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2019年4月13日 (土)

パリに生きた銅版画家 長谷川潔 展─はるかな精神の高みへ─(6)~Ⅴ.白昼に神(神秘)を視る(1941~1950年代末)

Hasegawakitree  「一樹(ニレの木)」という1941年のドライポイントの作品です。長谷川は第二次世界大戦が勃発してもフランスにとどまり、追い込まれた中で創作を続けたそうです。ある朝、パリ近郊のいつもの通りを歩き、見慣れているはずの一本の老樹の前に来た時、その木が燦然と輝いて「ボンジュール!」と語りかけてきたという。長谷川も「ボンジュール!」と答えその老樹を見つめると、人間の眼鼻立ちと同じように木肌の表情にも意味があることを悟る。「そのとき以来、私の絵は変わった」と書き残しているそうです。それは、それまでと同じように見える日常の光景を描きながら、以前にも増して見えない世界を表わそうとする意識が強まったことから生じた変化であると説明されていました。ニードルで刻む細い線で精緻に描き込まれた樹木の幹は表面の凹凸というより、幹の皮の一枚一枚が一つの細胞が蠢いているような生々しさがあります。それまでの長谷川の作品になかった生き生きとした動きが感じられ、そのポーズをとっているような形態と相俟って、動物とりわけ人物が立っているように見えてきます。
Hasegawakitree2_1  「ヴェヌヴェル風景」という1941年のドライポイント作品は、上記の作品のような樹木が何本も蠢いているような、群衆のように見えてくるところがあって対照的です。「一樹(ニレの木)」だけを見ていると、長谷川は一本の樹を克明に描くことで自然や生命のすべて描こうとしたというように印象をうけ、実際に展示でも、“一木一草をつかもうとするとかならず神に突き当たる”という長谷川の言葉もあるということですが、この作品を見ていると集中に対する分散という方向性も長谷川は持っていたことが分かります。「一樹(ニレの木)」が人物になぞらえられるなら、この「ヴェヌヴェル風景」での樹木は、それぞれに個性的ですが、ばらばらで群衆というそれぞれが孤独な人々が単に集まって蠢いているという皮肉な視線も感じられると思います。
Hasegawakiakasia  「アカシアの老樹」という1954年のエッチング作品は、まるで日本画の花鳥風月のような構成の画面で、「一樹(ニレの木)」のような生々しさは後退していますが、かといって細部が蔑ろにされているわけではなく、葉の一枚一枚が精緻に描きこまれているのですが、それが一本の樹木の形態の中におさまっています。「一樹(ニレの木)」のダイナミックさが、樹木の形態の中に収まっていて、遠くで見ると静かな画面なのですが、近寄って細部に目を凝らすと、動感が感じられる。その枝や葉が動きそうな印象を与える。
Hasegawakiwindow  「窓からの眺め(シャトー・ド・ヴェヌヴェルの窓)」という1941年のエンクレーディングの作品です。モノトーンで統一されたアールデコ調の作品で、シンプルでありながら繊細で写実的な表現方法で、細部にまでこだわりを見せています。長谷川は、開いた窓や閉じた窓など、窓を介して風景を描いた作品を何点も残していますが、それらは実際に滞在した部屋の窓だそうです。“人は窓から人生が過ぎてゆくさまを眺める”という言葉を残していて、単に窓辺とそこから見える戸外の風景そのものを描くことを目的としたものではなく、人生や真理などを巡る思索や心象を窓に仮託して表現したと説明されていました。
Hasegawakiwindow2  とはいうものの、窓から見える屋外の木が並んでいる光景は、「一樹(ニレの木)」のような描き込まれた生々しいものではなくて、細い線で木の外形をなぞったようなものが、ポツンポツンと並べられている。しかも、この木の形をどこかで見たことがあるような、と思っていたら、マグリットの「絶対の探求」という作品で一本の木が何かありげに描かれているのですが、その木の形とそっくりなのです。長谷川にはシュルレアリスムのような言葉のイメージをつないで画面をつくっていく傾向はないので、形態から画面を構成していく傾向なので、マグリットの作品のように、そこに木があることの意味づけをあれこれ考えるというものではないでしょう。しかし、そういう木の形というのが、ヨーロッパの当時にあっては、何らかの共通なものがあったのか。長谷川の画面を見ていると、手前の窓のすぐ外の手すりの唐草模様のような形が、屋外の木の形態と通底するものがあるような感じがします。この人は、基本的には形態を見る人なのだと思います。このあと、シュレアリスム風の不可解なに見える静物画を制作したりしていますが、そこに心の中から出てきた無意識のイメージとかいうのではなくて、見た目の形態の組み合わせが結果として、似たような結果になったということにすぎない。他方で、このような木の形を追求していって、余計なものを削ぎ落として抽象化してしまったモンドリアンのような方向にも行かなかった。それは、長谷川が形態を見るという姿勢を基本としていたからではないかと思います。しかし、その形態の組み合せの面白さのようなことは、大胆といえるほど挑戦をしていった。そういう長谷川の志向にとって便利だったのが版画という手法だったのかもしれません。
Hasegawakiwindow3  同じような窓を題材にした作品に「半開きの窓」という1956年のエンクレーディングの作品があります。右側の窓が開かれていて、窓の左側はガラスを通して外の樹木が透けて見えてします。その左右の違いが、右側に比べて、左側のガラスを透かして見えている部分は形態がぼんやりとして、濃淡に淡くなっています。このように形態の見え方の違いを対比的に扱っているのは、長谷川が見るという行為を常に基本にしていた表われではないかと思います。
 「窓辺卓子」という1955年のメゾチント作品です。1950年代に入ると、再びマニエール・ノワールの作品の制作を再開し、それが閉じた窓の手前に花や猫を置いて、浅い奥行きの画面を作っています。それはまた、上で見た窓を題材にした一連の作品の流れも引いている作品と考えられます。この作品では、窓の外の光景と、手前の室内のテーブルに置かれた一枝のツタと貝殻を対比的にあつかって、漆黒の室内と明るい屋外の対比によって、双方、とくに室内の静寂さが強調されています。後年、長谷川は、この室内のような表現をさらに進めて、静寂で神秘的な静物画を制作していくようになりますが、その先駆けのような作品だと思います。
Hasegawakicup  「コップに挿した枯れた野花」という1950年のエンクレーディング作品です。前に見た1934年「花瓶に挿した野花」というドライポイントに比べると、技法の違いもあるかもしれませんが、全体が簡素になって、その代わりに線が鋭く硬質で強くなっている印象で、花の形態が印象に残ります。デュフィが長谷川に語った“数本の秋草を描いて、広大な秋の平野を暗示する東洋画の精神に、自分も大いに共鳴する”という言葉が解説されていましたが、そういう強さがある作品であると思います。前に見た、「二つのアネモネ」が多視点による構成で、画面にチグハグな矛盾が表われていて、不思議な感じがありましたが、この作品でも、例えばコップの影が二方向に写っていたり、花の影の方向がひとつでなかったりと、多視点的な描き方がなされているのに、矛盾を感じさせないで、それがディフィの言葉にあるように見る者の視線が広がっていくように誘導されるような効果を作っています。また、背景が何も描かれていなくて、平面にコップに挿した花が浮かび上がっているのは、日本画の花鳥画の構成を用いたのかもしれませんが、日本画の場合の余韻とかそういったものではなくて、平面に立体が浮かび上がるような、スポットライトが当たっているような神秘的な印象を作り出しています。

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