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2019年2月12日 (火)

ムンク展─共鳴する魂の叫び(10)~5.接吻、吸血鬼、マドンナ

Munchkiss  おそらく、この展示コーナーがクライマックスで、ムンクこだわりのテーマを連打で見せています。
 「接吻」という1897年の油絵です。わずかに開いたカーテンから窓の外の日の当たる明るさと対照的に、画面の大部分は暗い室内ですそこでは恋人たちが抱擁する親密な空間で、しかも、接吻を交わす男女の頭部は溶解したように融合してしまっています。その一体感と性的な欲動が明るい公開の場である戸外から隔絶された閉ざされた空間で抑制が外され、動き出している。それは1895年のエッチングでは、もっとあからさまで、こちらの作品の男女は裸で抱き合っています。しかも、この肉体の描き方は妙に生々しいもので、とくに男性の腰の入れ方はセックスを強く暗示する腰つきです。それが木版画になると、例えば「接吻Ⅳ」という1902年の作品では、抱き合う男女は抽象的な形態に単純化され、しかも色彩は濃淡もない黒一色で、背景である室内の描写は切り捨てられます。版木の木目が背景となって、しかも、その木目が抱き合う男女の形態にも残されていて、ノイズとなって、男女の形態が純粋に図案となる邪魔をしています。
 Munchkiss2 これを見ていると、ムンクの作品では背景とか主題といった画面上の優先順位というものが考えられていないのではないかと思えることがあります。この1902年の作品では木目がそのままでていて主題であるはずの抱き合う男女の像の邪魔をしているわけですから、地と図の関係が逆転とは言わないまでも、曖昧になっています。そう考えると、色をMunchkiss3 塗り残してキャンバス地が見えてしまっている場合なども、キャンバスを地としてその上に図を描くものだとはかんがえられていないように思えます。一方で、1897年の油絵作品では画面左の窓にかかったカーテンがわずかに開いて、窓外の明るさが見えています。また、1895年のエッチングでは窓のカーテンが開かれています。そこでは、程度の差はあっても外から見られているかもしれないのです。この作品で抱き合っている男女は、見られている存在で、おそらく当人たちもそれを意識していると思えます。それは、この画家の自画像でつねに演技するように自己演出していると同じです。下世話な言葉でいえば、この男女は見せ付けているのです。だから視点は背景にある。ということは、男女は客体で主体は背景にあるも知れないのです。1902年の作品では背景の描写はなくなってしまっていますが、男女にその意識は残っています。そういう関係を画家は描いている。そう考えると、背景が変ってくると、視点の主体が変ってしまうのですから客体の意味合いも変ってくる。それをシリーズとして並べて展示すると、異なる場面でそれぞれ男女が抱き合っていると、違う物語を見る者が作っていくことになるのです。
Munchvampire  「吸血鬼」という作品です。解説では、ムンクは女性を誘惑する女、ファム・ファタールとして捉えて吸血鬼の形で表現し、男の犠牲者から血を吸う行為の最中を描いたと説明されています。しかし、タイトルを知らないで画面だけを見ていれば、「接吻」のヴァリエイションと見えるでしょう。しかも、この油絵の背景は「叫び」の背景の空の渦巻きとよく似ています。したがって、「接吻」の見られることを意識した姿の想像を掻き立てられるのではなくて、心理的な状態が背景に映し出されるような、とりわけ不安とか絶望とかいっていいような心理的に不安定な状態を背景にして、男女が抱き合っているということから、例えば、愛の曖昧さと二面性、つまり、この女性は打ちのめされた男を包み込むように抱擁している。それが同じタイトルの版画になると、画面は弧を描く形態と、緑や青、黄土色や橙色の色面の構成といったような抽象画のようになってしまいます。ここまでくると、作品解説にあったファム・ファタールとはちょっと違うな、というのがわかります。というのも、そういう男を誘惑して、最終的には破滅させてしまう、喰い物にするような生々しさが、最初の油絵もそうですが、感じられない。男を誘惑Munchvampire2 するには、それなりの魅力、絵画で題材にされる場合にはエロティックになる場合が一般的ですが、これらの作品からはエロティシズムは感じられません。もしかしたら、現代の日本の平面の二次元的な表現の少女への“萌え”のような記号的なお約束のようなエロティシズムの形を漠然と考えていたのかと妄想してみました。とくに版画の平面的な画像は、マンガのキャラのパターン的な表現と似ているところもなくなはない。つまり、マンガのキャラはキャラクターとは違うのです。このコーナーで展示されているムンクの代表的なモチーフは吸血鬼もマドンナも伝説や聖書のものがたりの登場人物で人格や同一性を備えた人物を描写したものではないのです。単純な画像が吸血鬼とかマドンナという名前を付けられることでイメージを生み、物語とは関係なく、それ自体で流通する記号、現代で言えばキティちゃんのようなものです。それをムンクは「吸血鬼」では木版画で制作しています。版画というのはすべてそうですが、とくに木版画は版木という物質をもちいて制作するので多くの制約があります。表現者の思うようなことができないのです。例えば、筆で描くのであれば、即興的に絵の具を重ねたり、混ぜたりすることができます。あるいは線を書き足したり、線自体を滲ませたり、かすれさせたりも自由です。これに対して、木版画では線は版木を刻んで、紙に刷ります。また、「吸血鬼」の版木が展示されていましたが、何色も色を使う場合は、それぞれの色の版木を刻んで、その色ごとに刷るものです。だから予め結果がどうなるかを計算して版木をつくるのです。この「吸血鬼」という版画作品は周到に計算して制作されたものと言えます。ムンクはジグソーパズルのように多色刷りの木版を制作したと説明されてしました。色彩が混ざるのを避けるために、木版の版木をいくつかの部分に分割し、それぞれの部分に別々の色をのせるというわけです。それを紙に刷るまえに各部分が組み合わされて、色面が完璧に分離された版画が出来上がるというわけです。だから、出来上がった版画は見かけは一枚の画面だけですが、実際は複数の異なる版木の重なりで、数枚の絵画の合体なのです。その結果として出来上がった画面は、次元も時間も異なる別々の絵画に分割することができる。つまり、この「吸血鬼」は見かけ上は一枚の絵ですが、実は数枚の絵に分裂しているのです。みかけの統一は表面的で、実際は分裂している。その分裂のしかたも、色面ごとで、それぞれの色面が抽象的で、私が常識的に何かの形を表わしていると捉える形象をしていない。一見、抱擁しているように見える画像が、実は分裂していて、その分裂した各部は無意味な形なのです。Munchmadonna そこから、ムンクの作品に人々が不安や孤独を感じ取るというのは、「叫び」のデザイン性もありますが、実はもっと構造的なのではないかと思うのです。したがって、ムンクという画家について、たしかに神経を病んで施設に収容されたり、その治療に多くの時間を費やしたという伝記的事実が知られていますが、それはゴッホが発作的に自身の耳を切り取ったりしたようなエピソードと同じように見て、直情的に自身の不安や孤独を作品にぶつけるようにして描いたというのではないということです。ここに展示されている作品を見ていると、感情的になって即興的に描いたというとは正反対に、冷静に計算して制作していることが分かるのです。
 「マドンナ」もムンクの有名なパターンです。今回は3種類のリトグラフが展示されていました。このリトグラフにはプロトタイプのような油絵が前年に制作されていて(今回の展示にはありませんでしたが)、その油絵でのマリアの表現は、当時としては非常に変わったものだったといいます。というのも、20世紀に至るまでマリアの肖像は品のよい熟年の女性を描いた高踏的な芸術であることが常だったためです。この油絵に描かれた人物は十代にも見えるほど若く官能的で、好色的とまではいえぬにせよ、身をよじらせて表情豊かなポーズをとっていMunchmadonna2 ます。彼女は後ろに手を伸ばして背をそらし、自分の肉体に鑑賞者の意識を惹き付けるものです。ただし、この変わったポーズにおいても、聖母マリアの表現法の規範となる重要な要素のいくらかは体現はしてます。まず、彼女は静謐さと穏やかな自信を湛えている。またその目を閉ざして慎ましさを表しながら、同時に上方からの光によって照らされています。より多く光を身に受けられるよう体をよじらせることで、目を向けることのないまま自分の体を見つめているのです。その油絵から派生したような、このリトグラフでは、聖人の光輪という慣例的な象徴を描くことなく、人物を取り囲む有機的な線とフォルムによってマドンナの聖性を表わし、宇宙的、神秘的な雰囲気を生み出します。同時に官能的に表わされた裸婦は、男性の視線を魅了する性的な存在です。マドンナの閉じた目と身振りは、聖なる恍惚の瞬間を示しています。また、彼女の白い肌と落ち窪んだ目とこけた頬は、病と死を想起させます。全体として見れば、マドンナの裸身を精子と胎児によって縁取られています。

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