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2019年3月

2019年3月26日 (火)

イサム・ノグチと長谷川三郎─変わるものと変わらざるもの(3)

 展示室が変わって、次のコーナーは戦後になってイサム・ノグチが来日して出会ったことを契機に、その当時に製作された作品です。二人は意気投合し、日本美の本質を見極めるべく関西をはじめとて日本を旅して、古い美と出あうことにより独自の表現を生み出していく、というような説明がされていました。「交響詩霽日」という四曲の屏風に仕立てられた作品です。まるで日本画のような体裁で、そういう日本的なシブHasegawasymphonyいとか幽玄と言いたい雰囲気があります。説明にあったような古い日本に美に出会ったというストーリーを聞くとなおさら、そういう感じがしてきます。かまぼこ板を版画の版木のように彫って、それを画面にスタンプを押していくように、ランダムに押していって、画面を構成していくという手法で、マルチブロックという呼ばれる手法だそうです。その特徴として、例えば画面左のたてに伸びる棒のつながりは数本のたての線のブロックが積み重なるようになっています。そもそも、このような手法をとらずに筆をとって描けば一本にたての線をすうっと引けばできてしまうことです。そんな一筆でできてしまうことを、何個ものブロックを画面に押すことを繰り返しています。それは、一筆の一度の動きを何個ものブロックに分解、解体といった方がいいかもしれません。長谷川ではありませんが、誰だったか“絵画は一本立ての上映だが版画は二本立て” と言った人がいたそうですが、それは、版画が数本立ての絵画でありうること。すなわち出来上がった版画は見かけの一枚の画面だけてなく複数の異なる版木の重なり、まさに異なる幾つもの絵の重なりとしてあるということを意味していると思います。ということは版画というものは、おしなべてそういうものHasegawamusic なのだろうけれど、江戸時代の浮世絵版画からずっと版画はつくられてきましたが、長谷川はそういう版画の性格を意識して、それを敢えてあからさまに露呈させるようにしたのではないか。それが一本の線の解体ということにも表われている。ここでは線を例としましたが。ブロックを重ねることで形成された形もそうだと思います。それは、前のコーナーで見た初期の抽象画の作品が、異なる次元を重ねるようにして多層的に画面に表わしていたのを、それがズレとして目だっていたのを、こごては自然に見えてしまうように洗練させた、と思います。しかも、線を作っているブロックで押されたひとつひとつ棒は、それがつながって一本の線となってしまえば、それぞれの棒としては存在する意味は、そもそもなくなってしまう。そういう矛盾を内包している。それが、この作品の一見、モノクロームで、白地の部分が多くを占めて静けさの印象を与えるものの、どこか緊張感を孕んでいるように見えるのは、そういうためなのかもしれません。
Hasegawaenviremet  「環境」という作品は、「交響詩霽日」と同じようにマルチブロックの手法で制作した作品。「交響詩霽日」が屏風だったのに対して、掛け軸の体裁をとっています。その体裁なのですが、四曲の屏風という形は折り紙のように立体となって、よっつの面がずれながら不定形の立体、つまり三次元を作ります。全体として、ニ次元の平面にとどまらない存在のあり方をしています。ところが、この「環境」は体裁は純然たる二次元の平面に終始している。それは反面として、物質の存在にこだわらない。お分かりいただきにくいかもしれません。この画面を見ていると、例えば、現代音楽(こういうのは死語になっているのかもしれませんが)のジョン・ケージの図形楽譜とか竜安寺の石庭とかに似ている印象を持ちます。それは、マルチブロックの版木といった物質を押して表われた形が、つみかさねるように連続して押されると、その物質には存在しない別の次元で意味を持ち始めることと関係があるのかもしれません。楽譜もそれ自体の存在とは別の音楽という異次元の存在となって現われるものですし、石庭は石とか砂という存在とは別の意味があらわれてくる、それぞれが抽象的であって、そこに静寂Takashimadragon さが漂っている。音楽に静寂というのも矛盾していますが、ジョン・ケージの作品を聞いてみると、なぜか静寂さの印象を受けるのです、実際に。私には、「交響詩霽日」を、もっと突き詰めて純粋にしたのが「環境」ではないかと思えてきます。一本の線を筆で引くというのはどんなに細心の注意を払っても、筆の勢いとか絵の具の滲みやかすれなどの意図せぬ要素、アクシデントが加わります。それは反面では即興性ということにもつながります。これに対して、マルチブロックで線を引くということを解体してしまうと、版木を押すということは筆を使うことよりもアクシデントの要素を抑えることができます。したがって、画面に表われた棒のつながりは、計画した構成の通りに出来上がる可能性が高いものとなります。それだけ、頭で考えた、つまり抽象的なものにより近い。ちょっとデジタルの画像にも通じるようなものです。
Hasegawanature  「自然」という二曲の屏風です。かまぼこ板の版木を組み合わせたものではなくて、切り株や木片の地肌を直接紙に写し取る拓刷りという技法が用いられているといいます。“抽象的なフォルムが絶妙な余白をもって配されており、西洋的な抽象性と、東洋の伝統的な技法や空間感覚をみごとに融合させた作品”ということですが、まるでコラージュのようとも言えます。ここでの切り株や木片は、それぞれひとつの次元をもっていて、それが画面に転写されると、意味づけが転換し、それが他の転写と重ね合わされて、累積され、異なる次元が画面上で表われているそういうものが混在し、ひとつの秩序を形作っているのが自然だといわれれば、慥かにこの作品は自然を表わしているのかもしれない。私には、ここまで見てきてた長谷川の作品というのは、このように異なる次元をひとつの画面に詰め込んで、その異質なままを提出する、そういう作品として見ることができるものでした。音楽でいうと対位法的なもので、まるでバッハの「音楽の捧げもの」のような対位法の技法で、テーマが反転したり、鏡像になったりともともとの形はそのままで意味が転換されたり、組みあわせることによって違って聞こえる、そういうテクニックを駆使したもの。それを平面という限られた空間で様々に試みている。そういう作品なのに、結果として見えてきたのはシンプルな画面に仕上がっている、というものでした。それゆえ、この展覧会で、ここまでの展示がもっとも興味深かった。この後、長谷川の作品は書と見紛うようなものに変貌していきます。それは、私には画面での異なる次元の併存ということを失わせてしまったように見えて、作品に対する興味が薄れてゆきました。
 また、もう一人の展示者であるイサム・ノグチは世界的に著名な人だということですが、ほとんど見る気も起きないで、まったく印象に残っていません。

2019年3月25日 (月)

イサム・ノグチと長谷川三郎─変わるものと変わらざるもの(2)

 展示室に入ってすぐ目に入る。主催者のあいさつと並ぶように展示されていたのが、「無題」という1954年の作品です。書とも水墨画とも抽象画ともとれるような作品。抽象画としてはミロを想わせるところがあるような気もするが、ミロのような色彩に惹き付けられるところや、躍動感のようなものはなくて、ある種の融通無碍というのか、とはいえそこに静かな落ち着きのようなものが感じられるものです。最近読んだ、『抽象の力』という本の中で著者の岡崎乾二郎という人は、長谷川の作品の特徴を次のように概括していました。


Hasegawared・作品空間は、画面の物理的フレームや展示空間のフレームによって規定されない。大きさは可変的で伸縮自在である。


・作品内に、それぞれ可変的でありつつ同一性を維持する自律的構造(=自律的な空間、時間秩序)を持つ複数の形態が同時に存在する。


・それぞれの空間構造として自律した形態と形態の間は軽量化=確定できない。したがって、それを位置を確定もできない。これは日本語における「間」、さらに抽象化されて「無」という概念に翻訳され説明される。


Hasegawabutaffly 最初のコーナーは、1930年代の長谷川が東京帝国大で美術史を学んだ後、滞欧もした戦前作品が並びます。「朱」という1936年の作品です。斜めにズレて重なった二つの長方形(一つは黒い線ともう一つは赤い線で縁取られている)のまわりに輪ゴムのような不定形の輪がばら撒かれたように散りばめられ、絵の具を塗った靴底によってつけられた足跡のような不定形な横線が引かれた楕円状のものがランダムに画面上に描かれています。つまり、二つの長方形のフレームが重層的に画面にあるものの、それらを無視するように不定形に輪や足跡が、まるでフレームなど気にしないで歩き回った後のように散りばめられている。しかも輪と足跡は、それなりにそれぞれに同一性のようなものがある、つまり、それぞれが動き回った軌跡のように見えて、そこにそれぞれの形態が自律しているようなところがあります。


Hasegawamiro 「蝶の軌跡」という1937年の作品は、漂う形象の間を線が伸びているミロの抽象画を想わせる作品ですが、「朱」のスケールをより大きくなって、内容はより複雑になって、さらにリズムが生まれています。しかし、この作品のくねくね伸びる線はミロのようなか細い線ではなく、曲線だったり、節目をつくって屈曲していたり、様々なパターンです。それは、タイトルが示すとおりに蝶や昆虫が活動する軌跡を線で示しているような生き生きと躍動するところがあります。その線が長方形で囲われた不定形のアメーバのような形象の上を、ミロの線は形象の間を縫うように伸びていますが、この作品では、その形象とは違う平面にあるかのように、その間を縫ったり、形象を横断したりしています。その長方形の囲いも常に伸縮したり、歪んだり折れ曲がったりする動きがあります。そして、その形象も線もドットのような点が並んでいる面の上で動いている。その面にも赤い染みのような形が拡がっているように見えます。つまり、幾つかの異なる平面、次元とか位相といった方がいいかもしれませんが、それらの次元で線や形が、そのかたちを変えながら、それぞれに動いている。それが、相互に折り重なっている。


Hasegawaroom 長谷川は絵画だけにとどまらず、写真やコラージュの作品も残していますが、同じような姿勢が表われていると思います。「室内」という写真の作品です。畳の上にくしゃくしゃに丸められた新聞紙が転がっているという、言葉にすれば何の変哲もないと思われてしまいます。しかし、黒い縁で仕切られ、一方向に秩序正しく並んでいる畳の目は、まるでモンドリアンの幾何学的な抽象画のような平面です。そこに丸められた新聞という幾何学的な秩序とは異質な、つまり次元を異にするものが不意に投げ込まれて、安定していた秩序が動き始める、同時に異なる次元が出現する。この写真は、長谷川の不定形に動く、多層的な空間が、観念の上でつくられて作為的にキャンバスに描かれて造られるのではなくて、日常的に、身の回りに転がっているものであるということ、おそらく、それが長谷川の作品世界なのだろうと思います。それは、モンドリアンのような、観念的というのが、事物を見ていて、そこから形象という、色々と考えながら余計と思われるものを取り除いていって純粋なものを抽象するものではなくて、実際に手触りのある物体というのでしょうか実在しているものとしてある。それが作品と結びついている。


 シリーズものということなのでしょうか、「郷土誌」というタイトルで数枚の写真が展示されていましたが、シダの葉、砂、網などが切り取られるように写しとられた画面は、まるで抽象画のように見えました。

2019年3月24日 (日)

イサム・ノグチと長谷川三郎─変わるものと変わらざるもの(1)

Hasegawapos2 2月の中旬に横浜美術館で見てきた「イサム・ノグチと長谷川三郎─変わるものと変わらざるもの」の感想をまとめました。
 横浜は普段の私の生活圏からは少し離れているし、さらにこの美術館は地理に慣れていない者には横浜駅からは行き難く感じられるため、なかなか行く機会がない。以前にも駒井哲郎の回顧展なども、行きたかったが機会を逃してしまった。それに、この美術館は外観の立派さを優先しているのか、私のような利用者には不親切な建物で、およそ作品鑑賞するのに意地悪を心掛けているかと思わせるような建てつけになっているので、積極的に無理をしてでも行こうとすることがないこともある。無理して行って、箸にも棒にもかからないようなおそまつなプーシキン美術館展のようなものに当たってしまった苦い経験もあった。今回は、イサム・ノグチには関心も興味もないが、長谷川三郎という人はよく知らないものの、見る機会がなく、興味だけはあった。この日、海外出張が終わって、羽田空港に比較的早い時刻にもどれたので、そこからは比較的近いと思って、少しまわり道して寄って見ることにした。土曜日で天気の良い午後、みなとみらいという場所らしく、家族連れなどで賑やかだったようだが、美術館は空いていた。静かな、というより閑散に近い展示環境。出張帰りの疲れもあって時間をかけてゆっくり見てまわる余裕は持てなかったが、最低限、見るものは見ることができたという感想だ。
Hasegawapos まず、二人の紹介を兼ねて主催者のあいさつを引用します。“この展覧会は、戦後間もない占領下の東京で出会い、強い友情で結ばれたアメリカの彫刻家イサム・ノグチと日本の画家長谷川三郎とが、同じ芸術的理想を求めて共に旅し、研究し、対話し、助け合い、それぞれに新たな創造世界を切り拓いていった過程をたどります。1946年ニューヨーク近代美術館で米国を代表する14人の新進芸術家のひとりに選ばれたイサム・ノグチは、彫刻が人々の生活に根付き、社会で重要な役割を担っていた時代の遺構を求めて地球を一周する旅に出、1950年5月に最終目的地の日本に到着しました。長谷川三郎は1936年から抽象絵画を手掛け、欧米モダニズムの潮流や日本と東洋の美術史、思想に通じ、美術における登用と西洋の問題に取り組みながら、将来の日本美術の採るべき道を見定めようとしていました。ノグチと長谷川はすぐに意気投合し<、共に古い文化遺産を関西に訪ね、仏教学者久松真一ら知識人と面談しました。庭園、建築、水墨画、書、茶道、埴輪、土偶、銅鐸、陶芸、俳句、禅、道教、それらの日本と東洋の古い文化遺産の中に、時代や文化、言語の違いを超えて人に語りかける「生きている」本質を見出し、それを新たな創造の糧とした点で、ノグチと長谷川の姿勢は一致していました。本展は、ふたりの1950年代を中心に、ノグチでは、魯山人の釜場で焼いた陶の作品。1950年代に始めた《あかり》、広島の原爆犠牲者メモリアルのマケットなど、日本で制作された多方面にわたる作品の他、長谷川との対話で深化した日本の美と東洋思想の理解を反映した、鋳鉄、石、バルサ材、アルミ板の作品群など約50点が展示されます。長谷川三郎の作品では、《蝶の軌跡》をはじめとする戦前の抽象絵画、実験的な写真作品、ノグチとの出会いを経て生まれた《桂》も《狂詩曲漁村》など版木や拓刷による大型作品、日本で紹介される機会のなかった1954/55年の渡米以降の墨にわる作品などよる作品など約70点が出品されます。70年前にノグチと長谷川が取り組んだ、地域固有の伝統と外来の影響とり、世界規模の交流と文化の独自性とのバランスをいかに実現するかという課題は、グローバル化が進展する今日の私たちにとってより一層切実になっています。本展の作品群に結実した彼らの理想主義的芸術ビジョンは、多くの示唆を与えてくれるに違いありません。”長くなりましたが、私は二人のうち、シサム・ノグチに興味がないので、二人の交流とか、あいさつの最後のあたりのことは考えるつもりもないので、このことは無視して、主に長谷川三郎の作品について見ていきたいと思います。

2019年3月18日 (月)

小津安二郎監督の映画「東京暮色」の感想

111111  「晩春」以降の小津安二郎監督作品の中でも失敗作という人もいる。かつて、植民地勤務で東京を留守にしていた折に妻に逃げられた初老の銀行家の娘が、不良とつきあううちに妊娠し、子供を堕ろしたうえで自殺するというストーリーと、他の小津作品にはない暗く湿った雰囲気の画面とが相俟って、後期の小津作品の中では人気も評価もいまひとつと思う。しかし、そうなることは、小津自身にも分かっていたのではないか、それでも彼は、この作品を撮った。否、撮らずにはいられなかった、そう思うが故に、この作品こそは、小津が映画作家である証しのような作品であると思う。この作品は、後期の小津作品の代名詞ともいえる笠智衆と原節子が共演した紀子三部作の陰画のような作品になっていると思う。例えば、『東京物語』の有名な早朝の熱海の海岸で背中を並べて佇んでいる老夫婦をバックから捉えたシーンを、この作品では有馬稲子が恋人の田浦正巳に妊娠したことを告げるのが同じように東京湾に向かって二人が並んで堤防に腰をおろしているのをバックから撮っている。しかし、ここには老夫婦の心の通い合いとは違って、心を通わすことのないそれぞれが自分のことしか考えていないそれぞれに孤独な男女がいるだけだ。この作品では、後期の小津作品のスタイルの画面が作られているにもかかわらず、その意味とか観る者が受ける印象が陰画のごとく逆方向を向いている。父親を演じる笠智衆は『晩春』の父親と同じように振る舞っているが、『晩春』では娘をさりげなく見守る人の好い父親になっているのに、この作品では善意に逃げる愚鈍さゆえに、妻に逃げられたうえに娘まで失ってしまう依怙地な銀行員になってしまっている。つまり、代表的とされている小津作品は表の面に過ぎず、実はその裏面として、この作品の世界があり、その二つが表裏の関係にある。だからこそ、小津は、この作品を撮らずにはいられなかったのではないか。おそらく、この作品を見ると見ないとでは、例えば『東京物語』の見方が変わってくると思う。

2019年3月 7日 (木)

ウォーレン・バフェットの「株主への手紙」2018(11)~年次総会

 バークシャーの2019年の年次総会は5月4日土曜日に開催されます。 もしあなたが出席を考えているなら、そしてチャーリーと私があなたが来ることを願っています。詳細についてはページA-2~3をチェックしてください。それらは我々が何年も続けているスケジュールと同じです。
 オマハで出席できない場合は、ヤフーのウェブキャストで参加してください。 アンディ・セーワーと彼のヤフーの仲間は、会議全体をカバーし、米国内外の多くのバークシャーの経営者、著名人、金融専門家、そして株主との面接において、素晴らしい仕事をしています。 毎年5月の最初の土曜日にオマハで何が起こっているのかについての世界の知識は、ヤフーが協力してくれてから劇的に増えました。 その報道は、中部夏時間の午前8時45分に始まり、中国語の翻訳を提供します。
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 54年にわたって、チャーリーと私はずっと仕事が大好きでした。 毎日、私たちは自分が好きだと思って信頼できる人と協力しながら、面白いことをします。 そして今、私たちの新しい経営体制は私たちの生活をさらに楽しくしています。
 全体として、つまりアジッドとグレッグが事業を運営し、素晴らしい企業集団、現金世代のナイアガラ、優秀なマネージャーによる幹部、そして堅実な文化を擁しています。 あなたの会社は、将来が持ってくるものは何のためにでも調子が良いです。
 これで今年の「株主への手紙」を終わります。

2019年3月 6日 (水)

ウォーレン・バフェットの「株主への手紙」2018(10)~アメリカの追い風

 3月11日で、私がアメリカの事業に最初に投資してから77年になります。 1942年のことだした。私は11歳、そして私はすべてをつぎ込みました。6歳の時から蓄え始めた114.75ドルを投資したのです。 私が買ったのは3株シティ・サービスの優先株式でした。 私は資本家になりました、そしてそれは気分がいいことでした。
 それでは、私が株を購入する以前、77年間の2まわりさかのぼってみましょう。 ジョージワシントンが最初の大統領に就任する1年前の1788年です。その時、新しい国がたった77年のサイクルの3回転目でこれだけの達成をするであろうことを誰が想像することができたでしょうか?
 1942年以前の77年間の2サイクルで、アメリカは400万人の人口という当時の世界の人口0.5%という小国から、地球上で最も強力な国へと成長しました。 しかし、1942年の春、危機に直面しました。アメリカとその連合国は、たった3か月前に入った戦争で大きな損失を被っていました。 悪い知らせが毎日のように届きました。
 不安を告げる報道にもかかわらず、ほとんどすべてのアメリカ人は3月11日に戦争に勝利するであろうと信じていました。 彼らの楽観主義はその戦争に勝利することだけに限られるものではありませんでした。 先天的な悲観論者を除けば、アメリカ人は彼らの子供たちやそれ以降の世代は、彼ら自身よりはるかに良い人生を送ることになるだろうと信じていました。
 アメリカの市民は、もちろん、その先は平坦な道ではないだろうことは理解しました。実際に、決して平坦ではありませんでした。 その歴史の早い時期に我々の国は全アメリカ人男性の4%が犠牲となった南北戦争という試練を受け、リンカーン大統領は「かほどの自由を創り出し、平等たらんと勤しむ人々の国家が、長きにわたって存続し得るだろうか」と公然と考えさせられました。1930年代には、アメリカは大恐慌、大規模な失業に苦しみました。
 それにもかかわらず、1942年に私が株を購入をしたとき、国民は戦後の成長を期待していました。それは、しっかりとして根拠を理解した信念だったのです。 実際には、その国民の達成したものは息をのむようなものと言うことができます。
 その主張を数字から明らかにしてみましょう。私の投資した114.75ドルがスタンダード・アンド・プアーズ500のインデックスファンドに投資され、すべての配当が再投資された場合、この手紙の印刷前に入手可能な最新のデータによると、2019年1月31日の私の持分は606,811ドルの価値になるでしょう。それは5,288倍の利益を得たことになります。その間、例えば年金基金または大学寄付金のような当時の非課税機関 で100万ドル投資していれば、およそ53億ドルに成長したでしょう。
 皆さんに、さらにもう1つの計算をつけ加えさせてください、どうか驚かないで下さい。そういう架空の機関が投資運用会社やコンサルタントなどのさまざまな「補助者」に毎年資産の1%しか支払っていなかったとすると、その利益は半分に削減され、26億5000万ドルになるでしょう。スタンダード・アンド・プアーズ500によって実際に達成された11.8%の年間収益が10.8%の割合で再計算されるとき、それが77年にわたって続くと、こんなことが起こります。
 政府の財政赤字により定期的に破滅的な運命を説く人たちは(私が長年にわたって自分自身に対してやってきたように)、私たちの国の国債は最近の77年間の期間で約400倍に増えたことに気づくでしょう。 それは実に40,000%にのぼります!この増加を予測し、底なしの赤字と通貨の暴落への恐怖で見込みにパニックに陥ったとします。皆さんは自分自身を「守る」ためには、株式を避けて、その代わりにあなたの114.75ドルで3.25オンスの金を購入することを選択したかもしれません。
 そして、その想定される「守る」ことは何をもたらしたでしょうか。これによって、アメリカの企業への単純な管理されていない投資から実現されるであろうものの1%にも満たない、たった4、200ドルの資産しかえられません。魔法の金属はアメリカの気概に匹敵するものではありませんでした。
 我が国のほとんど信じられないほどの繁栄は党派を超えるという態度で獲得されたものです。 1942年以来、我々には7人の共和党の大統領と7人の民主党の大統領員がいました。彼らがその職を勤めた年月には、我が国は様々な時期に、幾多の問題に取り組んできました。例えば長い期間のウィルスのようなインフレ、21%のプライムレート、いくつかの論争を牧王した高くついた戦争、大統領の辞任、家の価格の崩壊、麻痺した金融パニックと 他にもたくさんの問題があります。これらすべての扇情的に報じられました。 すべては今、歴史になりました。
 セントポール大聖堂の建築家であるクリストファー・ウォーレンは、ロンドン教会内に埋葬されています。彼の墓の近くには、つぎのような説明が書かれています(ラテン語から翻訳):「あなたが私の記念碑を探す場合は、あなたの周りを見てください。」アメリカの経済的なシナリオに懐疑的な人は彼のメッセージに耳を傾けるべきです。
 私たちの出発点に戻って、1788年には、野心的な人々の小集団と彼らの夢を現実に変えることを目的とした初期の統治の枠組以外、ここに実際には何もありませんでした。今日、連邦準備制度理事会は、私たちの家計資産を108兆ドルと推定していますが、これは理解するのはほとんど不可能な金額です。
 この書簡の前半で、バークシャーの繁栄の秘訣は剰余金であると説明したことを覚えていますか。それはアメリカと共にとありました。国の会計では、比較可能な項目は「貯蓄」と分類されています。そして、我々も貯蓄をしています。私たちの先祖が代わりに彼らが生産したすべてを消費したならば、投資、生産性の向上、そして生活水準の飛躍はなかったでしょう。
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 チャーリーと私は、バークシャーの成功の大部分が単にアメリカンの追い風と呼ばれるべきものの産物であることを喜んで認めます。アメリカの企業や個人が「一人でやった」と自慢するのは傲慢を超えています。ノルマンディーの質素な白い十字架が整然と立てられているのは、そのような主張をする人たちを恥ずかしいものにするはずです。
 明るい未来がある国は他にもたくさんあります。それについては、我々は喜ばなければなりません。つまり、すべての国が繁栄すればアメリカ人はより繁栄し、より安全になるでしょう。バークシャーで、我々は国境を越えてかなりの金額を投資したいと考えています。
しかし、これからの77年間で、私たちの利益の主な源はほぼ間違いなくアメリカの追い風によって提供されるでしょう。 私たちはその力を私たちの背中に持っていて幸せに思います。

2019年3月 5日 (火)

ウォーレン・バフェットの「株主への手紙」2018(9)~投資

 以下に、年末時点で最大の市場価値を有する15の普通株式投資を挙げます。バークシャーは連結の一員であるため、当社のクラフト・ハインツ保有(325,442,152株)は除外されているため、この投資を「持分法」に計上する必要があります。バークシャーの貸借対照表では、クラフト・ハインツの株式GAAPの数字では138億ドルで、これは2018年にクラフト・ハインツが行った無形資産の大部分の減損分を差し引いた金額です。時価は140億ドル、費用は98億ドルです。
 チャーリーと私は、上のリストで詳述した1,728億ドルをティッカーシンボル(株式市場で上場企業や商品を識別するため付けられる符丁)の集まりとは見なしません。「ザ・ストリート」による格下げ、予想される連邦準備制度の動き、政治的発展、経済学者による予測、その他の理由、例えば“はやり”によるもの。
 私たちの持ち株で見るのはむしろ、私たちが部分的に所有しており、加重ベースで、その事業を運営するのに必要な正味有形株主資本の約20%を稼いでいる企業の集まりです。これらの会社はまた、過剰なレベルの負債を使わずに利益を上げています。
 大規模で確立されたわかりやすい事業によるその注文のリターンは、いかなる状況においても注目に値するものです。 過去10年間で多くの投資家が債券を受け入れているというリターンと比較すると、彼らは本当に驚きです。たとえば、米国.財務省長期債券は30年で3%以下です。
 場合によっては、特定の株のための途方もなく高い購入価格は素晴らしいビジネスを貧弱な投資にさせるでしょう - 永久にではないにしても、少なくとも痛みを伴う長期間にわたって。しかし、時間の経過とともに、投資パフォーマンスはビジネスパフォーマンスに収束します。そして、私が次に述べるように、アメリカのビジネスの記録は並外れています。

2019年3月 4日 (月)

ウォーレン・バフェットの「株主への手紙」2018(8)~GEICOとトニー・ナイスリー

 そのタイトルはすべて言い表しています:この会社とこの人は不可分です。
 トニーは1961年に18歳でGEICOに入社しました。 私は1970年代半ばに彼と出会いました。 当時、GEICOは急成長と優れた引受実績の両方を記録した40年間の後、突然破産に近い状態になりました。 当時設置された経営陣は、GEICOの損失コストを大幅に過小評価しており、その結果、その製品の価値を過小評価していました。 GEICOの帳簿に記載されている損失を発生させる契約が230万件もあって、それらが期限切れになり、その後に再評価されるまでには何ヶ月もかかります。その間の同社の純資産は急速にゼロに近づいていました。
 1976年に、ジャックバーンはGEICOを救うために最高経営責任者(CEO)として招き入れられました。 彼が到着して間もなく、私は彼に会い、彼がその仕事に最適な人物であると結論付け、そしてGEICOの株式を積極的に買い始めました。 数ヶ月以内に、バークシャーはこの会社の約3分の1を買収しましたが、それを後に私たちが1セントも費やすことなく約2分の1に増大させました。そのすばらしい増大は、GEICOが健全な状態に回復した後に一貫して自社株を買い戻したために起こりました。 GEICOのこの半分の持分は、バークシャーの4700万ドルのコストで、ニューヨークのトロフィーアパートメントに今日支払う金額に相当します。
 トニー・ナイスリーがCEOに昇格した1993年までの17年間を早送りしましょう。その時点で、GEICOの評判と収益性は回復しましたが、成長率は回復しませんでした。実際、1992年の年末時点で、同社の帳簿には190万件の自動車保険契約しかないため、危機前の最高水準をはるかに下回っていました。米国の自動車保険会社の間での売上高では、GEICOは7位という目立たないランクでした。
 トニーがGEICOを再活性化させた後、1995年の終わりに、バークシャーは残りの50%を23億ドルで買う申し出をしました。これは前半に支払った金額の約50倍です。我々の申し出は受け容れられ、バークシャーは素晴らしいけれど未発達な会社と同様に素晴らしいCEOを手に入れました。そして、そのCEOは、GEICOを私の夢を超えて前進させることになるでしょう。
 GEICOは現在、米国第2位の自動車保険会社で、売上高は1995年の1,200%増です。引受利益は、購入以来155億ドル(税引前)で、投資可能フロートは25億ドルから221億ドルに増加しました。
 私の推定では、トニーによるGEICOの経営はバークシャーの本質的価値を500億ドル以上増加させました。 それに加えて、彼はすべてのマネージャが模範とすべきモデルであり、彼の4万人の提携者に潜在能力を気がつかせ、顕在化させるを助けています。
 昨年、トニーはCEOを退任することを決心し、6月30日に彼の役職を長年のパートナーであるビル・ロバーツに引き継ぎました。 私はビルが数十年にわたって実務を運営しているのを知っていて、見ていました。そしてまたしてもトニーは正しい選択をしました。トニーは引き続き会長を務めており、残りの人生をGEICOのために貢献してくれるでしょう。 彼はもっとやることができない。

2019年3月 3日 (日)

ウォーレン・バフェットの「株主への手紙」2018(7)~保険業、「フロート」そしてバークシャーの資金(2)

 ほとんどの場合、事業の資金調達は負債と資本という2つの資金源からもたらされます。バークシャーでは、矢筒の中にさらに2本の矢がありますが、まず従来のコンポーネントについて説明しましょう。
 負債は控えめに使います。注目すべきは、多くの運用会社がこの方針に反対し、多額の負債が資産所有者の利益を増大させると主張することです。そして、これらのよりベンチャー的なCEOはほとんどの場合正しいでしょう。
 しかし、まれでその予測不能な間隔で、信用が消滅し、債務が財政的に致命的になることがあります。勝つか死ぬかの選択しかないロシアン・ルーレットを迫られるような状態は、会社のプラス面を得ても、そのマイナス面を共有していない人にとっては経済的に意味があります。しかし、その戦略はバークシャーにとって狂気の沙汰でしょう。合理的な人々は彼らが持っていないし必要としないもののために、持っていてる必要なものを危険にさらすようなことをしないでしょう。
 K-65ページを参照してください。我々の連結貸借対照表に表示されている負債の大部分は、鉄道およびエネルギー関連の子会社であり、どちらも資産の比重が重い会社です。景気後退の間、これらの事業の現金創出は依然として豊かです。彼らが使う借金は彼らの業務にふさわしいものであり、バークシャーに保証を受けるほどのものではありません。
我々の自己資本の水準は、そういう話とは違うものです。バークシャーの3,490億ドルは、アメリカの企業では並ぶものがありません。すべての収益を長期間保持し、複利がその魔法を働かせることを可能にすることによって、私たちは以前に説明した貴重な「小さな森」を購入し開発することを可能にした資金を集めました。その代わりに我々が100%を支払いにまわしてしまう方針に従っていれば、1965年度に開始した2200万ドル自己資本のままで作業を続けていたことでしょう。
 借金と資本を使う以外にも、バークシャーはあまり一般的ではない2つの企業資金源から大きな利益を得ています。私が説明したフロートは大きい方です。これまでのところ、これらの資金は、我々の貸借対照表上では巨額の純負債として計上されていますが、同額の自己資本よりも有用性があります。それらは通常、引受収益を伴うからです。実際には、我々はほとんどの年に他の人々のお金を保持し使用するために払込みをしてきました。
 以前からもしばしばいってきましたが、私はこの幸せな結果が確かなことからは程遠いものであることを強調します。保険リスクを評価する際の間違いは巨大なものであり、表面化するのに何年もかかることがあります。(アスベストの事例を考えてください。)ハリケーン「カトリーナ」と「マイケル」がかすんでしまうほどの大きな災害が起こるでしょう。それは、明日かもしれないし、今から何十年も後かもしれないときに。「The Big One」はハリケーンや地震などの伝統的な災害から来るかもしれませんし、あるいは、今や保険会社が考えていることを超えて悲惨な結果をもたらすサイバー攻撃を含む脅威から来るかもしれません。このようなメガカタストロフィーが発生すると、損失のうちの一部を占めることになり、それらは非常に大きくなります。 しかし、他の多くの保険会社とは異なり、翌日には事業を追加する予定です。
 最終的な資金源 - これもまたバークシャーが異常な程度に所有している - は繰延税金である。 これらは我々が最終的に支払うものですが、その間無利子である負債です。
先に述べたように、当社の505億ドルの繰延税金のうち約147億ドルは、我々の持分の未実現利益から生じています。 これらの負債は、現在の21%の法人税率で当社の財務書類に未払計上されているが、この投資が売却された時に一般的な税率で支払われる予定である。 現在と当時の間、実質的に無利子の「ローン」があり、そうでない場合に比べて、エクイティでより多くのお金を稼ぐことができます。
 さらに283億ドルの繰延税金が、当社が現在支払わなければならない税金の計算において、プラントや設備などの資産の減価償却を加速することができたことから生じています。我々が記録した前払いの税金の節約は、将来的には徐々に逆転します。ただし、定期的に追加の資産を購入しています。現在の税法が適用される限り、この資金源は増加傾向にあるはずです。
 時間が経つにつれて、バークシャーの資金調達基盤 - これは我々の貸借対照表の右側にあります - は、主に我々が留保する収益を通じて成長するはずです。私たちの仕事は、魅力的な資産を追加することによって、残されたお金を左側に活用することです。

2019年3月 2日 (土)

ウォーレン・バフェットの「株主への手紙」2018(6)~保険業、「フロート」そしてバークシャーの資金(1)

 我々の5番目の「小さな森」である資産事故保険事業は、我々が1967年にナショナル・インデミニティとその姉妹会社ナシャナル・ファイエ・アンド・マリーンを860万ドルで買収して以来、この分野は我々の拡大成長を牽引したエンジンです。今日、自己資本で量ると、ナショナル・インデミニティは世界最大の損害保険会社です。
 我々が資産事故保険事業に引き付けられた理由のひとつは財政的な特徴からでした。資産事故損害保険業者は前払いのプレミアムを受け取り、後で請求に対する支払いを行います。極端な場合、極端な場合には、アスベスト曝露に起因する請求など、支払いは何十年にもわたって伸びる可能性があります。
 このような、今現金を受け取り、支払いは後になるモデルでは、我々の手元に多額の「フロート」と呼ばれる現金が据え置かれることになります。最終的には、そのお金は我々の手元を離れることになるのですが。一方、我々がこのフロートを投資に振り向けることで、バークシャーは利益を得ることができます。ここの方針や主張は行ったり来たりしますが、保険会社が抱えるフロートの総額はプレミアムボリュームに関して安定しています。その結果、我々のビジネスは、フロートに応じて成長しました。我々がいかに成長したかは、下に表しています。(下の表は省略)
 我々が将来のフロートの低下を経験するとしても、それは非常に段階的で、数年で3パーセントを以上にはならないでしょう。我々の保険契約の性質は、我々の持っている現金資源に比べて、それを上回るような金額を即時に支払わなければならないような要求を受けることはあり得ない、というものです。この構造は設計によるものであり、保険会社の傑出した財務力の中の重要な要素です。 それは決して損なわれません。
 プレミアムが我々の費用と最終的な損失の合計を上回っていれば、フロートが産み出す投資収益を加え、我々は引受業務利益を計上します。このような利益が産み出されるとき、我々は自由なお金の運用を喜びます。さらにこれを増やしながら、後の支払いを待ちます。
 残念なことに、このような幸福な結果を成し遂げたといいう保険業者の願望は、激しい競争を引き起こします。ほとんどの年に競争は活発であるため、損害保険業界全体に大きな引受業務損失を起こすほどです。この損失は、事実上、業界がフロートを保持するために支払うようなものなのです。競争のダイナミズムは、保険会社に対し、すべての会社がフロート収入を持っているにもかかわらず、アメリカの企業と比べて水準を下回る収益しか得られないという惨憺たる記録を続けることを強いています。
 それにもかかわらず、私は我々の見通しをとても好ましいものと思っています。 バークシャーの圧倒的な財務力は、損害保険会社に一般的に利用可能な投資よりもはるかに柔軟な投資を可能にします。 私たちが利用できる多くの選択肢は常に有利です。 時折、彼らは私たちに大きなチャンスを与えてくれます。 他の投資家が柔軟に投資しにくくなる時、我々の選択肢が広がります。
 さらに、我々の損害保険会社は優れた引受実績を持っています。バークシャーは、過去16年間のうち15年間、引受利益で営業実績を残しています。例外は、税引前損失は32億ドルだった2017年でした。我々の税引前利益は16年間にわたり、合計270億ドルで、そのうち2018年には20億ドルが計上されていました。
 その実績は偶然ではありません。規律あるリスク評価は、貴重なフロートがひどい引受け結果によって台無しになってしまう危険をよく知っている保険マネージャーたちの毎日の注意点なのです。このメッセージは保険業者の間ではお世辞として受け取るものですが、バークシャーにおいては宗教的心情になっています。

2019年3月 1日 (金)

ウォーレン・バフェットの「株主への手紙」2018(5)~非保険事業─アイスキャンディーから機関車まで

 ここで、バークシャーの最も価値のある「小さな森」、つまり保険以外の企業群について詳しく見てみましょう。競合他社に役立つ可能性のある情報を不必要に手渡したくないという事情を、さきにお断りしておきます。個々の事業に関する詳細は、K-5~22ページとK-40~51ページにあります。
 グループとして見ると、これらの事業は2018年に前年比24%増の208億ドルの税引前利益を獲得しました。2018年に我々が行った買収が、その利益に貢献したのは、ほんのわずかでした。
 私は、この議論では税引前の数値に固執します。しかし、これらの事業の2018年の税引後利益は、その年の初めに有効になった法人税率の47%という大幅な引き下げが主な理由です。衝撃がそれほど劇的だった理由を見てみましょう。
 次のような経済的現実から始めましょう。それがどうであろうとなかろうと、連邦政府は議会によって決定された規模のバークシャーの収益に関心を「所有」しています。事実上、我が国の財務省は、バークシャーから大きな「配当」(つまり、納税)を受け取る、特別なクラスの株式を保有しています。これをAA株といいます。2017年には、何年も前と同様に、法人税率は35%でした。これは、財務省がそのAA株で非常に好調だったことを意味します。 確かに、1965年に我々がバークシャーを買収したときに何も支払っていなかった財務省の「株」は、連邦政府に年間数十億ドルを提供する保有に発展しました。
 しかし、昨年、政府の「所有権」の40%は、法人税率が21%に引き下げられたときに無償でバークシャーに戻されました。その結果、当社の「A」および「B」の株主は、それぞれの株式に起因する利益の大幅な増加を受けました。
 これが起こると、皆さんや私が所有するバークシャー株の本質的な価値が著しく高まりました。さらに、同じ力学が、バークシャーが保有するほとんどすべての株式の本質的価値を高めました。
 それらは見出しです。しかし、我々の利益を強固にしたと考えるべき他の要因があります。例えば、我々の大規模な公益事業運営によって得られた税制上の優遇措置のメリットは、その顧客に伝えられます。一方、国内企業から受け取る実質的な配当に適用される税率は、約13%とほとんど変わっていません。しかし、全体的に、新法により、我々の事業および保有する株式はかなり価値のあるものになりました。
 これは、保険以外の事業の業績に戻ることを示唆しています。この「小さな森」の私達の2本のそびえ立つアメリカ杉の大木はBNSFとバークシャーハサウェイエナジー(90.9%所有)です。合計すると、これら保険以外の事業の業績は昨年の税引前で93億ドルとなり、2017年から6%の増加となりました。これらの事業についての詳細は、K-5~10ページおよびK-40~45ページをご覧ください。
 次の5つの非保険子会社は、収益でランク付けされていますが(ここではアルファベット順に表示されています)、クレイトン・ホームズ、インターナショナル・メタルワーキング、ループリゾール、マモン、プレシジョン・キャストパーツは2018年の税引前利益合計を64億ドルとし、2017年の55億ドルから増益となりました。
 同様にランク付けされリストされた次の5社(フォレスト・リバー、ジョンズ・マンビ、ミルテック、ショウおよびTTI)は、昨年の税引前利益は24億ドルで、2017年の21億ドルから増加しました。
 バークシャーが所有するその他の非保険事業は多数の会社がありますが、2018年の税引前利益は2017年の33億ドルに対して36億ドルでした。

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