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2019年2月 7日 (木)

ムンク展─共鳴する魂の叫び(5)~2.家族─死と喪失(3)

Munchsick3  「病める子Ⅰ」というリトグラフの作品では、病気の少女に絞った構図にトリミングされています。その結果、少女の顔と胸部に焦点が当てられることになりました。黄色と灰色の色調にすることによって画面全体を病的な霧が漂い、赤い線を使って結核の兆候を喚起すようにしました。少女の顔の内側と右側に空き領域を残し、死の超越を示唆する輝く光の感覚を作り出しました。ここでは、病気の少女のみが取り出され、油絵作品にあった、少女を悲しむ年上の女性は取り除かれています。それによって、子供の顔の痛みや疲労に見る者の注意を集中することになります。というように、深読みするように、さまざまに解釈することができます。そういう解釈を喚起するような、表層の変化を、むしろ、画家は狙っていたのではないか。しかも、その変化を人々が深読みして解釈してくるので、画家としては、してやったりと北叟笑んでいるような気がします。
Munchsick4  これらの作品の展示を写真のように一つの空間の中に連作を並べていたということです。その中で、死というテーマの連作の中で、この作品も並べられていたことでしょう。そうすると、このリトグラフのように同じ題材で、画面に加えられた着色が異なる作品も並んで展示されることになる。そこでは、同じような作品でも観客の反応が違う。つまり、同じ題材の作品でも、手を加え方が異なると、見る者に与える効果が変化してくる。版画という、言ってみれば量産ができる手法で同じ形の作品をつくって、そこに加える着色などの細工によって、見る者への視覚効果が変ってくる連作を制作し、それを並べて展示する。そうであるとすると、作品のテーマは別にして、画家の興味はむしろ、その視覚的効果がヴァリエィションにあったのではないかと思えてきます。テーマで見る者にアッピールするのであれば、作品ごとに構成などの画面の形を変えて、画面に何が描かれているかに注意を集めるはずです。しかし、このリトグラフを見ていると、いかに描くか、表面上の細工を工夫するかに注意が向けられて、何を描くかの興味は後退しているように見えます。むしろ、見る者の効果の変化を計るために、「死」とか「不安」といったような抽象的でシンボリックな題材にすると変化を見易かったのではないか。そう考えると、ムンクという画家は取り上げる題材よりも、見る者に与える効果の変化を見たくて、それに都合の良い題材を選んだ結果、死とか不安といった作品を手がけることが多くなっていったのではないかと想像することが出来ると思います。
Munchplace

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