重にも自身の視点を顧みているのが、画面に反映している。つまり、中村は描くことで、偶然もまじえて描いている自身を鏡を重ねてみるように何重にも屈折させて顧みている。おそらく、感覚として、そうしないと見えないものに画家は気付いてしまったのではないかと想像しています。それが、へんてこな形だったり抽象のような形として表われてくるのではないか、思えるのです。
 「夜航船」という作品は、抽象といっていいと思います。水色の水面の真ん中に、白い直線で区割りされ黒い四角形で構成された幾何学的な物体が描かれています。しかし、塗りが滲んでぼんやりとして、輪郭や白い線がフリーハンドで、しかも滲んでしまっているため、幾何学的に見えません。論理的に考えたという感じがなくて、感覚的、身体的な曖昧さ、温い体温のようなものが感じられます。

2018年12月12日 (水)

映画「東京物語」の感想

200pxtokyo_monogatari_poster_2  小津安二郎の代表作。いわゆる小津スタイルの完成された姿と称える人も少なくない古典的な名作。しかし、「晩春」や「麦秋」といった以前の作品にあったような、ややもするとそのスタイルから逸脱してしまうような突出した細部、つまり破綻が見られない作品ということだ。それは、前作までとは作品の性質の方向性が変っているからと考えられる。「晩春」や「麦秋」は欠落を抱えた家族が娘の結婚という未来が開けたことで新たな方向に再生していこうとする話。あるいは「宗方姉妹」は田中絹代の若妻が夫の死を契機に旧い因習を脱して自立していく話。つまり、これまでの作品はある部分は滅失するところがあっても、新たな展開の可能性がひらけるという話だった。そういう将来というのは、やってみないと分からない未知な部分が多い。それを反映してか、いわゆる小津調のスタイルの映像をはみ出してしまう部分があった。例えば、「晩春」の唐突に映し出される壺とか、「麦秋」の話の展開と無関係に一面の麦畑の映像が映し出されるとか。
 これら対して「東京物語」は東山千栄子の老妻が亡くなる以外には、家族の変化はない話で、それ以前の作品にあった新たな展開の可能性がない。未来が開けていない。つまり、いまあるものがなくなってしまう話だ。ないものをあるという話なら、あるという動きを映像にできるが、なくなる話では、なくなる前のあるということを示して、そのあったものがないという結果を示すしかない。例えば、笠智衆と東山千栄子の老夫婦が同じ方向に並んで座るのを横向きで捉えた場面を、最初の尾道での旅行の準備、長男宅で、長女宅で、熱海の旅館、海岸、上野の寺と同じ構成で場所を変えた場面を何度も映し出す。それは、最後の東山千栄子が亡くなって、残された笠智衆が尾道の自宅で独りで座っている姿と対比させるためと言える。(なくなってしまうことが分かっていて、いまあるものを映し出しているゆえに、叙情的になるのだ)それゆえに、「東京物語」は、なくなる前のあるという状態を見る者に示す。それはいまあるものの確認ということになるので、「晩春」などの作品にあった未知の部分がない。したがって、小津調からはみ出てしまう要素は必要なくなる。その結果、スタティックで安定した画面となる。それが小津調の完成されたと言われる由縁ではないか。そういう先がないからこそ調和した完成されたものと見える。それはまるで、「ファウスト」の中の「時よ止まれ、君は美しい」という悪魔の言葉を体現しているような世界ではないか。
 でも、言い換えれば、それはデッドエンドということではないか。それが証拠に小津は、この後方向性を変えてしまって、これに類するような作品を撮っていない。

2018年12月 8日 (土)

映画「薄桜記」の感想

13a524ff658ec56f053b3a22a25a6540ven  市川雷蔵主演、森一生監督の映画「薄桜記」を見た感想。
 市川雷蔵等の大映時代劇と片岡知恵蔵や市川右太衛門等の東映時代劇との画面上の大きな違いは、室内の柱が黒いのと白いことだ。東映の時代劇は建物の柱の新築のような白木で画面が明るく開放的になる。そこでヒーローが明朗快活に活躍する。これに対して大映の場合は、柱は古い寺院などにあるように黒光りしている。その黒い柱は古い伝統を思い起こさせ画面は暗くなる。それは武家社会の伝統が重くのしかかるようだ。眠狂四郎は、異例な出自のために伝統的な制約のために武家の社会から疎外され、自身のアイデンテティに対してシニカルにならざるを得ない。しかも、この作品はシネマスコープの横長の画面で上下が狭く、上から抑えつけられるような空間の閉塞を見るものに強く感じさせ、それは武家社会の抑圧のように、直接には見えてこないが感じさせる。
 この映画は、忠臣蔵の外伝といったストーリー。中山(堀部)安兵衛のいわゆる高田馬場の決闘を陰で助けた主人公が逆恨みにあって留守中に妻を襲われてしまう。妻を襲った相手への復讐のため、愛する妻と別れ、職を辞し、自身は浪々の身に、しかし片腕を失ってしまう。その後、別れ別れになった妻と夫は、忠臣蔵の討ち入りの進行と併行して再会は悲劇的な結末に・・・。
 忠臣蔵という話も、武士のメンツという建前のために自身の生命や家族の生活を犠牲にして人殺しをするという、人間性を抑圧する話ともいえる。主人公の丹下典膳は、当初は純粋で正義感の強い青年で、新婚アツアツの幸福感溢れています。妻が襲われても、武家でなければ忘れよう、出直そうということができるのに、武家はメンツがあってできない。離縁しなければならないし、彼女も自害することになってしまう。なんとかの自害を避けようと一計を案じるが、家を断絶し、片手を失う。全てを失い半身不随となった典膳は、復讐の念に凝り固まり、当初の清新さのかけらもない無残な姿に変わり果てていた。それは眠狂四郎には世を拗ねる余裕があったが、落剝した典膳には救いようのない絶望があった。最初の青春そのもののような姿があったので、その落差が、一層凄惨なのだった。その復讐の中で、典膳は片脚を撃たれて、立てなくなる。最後は雪の夜に、もはや立てない典膳が敵に囲まれて決闘するという凄惨なシーン。それを上からのカメラで俯瞰で撮る。最後の最後でも上から抑えつけられるような圧迫の視点。そこだからこそ、斃れた瀕死の典膳と妻が雪の白い地面に真紅の血まみれになって手をつなぎ息絶える二人は、純粋に愛を貫き、美しかった。

2018年12月 6日 (木)

生誕100年 いわさきちひろ。絵描きです(5)~Ⅳ.童画は、けっしてただの文のせつめいであってはならない

Iwasakirain  いわさきの「線」を堪能したころで(実は、もっともっと見たい)、今度はもうひとつの特徴である「色」です。ここでは、いわさきの水彩の超絶技巧を堪能できます。絵本はものがたりに挿絵がつくというのではなく、絵がすべてを物語るというもの、それをいわさきは目指していたといいます。私の個人的な好みでいうと、小さいころからそうでしたが、絵本という中途半端なものが苦手でした。物語というのは、そもそも言葉で語られるもので、例えばおばあさんが子どもに話して聞かせる昔話は、言葉で話して聞かせるもので、そこに絵など入ってくる余地はありません。言葉を聞いたり読んだりして、それで物語に入っていけるのです。そこに絵なんか挿入されても邪魔なだけです。だから、私には絵本というのは、せっかく物語の世界に入っていこうとすると、わざわざ要らぬ邪魔をされてしまう意地悪な媒体でした。では、その絵を見て物語に入っていけるかと言っても、それは出来ない。絵だけを見ていて面白いかというと、それほどのものでない。だから、絵本の絵の紙面に文字をびっしり印刷してくれたほうが、よっぽど魅力的だと思っていましたし、今でも思っています。だから、絵本というのは、物語を好むのではなくて、絵本という独特のメディアだけを楽しむ限られた世界のものだ、と思っています。子どもの情操によいらしいので、まあ勝手にすれば・・・と触らぬ神に祟りなし、と遠ざけている、というのが正直なところです。で、いわさきの絵には、私は興味がありますが、絵本は全く見る気がしません。ということで、本題に戻ります。
Iwasakirain2  『あめのひのおるすばん』という絵本の中から「子犬と雨の日と子どもたち」という作品です。雨の様子が、赤、青、黄、紫のグラデーションの縦の帯で表わされていて、しっとりとした空気までも描き出されているように感じられる淡い色彩の中で中央の少女の長靴と傘の柄、そして遠景の屋根の赤がアクセントになっています。輪郭線は消えてしまい、色の区分だけで表現される対象に、水のヴェールをかけたように色が重なっています。にじみや垂れ混ざりを自在に操ることで生まれる幻想的といっていい世界です。普通であれば、偶然に左右されるであろう技法で、ここまで精緻に描く超絶テクニックには、ひたすら驚嘆するしかありません。
Iwasakisea  「窓ガラスに絵をかく少女」では、少女と窓ガラスの部分を別々に描いて、あとで編集作業のプロセスで。それぞれの絵をトリミングして同じ絵本のページにさせてしまっています。ここでのいわさきは、たんに絵を描くだけの画家にとどまらず、絵本の紙面をまとめるために編集作業を行っています。もと現代にいわさきが生きていれば、絵を描いて、それをスキャナーで取り込んでコンピュータ上で、それを操作してデザインナーのようなことをやってしまうのではないかと想像できます。
 「海とふたりの子ども」という作品も、すごいという言いようがない作品です。青の水彩絵具のグラデーションににじみやぼかしを加えただけで、海の波や青空を表現してしまっています。しかも、水平線のようなはっきりとした線を一切使っていません。それでいて、海と空は見分けられてしまうのです。「海辺を走る少女と子犬」もそうです。
Iwasakisea2  全体として、最初の展示に閉口したのと、夏休みの子供向けなのか展示室にカーペットを敷いて寝転がって絵本を見られるようにしたり、と私のような頑迷固陋な人間からは邪魔くさいところがありましたが、この作家のテクニックには、そんなものを吹き飛ばしてしまう凄みがありました。

2018年12月 5日 (水)

生誕100年 いわさきちひろ。絵描きです(4)~Ⅲ.私は、豹変しながらいろいろとあくせくします

Iwasakiago_2  フロアが変わって、2階に降りると、おなじみになっている絵が登場します。ここからは作品の魅力に分析的に迫るということで多くの人々に抱かれている定型の印象をより細密にするべく、画面に凝らされた技術に焦点を当て、特にこのコーナーでは「線」の現れ方に注目すると説明されていました。
 いわさきは、同じようなものを対象として作品を描いていたわけですが、その描くたびに様々な描き方のバリエィションを試みます。鉛筆、パステル、インク、墨、水彩などなど。その手法の特徴を活用して、かつ印刷されることを前提に、印刷された際に、その効果が最大限になるように考え抜かれていたと言います。そこで「線」です。60年代半ばのころの水彩は、彩色もしっかりしていて、子どもたちの輪郭や細部も明瞭に描かれています。それから徐々に余白を多く残して、その余韻を効果的に使う画面構成を獲得していきます。そこで活きるのが線です。鉛筆の強弱やかすれ、パステルの線の太さや力の強弱やぼかし、にじみなど質感、インクや墨の多彩な線の技巧、それらが縦横に、的確に対象の形をつくったり省略を可能にし、子どもや少女の像を印象的に浮かび上がらせます。
Iwasakihat_2  「あごに手を置く少女」というパステル画。典型的な、この人の少女像という印象なのですが、シンプルすぎるというのか、必要最低限などと言いますが、例えば、Ⅱのコーナーで見た「ほおづえをつく男」と比べて見てください。同じポーズの人物を描いているのに、「あごに手を置く少女」で引かれている線は「ほおづえをつく男」の1割にも満たないのではないか。例えば、少女の顔の下半分は輪郭が省略されています。「あごに手を置く少女」のあごが省略されているんです。手にしても指らしきものが一部だけ描かれている。最低限にも満たない線です。それでも、見る者に顔を想像させてしまう。その見事さ。そして、その数少ない線が、それぞれ皆違う線になっている。それだけ、一本の線に集中しているのでしょう。おそらく、こんな芸当のできる画家はいわさき以外にいないのではないか。「帽子の少女」は少しだけ線が増えますが、それだって超シンプル。
Iwasakidrowing_2  「絵をかく女の子」ではパステルを使っていますが、このパステルの線が色による使い分けと、力加減で一本の線が変化していくのが、またパステルの特徴を活かした線のぼかしといった技巧の使い分け。
 1967年の赤ちゃんをペンでスケッチした小さな作品が4つありましたが、まさに赤ちゃんが何ヶ月目かも描き分けるという説明も分かる。それだけすごい。しかも、ペンの線は、ここまで削るかというほどに極限まで省略されていて、さっと走り書きのように、さりげなく描かれているのです。
Iwasakitrack  この展覧会の白眉とも言える展示が絵本の中の一枚の絵がどのような経緯で出来上がっていったのが、そのイメージの試行錯誤が何枚もの習作を完成作と共に展示されていたところです。例えば『となりにきたこ』という絵本の「引越しのトラックを見つめる少女」という作品についての展示が印象的です。最初は鉛筆のモノクロームな画面であったのが、パステルによるカラーに変わります。モノクロからカラーへ変更になったということは色が必要なったのか、どうしてか。と同時に画面の構成や細部も変更が加えられていきます。落書きのある壁のそばで引っ越してきたトラックをIwasakidrowing2 見つめる少女の後姿は壁にもたれて犬を連れていたり、壁に手を触れていたりだったのが、完成作では壁から少し離れて独り毅然と立っている姿になっています。これに伴って、少女がトラックに向ける視線の方向が少しずつ変化しています。その傍らのディテールでは壁の反対側から少年が覗いていたり、壁の落書き自体が変化したりと、少女とトラックそして周囲との関係が位置関係や少女の姿勢の変化によって、引越しによって新しいおとなりさんが来ることに対する少女の心理の揺らぎを何枚もの習作で、いくつも描いているのです。「落がきする子ども」では、逆に壁が色地から白地に変化し、落書きしている二人をのぞく子どもがいたり、壁の向こうの背景などが試みられていましたが、それらが完成作ではなくなってしまって、落書きそのものも、描き始めの状態になりました。おそらく、となりに引っ越してきたこどもと、引越しのトラックを見つめていた少女が二人で落書きをするという、協同作業を始めることを、二人の色がこれからついていくとか、二人に視線を集中させるために周囲のものを切り捨てたということなのでしょう。背中の少ない線だけで、少女の変化が、トラックを見つめていた時のすこし前かがみでうじうじした様子が、落書きしている少女は背筋が伸びて足もふんばっています。
Iwasakipiero  また「夕日のなかの犬と子ども」では全体の向きが習作では右から左だったのが、左から右に反転してしまいました。
 これらを見ていてると、まるで企業の新製品開発秘話を聞いているかのようです。たとえば、トイレで詰まることのないトイレットペーパーは水に融けやすい方がいい、しかし、あまり融けやすいと本来の用を為さない。その二律背反を克服するために、適度な融けやすさを求めて、様々な柔らかさのペーパーの試作を繰り返し、適度な融けやすさを探していく。いわさきの画面つくりの作業に、とても似ていると思います。その似ている点は、プロセスだけではなくて、おそらく、そのようなプロセスが可能となるというところも似ているのだと思います。というのも、トイレットペーパーの適度な融けやすさを追求するということは、トイレットペーパーというのはこういうものだという基本設定があって、そのために開発が行われるのです。いわさきの絵本の習作における様々な試行にも、その前提となる基本了解事項があると思います。それが、おそらくいわさきの描く少女のキャラクターのパターンという基本的なモチーフです。いわさきの超絶的な技巧は、このキャラクターを素材にして、見る者に想像力を働かせて、色々な思いを寄せさせるために最大限の効果を生むことに特化されていると思うからです。おそらく、ここで見た習作で試されたもののどれをとっても、画面の完成度は同Iwasakifire じ程度ではないかと思います。そこでいわさきが最終的な完成作としたのは、トイレットペーパーとして適度な融けやすさかといったような仕様基準をクリアしているかどうか、ということで、いってみれば絵として完結した完成度ではなくて、その機能性を追求している。その点を冷徹に追求して脇目も振らないところに、いわさきという作家の凄みがあると思います。この習作の展示は、その凄みを垣間見せてくれるもので、とても印象的でした。
 アンデルセンの『絵のない絵本』のための描いたものから「墓地に腰をおろす道化」です。いわさきが、いつものパターンのキャラクター以外のものについても、鉛筆と墨だけのモノクロームの画像で、この人のデッサン力が尋常でないことを示しています。
Iwasakifire2  いわさき、もうひとつの代名詞のようになっている戦争と子どもをテーマにして描いたものから、これらは基本的に鉛筆と墨または水彩のモノクロームで描かれますが、かすれた線と滲みの効果を最大限に活用しています。例えば、「焔のなかの母と子」では母親の怒りと恐怖の表情と子どもの無垢な表情の対照が見る者に痛みとして突き刺さってくるようです。また、「焼け跡の姉弟」では画面の大半を墨で塗り潰すようにして、姉弟の絶望的な状況だけでなく、二人の内面の不安や恐怖を浮き上がらせています。

2018年12月 4日 (火)

生誕100年 いわさきちひろ。絵描きです(3)~Ⅱ.働いている人たちに共感してもらえる絵を描きたい

Iwasakiman  第二次世界大戦に敗戦したなかで、いわさきは、日本共産党入党したり、上京して、新聞記者として活動する傍らで丸木位里・丸木俊(赤松俊子)夫妻のアトリエを訪れて技法を学んだといいます。その影響なのか分かりません。
 「ほおづえをつく男」という素描です。これをひと目でいわさきの作品と分かる人はいないのではないか。鉛筆を紙に押し付けるようにして力を込めた強く太い線で描かれています。線には力の入り抜きが、まるで書道の筆の勢いのような明確に表われていて、そこに画家の強い意志が繁栄しているように見えます。それゆえに、力強い線が明確すぎるほどに輪郭を主張しています。陰影のつけ方も後年のぼかしのようなことはせずに、線を引いて明確な影をつけています。ただ、画面全部を描ききる、つまり、画面をひとつの関係した世界として、その世界を完璧に作り上げるという画面ではなくて、動いている人物の一瞬を、瞬間的にとらえているという感じです。そのため、多少の歪みとか、空白は気にていない。また、男には立体性とか重量感といった存在感はあまりない。基本的に、リアルに完璧な画面をつくろうとするのではなくて、男が何かを視線を向けていて、そこで何かを訴えようとしている、その一瞬をすくいとったという方向性の作戦であると思います。
Iwasakitakeshi  これも素描ですが「長男・猛」という、さっと描いたのでしょうが、実は巧いひとであったのが分かります。それが分かって、「ほおづえをつく男」を見直すと、意図的に歪めて描いているということが分かります。いわさきという画家の方向性は、だから、何か伝えたいことがあって、そのために画面をつくっていく、それが写実ということから離れても気にしない、そういう志向性の人であったのが分かります。もしかしたら、そういう姿勢を丸木夫妻から吸収したのかもしれません。
Iwasakieye  「眼帯の少女」という油絵の作品。後年のいわさきの作品とは色遣いが全く異なり、重苦しいほどで、油絵の具の質感と色彩に押しつぶされそうな印象です。しかし、不思議なのは色彩は重苦しいのですが、ここで描かれている少女に重量感とか実在感があって重いのではないということです。また、少女たちの表情が暗く重苦しいというのでもない。だからというわけではないのですが、いわさきという人は、直接的な個別の感情は描こうとしなかった。つまり、感傷的になるような共感とは遠く、むしろ、そういうものに対しては突き放すような透徹した視線を持っていたことが想像できます。また、この作品の少女の顔は、リアルな肖像ではなく、デフォルメされ省略された少女のパターン、とくに画面左の眼帯をしていない少女は、後年のかわさきに典型的な少女のパターン、頬がふくらんでしもぶくれの様になって、鼻の影がなく、目は黒目といった特徴がここで、すでに表われています。これを油絵の具で塗り潰せば、平面の顔の画像が、絵の具の強い色に負けてしまうということでしょうか。ここでは、油絵の具を使いこなせていない、色の強い感じに振り回されているような気がします。結局、いわさきは油絵を描かなくなり、水彩ばかり描くようになりますが、油絵に対しては、自身でも馴染めなかったのかもしれません。とはいっても「母の絵を描く子ども」という油絵作品は、油絵でなければできないような、いわさきには珍しい濃い画面で、しかも、後年のいわさきに特徴的な雰囲気を作り出していて、こういう作品をもっと描いてくれたら、と少し残念に思いました。また「マッチ売りの少女」なども、後年の絵本作品のパステル風の幻想とは違って、バロック絵画の光と闇のグラデーションを少女のマッチの火がつくりだす雰囲気が、油絵ならではものでした。いわさきにもこんな方向性があったのかと意外な作品でした。
Iwasakideath  また、この時期に紙芝居の挿絵も手がけていて、そのための習作として「死神を追いかける母親」という作品。まあ、いろいろ試しているんですね。この他にも、広告の挿絵など、後年では考えられないような仕事をやっています。

2018年12月 3日 (月)

生誕100年 いわさきちひろ。絵描きです(2)~Ⅰ.私の娘時代はずっと戦争のなかでした

Iwasakinadeshiko 終戦までの揺籃期のちひろを追い、画家としての原点と感性の形成を探るとのこと。ちょうど少女時代は昭和初期のモダニズムの時代で、20代が戦争の時期にあったという。ここもグッズばかり、戦災で作品は大半が消失してしまったということなので仕方ないのかもしれませんが。「なでしことあざみ」というどういうことのない作品。興味があるのは、このような平凡な作品を描いていたいわさきが、どういうようにして、スーパーテクニックで大胆に空間を切り刻むような作品に結び付くのかということです。このお絵描きを見ている限りでは、色遣いも重苦しいし、後年の作品とは結び付かない。

2018年12月 2日 (日)

生誕100年 いわさきちひろ。絵描きです(1)

 2018年8月に東京ステーションギャラリーで見てきた「生誕100年 いわさきちひろ。絵描きです。」の感想です。
Iwasakipos  昨日、台風が西日本に上陸して、東京地方には風雨の直接的な影響はなかったようだけれど、熱帯の空気がその台風によって運ばれてきたために、いちど緩まった猛暑が再びぶりかえしてしまった。所用で東京駅を降りた昼頃、丸の内南口の改札ロビーから、この展覧会の入口の様子が垣間見えた。入口はかなり混雑していた。ちょっと迷った。その後、都心での用事を済ませたのは夕方。時間も遅くなってきたし、展覧会の会期も残り少ないので、これを逃すと見られないからと、見に行くことにした。会場は、昼に見たほどではないが、割合に人が多く、中には、展覧会にいつもは足を運ばないような人も混じっていて、それが混雑している雰囲気を一層強くしていた。いわさきちひろの人気の幅広さゆえだろうと思う。
 ただ、この展覧会は、そういういわさきちひろについて、画家としての技術や作品を改めて見るという趣旨で、それが展覧会タイトルにあらわれている、ということで見に行きたいと思っていた。
 その主催者のあいさつは明快なので引用します。“2018年、いわさきちひろ(1918~74)は生誕100年を迎えます。にじむ色彩で描かれた子どもたち、花々、そして大きく空けられた余白。絵本、挿絵、カレンダーなど、さまざまなメディアを通じてその絵は生活の隅々にまで浸透し、没後40年を超えてなお膨らみ続ける人気は今や世界に広がりつつあります。
 一方で、その作品に関しては、「子ども、花、平和」などのモティーフ、あるいは「かわいい、やさしい、やわらかい」といった印象ばかりが注目されやすいようです。「いわさきちひろ、絵描きです。」――のちの伴侶と出会った際に自己紹介したちひろの言葉をタイトルに掲げる本展は、「絵描き」としてのちひろの技術や作品の背景を振り返る展覧会です。ちひろはどのような文化的座標に位置し、どのような技術を作品に凝らしたのか。新出の資料も交えた約200点の展示品を通じて作品の細部に迫り、童画家としてのちひろイメージの刷新を試みます。”しかし、最初にエレベータをおりたプロローグという一画はいわさきが使っていた手袋や帽子や持ち物が展示されていて、それに人が群がっていました。ここでちょっと落胆しました。話は脱線しますが、石原裕次郎の記念館とかデパートの浅田真央展とかいったような催しで、当人の持ち物とか衣装とか飾ってあるのを人々が喜んで見ているというのを聞いたことがありますが、そういうのか、私には何に価値があるのかわからず、石原裕次郎とか浅田真央というのは、スクリーンに映っている姿とか演技とか、あるいは競技場でスケートをしている姿に価値があるのであって、例えば衣装というのは、その演技の中で使われていて、当人の演技を引き立てているもので、そこから切り離したら、単なる布切れでしかなくて、そんなもの単独で見て何になるのか、それなら、その衣装を着て演技をしている映像をもっとよく見た方が、ずっとましなのではないか、思うのです。そういう、場所ふさぎというのか、時間の無駄のような展示はスルーして、ちょっと悪い予感がしました。帽子や手袋なら、そういうものが売っている店に行って、似たようなものを見てくればいいだけではないかと思います。どうして、そんな当たり前のことに気がつかないのでしょうか。脱線ついでに、オタクとかコレクターという人々が作品を直に手にとってみたいという気持ちは理解できますが、それ以外のグッズを手に入れようと躍起になっていて、その成果を自慢げに見せようとする、例えばスターウォーズの映画が好きだという人がそのフィギュアを沢山集めてレア物とかを自慢している、それと映画と何の関係があるのか、私には意味不明なのです。そのフィギュアをつかって自分なりのスターウォーズを制作しようとかいうのなら多少は理解できます。
 いわさき(一般的には、この作家を呼ぶ場合には“いわさきちひろ”とか“ちひろ”といった呼び方をするようですが、それがとくに商標となっているわけ(例えば“雪舟”というような場合)ではないので、私の通例、例えば、画家を指す場合には、“モネ”とか“ルーベンス”といったようにラストネームで呼んでいるので、それに統一させたほうが混乱しないので、この作家も呼び方もラストネームの“いわさき”としています)の作品は、そういう扱い方をされやすい傾向にあると思います。そうでなくて、作品そのものを見ようというのが、この展覧会の趣旨ではないか。私は誤解しているのでしょうか。

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