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2019年4月10日 (水)

パリに生きた銅版画家 長谷川潔 展─はるかな精神の高みへ─(3)~Ⅱ.渡仏 表現の模索から確立へ(1919~1941)

 Hasegawakimezzo長谷川は第一次世界大戦の終了と同時にフランスに渡ります。以後、一度も帰国することなく、パリを中心に、フランスで銅版画家として活動したそうです。とくに、1922年ごろに、古典的銅版画技法であるメゾチントを研究し始め、当時廃れていた技法を復活させたといいます。少し脱線しますが、そのことについて少し触れてみたいと思います。というのも、この美術館の常設展示で版画の技法について説明があって、それが、この展示をみるのにとても役立ったからです。メゾチントのメゾ(MEZZO)は「半ば」、チント(tinto)は「色調」のことで、それらを合わせて半調子の版画という意味を持っていたといいます。この技法は、オランダにいたドイツ人ルードヴィヒ・フォン・ジーゲンが発明し、メゾチントによる最初の作品「伯爵の母の肖像」(1642)を制作したといいます。この技法はヨーロッパ各地に伝えられましたが、イギリス人に好まれたことから、18~9世紀のイギリスでは、肖像画や油彩画の複製版画のための技法として大流行したそうです。この技法は、やがて写真技術の発明により次第に衰微し、まったく忘れられた技法となってしまった。それに着目したのが、長谷川潔だった。実際、どのような技法なのかというと、まず、緩やかな円弧上の先端に櫛形の微細な刃先を持つメゾチント特有のベルソーという工具を銅板にあてて左右に揺り動かしながら進め、版の全面に無数の点を刻してゆきます。縦横斜めに方向を変えて銅板の輝きが失せるまで点刻を重ね、無数の小さな点のささくれで覆いつくします。これらの作業は目立てと呼ばれていますが、途方もない労力と忍耐を必要とする作業ということです。この目立てを施した版にインクをつめて余分なインクを拭き取り、この版面に水で湿して柔らかくした版画紙を重ねて、版画プレス機によって圧力を加えれば、ビロードのような深い質感を持った黒一色の面が刷り取られることになり、スクレーバーやバニシャーという工具を使って版面の凹部やささくれを削り取ったり、磨きつぶしたりすれば、そこにはインクがとどまらず、その加減により黒から灰色さらに白までの微妙な諧調を幅広く表わすことができ、深みのある黒と微妙な諧調の美しさを持つメゾチント作品が生まれることになります。
Hasegawakivilla  「南仏古村(ムーアン・サルトゥー)」という1925年のメゾチントの技法を復活させた初期の作品です。あらかじめベルソーの刃を版面にあてて手前に引いて一度に数本の平行線を銅板に刻み、それを縦横斜めに何回も重ねてメゾチントの素地をつくり、暗くする部分はベルソーによる細粒点目立てを重ね、明るくする部分はスクレーバーとバニシャーで削り磨いていると、それは、もともとのメゾチントの細微な点刻で下地を作るのみというのとは違う、長谷川独自のマニエール・ノワール(黒の技法)と呼ばれた方法だそうです。その結果、縦横斜めに鋭く引かれた無数の線が黒い布地の織り目のように画面全体を覆い、その向こうに風景が明るく透けて見えるような画面が作り出されています。上の肖像のメゾチントに比べて、黒と白の中間のグラデーションが多彩で、その階梯がはっきりしています。丘の上に建物も樹木もキュビスムのように抽象化され幾何学的な四角や三角の物体が並んでいるというモダンな構成が、まるで中世の風景のような古色を帯びた静謐な幻想に見えてくるのです。例えば、エル・グレコの描いたトレドのような宗教性を帯びた光景を想わせるのです。
Hasegawakivilla2 1931年のメゾチント作品「オーバーニュ風景」では、刻線による網目とともに、ベルソーを揺らし進めたときにできるベルソーの角の傷の跡が縦に幾つも並んでいることから、ベルソーによる線刻目立てを重ねていることがよくわかる。なお、彼はメゾチントというのは絶対にベルソーだけを使ったものであり、線引きを使う自分の方法は、マニエール・ノワール(黒の技法)であるとしている。
Hasegawakivilla2 それが似たような風景を描いた「マルキシャンヌの村(東ピレネーの村)」という1936年のドライポイントの技法で制作された作品は、ニードルを細かく動かした線だけによって樹や草の葉の一枚一枚まで丹念に描かれ、メゾチントの作品とは対照的に影をつけないのは、マニュエル・ノワール(黒の技法)に対して白い画面で風景を描いています。両者を並べて見ていると、まるで白昼の風景と真夜中の風景を対照して見ているようです。そうすると、形の見え方とか質感とか、見え方が違ってくる。それを中間ではなくて、両者を別々に描いたところに長谷川という作家の特徴があるのかもしれません。
Hasegawakianemone 風景画以外では、女性像はあまり印象が残っていませんが、静物画は風景画にまけず強い印象を残してくれました。「二つのアネモネ」という1934年のアクアチントの技法で制作された作品です。レースをそのまま銅板に移したような作品です。黒い地にレースが白く浮かび上がる不思議な作品で、これは、防蝕剤を塗ったレースを均等の圧力で銅板に押し当てて防蝕剤を銅板面に付着させた後で、松脂の粉末をまいて過熱定着し、さらに腐蝕した後で落として、輪郭を線を刻んで描き起こすという独自の技法で可能になったものだと説明されていました。そのように描かれた画面は、上下二種類のレースが、壁のカーテンと机の上のテーブルクロスのように示されています。これはよく見ると、二つのレースによって区切られた中間部分は、テーブルのようにも見えますが、ぼやっと作られたレース状のものとして認識することもできます。そして中央にはほぼ遠近法的に描かれた切子のコップに挿されたアネモネが二本存在しています。ところで、この作品における表現を多視点的(キュビスム的)と認識する観点もあるといいますが、このような多視点的な造形に対する肯定は、20世紀の造形の認識の代表的なものの一つで、20世紀の30年代はその影響下にあったことも事実だから、この認識はある意味当然といえます。では、その多視点とはどのようなものか。2つのレースの部分は、そのままプリントしているのだから一点透視にはなり得ないので遠近法的ではありませんが、その姿をほぼ正しく再現している点で、きわめて遠い視点から見られた存在ということができます。ただと、垂直に切り立ったカーテン状のレースには平行な視座が考えられるのに対して、テーブル上のレースは当然俯瞰的視座が考慮されています。それに対して、作品の中央に置かれる切子のコップはガラスの反射を考慮していて、非常に微妙な視座を要求されています。それは平行に動きながら上下する視座で、レースに対する正視した視座とは相当意識が異なるものです。ガラスの切子全体の形からすると、視座はやや上方から見下したものであって、切子がどんな形をしているかは認識できるようになっているが、細かく見ると妙なことに、口縁と台の関係は一点透視の認識からは歪んでおり、この器の中で空間が変化しています。Hasegawakibottleこれはカーテンとテーブルクロスに対応した視座の変化とも言えます。それに花が加わります。ひとつの花はまったく上方から見た満開の状況で、もうひとつの花は花びらは落ちてはいないが勢いはなく、花は下を向いて、真横から描かれています。この対照の妙もひとつの見所ですが、それに加えて注目されるのは茎の表現です。二本のアネモネの茎は、当然である切子の外の空間から、切子の中の水に浸っていて、屈折が表現され、それに加えて大胆にカットされた切子の面によってさらに歪んでいるとも言えます。この水と切子の断面の二重に歪んだ空間が、熊を実際からはずいぶん遠い形にしているのですが、それはあたかも、自然描写でそうなっているように感じられる、ように描かれています。この作品全体を考えると、その空間処理は多視点的であって、このアネモネの花も茎も多視点的に認識され、組み合わされたものでしょう。おさらいをしてまとめてみましょう。上方から下方にかけて壁からテーブル表面を見るように首を下に振る運動が感じられるものが一つ。二つのアネモネの花に見られる上方正面からの視点と真横からの視点が同居しているものが一つ。それらが不思議な空間として存在している渾沌を示すものとして、それだけ見れば同一平面にあるカーテンとテーブルクロスがあり、かつまた、水面で歪み、切子のカット面で歪む茎が存在する、というわけです。つまり、風景画もそうなのですが、長谷川という人は、様々な要素を画面にぶち込んでいくのですが、それが個別というか、融合とか総合的に構成するということはせずに、並列的に画面に入れてしまう。底に結果として対照によって緊張が生まれたり、バラバラな感じが自由な解放感を生んだりしている多様な世界を作っている、と思います。
Hasegawakigrape 「花瓶に挿した野花」という1934年のドライポイントによる作品は、「二つのアネモネ」よりも線画の性格が強く、形がはっきりとしているために、多視点的なところがいっそう強調されています。異なる視点による形の歪みが、ひとつの画面の中に並べて置かれていて、レースのようなヴェールもなく、リアルな室内光景に置かれているため、現実が歪んでいるように見えてきます。その中で野花の一つ一つの形のリアルさが生々しさとなって、毒々しい印象すら与える、何か非現実にいるような感じになります。
 「オランジュと葡萄」という1933年のメゾチントによる作品です。キュビスムをおもわせるような立体感の表現に心を砕いているように見えます。それが、形の描き方に反映して、しかも、全体が黒い陰影に包まれていると、リアルな実在感とは別のシュールな幻想のように映ります。しかも、形の歪みが自然と受け入れられてしまう。
Hasegawakikingyo 「金魚鉢の中の小鳥」という1927年のドライポイントの作品です。シュルレアリスムの影響を感じさせる不思議な作品です。丸く描かれた金魚鉢のなかで藻や金魚といっしょに止まり木に止まった小鳥が描かれて、まるで金魚鉢のなかにいるようなのです。しかし、そんな不思議な世界は、何か見る人を驚かそうといった作為を感じさせず、無理な感じがなく、それゆえに画面全体の印象が静かで、まるで止まっているように感じられるのです。この作品では、小鳥がなければ金魚鉢の中に金魚が泳いでいるのを描いたものという当たり前のもので、それはそれで繊細で、余白を生かした風情のある作品になっていると思います。しかし、そこに異分子である小鳥を挿入することで、理不尽な世界をつくり、しかしその理不尽さよって見る者にインパクトを与えることよりも、その理不尽さのよる軋轢を感じさせないようにして、一見では普通の見えてしまうという、写実的な世界と理不尽が融合するように同居している。それは「二つのアネモネ」であれば各部分が異なった視点でチグハグなはずなのに画面の中に模様のように収まって軋轢を生じさせていない。ここに長谷川の作品の大きな魅力の秘密があるのではないかと思います。

 

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