小津安二郎監督の映画「彼岸花」の感想
小津安二郎監督の初のカラー作品ということで慣れないのか、前作『東京暮色』が陰影の濃い画面だった反動からなのか、照明が行き届すぎて、日本間というには影がなく、しかも有名な真赤な魔法瓶といったような非日常的な原色が散りばめられていたりして、まるで宇宙ロケットの中のような抽象的な空間をつくっている。しかし、そこで演じられているのが、前作『東京暮色』をそのまま移したようなドラマで、娘役は前作で自殺してしまった有馬稲子で、ここでは父の理解をえられぬまま東京を離れねばならないという、まるで前作を引きずっているかのように、後期小津作品の娘役では珍しいほど、俯いている姿勢と、泣くシーンが多い。また、佐分利信の演じる父親の頑迷さで娘を見ていないところは、前作の笠智衆に強引さを加えたようなもの。その笠智衆は、男とともに家を出て、バーで女給をしている娘の父親として俯いている。小津は一度噴出してしまったドロドロとしたものを抑えることができないように見える。そこで、『東京暮色』の暗く閉塞したような空間とは正反対の、抽象的な、つまりは浮ついたような空間をつくり、さらに、山本富士子の演じる京都の旅館の娘の佐分利信を煙に巻くようなコミカルな存在や、この後の作品で定番となる中村伸郎や北竜二などの男たちが料亭の座敷で女将をからかいながら他愛もないギャグをかわす場面など作品をコミカルな雰囲気を作ろうとしている。そのためか、全体として一貫していない、どこか分裂した印象を受けてしまう。この作品では、佐分利信、田中絹代、有馬稲子などの家族に、「そんなものかね」といった内容のない相槌と微笑を鸚鵡返しのように交わす儀式のような会話も見られず、娘の結婚前に箱根に旅行した場面でもボートに乗る娘たちを湖岸で見ている夫婦は、『東京物語』の熱海の海岸の老夫婦が背中を並べるように、並んで同じ方向を向いていることはほとんどない。後期の小津作品の中で『東京物語』までの紀子三部作から晩年の作品への変化を、この作品で小津は試行し、迷い、悩んでいる。それだけに、小津が普段見せない、どろどろしたところ、真情を、それを隠そうとしているところまで垣間見ることのできる作品ではないかと思う。
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