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2019年4月15日 (月)

パリに生きた銅版画家 長谷川潔 展─はるかな精神の高みへ─(8)~Ⅶ.はるかな精神の高みへ─「マニエル・ノワール」の静物画(1950年代末~1969)

Hasegawakistill  1950年代後半から長谷川は1920年代に制作していた上下左右斜めに交差する線で下地をつくる手法とは異なり、細粒な点刻で下地をつくりという手法で、その効果として漆黒のなかからモチーフを白く浮かび上がらせる、「マニエル・ノワール」の静物画を多数制作したといいます。
 「玻璃球のある静物」という1959年の作品です。1930年代にメゾチントの手法で制作された、例えば前のコーナーで見た「オランジュと葡萄」ではモノの立体感を画面一杯に表現しようとしていたのが、この作品ではテーブルの位置から、それぞれのモチーフの置き方まで、意図的に画面を構成して空間全体を創作しようとしています。したがって、「オランジュと葡萄」では目前にうつる光景を描こうとしているのに対して、この「玻璃球のある静物」では、この画面をひとつの完結した空間として創造しようとしているように思えます。この画面の吊るされた小鳥の玩具は精神または長谷川自身を、ガラスの球は周囲の事物を映し出す鏡あるいは世界を認識する精神的活動を、木蔦は忠実さを、貝殻は生命の再生を多角形のガラスの文鎮は古今東西の論文や詩歌が書かれた紙片を失わないように押さえておく物を意味すると解説されていました。
 Hasegawakistill2 この時期に制作された静物画では、長谷川が自身の思想から独自に意味を与えたオブジェや草花、小鳥などで構成された静物画で、例えば小鳥は精神あるいは長谷川自身、水は生、魚は物質、球体は世界、円環は個々の人間の業績の大きさ、チェスの駒は階級、木蔦は誠実などの意味が付され、それらのものが各作品にくり返し表われて、画面のなかで一定の構図の中に配置され、自然や宇宙をめぐる思想をひとつの空間として表現しようとされている。というように解説されています。「小鳥と二つの枯葉」という1964年の作品について、長谷川自身が“小鳥が二枚の木の葉の形を不思議そうに眺めている、ここでは、すべてが律動的である(中略)まるで音楽のように。この世のすべてのものが、宇宙の根本法則に従っている。そしてこの宇宙では、すべてがリズムなのだ”と語っているそうです。そり返った枯葉の葉脈、松ぼっくりの波形模様、落ちた種の粒々などに目を向けたといいます。
Hasegawakistill3  「飼い慣らされた小鳥(西洋将棋など)」という1962年の作品では、チェスのキング、クイーン、ナイトが上流階級の代表を、チェス盤の外に転がるボーン(歩兵)の駒は身を守る術を知らない哀れな男を、ハートのエースは精神と感情を、小鳥が止まっているクラブの2は物質や金銭を、コップの水は生命の泉を、小鳥は長谷川自身を意味すると解説されています。
 これらのように、長谷川は形態を見る、そして描くという基本姿勢を決して崩しません。
Hasegawakitime  「時 静物画」という1969年の作品は、この展覧会のポスターでも使用された作品ですが、画面中央には鳥の目が位置し、自然の様々な要素を見るということが中心に置かれている。その目を取り囲むようにリングがある。このリングは宇宙の完全さのシンボルとも、あるいは、このリングの中心には鳥の嘴と一致するように、両者には重なり合っていることから、小鳥は長谷川自身で、リングは人間の業績とその大きさを表わすとも言われているそうです。また、砂が落下する砂時計の中心線に対して、机上に置かれた植物などはそれと直交するように水平に並べられ、それが規則的で安定した配置の秩序を作り出し、漆黒の深い闇から、その秩序が浮かび上がってくる。砂時計は運動・はかなさ・時間、植物は生と死の象徴などと言われているそうで、自らの生も生物の生命も宇宙と時間の内にあることを伝えようとしたという解釈もあるということです。そこまで、いろいろと考えなくても、背景の黒の深みと、その黒をバックに浮かび上がるモチーフが相互関係がよく分からなくても、なんとなくそこに自然さとまでは行かなくても、静寂を伴う穏やかな秩序のようなものを感じることができる。見ていて吸い込まれるような感覚に捉われる作品です。
Hasegawakiaka  「アカリョムの前の草花」という1969年の作品です。水槽(アカリョムとはフランス語で水槽の意味だそうです)の前に様々な草花を入れた花瓶を置いた際に、水中を泳ぐ魚と花瓶の草花とが微妙に融合し、あたかも花と蝶々の関係のように魚が草花に入り、花から魚が出てくるような感覚を覚えて制作されたと説明されていました。花瓶の影からすると右方向から光が当たっているように見えて、他のところではそうなっておらず、この画面がリアルな現実の世界とは異なるものであることがさりげなく表わされている。
 これらの作品を見ていると、長谷川は、あくまで形態を見るという姿勢を崩すことはありません。しかし、その形態をデザインされた図案のようにパターン化をすすめ、しかし、それは夾雑物を取り除いて抽象化する方向ではなく、誰にでもそれと分かるような人々が、その事物に対して持っている共通の部分を単純化させるという方向です。一種の記号、あるいは象形文字に通じるような方向ではないかと思います。それらを、組み合わせて画面を構成することでつくっていく。これは、辺とつくりを組み合わせて漢字が作られるのと似ているとおもうのですが、長谷川は、その組み合せを現実にはありえない組み合せで進めようとします。しかも、そのありえない組み合せを、異常だとか理不尽だとか、見る者に違和感をもたせることなく、普通の世界であるかのように見せてしまうものとなっている。それが、この時期の長谷川の作品の神秘的なところ、異世界と現実の世界が隣り合っていて、というよりも融合してしまっていて、それを観る者が普通に見てしまう。その手法が、マニエル・ノワールの独特の画面の雰囲気だったりすると思います。
Hasegawakigirl  これは、個人的な想像ですが、長谷川という作家が形象を見るという姿勢を崩さなかったことによるものなのかもしれないとおもいます。つまり、近代絵画の様々な潮流はキュビスムにしても抽象にしても、見ることの意味を様々に考えていたと思えるわけで、そこには見るということに対する懐疑が底流にあったと思います。それまで当たり前だった見るということに対して、それでいいのかという問いかけが、当たり前でない意味での見ることをしていった。それに対して、長谷川はその当たり前にとどまり続けた。しかし、その自明さを突き詰めていくこととなり、それが、いつしか形態の単純化、パターン化となって表われましたが、その単純化は、西洋絵画の時代を遡り、人体をリアルに写生したり、奥行きのある空間を平面に描こうとして複雑になったルネサンス以前の中世のパターンのようなイコンや、もっと昔のアルカイックな図案、例え古代ローマの壁画や陶器に描かれた図案のような、単純なものに、結果として近づいていったのではないかと思えるのです。長谷川が銅版画のメゾチントという古い手法を蘇らせたのは、新規に始める方向ではなくて、このように遡ることになる方向の副産物ではなかったか。だから、長谷川の作品の神秘的なところ、異世界と現実の世界が隣り合っていて、というよりも融合してしまっていて、それを観る者が普通に見てしまうというのは、古代の神話と現実の境目がはっきりしていない世界に通じているのではないか。長谷川の作品に漂っている静けさは、古代のアルカイック・スマイルの穏やかさに通じているように私には、思えます。最初のところで、スペイン・バロックのボデコンと呼ばれる神秘的な静物画を想わせると、個人的なコメントをしましたが、しかし、長谷川の静物画には光と影の強烈なコントラストからうまれる峻烈さの要素はなく、画面は平静で穏やかさで終始しているのです。そこに宗教的な信仰の要素を、私は認めることはできませんでした。かといって、それを日本的と形容することもありえると思いますが、日本画のような意図的に空白をつくって余韻を作り出すことはありません。むしろ。長谷川の描く画面は、西洋画のきっちりした描き込みで完結しています。ただ、版画という、日本であれば工芸に分類されるところもあるもので、その要素は長谷川の作品のあり方に影響しているところはあると思います。ひとつの作品が唯一無二ではなくて、版画として刷られて流通するという性質のもので、メディアとして人びとに受け入れられるものでなければ、職人の手間を介して制作されない、割りに合わないものは、職人さんにやってもらえない。そこで、人々の共通の感覚から外れるものは作れない。そこで、共通の感覚のルーツを遡ったと言えるかもしれません。長谷川の作品は、同時代の油絵の先鋭的な作品と比べると、好事家や趣味の人が鑑賞するというところもあるのでしょうが、それ以外のところ、普通の中産階級の人々の暮らしの中で、住んでいる家の室内のインテリアとして飾ることもできるものでもありえた、と思います。長谷川自身が、作品のマーケティングのようなことを考えていたかは分かりませんが、見るということ自体に懐疑的にならず、当たり前であることを始源にさかのぼるようにして追求したのは、長谷川自身の基本姿勢というか、資質によるものだったのでしょうが、そういう普通の人々との関係も大切にされていたことが、間接的に要因しているのではないかと思えるのです。誤解を恐れずにいえば、芸術家としての面と職人としての面の両面を持っていて、長谷川の作品には、その両面が、時にどちらかの面が突出しようとすると、もう一つの面へ揺れ戻しがおこって、その結果として、表面的には穏やかな画面の作品をつくることになった。そんな想像をしてしまいました。
 最後にエピローグとして、少女の横顔の作品が展示されていました。長谷川は裸婦の作品も少なくなかったのですが、私の好みからすると、イマイチだったので、風景や静物の作品ばかり取り上げました。しかし、この少女像は、人物画というより静物画のような作品で、長谷川の女性像の中では、例外的に印象に残りました。

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