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2019年2月 4日 (月)

ムンク展─共鳴する魂の叫び(2)~1.ムンクとは誰か

Munchself  展示室に入って最初の作品が「自画像」という1895年の版画(リトグラフ)です。これを見るとデッサンが上手い人であることが分かります。ちゃんと顔が描かれているというだけに、そこに施されている演技というのか、仕掛けが割合にあからさまに出ていると思います。白黒の版画の背景は黒一色の暗闇で、顔だけが身体から切り離されたように白く浮かび上がって見えます。これだけで、まるで葬儀の際に飾られる故人の遺影のようです。それが、一見写生のように描かれている顔が象徴の世界に入り込むようです。その顔は静かで、こちらの正面を向いていますが、その目は鈍くうつろで遠くに向けられているようです。また、右の瞼は少し下に垂れ下がり、内向的な印象を与えます。全体として無表情で、うつろな感じはデスマスクのような印象です。さらに、画面の下部には腕の骨が水平に描かれていて、上部には署名と制作年が記されているのが墓碑銘のようです。この作品では、自画像に死の影を濃厚に漂わせているのです。とは言え、自画像の顔の部分だけを取り出して見れば、極めて真っ当にしっかりと描写されたものです。その顔そのものには何の手も加えられていません。この作品では死の影を漂わせるような演出が施されていますが、その中で自画像の中心である顔には、その演出が施されていないのです。つまり、死の影が漂っていても、本人は何も変っていないのです。それだからと短絡的に結論を出してしまうのは性急すぎるかもしれませんが、死の影というのはムンク本人の外側で起こっていることであって、本人はそのポーズをしている。そういう姿に、この自画像は見えます。
Munchself2  「地獄の自画像」という、1903年に制作された作品です。自身の裸体という無防備な姿を晒しています。しかし、その裸体の肌は黄色いワックスを塗られたように彩色され、顔は仮面を被っているように表情が描きこまれておらず、ただ両目が白い穴のように空いています。これは仮面をつけた扮装のように見えます。1895年のリトグラフでは顔の周りの演出が見せていましたが、この作品でも、同じように自身の像よりも背景に手が施されています。背景は抽象的にしつらえられて、絵のタイトルの地獄の炎が燃え上がるような、荒々しいタッチの筆触があらわになって、配色も下の方が暗黒のような黒から赤を基調として、黄色/オレンジからオレンジ/茶色と上に行くに従って赤が暗くなっていく、それを筆触が縦の線で残されていて、炎が上方に向かって燃え上がるような印象です。その炎に照らし出されるように、自画像が赤くなっている。その赤は、顔から分岐して首の部分に横に線を延ばしていて、それは首を切断した傷のようにも映ります。さらに、人物の左後方にその炎に照らし出された影のような黒い大きな柱のようにせり上がっています。この背景は、ゴッホの有名な、耳切り落とし事件の発端にもなった自画像の背景にも似ている。ムンクはそれを知って、意識的に描いたかは分かりませんが、そうすることで生まれる効果を計算して描いていたのではないか、と私には思えるのです。それが後々の「叫び」の背景にも連なっているようにも思えるのです。
Munchself3  「青空を背にした自画像」という1908年の作品で、こちらは赤でなく、青の背景です。青空というならば、透き通るように描くのが普通でしょうが、絵の具をぶちまけるように盛って、荒いタッチが凹凸となって残るように、しかも塗り残しのキャンバスの地が所々見えてしまうほど粗い。そのタッチで、人物の顔は厚塗りです。これらを見ていると、同じような素材を着せ替え人形にするようにして、着替えさせると見てくれの印象が変ってしまう効果を楽しんでいるように見えます。この後の展示をみていくと、ムンクの作品は塗り絵の色を変えるように同じ下絵のものをさまざまなヴァリエーションに変化させていくシリーズが目立ちますが、この自画像においても自分の姿もそういう題材として使っていたのではないかと思えてきます。このように様々に自身の姿を使いまわすことができるということは、自己に対して執着するところがないと、私には思えてきます。つまり、作品を見ていると、個人的に体験に根差して人間の内面を深く抉ったというような、この展覧会の主催者も言及しているようなムンクのイメージとは違う、外面の表層にこだわって、それ以外には関心がないという印象を受けました。
Munchself4  また、ムンクは生涯にわたって多数の自画像を描いたということですが、ここで見た作品が自画像である必要はあったのか、その作品自身に根拠が見つかりません。作品の画面の人物に施した細工を見れば、自己の姿への執着がない、それは関心がなくて、単に題材として扱っている。そうであれば、何も自画像ではなくて、この後のコーナーでは有名人のブロマイドのような写真をもとにした肖像画を多数描いているのだから、そのうちひとつを題材としてとりあげたっていいわけです。ここに展示されている作品を見ていると、ここに描かれているのが画家自身ではなくて、家族でも、マラルメでもイプセンでも違いはないだろうし、むしろ、誰でもない人を設定したほうが細工を施し易いはずです。解説の一節に“数々の自画像─それらは、20世紀への変わり目を生きた画家が、新たな表現に取り組む絵画実験の主題となり、名声を築き歴史に名を残す上で戦略的に自己演出する契機となる”という説明がありましたが、それが私には納得できるものでした。職業としての画家であったムンクは、当然その職業で生計をたてていかねばなりません。一般的な画家のイメージとしては、印象派に代表される近代の画家の小説や映画などで描かれているのは画商を通じて金持ちの愛好家に作品を買ってもらうか肖像画の注文を受けることでお金を稼ぐというものです。しかし、ムンクの場合は作品を売ること以上に、ヨーロッパ各地の都市で個展を開いて、その入場料収入の比重が高かったということです。いわば、ドサ回りの営業パフォーマンスです。おそらく、ムンクの描く作品傾向はお金持ちの一般的な好みに沿うようなものではなかったでしょうから、先端的な芸術運動や最新の流行に敏感な人々を対象とするものだったでしょう。しかし、そういう人々は、一部の愛好家を除けば、ムンクと同じような芸術家だったり、学生といった、だいたいにおいて若者で収入の多くない人々だったでしょう。そういう人々にまとまったお金で作品を購入してもらうということは、あまり期待できない。しかし、入場料くらいなら払ってでも作品を見てくれるでしょう。現代の美術展の入場料を払って名画を鑑賞する多数の人々も、その当の作品を購入するなど思いもよらないのと同じように。そういう商売をムンクという画家は行っていた。そこで、できるだけ収入を稼ぐためには、個展の入場者を増やさねばならない。そのためには、ムンクという画家に興味を持ってもらわなくてはならない。個展といってもそれほど長期間開催するわけではないでしょう。一定期間個展を開催したら、次は別の都市で開いて、新しい入場者を得るというためには、効果的な宣伝が必要です。そのために、ムンクという画家のイメージをアッピールするとために自画像を描いて、そこで、自身の画家のイメージを演出した。それがムンクのマーケティング戦略だったのではないか、ということです。そして、その戦略の影響は後の世の現代でも残っていて、一般的なムンクのイメージに強い影響を残している、とは言えないでしょうか。つまり、この展覧会に、ノコノコと出かけてきている私も、ムンクの戦略にハメられているというわけです。そう考えると、ムンクという画家に対して、親近感が湧いてくるではありませんか。

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