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2019年1月 7日 (月)

ルーベンス展─バロックの誕生(4)~Ⅲ.英雄としての聖人たち─宗教画とバロック(1)

Rubencedomitilla  ここからはルーベンスの作品をテーマ別、題材別に見ていこうということになります。ここからは、作品のオンパレードです。
 「聖ドミティラ」。白いシャツを着て、腹部に毛皮を掛け、編み上げた頭髪を宝石の帯とリボンで飾り付けた女性は、右手に殉教者のアトリビュート(持物)である棕櫚の葉を持った姿で描かれ、視線を下方に向けている。あたかも柔らかい肌の感触が見て取れるかのような現実感を備えた生身の女性の描写が達成されている。その一方で、彼女の顔は厳格な横顔として表わされている。つまり、その顔の表現は、メダルやカメオに表わされた頭部を想起させるような威厳をも有しているのであり、古代美術の造形を強く意識しながら、生身のモデルに基づいて制作された作品ということができる。首飾りと棕櫚の葉が、直線を形成するように配されている点からも強い構成意識が見て取れるようです。イタリア留学中のルーベンスはこのような下絵でそれまで学習したことを様々に試みていたのだろうと思います。顔の描き方をみるとタッチはけっこう粗目であるにもかかわらず、棕櫚の葉を持つ手の指先の丁寧な描き方や、古代のカメオのような厳格なプロフィールでありながら、首の線の肉の弛みが肉感的に見えるなど、形式的な構成とリアルな視線の交錯がはっきりと表われていて、ルーベンスという画家が複数の方向性を持っていて、それらが拮抗してなかなかまとまらず、作品の中に対立的な要素が入っているのが大変興味深いです。ルーベンスの作品から放出されるあのエネルギーの源のひとつに、このような葛藤が原因しているのではないか、と少し考えさせられました。
Rubence2018sebas  「天使に治療される聖セバスティアヌス」という作品です。聖セバスティアヌスはローマの軍人で、キリスト教徒となったことからローマ皇帝に裏切者の烙印を押され、杭に縛り付けられてハリネズミのようになるまで矢を射かけられてしまいます。しかし、奇跡的に彼は助かり、聖イレーネによって介抱されます。それで、弓矢で射られて殉教する美しい若者の像としてよく描かれ、疫病に対する守護聖人とされているということです。この作品では、介抱してるいのが聖イレーネではなくて天使です。並んで展示されていたシモン・ヴーエの「聖イレネに治療される聖セバスティアヌス」の男性の肉体と比べると、ルーベンスの描く肉体がゴツゴツしていて生々しいのが分かります。ヴーエの描く肉体はすべすべしていて彫像のようです。それはそれで理想化された人物ということなのでしょうが。それだけに、聖セバスティアヌスも傷に手当てをしている聖イレネといって人物も背後の大樹も明確に描かれていますが、それはある意味、彩色された彫刻のように、明確な形がある。また、画面全体が、彫刻の小さなまとまりのようにおさまってしまっていて、空間をあまり感じさせない、そんな感じがします。とはいえ、このように明確にちゃんと破綻なく描き切っている画家の技量はたいへんなものであると思いますが。ルーベンスの場合は、それを途中まで同じように追求しているとは思います。聖セバスティアヌスのプロポーションなどは彫刻を参考にしていRubence2018sebas2 るだろうことは分かります。しかし、あるところから、そこから離れて、例えば、人の肌の彩色などはヴーエに比べて、かなり細かく使い分けていますし、画面全体に空気感といいますか、なんとなく薄い空気のヴェールがかかったようなものとなっています。また、聖セバスティアヌスがよりかかる大樹の向こうは雲が渦巻くような、右下奥には、はるか遠くに森林があるというような、この世でないように幻想的な風景が奥へと広がっている。それが神話的な空間を作っていると思います。それが、おなじような画面構成、構図で19世紀のギュスターヴ・モローに通じるような幻想的な雰囲気も作り出していると思います。個人的な妄想かもしれませんが、ルーベンスの描く聖セバスティアヌスのポーズ、例えば頭のかしげ方などはとくに、モローの絵画のポーズの癖に通じているような気がします。

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