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2019年6月

2019年6月28日 (金)

琴坂将広「経営戦略原論」の感想

 大きな書店のビジネス書のコーナーでは、たくさんの経営戦略に関する書籍が並べられている。古典とされているマイケル・ポーターやジェイ・バーニーからファッションの流行のように後から後から最新理論が発表される。それらは、個々には充実した理論なのだろうけれど、それぞれが個々独立していて、相互の関連性は分からない。研究室で有名な学者の学派のもとで研究している人はそれでいい。しかし、実務家が経営戦略の知識を得ようとして、自社の経営に適した理論はどれかと探そうとしても、その手がかりもない。片っ端から学んでみて自分で手探りで探すしかない。実務家にそんな暇はない。だから、学問と実践は別というのは、そういうところにも原因がある。
 少なくとも、この著作は個々乱立している経営戦略を体系的に整理して、全体像がつかめるようにしているところが評価できる。
 例えば、1950年代のアメリカ経済は、とにかく、ものを作れば売れた時代だったので、とにかく大量生産、して規模を拡大すればよかったので経営戦略となかった。それが1960年代後半から70年代になって市場が自然に拡大していくことがなくなり、そこで市場内で企業の生存競争が生まれたことから、そこで経営戦略が生まれた。当時は、それまで拡大した企業では市場から溢れてしまうので、肥大化した企業の無駄をいかに切り捨てるかが求められた。それに応えたのが、どの市場に進出するかという戦略ボストンコンサルティングのBCGマトリクスやマイケル・ポーターのファイブ・フォースだった。それが1980年代電機や自動車で進出してきた日本企業が、とにかくこの市場で競争に勝つという力の集中に、最適の市場を選んでいたアメリカ企業は勝負にならなかった。そこでコア・コンピタンスのような核をもつ、その核を強化するものに戦略の発想が転換した。
 このような経済状況の変化にともない、それに応じた経営戦略が生まれてきている。そういう流れを提示しようとしている。だから、たとえば単一事業で生き残る企業には最適の市場を選択するBCGマトリクスは有用とは言えない。そういう見方ができる。

経営学と実務のギャップについて
 経営学の理論にあるような経営戦略に膨大な時間と労力をかける企業は、それほど多くないのではないか。もちろん予実管理などは重要だ。しかし、精緻な経営計画をつくるために、産業構造の分析や、自社の組織構造を分析するより、実行段階で目の前の状況変化に逐一反応して変化していくことの方が、結果としてのパフォーマンスは高まる、と実務の現場では実践されているのではないか。つまり、経営戦略は実行の中から次第に形づくられていくということ。組織の個々人が現場で実践する方法論が積み重なり、組織の行動様式として定着していくことや、意図せずに現場から見出され、その優位性により組織に浸透した考え方が、結果的に草の根から組織の各層に広がり、全社の経営戦略として認知される。そのような、それこそ一日単位での試行と改善のプロセスが、多岐にわたり試行の末に辿り着いた結果としての経営戦略。それは常に変化を伴う環境に晒されている中で、刻一刻と競争しているということが戦略に反映されていなければならないということ。
 例えば、インテルのCEOアンドリュー・グローブは、著書(『インテル戦略転換』)のなかで、日本企業との競争に負けてメモリーからマイクロプロセッサーへと転換したのは、トップが考えたのではなく、現場からのボトムアップを経営トップが追認したといっているのは、その模範的な実例ではないかと思う。
 経営学の戦略理論書は、すぐれた理論であればあるほど説明には詳細な引用文献が示されている。すなわち、可能な限り学問的な議論の系譜に立脚している。それは、実務的に最上であると両立するとは限らない。つまり、論者の主張を自由に展開する自由はそれほどない。経営戦略の研究者の間で共有されている考え方の型があり、共通理解として認められている主張があるため、それに準拠した考え方が求められる。むしろ、実務では、ライバルの考え付かないような施策で差別化することとは方向が正反対をむいている。
 例えばCSR投資を推進している企業が、それ以外の企業より好調な業績であるとして、その事実のみからでは、理論では主張することはできない。潜在変数が抜け漏れているかもしれないし、逆の因果を操作しきれていないかもしれない。そもそも、実社会の状況は実験室とは違って因果関係を説明できたとしても再現できるとは限らない。だから、理論ではCSR投資すべきであるかは答えを出せません。それは、実務家から見るときわめて歯切れの悪い文章となり、つまらない内容となる。

2019年6月25日 (火)

ラファエル前派の軌跡展(10)~第4章 バーン=ジョーンズ(2)

Preraffa2peleus  大作「ペレウスの饗宴」では、これまでとは変わった、完成したバーン=ジョーンズがいます。ダ=ヴィンチの「最後の晩餐」と似た構図の遠近法による画面は、あきらかに平面的なラファエル前派からの逸脱と言えます。描かれているのは、中世を飛び越えてギリシャ神話の世界。トロイ戦争の英雄アキレウスの両親となるテッサリアの王ペレウスと海の女神テティスの婚礼の最中に起こった事件、これがトロイ戦争の発端となるのですが、を題材にしています。横長の画面には、牧歌的風景の中に置かれた宴席とそこに招かれた神々や給仕を務めるケンタウロスが描かれています。テーブル奥の中央から左に向ってゼウスと妃ヘラ(ピンクのドレス)、知恵の女神アテナ(青いドレスを着て、頭に兜をかぶっている)、美の女神アプロディテ(頭に薔薇の冠をZenpavinch つけている)が並んで立ち、テーブル手前には酒の神ディオニソス、太陽神アポロン、愛の神クピド、運命の三女神モイラがいます。右端に立って神々の注目を集めているのが、不和の女神エリスが、そこだけ暗くなっていますが、婚礼に唯一招かれなかったことに腹を立てて乗り込んできた彼女は、意趣返しに不和の種をその場に持ち込んだのが、その発端ということになります。それは、右手前で、こちらに背を向けて青い帽子をかぶっているヘルメスが左手に持つ林檎がそれであり、その林檎をめぐって、ヘラ、アテネ、アプロディテが争い、トロイの王子パリスの審判に委ねられることになるわけです。画面の神々たちは、皆同じ顔で、来ている衣装によって役を振り分けられているようですが、その顔は、前の水彩画のロセッティ風の面長から丸顔の後期移行のバーン=ジョーンズの作品のパターンとなっている顔に変わっています。また、ラファエル前派初期の画家たちは裸体を積極的に描きませんでしたが、ルネサンス以後のイタリア絵画の理想的な人体さして描かれた肉体表現につらなるような筋肉美の肉体を立体的に描いています。同じ裸体でも「慈悲深き騎士」のキリストと比べると別物のような描き方です。
Preraffa2grace  「三美神」というパステルです。「ペレウスの饗宴」などとセットでトロイの物語という大作を制作しようとして、その一部のための下絵ということです。三美神はユピテルとユノの娘でエウプロシュネ(喜び)、アグライア(優美)、タレイア(若々しい美)という名前だそうです。三人がお互いの肩に手を置いて中央の一人が背中を見せる構図は、それ自体が美の調和を示すものになっているもので、古代彫刻の定式的なパターンを取り入れているということです。とくに優美な曲線を見せている中央の女神の背中などは、ラファエロの同じ題名の油絵作品を想わせるところがあります。人物の形態を単色のパステルの濃淡だけで立体的に浮かび上がらせる。細部よりも全体のプロポーションを次第に重きを置くように、それによって、バーン=ジョーンズはロセッティやラファエル前派の影響から脱して、個性を形づくっていった。それが、このようなパステルの素描では直接的に表われてくると思います。
River_preraprima  「赦しの樹」という油絵作品です。トラキア王の娘ピュリスは愛するデーモポーンに捨てられ、絶望の末、自ら命を絶とうとすると奇跡によってアーモンドの木に変えられます。その後、心から後悔したデーモポーンがその木を抱きしめると幹からピュリスが出てきて愛情深い赦しを与えて彼を包み込んだというオウィディウスの「名婦の書簡」から取られた話を題材にしているとのこと。この二人の男女は非常に劇的な状況にいると言えます。ピュリスは悲しくも自分が相手に拒絶されていることを察知した女性です。彼女は、どんなにデーモポーンのことを思っていてもどうにもならない。無力な存在です。それを、バーン=ジョーンズは、まるでギリシャ悲劇のように人物は運命づけられた役を演じるに過ぎない、言うならば運命の女神の操り人形なのだとでもいいたげな、彼女の表情はデーモポーンに向けられ、見る者は荒涼としているが起伏に富む風景のなかに配されており、ピョリスの髪の毛と衣文は線的な付属物として用いられており、抑制されたリズミカルな流れが生み出す雰囲気にアクセントをつけている効果で知ることになります。一方、デーモポーンは、彼が通り過ぎるときに人間の姿に変わったピュリスにあらがっているように見えます。彼女は、愛しながら、また許しながら、彼を自分の腕にかき抱こうと願っている。しかし、彼の方は、恐怖して、逃れようともがいている。ふたりの悶えるように、身体をくねらせている様子が二人の人物の緊張関係を体現していて、ほとんど裸体ですが、彼の足には衣服がまとわりつき、花が包み込むように取り囲んでいます。この画面では、彼女の髪の毛と花が人物と同じくらい画面の構成要素となっています。それは、ロセッティなどが花を花言葉などの意味を象徴的に画面に持ち込んだのは違って、視覚的な効果として用いられています。
Preraffa2tree  バーン=ジョーンズの作品は展示点数は少なくなかったのですが、スケッチばかりでした。また、この後の展示はウィリアム・モリスによる雑貨品だったので興味が湧かず素通りでした。

2019年6月24日 (月)

ラファエル前派の軌跡展(9)~第4章 バーン=ジョーンズ(1)

Preraffa2annuncation Preraffa2fish  「受胎告知」という水彩画の作品。バーン=ジョーンズは後年、同じ題名の作品を制作していますが、この水彩画は初期のころで、画家が未だ自身の個性を見つけて、画面に定着できていないころの作品で、ロセッティの初期のころの水彩画で宗教的な題材を取り上げていた頃の作品に似た雰囲気があります。中世の雰囲気といえるような。並んで展示されていた「金魚の池」という水彩画もそうで、面長の顔つきで物憂げに疲れたように腰掛けている女性像はシメオン・ソロモンに似ているところがあります。また、少女の衣裳や背景の果樹園あるいは赤煉瓦の建物が中世の雰囲気を濃く伝えています。このころのバーン=ジョーンズをとりまく雰囲気では中世はラファエロのように近代的なものに汚染される前の無垢な理想だった。中世には生活と芸術がより自然に近く、それだけ堕落していなかった。そういう理想の世界として、単に歴史的に懐古する他人事の物語の世界ではなくて、そこに、いわば夢を見ていた、それを現実の風景として描くことで、夢と現実を融合させ、彼ら自身の生活スタイルに取り入れようとした。例えば。ロセッティはエリザベス・シダルをモデルにして聖女を描いたりしましたが、バーン=ジョーンズは、弟子として、それを傍らで見ていて、それを受け継いだ、それがこの作品にも表われていると思います。
 Preraffa2knight 「慈悲深き騎士」という水彩画は、そういう初期の作品の集大成的なものと言えるかもしれません。ここでの展示では、この後の1860年代後半以降の展示作品には、典型的なバーン=ジョーンズの人形のような顔が明確にあらわれてきます。ここまでの作品では、そのような顔のパターン化は進んでいません。この作品はフィレンツェの騎士ジョヴァンニ・グアルベルトの伝説に基づくとされているそうで、ある聖金曜日のこと、彼は武装した従者とともにフィレンツェに向かっていた。その道中、自分の兄弟を殺した男と出会った。彼は復讐としてその男を殺そうとした。男は、武器を十字架の形に広げてひざまずき、その日に磔刑に処せられたキリストの御名において慈悲を請うた。ジョヴァンニは男を許した。ジョヴァンニはその後、立ち寄った教会で祈りの最中に、木造のキリスト像が手を差し伸べられ祝福を受ける。キリストのひげは、騎士の額と言い表せない悲しみの表情の盾となっている。キリストの手の聖痕は、騎士のむきだしの手の弱々しさを引き立たせている。また、平面的な画面全体を覆うグリーンの美しさに目を奪われますが、陰影の処理や人体の立体感などにラファエル前派にはない独自性が芽生え、甲冑の光沢感、周囲の幻想的なまでの草花など、後のバーン=ジョーンズの作品を彩る要素がすでに表われています。
Preraffa2lament  「嘆きの歌」という水彩画には、変化の兆しが見えてきます。ロセッティの物語的な性格の濃い作品から装飾的な画面へと移行しつつあるということです。ロセッティの影響は平面的で装飾的な構図を受け継いでいますが、ロセッティに特徴的なアトリビュートのように細部に意味をもたせて配置するという要素を取り除いて、人物を単純に配置するものしなっています。その結果、見る者は物語を想像することかに、視覚的なレベル、つまり色彩と人物の表情と気分が醸し出す雰囲気で嘆きを感じるようになっています。人物はパルテノン神殿の浮き彫りを参考にしたと言われ、安定した構図で、それが大理石の白亜の背景から素朴な輪郭が浮き上がるようです。そして、人物の衣装の対照が印象的で、その二人の人物像によってかもし出される気分を絵にしみ込ませることによって、見る者に反応を呼び起こし、それは「慈悲深き騎士」のような視覚的な手がかりから物語を説き明かそうとするものではなくなっています。

2019年6月23日 (日)

ラファエル前派の軌跡展(8)~第3章  ラファエル前派周縁(2)

Preraffa2varikyu ソロモンの影の薄い女性とは正反対の強烈な自己主張をするフレデリック・サンズの「ヴァルキューリ」という油絵作品です。サンズの作品は、以前のラファエル前派展で「トロイのヘレン」とか「カッサンドラ」といった作品を見て、肉厚の顔つきで激しい感情を見る者にぶつけるような強く自己の存在を主張するような作品という印象を持っていました。この作品で描かれているヴァルキューリというのは北欧神話で、主神オーディンの娘で、戦闘で死ぬ可能性がある人と生きる可能性がある人を選ぶ女神達の1人です。戦いで死んだ人々の半分の中から選択して、彼らをオーディンの支配するヴァルハラに連れて行きます。 そこでは、亡くなった戦士たちは不吉者になります。ヴァルマューリは英雄や他の人間の愛好家としても現れます。そこでは時々王族の娘と言われ、時にワタリガラスを伴ったり、白鳥や馬とつながったりします。この作品でも、顎を上げて、その角張った顎が女性の強さをアピールしているし、高い鼻梁で引っ込んだ目から上を向く視線は強いです。
Zenpawatzolphe1  ジョージ・フレデリック・ワッツの「オルペウスとウエリュディケー」という油絵作品です。ギリシャ神話のオルフェウスの物語はオウィディウスの「変身物語」(多分、ワッツはオウィディウスをもとにして描いていると思います)をはじめとした多くの古代の史料で詳しく語られているものです。この作品は、オルフェウスがエウリディケを振り向いて喪ってしまう場面を描いています。しかし、背景や小道具をほとんど省略していて、二人が冥界にいることは、この場面からは分からないし、オルフェウスのシンボルともいえる竪琴も画面には見られません。この作品ではエウリディケを喪うオルフェウスを描くことに絞って、それ以外の要素を画面から排除しているために、それだけいっそうオルフェウスの喪失感や悲嘆がクローズアップされてきています。これは、もともと初期からのワッツにはラファエル前派のミレイやハントのような細部を明確で詳細に描きこんでいくのとは反対に、明確な輪郭を描きこまず、細部を省略して見る者の想像力に任せる、そして寓意的な画面を志向するところがありました。そこから派生したものでもあると思います。とくに半身像のヴァージョンは上半身のねじれたようなポーズの部分だけをピックアップして、そのねじれが強調され、オルフェウスの姿勢の無理したようなねじれが彼の感情を身体のポーズに仮託しているのが効果的になっていると思います。
Preraffa2ende  同じブレでリック・ワッツの「エンディミオン」という油絵作品。同じようにギリシャ神話の物語を絵にしたもので、月の女神セレーネ(ディアナとも言われる)に愛されたエンディミオンは、女神と同じように永遠の若さを保つために、ゼウスによって永遠の眠りにつくことになります。それを女神は繭のようにエンディミオンを包み込む。この作品でも、リアリズムの描写は省略され夜の暗闇の中でシルバーブルーの女神とエンディミオンの土気色という鈍い色に色彩は限定され、閉じ込められたような空間に二人の人だけがグローズアップされている。眠っている若者を包み込むような透き通った月光の形で女神は、首から下の身体は描かれるものの、顔の表面のみが暈され、目や鼻といった顔のパーツさえ確認できません。さらに女神のみならず、エンディミオンの頭部も闇の中へ溶け込んでしまっています。それは意図的に顔のみを暈すことで、眠りから覚めない想い人を見つめる女神の表情を想像するよう、見る者を駆り立てるようになっていると思います。

2019年6月22日 (土)

ラファエル前派の軌跡展(7)~第3章  ラファエル前派周縁(1)

 展示室は隣りに移って、芸術至上主義の画家たちなど、ラファエル前派と活動をともにしたり、近くにいた画家たちです。
Preraffatiz  「初めて彩色を試みる少年ティツィアーノ」というジョージ・プライス・ボイスの作品です。17世紀の著述家リドルフィが記した逸話、“ティツィアーノは幼少の頃、描かれた聖母像に花の汁で彩色したことで、将来色彩画家として著名になる最初の兆候を示した” に基づいた絵だそうです。写真を鮮明にする機能を使ったかのように、なんだか絵がくっきりとして鮮やかで、描写が細かい。例えば、少年の足元の花の描写などは、ミレイが「オフィーリア」でやったように細かさて、輪郭がくっきりと描かれています。この絵の中心は、聖母の彫像で、周囲が明暗のくっきりした鮮やかな色彩で描かれているのに、白一色で、背景から浮き上がっているようです。しかも影のつけ方にメリハリがあって、背景がむしろ平板に映るのに、聖母像の方が立体的に見える。白一色なのは、少年が彩色する対象として位置づけられているからでしょう。むしろ、この聖母像に比べて、本来なら主人公であるはずの少年が背景の色彩の中に埋もれてしまって、しかも、背景ほどには写実的に描かれていないので、ここだけ穴が空いたようにうそ臭くなってしまっていてバランスを欠いてしまっているのが、むしろ面白く感じられました。まるで、水木しげるの妖怪まんがの1コマを見ているような気がしました。
Preraffa2arran  同じ画家の「アラン島の風景」という作品です。母親と4人の子どもたちが水辺で遊んでいる様子でしょうが、何よりも、この光が印象的です。印象派のような南欧の燦々とした明朗な光とは違う、かといって英国のどんよりと湿った光とも違う、透明な光で子供たちの来ているシャツの白や草地の淡いグリーンが映えるような光です。ここでは、「初めて彩色を試みる少年ティツィアーノ」とおなじように背景が細かく描かれていますが、この光のもとで、風景全体が白っぽく、色彩を脱色されてうつろに見えるような印象です。神話の牧歌的な物語の場面に見えてくるような感じがします。
Preraffa2poetry  「詩」というシメオン・ソロモンの水彩画。初期のロセッティを想わせる、おそらく同じような技法で描かれているのでしょう。水彩画特有の滲みがなくて、明確な輪郭で、色彩が鮮やかです。女性の顔の形などもロセッティの影響が明らかです。しかし、印象はまるで違います。ロセッティの描く女性の逞しさというのか、強い自己主張のようなものは感じられず、かといって、同じようにロセッティの影響が見られるアーサー・ヒューズのような穏やかな明るさもない、この女性は表情に愁いを湛えていますが、ヒューズの描く女性のような具体的な対象に向けた感情であるのに対して、この女性の愁いには対象がなく、抽象的です。存在感が薄いというのか、影が薄いという、存在自体がはかないという感じなのです。画面全体の色調も淡い感じで、ロセッティのどきつさやヒューズの鮮やかさはなくて、濁った感じ、鈍さが特徴的です。もっとも、これまでラファエル前派展で何点かソロモンの作品を見てきましたが、スケッチだったり、水彩画でも、ここまできっちりと描き込まれた作品は初めてのような気がします。私のイメージでは、下絵とか走り書きのように即興的に描いているというものをよく見ていて、腰を落ち着けて描き込んで完成させたまとまった作品というのは、初めて見たという印象です。それだけに、今回の展覧会は、このソロモンだったりアーサー・ヒューズのような人々の作品に触れることができたのは、収穫だったと思います。
 Preraffa2chaina 同じソロモンの「中国の服を着た女性」という水彩画です。これも同じように淡い色彩で、ちゃんと描かれた女性像です。

2019年6月21日 (金)

ラファエル前派の軌跡展(6)~第2章  ラファエル前派(4)

Preraffa2rift  広間を出て長い廊下を通った小さな展示室に入ります。ここでは。メジャーな3人以外のラファエル前派の人々の小品が並びます。まずはアーサー・ヒューズ。挿絵画家として、たくさんの挿絵を描いた人です。「マドレーヌ」という作品です。一見すると同じラファエル前派のミレイの「オフィーリア」を想わせるような画面構成です。ただ、「オフィーリア」は死体でうつろな目で仰向けに横たわっていますが、この作品では、少女が物憂げに俯向きに横になって、身体をひねって上を仰ぎ見ています。彼女はヒューズ得々の透明感があって豊かな色の青いガウンと紫色のマントを身に着けていて、そばにリュートが置かれています。人物を画面一杯にして、見る者の間近にさせています。そのわずかな背景には森林を配し、ミレイほど細密ではないけれど、ヒューズの正確な自然の描写と輝く色は、絵画の感情的な強さを増すことをMireofiria 目的としています。この絵はテニスンのアーサー王伝説を語る詩集「王の牧歌」の「マーリンとビビアン」で詠われている不幸な愛に触発された描かれた作品ということです。愛は、リュートの形の音楽で象徴されています。リュートの上に置かれたブルーベルの束は、不変性という花言葉ということです。ただ、この少女には不幸な愛という悲劇性は感じられず、恋に憧れる少女の印象です。顔の前で両手を結んだポーズからは不幸な感じがしてきません。そういう激しさが全体として出てこないで、淡いというのか、穏やかにおさまっているのが、好くも悪しくもこの画家の特徴ではないかと思います。
Preraffa2madeleine  「マドレーヌ」という作品です。濃い青色の幅広のガウンを着た美しい女性像です。ヒューズには、今回は展示されていませんでしたが「四月の恋」という作品が割合に有名で、同じように縦長の画面で青いドレスを着た女性が愁いに沈んでいる姿を描いた作品で、ヒューズはこのような女性像を好んでいたかもしれません。顔の輪郭や構図等にロセッティに似ているところがありますが、受ける印象は正反対といってもよく、ロセッティの女性像に感じられる逞しさや官能性はありません。ロセッティの女性は正面を見据えるのに対して、この女性は俯いて、小さな宝石箱から持ち上げたビーズのネックレスに向けられています。おそらく、そのビーズに何らかの思い出があるのでしょう。彼女の顔は、ビーズを見ながら、遠くに思いを馳せているように見えます。ここには、そういう物語を見る者に想起させるところがあります。
Preraffa2music  「音楽会」という作品。これもアーサー・ヒューズの作品。中央のリュートを弾いている女性のポーズは「マドレーヌ」の女性は同じです。それが、明るい部屋で家族に囲まれているという背景の変化によって、絵の雰囲気が全く違ったものになっています。ヒューズという人は、おそらくミレイなどとは違ってデッサン力がそれほどなかったのでしょう。描いている人物のポーズは限られていて、そういうのを使い回して、他の人物のポーズと組み合わせたり、背景の色調を変えたりして、全体の画面の雰囲気を作っていた。おそらく、ヒューズ自身がデッサン力というか描写する能力では劣っていたことを自覚していたので、画面構成とかデザインで勝負しようとしていた。だからこそ、この人は絵画よりも挿絵を活動の場として選んだ。また、この作品で言えばリュートを弾く女性のドレスの紫色と肩に羽織っている濃い青、そして女性の向かいの男性の濃い緑色の、深くて透明感のある色合いがこの人の独特のもので、これを手にしたことで、ロセッティのようなマニアックな芸術志向の趣味人向けではなく、小市民的な広間に飾るに似合った、穏やかで少し文学的な匂いのする作品を量産するコツを摑むことができた人ではないかと思います。この作品にも、そういうところが出ています。平和で暖かい家庭のひとコマと言えるし、リュートを弾く女性の表情は音楽に没頭しているとも、愁いを含んでいるとも見える。また、向かいの男性は頭を抱えている。そこに何らかの物語を想起することも可能です。
Preraffa2island  この展覧会は、最初に落穂拾いと申しましたが、ミレイとかロセッティなどの有名どころの他の画家たち、どちらかという日本ではマイナーな画家たちの作品の方が、けっこう発見があって、興味深く見ることができました。「アーサー王の島」というジョン・ウィリアム・インチボルトという画家の作品です。アーサー・ヒューズと同じようにラファエル前派の近くにいて、その影響を受けた画家です。風景画ですが、いわゆるピクチャレスクの絵になる風景を画面におさめるのではなく、ミレイが至近距離で観察した植物図鑑の図のような野原の景色を、この作品のような遠景で描こうとした人のようです。例えば画面左手前の崖の岩は岩石の種類が分かるほど細密で、崖に生えている草のひとつひとつの種類が分かるほど細かく描写されています。しかも、ラファエル前派に通じるような明るく、濁りの少ない色彩で描かれていて、これがイギリスの海岸線かと想うほど晴朗な感じがします。

2019年6月20日 (木)

ラファエル前派の軌跡展(5)~第2章  ラファエル前派(3)

Vicdante  「ヴェヌス・ヴェルコルディア(魔性のヴィーナス)」という油絵作品です。ミレイやハントは有名どころの作品はなかった代わりにロセッティは、数点来ているようです。ロセッティの作品としては珍しい裸体像、とはいっても半裸体ですが、です。ヴィーナスのヌードの骨格は花と髪に埋もれて判然としないでおかれて、これはロセッティが古代彫刻に表わされたような理想的な肉体の美に関心が向いていなかったことを示していると考えられます。この作品がヌード像としてあるのは、ヴィーナスの乳房が露になっていることからで、ロセッティの制作の焦点はこの乳房と、その柔らかな肌合いといったエロティックな表現にあったと思われます。艶やかな柔肌で、おとなしく目を伏せるのとは反対に情熱的な瞳でこちらを見つめるかのようです。そして、肉厚の真っ赤な唇、慎ましさからはほど遠い長く梳かれ赤い髪。このようなヴィーナスの官能性を引き立てるように、背景には伝統的なヴィーナスの花、「愛」の薔薇が、そして画面下部にはスイカズラが隈なく一面に描きこまれています。スイカズラは一般に他の樹木に痕が残るほど強くからみつくため「堅固な愛情」や「愛の絆」を表すとされといいますが、むしろ蜜蜂たちを甘い香りで誘うhoney-suckleであると考えてもいいのではないでしょうか。これらの花は、ヴィーナスの赤褐色の髪と相俟って、見る者に画面の基調色である赤を鮮明に印象付け、ヴィーナスが他ならぬ「愛」の女神であることを感覚的に伝えています。そのヴィーナスの愛の力を証明するかのように、画面右上には一羽の鳥が、そして林檎や矢、ニンブスの周囲には蝶が描かれています。これらは、いずれもヴィーナスの魅力の虜となった男たちの「魂」の象徴です。ここで描かれたヴィーナスは愛の女神というよりは、男性を愛と官能の虜にして破滅に導く古代の異教の神、魔性のヴィーナスです。それは、とくにヴィーナスや薔薇の花に比べて画面手前のスイカズラの花が刺々しいほど明確に、ときにマチエールで盛ってしまうほどに目だたせるように強調して描かれているところからも、絡みつくというのか、ファム・ファタールの要素を前面に出しているのが分かります。
Preraffa2bless  「祝福されし乙女」という作品です。油絵というより、祭壇のような額縁と女性を描いたキャンバスの下に男性を描いた別のキャンバス(こっちの方がメインであるはずの女性を描いた部分より丁寧で明確に描かれている)があって、それらがセットになっている作品です。祭壇画といった方がいいかもしれません。この作品は、それだけでなくて、この絵に先立ってロセッティは詩を詠んでいて、絵と詩がペアになっているそうです。しかも、この詩がロセッティの詩の中でも有名なのだということで、その内容と合わせて画面を見ると、天に召され乙女(祝福されし乙女)は天から見下ろし、地球上に残る彼女の恋人を見ています。イメージを通して、ロセッティは乙女を地球のものに結び付け、彼女の憧れを象徴しながら恋人同士の距離を強調しています。彼女は神の城壁の上に立ちます。地球から遠く離れていますが、彼女の髪は「熟したトウモロコシのように黄色い」です。彼女の優美な美しさを宣言するのではなく、ロセッティはこの世的な細部を通して乙女の外観を描いています。彼女は恋人から遠く離れて天国に固定されているかもしれませんが、彼女の外見と視線は、彼女の心のように、地球上の最愛の彼女と一緒になっています。画面の最上部には暗い画面の中で、恋人たちの抱擁する様子がいくつも描かれていて、天国の恋人たちということなのでしょうが、暗い画面が、この乙女には叶えられていない。それゆえに、乙女は最愛の人からの距離だけを見ています。天国は固定されていますが、地球は猛烈に回転しており、皮肉なねじれでは、乙女の視線は地球に固定されています。 ロセッティは、自分の視線と天国の位置を地上のイメージで描写することによって、彼女の憧れの鋭い感覚を作り出し、そして事実上、見る者に乙女の到達不可能な位置から天国を垣間見せてくれます。天国というなのか、下の恋人の男性が描かれているキャンバスに比べて、輪郭を明確にしたりしていない印象で、乙女はしっかり描いているのですが、他の部分は描き込んでいないというような印象です。これは意図的なのかどうか分かりませんが。とくに中間のある三つの顔は力が抜けている。また、乙女は恋人を遥かに思っているというよりは、物憂げで誘惑する女という、ちょっと恐いイメージです。このように見ていて、今さらながら、ロセッティの描く官能的な女性というのは、逞しくて、たをやめの乙女といったものではなくて、マッチョなイメージです。私の個人的な好みから言うと、女性的な魅力をあまり感じられない。
Preraffa2musure  「ムネーモシューネー」という油絵作品。ギリシャ神話の記憶を司る女神を描いている作品です。縦長のキャンバスで女神は正面を見据えるように、手つきも妖しく、薄明のなかに堂々として、こちらを向いています。向きだしになった肩から腕の描く曲線が構図の重要なポイントになっていて、右手を胸に左手を腰に下ろした女神のポーズは“慎みのヴィーナス”というもののポーズだそうです。これは、女神であることを視覚的に暗示しているといえるかもしれません露わになった左腕の太くて逞しいこと!肩幅は広いし、ロセッティは1870年代にミケランジェロを勉強したそうですが、たしかにそういうマッチョなところが見えます。そして、女神は緑色の衣裳を身を包み、前のヴェヌスや乙女たちのように緑と対照的な赤が使われていないので、全体として地味に沈んだような暗く濁った印象となっています。

2019年6月19日 (水)

ラファエル前派の軌跡展(4)~第2章  ラファエル前派(2)

Preraffa2gara_1  そして、残る主要メンバーがロセッティで、今回はロセッティの展示作品が多く、この広間の半分以上がロセッティの作品の展示で占められていました。偏りすぎの感はありますが、おそらく、他の画家の作品よりもロセッティの作品が集め易かったのだろうと思います。ロセッティの作品の中でも比較的初期の水彩画が珍しくて、私には、今回の収穫のひとつだったと思います。例えば、「廃墟の礼拝堂のガラハッド卿」という水彩の小品。1850年代のロセッティは、独特の水彩絵具の使い方で、まるで油絵のような鮮明な色彩の水彩画を制作していました。その頃の作品です。普通の水彩画の淡い色彩でなく、鮮明なころですが、油絵に比べて澄明さがある、独特の色合いを持っています。詩人アルフレッド・テニスンが書いた詩をもとにしたアーサー王伝説の一場面です。円卓の騎士、ガラハッド卿が礼拝堂で祈りの声を聴きながら柱に括り付けたほら貝状の容器から手で水を飲んでいるところです。ひざまずくガラハッド卿の白いマントが、その下の青い甲冑が周囲の夜の青みがかった暗さに同化するようなので、対照的に栄えています。画面左の祭壇は、廃墟のはずなのに光が差して、ガラハッドの頭部と白いマントを照らしだしているように見えます。カラヴァッジォのようなバロック絵画であれば光と影の強烈な対照で劇的な場面にしてしまうこともできるところを、むしろ、画面は平板で水彩絵具の明暗の対照が油絵のようにきつくならないので、対立による緊張が生まれるよりも、ガラハッド卿が照らし出されるようで、しかも平板な画面ゆえに、画面左下の祭壇にかけられた布に織られた祈る人物の姿勢がガラハッド卿と直接向き合っているように見えているのです。
Preraffa2rance  「王妃の私室のランスロット卿」はペン画ですが、細かく線が引かれて、狭い室内にランスロット卿と王妃が嘆き悲しむ従者とともに閉じこもった閉塞した雰囲気がつよく感じられる作品です。もともとは、ロセッティが請け負ったオックスフォード大学の壁画のプロジェクトのための下絵だったようですが、絶望したように名目して顔をうえに向けている王妃は、窓の外に殺到する兵士を警戒するランスロットに背を向けて、横目で彼に視線をまわしながら自分の世界に入ってしまっている姿は、尖ったあごやまとめられることなく豊かに溢れるような髪の毛などは後のロセッティの官能的な女性像を彷彿させるところがあるとともに、悲劇的な場面を想像させます。というのも、アーサー王伝説では、この王妃とはアーサー王の妃グウィネヴィアで、ランスロット卿は彼女との不義を犯したために宮廷から追放され、アーサー王の死の遠因を作ることになります。画面左下、ちょうどランスロット卿が上半身を折って窓にもたれかかっている下のところに林檎の木の鉢植えがあるのは、原罪の禁断の木の実を表わしているのではないでしょうか。結局、ランスロットは罪深さのゆえに聖杯を拝受する機会を得ながら、それが叶わず、やがて清らかな騎士ガラハッドだけが聖杯を拝受することになります(その意味で、上の水彩画でガラハッドが清らかな白いマントを身につけているのは示唆的です)。
Preraffa2barge  「ボルジア家の人々」という水彩画の作品です。ロセッティは、後にルクレティア・ボルジアの肖像を描いていますが、その出自であるボルジア家の人々を描いたものでしょう。この中には、ルクレティアや兄のチェザーレ・ボルジア、あるいは父親の教皇レクサンドル6世もいるのでしょう。家族の集合した肖像画のようですが、画面右上の窓が開いて、少年が外から覗き見している様子があるために、物語の場面のようになっています。それぞれの鮮やかな衣裳の原色が対立あってとげとげしくならないのは水彩絵具の透明さのためでしょうか。全体の調子は暗めなのに、衣装の色の鮮やかさが印象的です。
Preraffa2sunrise  「夜が明けて─ファウストの宝石を見つけるグレートヒェン」という作品です。1860年代の官能的な女性像を描き始めたころの作品です。これはチョークを使って描かれたということで驚きました。色彩としては、パステルよりも淡く、その淡い色彩のグラデーションで薄く淡い画面で、いまにも消えてしまいそうな儚い印象を与えます。それにもかかわらず、グレートヒェンは初期の水彩画の平板な人物とはちがって立体感があります。しかし、清純で可憐な少女のファウストのグレートヒェンにしては逞しいロセッティ好みの女性像になってしまっています。画面の左下には糸紡ぎの車が置いてあってグレートヒェンであることが暗示されていますが、糸を紡ぐことはしていなくて、ドイツの田舎娘の姿でもありません。宝石箱をあけて宝石を手にしているのは、どちらかというと、ロセッティの好むファムファタールのスタイルに寄っているといえると思います。

2019年6月18日 (火)

ラファエル前派の軌跡展(3)~第2章  ラファエル前派(1)

 広間の展示室に入ると、本題です。この部屋は撮影OKらしいので、スマホの音がカシャカシャで絵の正面は撮影者優先みたいになって、撮影している人のほとんどは撮影するだけで作品の前から立ち去って、絵を見ているのかな?私は、撮影に興味はないので、単に邪魔くさい。で、ここの部屋の展示は、ミレイ、ロセッティなどの主要な画家たちの作品なのですが、ロセッティはまあまあですが、ミレイやハントは小品がいくつか、ということで作品を集めるのが大変だったのだろうことを想像してしまいました。ここ数年で、何度もラファエル前派展があって、オフィーリアなどの有名どころは来ているし、それをまた借りるというのは、向こうもなかなかでしょうから。それで、画集でもメインに出てこないような作品をかき集めて…、とまでいうとクレームになりそうなので、あの、そんなつまりはありませんから、おかげで知らない作品に数多く出会えたので、よかったと思っているのですから。
Preraffa2waterfoll  「滝」という作品です。小品ですが、ミレイの初期のラファエル前派そのものという時期の作品です。有名な「オフィーリア」の背景の川の風景を滝に置き換えたような、とにかく細かく描きこまれていて、その細部優先が、風景の奥行き感を上回って平面的にすらなっています。流れの向こうの草の描写が細かいこと。滝の水しぶきで向こうが霞んで、などということは考えずに、ひたすら生えていると考えられる草を虫眼鏡で覗いているかのように精緻に描き込んでしまう。まさに、初期のミレイそのものです。手前の岩の岩肌の冷たい感触と、種類の異なる岩を岩石標本のように精緻に描き分けていて、その情報量は小さな画面から溢れてしまうほど。しかし、全体の画面が空間のひろがりが感じられず、箱庭のように感じられてしまうのが、典型的なラファエル前派のミレイです。この画面の細部をひとつひとつ見ているだけで、あっという間に時間が経ってしまいます。
Preraffa2marridge  ミレイの作品をもうひとつ「結婚通知─捨てられて」という作品。展示されているロセッティやハントの描く女性像が、たくましいとか妖艶といったものになってしまう中で、ミレイの描く、この女性には可憐さがあって、ほっと一息つけました。後に肖像画で一家を成した人だけあって、現実にいる普通の人で存在感があります。ロセッティの描く女性のような現実にはありえない、画家本人の願望を画面に投影したようなものとは違い、穏便な印象ですが、そこに落ち着きがあって、それだけに上目遣いの表情や頬の肌の柔らかさなどはとくに、はかなさも感じられます。背景は壁なのか、あえて描かなかったのか分かりませんが、後年の肖像画とは違って、人物の隅から隅まで細かく描き込んであって、衣装の布地の質感も描き分けられ、小品ながら侮れません。ミレイは、この程度で、あとはスケッチが数点。
Preraffa2tristan  フォード・マドックス・ブラウンの「トリストラム卿の死」という作品。ブラウンは、ラファエル前派の主要メンバーより上の世代で、画風に共通性があることから行き来するようになった人で、この作品はアーサー王伝説の中でトリストラム卿がマーク王の妃となったイソード姫を愛してしまい、それを見咎められたマーク王によって殺される場面です。もともとはステンドグラスの下絵デザインを油絵に仕上げたものだということです。そのせいもありますが、奥行きのない平明的な狭い空間に隙間なく人物を押し込めるようにして配置されています。これは、初期のハントやロセッティの宗教的な題材を中世風の素朴で様式的な画面構成と共通するものです。しかも、色遣いが明るい色を濁らせることなくつかっているので、画面全体が明確で、分かり易い。とくに、ブラウンは、ハントのように細部をリアルに詳細に描くことはなく、むしろ人物のポーズはデフォルメされて、マニエリスムのように不自然でわざとらしいところがあります。例えば倒れたトリストラム卿をかばうイソード姫のポーズや首の曲げ方など現実にはありえない形です。しかし、それが物語の場面を見る者に分かり易くしていて、ひとつの秩序をつくっている。
Preraffa2honest  ラファエル前派の初期の主要メンバーの一人、ウィリアム・ホルマン・ハントの作品も小品が2点しかありませんでした。「誠実に励めば美しい顔になる」という作品は、ミレーの描く女性の可憐さとは違うふくよかな女性像で、次の「甘美なる無為」の女性像になるとたくましさが勝って男みたいに見えてしまうのですが、そこまでは行かなくて、肌のつやつやして生き生きとした生命感は、ロセッティやミレイにはない、この人の女性像の魅力です。手元のティーポットも可愛らしいデザインで、紅茶をたしなむイギリスの上品な女性らしさを、うまく演出しています。彼の代表作「良心の目覚め」の女性の部分を抜き出して上品な装いにして肖像画にしたら、このようになるという印象です。
Eikokuromanhant  「甘美なる無為」という作品。ある人は、“ロセッティ的美人画のハント版”と評したということです。背景にある円形の鏡は、ファン・アイクの「アルノルフィニ夫妻の肖像」からの引用のようです。その鏡に映っているのは暖炉の炎であり、この女性の視線は絵のこちら側である観客に向けられているのではなくて、暖炉の火を見つめているのが分かります。しかし、そのことが、こちらを見ているようで、実はそうでない微妙なずれを鑑賞者に感じさせ、それが女性の視線が夢見がち、もっといえば思索的に映るのです。それはまた、鑑賞者を画面に誘い入れるような錯覚を生みます。そこにある種の倦怠感を伴う雰囲気を醸し出し、ハントには珍しい唯美主義的な作品になっています。しかし、描き方は緻密に描き込んであり、ハントの真骨頂がよく出ていると思います。ただ、私には、この女性の顔はゴツくて、夢見がちな女性には見えないのです。男性のように見えてしまいます。当時のイギリス人には女性に映るのかもしれませんが、あるいは両性具有とか、中性的ということになるのか、タイトルからして、これが甘美と言われると常識が違うと感じざるを得ません。

2019年6月17日 (月)

ラファエル前派の軌跡展(2)~第1章 ターナーとラスキン

Preraffa2ras1  ラファエル前派のはずなのに、なぜかターナーです。これは、ラスキンがターナーを高く評価したからで、そのターナーの作品とラスキン自身のスケッチや水彩が展示されていました。そのラスキンのスケッチは、例えば「サン・ソーブル教会」や「樹木と岩」などを見ても、優等生の画学生のようなまじめで几帳面なスケッチで、その細かさゆえにラファエル前派に近い感じがします。それだけにターナーの作品とは、むしろ遠くはなれた感じがして、ラスキンがターナーの価値を衆に先んじて認め、画家を積極的に後援したのは何故か分からないほどです。それほど二人の作品は対照的です。ターナーの展示作品は少なく、ターナーらしい抽象画と見紛うばかりの作品の展示はありませんでしたが、それでも、平凡なラスキンのスケッチと並べてみると変なところ(これは決して貶しているのではありません)が目立ってきます。
Preraffa2ras2 「カレの砂浜─引き潮時の餌採り」という作品は、晩年の抽象画のような作品の兆しが見えると解説されていました。おそらく雲や夕日やその周辺の描き方に、それらしいところがあるというところでしょうか。画面を見ていると、夕日の光が上方に逆V字型に直線的に広がっているのは何故なのでしょうか。夕日の向かって右の光を隠すように右上方に斜めに直線が走っているのは山の稜線のようですが、かといって雲では直線がはっきりでないでしょうし、何なのでしょう。また、夕日の向かって左に建物のような黒い影があります。これも何だか分かりません。また、画面手前で餌を採っている人々は、遠近法の奥行きの描き方であれば、消失点の夕日にむかって小さくなっていくのではなく、逆方向の右に向かって、そっちに消失点があるかのように小さくなっていきます。つまり、風景と人々が異なる空間にいる。しかしそれが、全体としての画面はちぐはぐとしたところがない。だから、不思議な画面です。現実の風景を描いたのでしょうが、現実のリアリズム的な感じがなくて、かといって幻想的でもない。ターナーは尋常じゃないです。この後に展示されているラファエル前派や周辺の画家たちが普通の人が精一杯頑張って普通でないように描いているのに比べて、ターナーは普通に描いていてブッ飛んでいる。ラファエル前派の画家の作品たちが可哀想になりました。

Preraffa2turner

 

2019年6月16日 (日)

ラファエル前派の軌跡展(1)

Preraffa2pos 2019年4月に 三菱一号館美術館で見てきた「ラファエル前派の軌跡展」の感想です。
 この美術館は東京駅から歩いて数分という便利さもあって、年間でも何回か訪れている。今回も、ちょうど、夕方に都心に出かける用事があったので、空いた時間に寄ることにした。ただ、空いた時間を気軽に過ごすには入場料高めだし、狭い部屋を通り抜ける自動ドアが邪魔くさく、靴音が響いてしまう床がうっとおしいので、何度訪れても慣れないし、落ち着いた気分にはなれない。館内は、平日、しかも連休前日の夕方で、それほど混雑してはいなかったが、比較的女性客が多かったのはラファエル前派の展覧会だからだろうか。
 いつものように、展覧会の挨拶から“1848年、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティらが結成したラファエル前派兄弟団は、英国美術の全面的な刷新をめざして、世の中にすさまじい衝撃をもたらしました。この前衛芸術家たちの作品は、観る者の心に訴えかけ、広く共感を呼びました。人々は、社会の基盤が移りゆくなかで、彼らの芸術に大きな意義を見出したのです。その精神的な指導者であるジョン・ラスキンは、あらゆる人にかかわる芸術の必要性を説く一方で、彼らとエドワード・バーン=ジョーンズやウィリアム・モリスら、そして偉大な風景画家J.M.Wターナーとを関連づけて考察しました。本展では、英米の美術館に所蔵される油彩画や水彩画、素描、ステンドグラス、タペストリ、家具など約150点を通じて、彼らの功績をたどり、この時代のゆたかな成果を展覧します。”
 この美術館の企画展は、企画の方針とか意図がしっかりしていて、その趣旨にしたがって展示するというより、まず作品を集めて、並べたという印象のものが多い。今回も、ラスキン生誕200年記念と謳っているわりには、あいさつで説明がないし、展示にラスキンの描いたスケッチが並んでいたり、申し訳程度にターナーが展示されていましたが、ラファエル前派とラスキンの関係が展示からは、はっきりせずに(それなら、もっとミレイやハントの初期の作品じゃないの?)とか、つっこみどころはたくさんあるのですが、展示されている作品は、ラファエル前派のガイドブックにある有名な作品が集められなかったのか、落穂拾いのように周縁の作品をかき集めたような内容で、これまでのラファエル前派展の収集かには洩れてしまうような作品が多く、ある意味新鮮な出会いがありました。したがって、ここでは、展覧会の趣旨などは無視することにして、個々の作品の印象を個別に綴っていきたいと思います。

2019年6月15日 (土)

入谷秀一「バイオグラフィーの哲学 「私」という制度、そして愛」(16)~第15回講義 「私」の残り香─バイオグラフィーの生理学へ

 著者は、まとめに入ります。
 語りは第二の人生を約束する。しかし、この約束は、第一の生における「信」に裏打ちされているといいます。自分の有限な生が終わったあとも、誰かにそれが届くだろうと信じることで、私たちは書くということを動機づける。自分自身が他者のそのような思いを受け止め、数多くの死者の証言者たらんと考えてきた人間であればなおさらです。そのようにしてストーリーの世代的な連鎖が生まれ、伝統やヒストリーが形作られていきます。ただし、このような各自の自己認識は、それを可能にするのが、ある種の過剰さであり、そこには歪みや暴力性を内に持っています。本書の中でも、「あなた」を「私」が一番よく理解しているという思いは、死者を死者として葬送するのに寄与するのではなく、死にきれない亡霊となって「私」に取り憑き、「私」の生命を脅かし、さらに周囲を巻き込む。他方で、危機的状況にある国家がそのように亡霊の回帰を、国民全体が問答無用に受容すべきものとして制度化し、ひとつのストーリーに固定化した上で大々的に利用することも本書では確認しました。それは、「私」が「あなた」を見るのと同じように、「あなた」は「私」をみなくてはならない、という鏡の論理です。
 そんな中で、著者は本書を通して強調したかったこととして、自分について語ること、その告白の営みは、自分の生についての危機意識に端を発しているということです。それは人の無意識的な心身のメカニズムのみならず、バイオグラフィーの歴史的な出自にも由来するものです。告白を告解として、はじめて制度化したキリスト教徒たちしは、社会全体がある歴史的岐路に立っているという危機意識を共有していました。極端な言い方をするなら、人は誰でも、はっきりと正体を同定できないような様々な「亡霊」を内に抱え、様々なストーリーに巻き込まれており、そしてそこから、そのひとらしさだけでなく、その人の生き方そのものが発現してくる。フロイトが健全なる自己愛と位置付けた自我理想ですら、他者から愛されているはずの「私」という幻想を「私」があいさねばならない、という入り組んだ構成をしていました。そこにはそもそも、そのように愛してくれた他者はもういない、という裂け目が刻み込まれていました。野坂昭如には、この構図が逆さまになった形であらわれていました。幼い彼を突き動かしていたのは、愛されてもいない自分について、他者たちが何かをつぶやいており、それに聞き耳を立て、愛されている自分を演じ、自己物語化し続けねばならない、という衝動でした。ストーリー構成自体が空虚さを抱えながら、それが自分の唯一のアイデンティティである以上、バージョン違いの「私」をその都度再生産しなければならない、そういう思いが、首尾一貫して彼にありました。空襲を契機とした家族神話の瓦解というカタストロフィーを生き延びた彼は、この構図が再度逆転し、グロテスクなまでに破綻した家族を自伝的に描き続けました。
 これらのように、自分をどう語るかということは、その人が自分を構成する無数のストーリーとどう折り合いをつけてきたか、それらをどう消化し、どうその消化に失敗したかを証言します。
 著者は、「消化」といい「昇華」とはいいません。昇華は知性化、言語化と同義であり、それは自分の悩みを第三者のように語り、かえって問題を隠蔽する傾向があるというのです。そういう姿勢から、テクストそのもの、とくに自己についての語りの内に、その人が自己自身や他者とどう付き合い、どう関係を築いてきたか語り手が様々なストーリーを消化し、我が物にする過程が透けて見えてくる、と言います。それは、言葉の問題を身体の問題に、文学を科学に還元することとは違う、臭いものに蓋をするという慣用句を持ち出すと、言葉は「蓋」のようなものと言えます。それが言葉の持つ志向性だと著者は言います。そして、蓋をするという構造自体に、なにがとかの臭いものを感じてしまうと言います。
 しかし、近代以降、蓋が閉められ、その無数のストーリーが細分化し、人は他人事のように遠目に眺めて観察するだけになる。蓋である言葉が独り歩きして、人は物神崇拝的な志向で、無数に細分化されたストーリーは観察するだけなら陳腐なパターンで、人はそれら相互のこまかな差異に一喜一憂する。消化から消費への変質と著者は言います。その行き着く先は、言葉という記号は操作が可能です。その例がメディアによる幻想です。メディアの供給する記事はセンセイショナリズムになりがちです。政治の腐敗、経済の行き詰まり、人々のモラルの瓦解…。ある事件が報道され、すくざま、これは社会の病理を象徴する事件ではないか、とコメントが付せられたりします。すでにそこでは、破局が現実として想定され、イメージされ、先取り的に消費されています。商品としてのカタストロフは、現実より現実らしい意味内容によって、何も起こらない私的空間にいて、かるか遠くでの出来事と視聴者に思わせる。そのストーリーは一方的に編集され、例えば、テロの場合、テロがどういう政治的背景などといった抽象度の高い考察内容ではなく、まずもって傷つけられ殺された犠牲者の生々しい顔や声を取り上げ視聴者の義憤を惹起させる視聴者の興味は犠牲者の救済に集中することになります。義憤は問題となった全体ではなく、矮小化され感情的な反応として収まります。いわゆる感動ポルノです。カタルシスを味わった視聴者は後味を残すことはない。
 「私」のうちに内面化された道徳的な価値体系を超自我と呼ぶなら、社会の変化とともに、その内実も変動するものです。まず、だれもが共通して尊敬したりする際立った英雄的個人や権威ある国家がそうでしたが、それが不在となったのが現代で、その後に来るのは自閉的なタコツボが乱立する社会です。そこでは身内にだけ通じるルールが盲目的に守らされると不寛容な、融通の利かない社会です、それは法体系のような抽象度の高い象徴性というより、記号的に消費可能な身体イメージへの執着によって特徴づけられます、つまりは、いまの快適な生活を変えたくはない。その究極は、「私」は予め敷かれたレールを外れないように歩いて、最小限の物語を消費するだけでよいということになります。それでよいのでしょうか。
 「私」もそうでしょうが、人ならではの消費行動には、ある種の余剰物から生まれた、生存には必ずしも必要でない余剰から生まれるところがあります。人間が作り出さなければ歴史はないのです。記憶、思い出とは、生物としてのヒトから逸脱した人の人生に伴う根源的な灰色の領域です。だから「私」は「私」のものか判然としない無数のストーリーを、「私」に宛てられたメッセージとして読み、その灰色の領域に、あえて自身を巻き込まれるようにする。それは慣れ親しんだ土地から放逐されることになるかもしれません。正気を失ウものもいれば、他者の苦悩を少し覗いて知った気になって、そのノウハウを摂取して「成功」する人もいます。人は誰でも何かについて当事者であると同時に、それ以外については非当事者で。それ以外の領域が圧倒的に多い。そういう自覚のもとに生きています。それなのに、なぜか知らない土地に行こうとしたり、知らない者たちのストーリーに共感して、毒とも薬ともわからないそのストーリーを自分のものとして飲み込んで、自分なりに租借、消化しよとする。それを、見たこともないような他者に向けて託そうとする。
 かなり、期待した内容とはすれていて、内容はいいのですが、ロジックの飛躍というのが、筋があちこちに飛んでいってしまう構成で、しかも、筋が展開するというのではなくて、あちこちに飛んだものが、ぐるぐるまわって、最初のスタート地点にいる、と言う印象です。ロジックというよりレトリックなのか。なんとなく、言いたいことがあるようなのだけれど、整理されていない、というより整理以前の形になっていない印象です。だから、下手をすると、このなかで著者自身が批判をしている安易な感動ポルノとして読まれてしまう危険もある。私自身、そういう読み方が楽なので、そういう方向にひきずられつつ読みました。

2019年6月14日 (金)

入谷秀一「バイオグラフィーの哲学 「私」という制度、そして愛」(15)~第14回講義 ふつうで自然な「私」─バイオグラフィーとバイオテクノロジーの未来

 この著作で述べられてきたのは、「私」を「私」にする、「私」以外の他者とは何(誰)かということであり、またこの他者との関わりがどのように言説化され、制度化され、ある種の暴力の場として機能してきたかということです。しかし、他者なしで「私」のアイデンティティが成立しないことをどんなに多角的に検証しても、「私」は「私」だと、その同一性に執着できる、強力な論拠がまだ残されている、それが「私」の身体だと著者は言います。
 著者は言います。自己の身体以上に、交換不能のものがあるでしょうか。「私」の身体は「私」にしか動かせず、ちょっとした仕草や食べものの好み、身体機能から性癖にいたるまで、誰よりも「私」がよく分かっており、生誕から死まで、「私」の最も身近な隣人、というより、「私」そのものであり続けています。私たちは、他者になり替わって痛みを経験することはできません。
 しかし、このような常識を揺さぶる出来事は20世紀の後半に次々と生起します。例えば臓器移植です。これは身体の交換不能を否定し、生命の部分化・資源化・共有化が始まりました。「私」の身体を「私」が独占するものではなくなった。他方で、「私」の身体の死も誕生も脱自然化が進んでいます。そこでは、人工授精による両親のいない「私」、クローンによるコピーの「私」ができる。さらに、遺伝子レベルの操作や診断によって、生まれてくる人間の人為的な改造、あるいは障害などの可能性のある胎児の堕胎といったことができてしまう。そこでは、あらかじめ異常者を排除するという優生学的な風潮が広まってきていると著者は指摘します。それは、例えばオルダス・ハクスリーが『すばらしき新世界』という近未来小説で描いたディスとピアのような均質的な世界に近づいているように見えます。
 20世紀の社会は、例外でないこと、不自然さや異常性が認められないこと、平均値に近いこと、要するに「ふつう」であることが、そのまま個人の自然さを保証する指標となっている。しかも、それはそうであるのが当然という、イデオロギー的な自明さとなっている。ふつうであること、すなわちすべてにおいて、自分自身のことでさえ第三者のようなまなざし、観察者の視線から気を配り、その状態を逐一覗き見し、大きく逸脱していないことに安堵する、そういう、第1回講義の『何も者』の登場人物がまさにそういう人間です。
 なにか、本書の議論は最初に戻ってきてしまった、かのようです。

2019年6月13日 (木)

入谷秀一「バイオグラフィーの哲学 「私」という制度、そして愛」(14)~第13回講義 スピリチュアルな「私」─変容する非日常

 愛を通し集団内の連隊が強まるケースとして軍と教会が突出しています。戦争と宗教です。そしてどちらの場合も、集団を共通のミッション向かわせるうえで、ある模範的な個人の物語が共有されるという構図を見出します。そこでは、感情の錬金術ともいうべき、弱者へのいつくしみが、別の弱者の殺害の無条件の肯定へと容易に反転してしまう。愛が戦争の道具として用いられる。宗教についてはどうでしょうか、著者は、現代の日本において、スピリチュアルという分野に現れていると指摘します。
 著者は書店のスピリチュアルのコーナーを見た感想として、それらにある共通な傾向として自己愛を見つけ出します。しかし、それが提示するのは、他人は他人、自分は自分といった孤高を貫く、抑制の取れた自律的主体ではなく、「私」はこうやって成功した、だから「あなた」もという愚あの呼びかけです。三人称の広く公共的な読者に訴えるのとも違う、仲間内に囁くようななれなれしい感じで、読者が同意することを最初から決めてかかっている。そこには、単純な物語への志向がある。単純ということには、割り切り方がはっきりしているということが含まれます。これさえすればいいんだ、あとは何も恐れなくていいんだ、そういう恐るべき飛躍や省略を簡単に成し遂げる愚直さです。ためらいもなく、寄り道もせず、一つのことに徹底して取り組むという潔癖さでもあり、案の定それは、自分が正しいことをしているという確信を育てる温床ともなるものです。そして、単にテキストを読むのではなくて、そこに書かれた物語や教養を実践するということになると、そのような発想の単純さは、むしろ無制限の力を約束します。意にそぐわないものをことごとく「悪」と断罪する、極端なまでの党派性がそこから生ずることになるのです。
 島薗進の『精神世界のゆくえ』によれば、伝統宗教との違いを次のように分析しています。伝統的な宗教は救いをめぐる回心の体験が核心的な異議を持つのに対して、スピリチュアルでは癒しをめぐる自己変容体験に関心が集まると見ます。救済から癒しへという図式は宗教的経験の個人化を物語っています。つまり、救済が主張される場合、社会の成員が持つべき危機意識(この世は苦しみに満ちている、とか)があり、そういう意識が共有されているという意識自体が、いわば同じストーリーによって貫かれた運命共同体の形成を促します。回心という心の変革もまた、めいめいが勝手にやればいいというものではなく、共有すべきルールや教義に各自が従いつつ、ある種の超越、非日常性への道筋をきちんと辿ることが求められます。共有という前提があるからこそ、体制や体系となって制度が整備されている。これに対して、スピリチュアルの癒しや自己変容は、それぞれの成員が持つ心の悩みの解消、あるいは心構えそのものの変革を目指すという点で、最初から個人に焦点が当たっています。もとめる超越は外部ではなく、すでに自分の内部にある。このような内部への沈潜は、変わるべきでない自分、否定する必要のない時分と出会うという様相を帯びています。従って、自己変容は、変容しなくていい自己を発見し、これを肯定するプロセスです。だからこその癒し。ここでの日常から非日常へと突き抜ける救いとは違い、癒しは非日常のツールを用いて日常に回帰し、その色合いを変えてみせる。そのカタルシスだけで良い。
 そうであれば、このような癒しは回復であって、そこに根本的な意味での変容はない。ここには、日常に相対する形でイメージされていた非日常そのものがもはや存在しないで、日常がそのまま、非日常的なレベルにまで引き上げられている。そこで、著者は、日時用途非日常について考えを進めます。つまり、現代の傾向として、非日常がどこまでも日常の文脈の延長線上にある。つまり、非日常は日常の質的ではなく、量的な変化として現われるものとなっている。これは同時に非日常に通ずる日常自身が量的なファクターにより構成される度合いが高くなってきているということになります。歴史や政治、スポーツ、戦争までも情報化・映像化され、事態を粘り強く多角的に捉える正確さよりも、たたみかけるように人を感動に導くストーリーの単純さが、持続性よりも即効性が、自由よりも安心が、「そもそもそれが正しいかどうか」よりも、「今の私にそれが気に入るかどうか」が優先される。
 ドイツの哲学者リュディガー・ププナーは、非日常がダイレクトに日常化される現象を「生活世界の美化」と呼んでいます。古来、神々との交流といった非日常の経験は宗教的な儀式、例えば祝祭で、共同体が営むものでした。そこでは、普段の生活世界を貫く意味づけ自体が棚上げされ、ある種の例外状態が享受される。柳田國男の言葉を借りればケとハレの位相転換です。しかし、伝統的な宗教文化の衰退とともに、ハレの崇高さは喪失する。ベンヤミンが述べていたように、芸術の礼拝価値は展示価値に移行し、非日常の意味喪失に伴い、その分非日常の「見える化」が生じる。モノや商品、キャラクターという形で神的なものが日常に氾濫するわけです。芸術家自身も神殿から為政者の住まいへ、ブルジョワのサロンへ、そこから美術家や劇場、そして町の通りへと活躍の場が広がる。創造行為はよりポップに、刺激的に変質していく、ついには芸術と非芸術との障壁も取り払われ生活世界そのものが劇場と化す。興味深いことに、ププナーは、なし崩し的に展開される芸術の大衆化によって、芸術はより真面目になる、と論じます。軽薄さや無意味さ、猥雑、頽廃、超現実的なエレメント、要するに形而上学的な残滓を残す「遊び」の部分が退けられる。というのは、現実を棚上げする余地がもはや存在しない以上、私たちは芸術に、日常的現実を改善する役割を、あくまで日常の論理に沿った仕方で求めるようになるからです。役に立たないものは芸術でない。つまりも日常化できないものは非日常ではない。
 彼岸、つまり非日常ですね、を喪失した宗教、スピリチュアルは、私たちがこの世で経験する様々な苦悩の受け皿として、一種のセラピスト的なものになってきている。それに伴って、社会そのものがそうなってきている、個人的様相を帯びて、具体的には社会問題として括られるテーマが個人の悩み、個人の苦しみという枠組みに基づき描きだされるようになる。法整備や社会的インフラの充実、問題の多角的理解など、解決のために必要な構造的で抽象的な視点が考慮されず、個人が具体的に悩む姿にダイレクトに焦点が当てられ、とにかく彼の傷ついた感受性を癒すことが優先されるということです。「あなた」がどう傷つき、そこからどう立ち直るかという個人的ストーリー以外、社会が「あなた」に向ける興味関心はなくなる。誰もが他者のプライベートな苦しみを見たがる。ここで奇妙なことにバイオグラフィーそのものがマニュアル化してくる。苦しむ「あなた」がどう悩み、立ち直ったかという感動的なストーリーを一定程度予測し、期待している。
 かつてアウグスティヌスの自己探求が、構造的に言ってあくまで神からの啓示に依存していました。キリストは苦悩に対してセルフヘルプなんていいませんでした。それに対して、近代以降になると、最終的に頼りになるのは自分自身、要するに本当の「私」を見出せる、自分好みの「内なる神」だと考えるのです。
 この著作を読み進めてくると、最初は文学的、哲学的だったのが、社会学的にかわってきました。すりかわってきたというべきなのでしょうか。ちょっと違うかな、という印象です。

2019年6月12日 (水)

入谷秀一「バイオグラフィーの哲学 「私」という制度、そして愛」(13)~第12回講義 よく代弁者とは─灰色の「私」

 集団的アイデンティティの最も強固な心理的な支えは「愛」に他ならないと考えたのはフロイトです。ここまで、この本での講義は、まさにこのテーゼの傍証を与えているように見えます。アウグスティヌスの隣人愛しかり、ルソーの博愛主義しかりです。しかし、他方で、性愛に精通しているフロイトだからこそ、彼は悲哀=葬送を通したあきらめの重要性を繰り返し説きました。幼児の精神的発達というイニシエーションを経由することで、人は自立した大人になる、というわけです。いうまでもなく、これは性愛関係の体制的変化─無制限に愛される「はず」の自分から、他者も愛する自由と責任を有したリアルな自分への─を意味するのであって、冷血漢やニヒリズムになることを勧めているわけではありません。感情やストーリーの共有は手放しに肯定できる事態ではなく、むしろそれはときに、心に刷り込まれた幻想の他者への過剰な依存へと人を導く、とフロイトは考えます。そのような幻想への固着は、外から見れば、頑なな自己への固執として映るでしょう。しかしそこをよくよく覗き込んでみれば、自己が欠けていることに気づきます。あるいは、常に「私」を導くはずの幻想─それは身近な具体的他者の場合もあれば、コードや大義という形で教条化されたイデオロギーの場合もあります─によって肝心の「私」が剥奪されている、ということが判明するわけです。だからこそ、「私」を欠いた人間は、容易に他者を巻き込み、エゴイズムの自覚なく、他者のうちに自分の見たい「あなた」を発見するわけです。
 この矛盾の極端な制度的形態を、私たちは、個人という存在を決定的に蔑ろにする戦争、及び戦時期に作られる物語を通した個人礼賛に見ました(例えば山本五十六や軍神、銃後の母)。これはある意味では、近代国家のコンセプトそのものから導出された論理的帰結だったとも言えます。というのはもいざというときには自己の存在を否定できる者こそよき国民であるという教え、つまり滅「私」というコードが予め銘記された「私」を愛せよというパラドクスを、あらゆる国民に自発的に受け入れさせることが、国民が主権者である「はず」の国民国家の課題だったからです。個人に対する国家の関係は、あからさまな力の行使という外的な形態としてのみならず、それ以上に、道徳教育や文化的啓蒙活動といった諸制度を通した国民の内面の醸成という長期的な働きかけとして現れたわけです。
 しかし、戦時下の日本では愛の証明が欠けている。奇妙なまでに不均衡で非対称な関係にありました。常に愛される側にのみ責任が生死を賭けて課されました。天子様のために命を犠牲にすると、しかし、愛する側である天皇は、その愛を伝えることはなかった。それは丸山真男が指摘したように無責任の体系という、著者の言では愛の底が抜けていた、ということになります。一般化して言うと、あなたを愛しているのは他ならぬ「私」だと、その絆の証明が最終的に帰責するはずの主体を自認する者はおらず、存在するのはただ、正体を見たこともない他のものの代理人の置かれた者たちだけということです。前回の講義では、男以上に男の論理を代弁し、これを自分の子らに教育する母たちについて考察しました。夫を失った被害者であるはずの彼女たちを、誉れ高き犠牲者の連れ合いとして称揚し、さらなる犠牲者の提供へとけしかけるメディア戦略は、美談として人々に広く受け入れられました。この美談はパターン化されており、陳腐だとさえいえますが、論理の陳腐さは、非力さを意味しない。戦争という大規模な総動員体制の前では個々人が無力であるように、愛国心という美徳の代弁者の数を最大化するという方法の前では、身内の詩に対する素直な悲しみの声は、たやすく掻き消されてしまうわけです。
 このような声を掻き消すという悲惨な例として著者はアウシュヴィッツの事例を思い起こします。アウシュヴィッツの死者たちは、ガス室で身を滅ぼされる以前に、生きている段階で、声を出す手立てを全て奪われていました。戦争ですらない、民族全体の殲滅、大量虐殺という史上稀に見る蛮行を生き抜いた生存者たちが、死を回避したというその幸運によって、永遠の沈黙の暗闇に沈んだ者の代弁者たることを運命づけられることになります。歴史の「真の」当事者たちの声を直接聞けないということ、その声が代弁者の声によって二重にも三重にも上書きされ、事後的にストーリー化され、その物語に対して、私たちは常におくればせながらに関わることしかできないのです。しかし、著者は当事者とそうでない者、もしくは行為者と観察者、あるいは生の声と残された記録、といった二分法自体が、歴史の証言という問題を考える上では十分な概念装置ではないと言います。アドルノは、先行するものが後続する者に対して歴史の占有権を主張することはできないと論じました。ルソーを読むデリダは、生へと関わり、その声を読むという行為を、書き残された言葉という記号的代理物を介した事後的反復という構造なしに成立し得ないと考えました。両者によれば、ある種のズレなしに、私たちは歴史に触れることはできない。純然たる当事者の立場に同化しうるというのは、幻想だと二人は考えます。自伝の当事者が、伝えうる内容を完全に個人的な所有物になし得ないのと同じように、声を奪われた当事者に代わって語らんとする代理人の立場の発言が事柄の真理性という観点からいって常に劣るわけでもない。と同時に、後続する代理人の立場が、先行する透視背者と比べて安穏としているわけでもない。
 ここで取り上げるのはプリーモ・レーヴィの『溺れるものと救われるもの』です。トリノ生まれユダヤ人である彼は、アウシュヴィッツに送られますが、連合国軍による収容所解放ののちに自らの体験を本にしました。彼は、収容所でナチス親衛隊が囚人たちに放った警告を伝えています。「この戦争がいかように終わろうとも、おまえたちとの戦いは我々の勝ちだ。生き延びて証言を持ち帰れるものはいないだろうし、万が一だれかが逃げ出しても、だれも言うことなど信じないだろう。おそらく疑惑が残り、論争が巻き起こり、歴史家の調査もなされるだろうが、証拠はないだろう。なぜなら我々はお前たちとともに、証拠も抹消するからだ。そして何らかの証拠が残り、だれかが生き延びたとしても、おまえたちの言うことはあまりにも非道で信じられない、と人々は言うだろう。それは連合国側大げさなプロパガンダだと言い、おまえたちのことは信じずに、すべてを否定する我々を信じるだろう。ラーゲルの歴史は我々の手で書かれるのだ」。運よく生き延びた者の証言内容が信じられないのは、その内容があまりにも非道だから─たしかにそうですが、それだけではなく、非道で非日常的な風景が日常風景化するほどに常態化指定ということが、証言する者自身に、証言へのアクセスを閉ざすから─いや、これも表現が正確ではない。証言したい内容に証言者が近づけないというより、かつて自分が経験したことがそもそも、自分自身にとってさえ不可能であり、想起や感情移入といった通例の人間の知的・情動的営みの範疇を超えている、というべきものです。信じられないのは、傍観者も加害者も同じでした。
 さて、レーヴィは終戦直後に『アウ主ヴィッッツは終わらない』で見聞きした事実を記しました。それが1987年の『溺れるものと救われるもの』では内省的な様相が濃くなっていきました。そこでターゲットとなるのは、かつての自分、それも解放直後には見過ごしていた、収容所における自分のたち位置です。それは「おそらくおまえもできたはずだ」というもの。それは生き残ったものたちが、彼の話を聞く聴衆の目に見る、あるいは見ると信じる判断なのでした。それは、なぜ抵抗しなかったのかという類の主張です。そういう彼は、死んでいった者たちからすれば、「真の」被害者とは言えない。このような反省が、恥辱の感情を伴い、証言を続ける彼自身に浮かび上がってきたのです。どうして自分が生き残ったのか、という疑問。証言しうるという幸運、あるいは証言行為そのものが、彼を懊悩に突き落とします。
 レーヴィは、生存者は「灰色の領域」に属するといいます。反乱を実行したがゆえに生きながら焼却炉に放り込まれた者たち、そしてまた、人としてのあらゆる感受性を奪われ、木偶のように無抵抗のまま殺された者たち、彼や彼女のように「真の証人」に自分たちはなれない。が、他方で、そうした非日常を完全に忘れ、戦後の平和、日常のうちに安穏と生きることもできない。そうした日常はときに、収容所経験を伝えるテキストを前に、全くの無理解を示すか、あるいは逆に、日常の尺度をそのまま用いて、非日常を判断し、評価しようとします。後者において非日常は、涙を誘うセンチメンタルな悲劇か、もしくは一握りの気がふれた軍人やサディストが行った喜劇か、いずれにしても、第三者にとって分かりやすい仕方で受容されることになります。テキストそのものが、そのような単純化やステレオタイプの物語化に加担しながら、歴史を編修し直した商品となり、ついには日常のちょっとした「うるおい」を与える、単なる添え物になるのです。アドルノはあるところで、舞台化されたアンネの日記を観賞し、とにかくあの娘だけは生かしておくべきだったのに、と感動しながら語った一人の婦人について触れています。
レーヴィの経験する疎外は、死者にも生者にも属さないという、自身のポジションの認識に現れるだけではありません。レーヴィは、自分がかつてなした証言からも、距離をとるように促されます。彼は、証言者という「特権と結果のつり合いがとれていない」と、かつての自分を否定するかのような思いを吐露します。レーヴィはそのとき、ある危機感を抱いていたと言われています。それは戦後社会に氾濫するアウシュヴィッツに関する語りが内包する、人間を迫害者と被害者に二分してしまう傾向であり、これは記憶の風化とともにますます顕著になる、と彼は感じていたそうです。たしかに、この二分法─語りに参与する者たちを、当事者とそうでない者に峻別する仕掛け─は語りを聞く前に、証言者との連帯を保証するかのように見せかけを与えるのです。つまり加害者は怪物に属するが、証言者は、蛮行を見過ごした傍観者を含め、一方的な被害者であり、それを後から聞き、観賞するものと同じく、エゴイズムや人種差別とも無縁の常識人、平和を守る一般人であという仲間意識がそれです。
 このときレーヴィは証言のあり方そのものが抱える問題性に振り向かせたのではないかと著者は言います。第三者の無理解を生むのは、あまりにも理解し易い仕方でなされる説明であり、いわば証言の華々しい成功、証言者としての─そして死者たちの代弁者としての─自己へのゆるぎない確信こそが、まずもってかいたいされるべきものとレーヴィに映ったのではないか、と。そこで、レーヴィは在る主挑発的な仕方で読者を巻き込もうとします。彼は、生存者の無垢性を否定し、いわば自らの傷をさらけ出すことで、読者─歴史に対して、自分と同じく部外者、単なる観客のポーズをとる傾向のある者たち─に、読者自身が多かれ少なかれ身に覚えのある傷にふれるよう、促していると思えるのです。しかし、傷に触れること、とりわけ触れ続けることは難しい。それは傷の重みに人が耐えられないという理由からだけでなく、触れ続けること自体が、いつの間にか、傷について語るという仕方で傷を抑制し、否認するような自己正当化へと容易に転化するからです。
 当事者不在のままで、繰り返し口にされ、共有されているストーリーは。その代理性がゆえに、聞く者に安心感を与えます(それは免責の安心でもある)当然、そうしたストーリーは、他の解釈の可能性を寄せ付けない限りにおいて、内部にあっては抑圧的、外部に向かっては排他的に機能します。この圧力を解きほぐすものとして、著者は、いわずもがなの内容を蒸し返し、全く別の角度から光を当て、担い手自身を突如として不安に陥らせるような他者の存在、あるいは他者の介入を指摘します。

2019年6月10日 (月)

入谷秀一「バイオグラフィーの哲学 「私」という制度、そして愛」(12)~第11回講義 私を捧げよ─愛国心・民族主義・バイオグラフィー

 人の歴史の中には、聞き取られなかった様々な沈黙の方が、聞き取られた声より圧倒的に多い。通常私たちが歴史といっていうものは、そのような沈黙を聞かない、つまり否認することで成り立っているものです。普通の人々が自らの声を公的な場面へと響かせるまでには様々なハードルが存在するということです。生きることと書くことはちがうし、書くことと、それを発表し、出版することとも違います。つい数十年前まで、自伝や回顧録の類を執筆して公刊できたのは政治家、知識人など一部のエスタブリッシュメントの特権でした。アウグスティヌス、ルソー、野坂昭如といった人々は社会全体から言えば例外に属していたといえます。
 一般市民が自身の意見や感性を表現し、それが文章として伝達されるには、様々な条件が必要です。読み書きができること、出版ができること。そして、その以前に「私」があること。自分の「内」面をありのままに表明するはずの近代的な主体の発生は、その主体が生誕以来常に従うべき唯一無二の「外」部にしてその主体の集合体である国民国家という「共通の身体」の成立と不可分の関係にあります。この相反的な構造は、例えば、紙の上で自己主張する修練がもっとも徹底され、マニュアル化された体制は軍隊によく表われています。国民が「主役」の国家においては、兵士育成は、武家の親が子に直接行うエリート教育から離れ、一般人を兵士とすべく教えられた諸制度に委ねられます。そこでは軍の構造自体が細分化・官僚化され、大量の情報がエクリチュール(書かれた言葉)として行き交うことになります。従って、一般人を徴兵したところで、彼が読み書きに通じていなければ使い物になりませんし、何より、離れて生活する家族とのやり取りに難儀することは、容易に想像できます。しかし、19世紀以降の戦争は、ある意味では、市井の人々が文字通り歴史の表舞台に立たされ、発言を、すなわち戦場で何を見たか、何を経験したかを述べるように促されるに至った局面と言えます。いかなる英雄も例外もなく、男女の区別もなく、関わる者が等しくその歴史的事件、ならびに大量死というカタストロフィーを、それらを最も素直に伝える声とともにイメージし、共有せねばならないという意味で、近代戦とはベネディクト・アンダーソンの言う「想像の共同体」の成立機構そのものでした。それはオートバイオグラフィーの理念や伝統に背馳するものだったでしょうか。ひとつ言えるのは、オートバイオグラフィーの「私」の告白は、まさに「私」を否定し、その愛を国家に、あるいは超国家的な民族の理念に捧げるための教育装置として利用された、ということです。この告白の大量生産の背後に、大量生産される沈黙があったということにも留意せねばなないでしょう。
 つまり、様々な声が無条件に容認されたのでは決してないということです。同様に、声の共有も、決して自然発生的に生起したわけではないのです。
 1872年の学制による教育制度の普及と連動するように、言文一致体で平易に書かれた子供向け伝記出版の事業が本格化します。当初は、歴史的英雄の立身出世物語が一般的でしたが、そこに描かれるのは国家や科学技術や時代という大義に身を捧げた偉人たちであり、かれらを通して子供たちは、いち個人という枠組みを超越した、文字通り大いなる「物語」が存在することを知る教育効果が期待されました。その後1938年に内務省による児童図書の出版事業全体に国家介入が進められます。そこでは、子供の自由な想像力の発露を抑え、民族精神に殉ずるようなメンタリティの育成を目指せということになり、しかも現在進行形の戦争という肌感覚と重なってきます。このときにその模範的担い手となったのは山本五十六です。
 一方、前線で敵を殺傷する兵士たちに比して、銃後に残された妻たちは、戦争によって夫を失う危険と隣り合わせにおかれた被害者でありつつも、戦争から除かれた傍観者なのでしょうか。彼女たちには夫である兵士の自己犠牲の精神を次世代である子供たちに伝える役割を期待されていた。つまり、母を媒介にして父から子へと愛国心が継承されていった。その母は、夫を戦争でなくした戦争未亡人の手記が婦人雑誌に掲載され伝えられていきました。しかし、当時の家庭で婦人雑誌を購読していたのは一部であり、その伝えられた手記は夫の犠牲を尊いと説いていられる生活の余裕(高級軍人には遺族補助)があるからこそで、徴兵により一家の生活の担い手を奪われた未亡人の声が注目されることは極めて稀であった。ここで様々な犠牲の沈黙・否認という歴史の日常があるわけです。このときの妻たちは、一方的な被害者とはいえず、むしろ積極的に加担していったとして加害者的な側面を否定することはできません。彼女たち自身、やられる前にやる側につくという闘争への加担です。しかし、著者は言います、その彼女たちの奥底には、抑圧された何か、つまり、きちんと悲しむことを抑圧され、個人としての悲哀や葬送より先に、国民としての顕彰とセレモニーの引き受けさせられたという事情があるといいます。息子よ生きよという思いは、死ぬなという思いとは一致させらなかったという分裂を強制された故という側面を指摘します。

2019年6月 7日 (金)

入谷秀一「バイオグラフィーの哲学 「私」という制度、そして愛」(11)~第10回講義 覗く者・除かれる者─野坂昭如の様々なる「私」(2)

 家族についての語りは、家族が語りの主体になるケースと客体になるケースとに分けられます。それは、家族について、家族全体というものについて語ろうとする場合、何がその家族に固有の事情いえるのか、どこまでを一族として振り返り、想起し、囲い込むことができるか、ということもいえます。すなわち、この囲い込みは、家族の内側から提示されることもあれば、外側からされることもあります。「私」の家族と呼べるものは、これこれこういう特徴や伝統、あるいは、よりふみこんだ物言いをすれば、これはこういう運命をたどろうとする者たちだ、という言明によって、当事者である「私」がストーリー・メイカーとして物語る場合は前者です。後者は、第三者の視点から、関係者の証言や物的証拠を積み上げた上で、事実に即したヒストリーを確定させるケースです。
 さて、個人を超えた一族、というより、個人をその一例として位置づける一族についての語りは、内側からされようが外側からされようが、リスクを伴うと著者は言います。そのリスクのひとつは、あるかけがえのない存在について語るはずが、当の語り自身が、その唯一性を掘り崩す帰結をもたらすというというパラドクスとして現われます。ある全体について語ろうとする時に衝突せざるを得ない様々な問題を捨象し、無視し、全体について、あたかもそれを語ることが自明であり、必然であるような態度を押し付けてしまう。例えば個人レベルで考えてみても、私が最も「私らしい」といえるのは、私の人生のいつの段階でしょうか。幼少期でしょうか、青年期ですか、それとも死の直前でしょうか。大病を患い、さらには認知症や心身の不具合をこうむった人からは、その人らしさが失われた、と判断してよいのでしょうか。個人ですらこんなありさまですから、家族、一族全体についての語りに関しては言わずもがなです。
 野坂が父とその兄弟を題材にした自伝-伝記的な作品『同心円』を1970年代後半に執筆しています。この作品は構成が凝っていて、13ある各章に別々の主人公があてがわれ、それぞれの人生が描かれて、その主人公たちは父親やその兄弟、そして母、養母とその家族たちです。しかし、その人々同士が抱えていた心理的軋轢や葛藤の連関は、読者や作者にしか推量できず、しかも、各章が、ほぼ自己完結的な物語となっているがゆえに、全体を俯瞰する位置に、読者も作者も立てない。『同心円』という作品は家族全体の物語のはずですが、各主人公たちは、それぞれの想いを抱え、抱えながらも互いに不十分にしか伝えられず、沈黙に絡み取られ、それぞれの終息を迎えます。断片ばかりです。しかも、その主人公たちは、まともな人生を送ったものがなく、破滅していく。しかし、著者は、そういう『同心円』について、単なる孤独な者たちのモノローグという断片の寄せ集めに還元しきれない何かを感じると言います。
 中でも、野坂の実父をモデルにした孝之は、兄たちの破滅を身近に見ていたので、何とかうわべの生活だけは整えようと、形式にこだわります。そして、その分、自分の本心さえ自分自身にうかがえぬ人間になります。役人としての社会的地位はそれでもいい。しかし、私生活では、兄の嫁に惚れたあげく、愛している実感のない女性を娶り、子どもにはまるで愛情が湧かない。にもかかわらず、彼は体裁にこだわり、家系の安寧を第一に考える。太平洋戦争末期に召集令状を受け取った彼は、このとき遺言状を用意しますが、家族にどんな言葉を残そうかと思案してみれば、教訓めいた一般論しか思いつかない。その後、彼は生還しますが。毎年の暮れに同じように遺言をのこすようになる。無駄といえば無駄なこの作業に耽っているとき、孝之は、ようやく肉親の存在を近くに感じるのです。著者は、この孝之に繰り返し自分と家族についての物語を創作する野坂昭如自身の姿が重なって見えるといいます。
 このような、無駄とも言えることを執拗に繰り返すように、家族を対象に創作する野坂は、ルソーで見たマイナスのナルシシズムではないか。ルソーのそういう「私」を支えていたのは、繰り返し、また一方的に他者を表象し、覗き込むという、「私」と「あなた」の非対称性でした。しかし、ルソーには博愛主義という大義がありましたが、野坂は違います。野坂には『除かれる者、覗く者』というエッセイがあります。その中で、彼は文字を通して他者(作中人物)の生活を覗くことは、決してその人物との心理的一体化を引き起こすものではない、と言います。覗きはむしろ、他者との距離を覗く者に自覚させる。これは理論的洞察というより、経験的心情でしょう。野坂は他者の性行為を覗いた自身の体験について述べます。「すべて滑稽な感じが、この行為に伴っていたが、二人の、他のいかなる場面においてもかなえられぬ一体感というものが、当事者としてはどうであれ、こちらには伝わってくる。そして、ノゾくぼくは、たしかに「除かれて者」に違いなかった」つまり、覗く者は、性愛の一体感へと溶け込む、理解の対称性を受容できません。家族の生活を覗き見、聞き耳をたてることが習性となった野坂もまた、この欠如の自覚に付きまとわれており、それがまた、彼を、その都度微妙にストーリーが異なる語り直しへと際限なく駆り立てた、とみることができると著者は言います。
 田辺聖子は野坂の物語の特徴次のように表現しています。「終わらんとして終わらず、永久に未完であるような余韻がただよう、怨念めいたあと味が残る」

2019年6月 6日 (木)

入谷秀一「バイオグラフィーの哲学 「私」という制度、そして愛」(10)~第9回講義 家族愛の神話に抗して─野坂昭如の様々なる「私」(1)

 野坂昭如という作家は、繰り返し自身の実体験を小説に反映させ、自伝的な作品を数多く発表してきました。一方、野坂本人は、繰り返し自身の自伝の虚構を暴露し、それを訂正するという行為を、後に発表する自伝の中で行ってきました。つまり、新たに発表する作品は、以前の作品の修正案であって、この修正案が新たな修正案を産むという具合でした。その結果、彼の自伝は、常に現在進行の試みとして、まさに野坂昭如という人間の生の営みに限りなく近づき、そこに組み込まれるというものとなります。それを反対側からみると、彼の生そのものが、生を証言するだけでなく、当の証言自身を告発し、反省を迫るという自己対話の営みなしに、成立しないような複雑に様相帯びるものとなる。そう著者はとらえます。したがって、アニメ化されて有名になった『火垂るの墓』の無垢な戦争犠牲者という世間的なイメージにたいして、小説の中では絶えずノイズが鳴り響き、家族のフィクショナルな語りで、その折々に微妙に異なった姿を見せる「私」を提示するのです。
 著者は、そういう「私」の語りについて、ジュディス・バトラーの議論を紹介します。彼女が固執する「あなたはいったい誰なのか」という問いかけ/呼びかけは、単に相手の人生の履歴書的な情報を求めているのではなく、「私」を「私」たらしめているはずの「あなた」とは誰か、という問いかけ/呼びかけを通して透けて見えてくるであろう「私」と相手とのつながりを回収する試みでした。彼女は、問いかけ/呼びかけを安易に止めることを、ある種の非倫理的で盲目的な暴力とさえ呼びます。というのも、「私」は「私」自身について、完全に掌握し、知り尽くしているという具合に、いわばアイデンティティの自治権を宣言することは、ときに、「私」を形作る他者の存在に対して盲目になるだけでなく、「私」の視野に入ってくる他者について、その見え方そのものが果たして正しいのか、「私」が見ている「あなた」は、本当の「あなた」であるのか、そのような自己批判的な会議の契機を、まさしく「私」の外部に追いやることに繋がるからです。
 「私」が「私」の意のままになると所有物でないのと同様に、「あなた」は「私」だけの所有物ではありません。もし、他者に目を向けるなら、私たちは家族についての、そして家族との語りを省略するわけにはいかないでしょう。そして、野坂という作家は、その語りにだれよりも固執した作家です。
 ところで、家族ほど、所有と共有の論理を体現しているものは、他にないでしょう。住まいを共にすること、喜怒哀楽を共有すること、互いの人生に介入し、ときに堂々と、互いのクローゼットの中身を見聞し、検閲し、始動と矯正を施すこと、このような相互依存の体制のうちで、家族にしか分からない濃密な交わりを積み重ねる。家族のために自己の人生の大半を捧げる人がいる一方で、好みや考え方、生き方までを当たり前のようにメンバーに押し付け、陰険な袋小路へと巻き込む者もいる。それというのも、とりわけ親子関係を考えた場合、血を分けた者たちが、互いについて知りすぎるほど身近に存在し続ける、という事態があればこそです。特定の対象との過剰なまでの結びつきを、人は端的に「愛」と呼びますが、それは極端な場合、暴力と区別がつきません。あまりに身近すぎて。他者が見えなくなる、つまり他者が自分を確認するだけの「鏡」と化す場合がある。他者に意見を聞いているようで、単に自分への同意を求めているだけの人間は、私たちの周囲にザラにいますし、私たちの生活は、たいていの場合、そのような他者との地続きの関係を自明視することから成立していると言えます。
 これに対して、野坂にとって家族がリアルな存在である所以は、これらとは少し違うと著者は言います。彼は、自分の家族をモチーフにしつつ、他方で彼は当の家族について、何だか他人事のようだと、事あるごとに述べます。野坂の問いかけ/呼びかけは、自分は家族について知らない(=関わりがない)という感覚にいつみ裏打ちされています。敢えて最初に図式的に述べておくなら、「私」の与り知らぬところで、与り知らぬ者たちによって、「私」という存在は規定された─そこに関与した「あなたたち」とは誰なのか、こうした問いかけ/呼びかけを、彼はもはや返事を与えない「あなたたち」に向けます。従って彼の自伝的語りは、二重の損失(「あなたたち」は不在であり、そもそも「あなたたち」と「私」とのつながりは、自明でもなんでもない)を抱えていると言えます。家族に対する野坂の固執は、矛盾した物言いですが、この喪失自体への固執であり、そこに彼の自伝的語りの比類なき固有性がある、と著者は言います。
 そういう彼の特徴が表われているところ、例えば有名な『火垂るの墓』について、アニメと原作との違いに著者は注目します。それは細部なのですが、ドロップ缶の扱いです。アニメでは、母の不在や生活の先行きに不安を覚える妹を気遣う兄を印象づける形でドロップを与える清太の姿が描かれます。彼自身は一粒も口にせず、最後は空の缶に水を入れてジュースを作ってやるのですが、原作ではドロップ缶は節子の骨を入れる単なる入れ物として軽く言及されるだけです。反対に、原作にあってアニメにないのが「節子の粉ミルクもようくすねた」という何気ない一節です。野坂の作品の特徴的な要素として、抑制のきかない食欲が少年の自画像の重要な部分を占めているのですが、ここでも清太は食欲を抑えきれずに節子の食料をくすねるのです。それが「節子の粉ミルクもようくすねた」です。
 野坂には、似たようなストーリーの『死児を育てる』という作品もあります。中学生の久子は二歳半ばの妹文子をつれて新潟に疎開します。そこで体験する疎外と困窮。食欲を抑えきれない久子は文子の食料を横取りし、ストレスから虐待します。その結果、文子は衰弱し、空襲の最中に見捨てて逃げ出します。翌朝戻ってみると、文子は死体となってネズミにかじられていたのを目撃します。数年後、戦後となって久子は、平和に結婚し、出産した娘に、激しい不安を覚えます。娘の誕生は、文子を死に追い詰めた自分の所業と対峙することを迫られたからで、罪悪感に耐えられなくなった久子は娘を殺すのです。
 もうひとつ『子どもは神の子』という作品。主人公は小学二年生の冽は、生後十ヶ月の久恵を、おとなしくさせるため、蒲団を顔に被せて殺してしまいます。冽は日頃から久恵をぞんざいに扱っていましたが、いわゆるこどもらしさを演じるのが得意で、その無邪気さを誰も疑わない。久恵の葬儀がすむと、家族の生活は、妹のことなどなかったように、もとの日常に戻ります。ある日、冽は発作で倒れた祖母に助けを求められるのを無視して、祖母はなくなります。再び葬儀。そんな冽は、台所で酔いつぶれた母の横でガス栓をひねり、葬式をゆめみるところで物語は終わります。
 これらの主人公たちは、それぞれに野坂のバイオグラフィーのある部分を引き受けているのは明らかです。しかし、どの人物も野坂そのものでもありません。また、これらの自伝的な作品の人物を網羅的に集約すれば、野坂の全体像が出来上がるというのでもありません。それぞれが野坂本人であり、様々な「私」が存在するのです。そして、その複数性は、彼が折々に、テキストという仕方で問いかけ/呼びかけを試みる家族(「あなたたち」)との複雑な関係性を反映したものです。

2019年6月 5日 (水)

入谷秀一「バイオグラフィーの哲学 「私」という制度、そして愛」(9)~第8回講義 告白の(暴)力(2)─苦しみは誰のもの?

 フィリップ・ルジェンヌは自伝を次のように定義しています。「実在の人物が、自分自身の存在について書く散文の回顧的物語で、自分の個人的生涯、特に自分の人格の歴史を強調する場合を言う」この定義は文章形式に特化したもので、語り手=主人公が手探りで進まねばならない、不透明な倫理的空間の存在を等閑している、と著者は言います。他者に関することも含んでいる物語を、誰が自分の物語として語れるのかというと戸惑いから出発する。自伝の書き手は「私」のものでないはずの物語を、「私」の視点から差異しなければならないのです。「私」自身の物語であるはずのものが、どこまでが「私」個人のものなのか判断しきれないという、混乱と無知覚悟しなければなりません。アリスと母親の事例がそうであるように、「私」が「私」について自伝的に語ることは、「私」が他者について伝記的に語ることと重なります(母の救済は、「私」の救済でもある、という図式)。また、このようなグレーゾーンを取り上げるまでもなく、他者(第三者)の方が「私」(当事者)について、より正確に語りうる場合もある。そうなると、自伝と伝記を実質的に峻別することは難しいということになってきます。
 ここで取り上げられるのは、グァテマラのマヤ系先住民出身の人権活動家、1992年にノーベル平和賞を受賞したリゴベルタ・メンチュウのインタビューによる聞き取りを基にした自伝的著作です。当時の軍事政権の強権的支配のもとでの人権侵害で家族を殺され、自身も生命の危機にあった。そこには強い倫理的メッセージが強い説得力をもって読者に伝わってくるものでした。しかし、その彼女自身の内容について事実を捏造していることが明らかになりました。
 しかし、自伝の詳細部分はどうであれ、彼女が政府によって家族を殺された事実は変わらないし、そもそも圧政が先住民たちに多大な犠牲を強いた、という歴史に偽りはないのです。メンチュウが意図したのは、彼女の個人史を詳細に綴ること以上のものであり、従って自伝に込められた倫理的メッセージは正当に評価されてしかるべきです。
 では、メッセージが正当なものであれば、フィクションが入り込んでいても自伝のコアな価値とは関係のないことなのでしょうか。そうだとしたら、重要なのはメッセージ、すなわち事実全体の意味をいかに効果的に伝えるかという点で、個々の事実の細々とした点に拘泥する必要があるのか、なぜ事実を、ありのまま、見聞きしたままに報告するひつようがあるのか、そもそも、ありのままという場合のありのままとは何なのか、という問いが生まれます。たしかに、最初からフィクションであることが前提の物語と、そうでない自伝とでは、物事の立ち位置そのものが異なっているので、その相違を見過ごすわけには行かないのかもしれません。しかし、差し当たり。読者の心を動かすという「大義」からすれば、フィクションとノン・フィクションとの質的な相違は、あまり見当たらないようにも見えます。
 ここで著者ヴァルター・ベンヤミンに話を転じます。彼は1940年代のパリで、ナチの追跡の足音を身近に感じつつ、歴史について残した断片。そこで彼は言います。歴史は常に、勝者や支配者の立場から書かれ、伝承されていきました。人類の称えるべき足跡を伝える文化であっても「その存在を、それを創り出した偉大な天才たちの労苦のみならず、その同時代人たちの言い知れぬ労苦にも負うているのである」国家の繁栄、文化の洗練、科学技術の発展、それらの記録からは他ならぬそうした人類の進歩を支えた無名の人民、敗者、犠牲者の苦しみの記録は抹消されているが、その抹消という事実こそが、進歩自体が内包する野蛮さを物語っている。けれども、「歴史認識の主体は戦う被抑圧者階級自身なのである」だからこそ、抑圧された者たちに光を当てよと試みるものは、歴史の大いなる流れに迎合するものではなく、むしろ「歴史を逆撫ですること」を己の使命みなされねばならないと言います。ベンヤミンの言う、言い知れぬ無名の者たちの労苦を浮かび上がらせること、それはアドルノによれば、全体より部分、中心より周縁、普遍なるものより移ろうもの、精神の偉大さが約束する本来より、過去の痕跡として切れ切れに残された生の身体性へのまなざしを要請します。というのは、個々の生に刻まれた痛みの経験層以上に、国家や制度といった大文字の他者が彼に強いた暴力を如実に証言するものはないからです。
 様々な大義のもとに、いったいどれほどの命が失われたことでしょう。それは人類の歴史を学ぶたびに、私たちがうんざりするほどたちかえらねばならない真実でしょう。メンチュウの自伝、メンチュウを擁護する陣営に対し疑義を唱える理由も、ここにあると著者は言います。圧制を告発するという大義のもとに記憶を捏造することは、政府の手によってもたらされたメンチュウの家族やその他の人たちの痛みと苦しみを陳腐化することに繋がるのではないかと著者は言います。加えて、もしグァテマラ正負への怒りや人民への同情をかきたてること自体を目的と考えるのであれば、最悪の場合、メンチュウの著作を読者が読んでただなみだすればいいという、安っぽいセンチメンタリズムだけが残ることになりかねません。そういう感傷主義はたいていの場合、事柄の細かなニュアンス、現実の両義的側面や複雑さなどを顧みず、単純でわかりやすいストーリーを求めるものなのです。果たして、こういう具合に自伝が読まれることを望んでいるでしょうか。
 しかし、ものごと単純ではありません。わかりやすいストーリーを希求することに、全く逆の意味があることを著者は紹介しています。私たちが物語を求めるのは、ある出来事が他ならぬ「私」にとって何の意味があるのかという問いの前に、否応なしに立たされた場合だと言います。そこに私にしか見えない、フィクショナルな光景が浮かび上がる。個々には、主観主義だとか、自己満足といった断じ方ではすまされない問題が潜んでいる。著者は小川洋子の『物語の役割』の事例を紹介します。ホロコーストを生き延びたユダヤ人文学者ルート・クリューガーのケースです。彼女はアウシュヴィッツに移送された折、年齢を15歳と偽り、やがて母親と脱走しますが、その途中、ユダヤ人の行進と出会います。「それはついこの前迄苦悩をともにした人々の行進です。本当ならその中にいるべきなのに、自分は嘘をついてそこから抜けだした。命を守るために嘘をついてしまった。12歳なのに、いきてきた年数の丸々4分の1を足して15歳だといった。偽の身分証明書でドイツ人に成りすました。自分はあの人たちを裏切ったのだ…。ルート・クリューガーは助かった喜びに浸るどころか、自分の嘘に苦しみます」
 生存者が死者に対して抱く罪悪感、生存者の自己処罰感情がうかがえます。事実としてはクリューガーが悲劇を引き起こした直接的な原因主体であるはずがありません。しかし、おそらく、この悲劇はあなたには無関係である、あなたがいようがいまいが、事は起こるべきして起きたのだといわれる方が、死ぬより辛いに違いない。自分が仲間を見殺しにした、殺したというフィクションの中に苦しみの源を持ってくる。そういう苦しみ方をしなければ受け止めることはできないものがあると小川洋子は言います。ここではすべてが「私」と、「私」の問いに容易には答えてはくれない「あなた」との関係性を軸として形成されます。「私」は決して「あなた」から目をそらすわけではいかない。個々で問われているのは、事実が客観的にどうであったかという認識ではなく、他でもない「私」にとっての事実の意味なのです。そして同時に、事実に対して「私」がどう向き合うか、その倫理的姿勢も問われています。倫理とはこの場合、「私」にしかできない仕方で、「あなた」に向き合うこと、もしくは、そう促され、呼びかけられているという感覚それ自体だといえます。しかしそれは、事実、つまりこの場合「あなた」の死の責任を「私」が背負い、償うという意味づけによって、「あなた」に応答すること、すなわち、死んだものの後を追うように自らも死を選ぶこと、もしくは、そこまでいかなくても、喪を拒否し、亡霊とともに夢うつつの世界に自らを閉じ込めることにもつながる。
 このように「私」と「あなた」との間の自問自答が抱える隘路は単純ではないのです。喪失した「あなた」との接近は、「私」の死を誘う。その誘い方は、愛や償い、責めなど、様々なパターンがありますが、いずれもが、「私」の欲望を満足させるフィクショナルなシナリオを「私」自身に提供する(「私」はしぬべきなのだ、「私」と一緒にいたいと「あなた」はいっているに違いない、等々)。無論、それらが実際に他者が抱いていた思いや愛であるかは、第三者には分かりません。わからないということは、その結果を安易に価値判断できない、ということです。
 しかし、と著者は主張します。このような自問自答─「あなた」の苦しみを、「私」の生存が脅かされるまでに重く受け止め、「私」にしか答えられない、「私」固有の苦しみとして我有化すること─がどれほど深刻であっても、そこに欺瞞とセンチメンタリズムが介入する可能性がないわけではないと。「我有化」という述語を、あえて著者は使いましたが、そこには独占するという意味にも通じています。「あなた」の想いを、「私」は独占する。「私」だけが、この想いを厳粛に管理し、そして代弁しうる。「私」の苦しみなど、容易に他者に分かるものか、そういう思いは、真実を含んでいます。これに対して、「あなた」の苦しみは「私」の苦しみであり、つまり万人の苦しみである、こういう論理─それは論理としては、アウグスティヌスの隣人愛にまで遡ることができるものです─で、死者の苦悩が一般化(=脱固有化)され、消費の対象となってしまうことは、受け入れ難い。にもかかわらず、そうしたシナリオに、「私」自身が依存してしまう可能性も、否定できないのです。
 第1回講義の『何者』の理香さんは、お定まりの文化・社会的コードで自分のプロフィールを作りあげ、他者(希望の企業)に売り込むとともに、その欺瞞に気づきつつも、そうした既製品まがいの「私」を、自分に固有の物語として受け入れていました。こういう分かり易いシナリオを、人は他人に求める場合もあれば、他人から提供される場合もあります。あなたという人間が、私にはよく分かる、あなたはこういう人間である、あなたのなやみの原因は、これこれこういう点にある。
 これに対して、結局のところ他人の苦しみなど誰にも分からないし、誰のものでもないそうした苦しみについて、知る努力をする必要などない。というのもあります。
 そのどちらでもない、他者や自己の理解に付きまとう限界や失敗には、むしろ本質的でポジティブなものがあるという洞察が重要なのだ、と著者は言います。

2019年6月 4日 (火)

入谷秀一「バイオグラフィーの哲学 「私」という制度、そして愛」(8)~第7回講義 告白の(暴)力(1)─苦しみを共有することの苦しみ

 「私」が「私」自身について語る場合、その語りは「私」以外のものに牽引されています。その意味で、「私らしさ」の自然で純粋な発露が可能だという、近代的主体にまつわる常識を疑うところが、この著者の出発点でした。しかし、この場合の他者に女性は入ってこなかった。西洋の歴史では「私(=男性)」の告白に際しては女性の発言権は無視されてきました。というのも、女性は発言し、想像する主体ではなく、男性によって見られ、覗かれ、想像される客体の位置に固定化されてしまっていました。ですから、女性たちの告白には、男性の場合によりはっきりと他者が、あるいは他者の大きな影が登場せざるをません。つまり、これまで彼女たちから、語りにまつわるあらゆる力を奪ってきた男(性社会)という権威的他者の姿が。他者に自分のことを理解してもらうことは、彼女たちにとっては、自分について彼らが持つイメージをまず揺さぶるという、困難な課題に取り組むことでもありました。そう著者は指摘します。
 ここで著者が取り上げるのは、アリス・ウェクスラーの『ウェクスラー家の選択』です。社会全体に浸透している、「正しき(=正常な)生」とはかくあるべし、という制度的圧力に反駁するために、彼女はプライベートな事項の告白を武器として用います。一般的に流布している価値観に対し、別の一般論をぶつけるというのではなく、ある種権威づけられた一般論によって苦しんでいる個々の人間の生に着目することで、そのような権威が当然のものとして受け入れられる日常の「平和」そのものが胚胎する暴力を告発する、というのがありス・ウェクスラーの戦略です。彼女はハンチントン病という遺伝性の難病を体質的に受け継いだ人で、この本でのスタンスは、こちらが健常者であちらが異常者といった区分けは、彼女にとっては重要であるでしょうが、事柄の本質ではない。むしろ彼女は、選択や社会の側からの診断の背後に控えている沈黙の「声」、すなわち、正常と異常との間のグレーゾーンに属する、様々な感情の葛藤─病気の発症に怯える者たちにとっては、他者に大っぴらにできないこの葛藤こそが、生の大部分を占めていた─ほとんど発言の機会を得る前に消えていったこの葛藤に光を当てることです。その彼女の念頭には、常に、病気を発症して亡くなった母の姿があります。母親は彼女の過去と未来を指し示すもう一人のアリスです。ということは、アリスは母を葬ることを通じて、母と結びついて自分自身の大切な一部をも葬るという二重の課題を引き受けた、と著者は解釈しています。
 アリスは問います。母は、自分がこの悪魔の遺伝病の潜在的な罹患者であることについて、どこまで自覚的だったのだろうか、そして、彼女は、やがて自分が子どもを産めば、その子にも病気の因子が受け継がれることを承知の上で、自分たちを生んだのだろうか。しかも、この母親は大学時代遺伝学を専攻していたので、このことを考えなかったことなどありえるのでしょうか。そういう問いかけをしながらも、アリスは母の人生の断片を拾い上げ作業を行います。そこには、彼女の苦しみを知らしむべきという倫理的なものもありますが、ある意味アリスは母に寄り添い、母に助けを求めることで救いのない自身の死の不安から逃れようとしている、と著者は解釈しています。
 一方、アリスの行っていることには、半ば強制的に他者を巻き込むという面があります。寝た子起こし、過去を蒸し返し、平穏な日々を波立たせる。アリスの、そのターゲットの第一は母です。そもそも母はアリスに自分のことを書くことを認めていたのでしょうか、そして、自分の苦しみの引き受け手としてアリスを認めていたのでしょうか。しかし、アリスに執筆させる起点となったのは、間違いなく死者の絶対的な沈黙であったのです。
 著者は言います。アリスのこのような行為は、単なるエゴイズムで片づけられるではないと言います。それはあなたの物語であって、私の物語ではない、私には関係ない、私を巻き込む権利は、あなたにはない─このような割り切り方が、特に身近な者同士にとって困難であることは、私たちが日々経験していることです。それぞれに固有の縄張りを持つ主体が遭遇し、互いの領分を保持しつつ、関係性を築くという具合に、私たちは生まれ育つわけではありません。人がいて、ストーリーのはっきりした物語が始まるのではなく、見通しがつかないほど絡まり合った家族の歴史かまずあって、そこに否応なしに投げ込まれ、共有と拒絶を繰り返す中で、私たちは他者に傷つけられること、他者を思いやること、あるいは独り立ちすることの意味といったものを、それぞれの人にとって固有の仕方で経験していくのではないか、と著者は言います。そこには万人が頼れる道徳マニュアルはもとより、関係者全員が完全に納得とうるような解決などありはしない、とも。
 事実は、母も父も、病気についてあまり話し合うことなくアリスをもうけた。それが事実でしょう。しかし、アリスにとっての真実とは、この事実に彼女が抱く感情的部分をさすのです。しかし、それは、あなたの個人的心情の問題に過ぎない、といって済むようなものではなく、何十年にもわたって秘密裏に共有され、触れることがタブー視され、平和な日常からそれとなく放逐されてきたその心情─あるいは、心情のそうした扱いの蓄積そのもの─こそが、彼女のみならず、家族全体のヒストリーを形成する核心に位置していたと言えます。だからこそアリスは、母の病気の正体が発覚すると同時に、「知ることと知らないことの問題、秘密と沈黙の問題が突然大きく課せられた。家族について知っていると思ったことは突然方向転換して、もう一度、すべてのことは再検討し、解釈し直さなければならなかった。私たちが誰なのかということが突如として疑問の対象となり、すべてのことがこの病気を前提に再構成される必要があった」と述べざるをえなかったのです。
 この再検討とはどういうことか。アリスは、母の死の予感を自らの発症リスクに苛まれ、深刻な鬱状態になっていた時期に「ちゃんと悲しんでおく」必要を強く感じていた、と記しています。一家を蝕む病因が明らかになるにつれて、それぞれが人生行路において決断し、選びとったもの、不本意に選択したもの、不首尾に終わったもの、そうした出来事の一つ一つに改めて光が当てられ、解釈する余地が与えられる。それは、病気でなければ可能になった人生の可能性を数え上げ、今の状態を嘆くこととは違うものです。事実は事実として変更できません。しかし、こうもできたはずだという(行為の)想像がある。もしくは、あのときは、こういう具合に本当は感じていたのではないか、という(気持ち)の想像がある。これは決して、今から過去を振り返りつつ、事後的に気持ち捏造することではありません。過去を再発見し、それに情動を通して輪郭を与えることは、自分にできたこと、そしてできなかったこと、その限界を自分自身の心の目で確かめることのように思います。ひとは、そうやって、苦々しい過去を色々な角度から捉えることで、不安なく前を向いて生存の足がかりをつかむことができる、そのメカニズムは存在する。そうして情動自身が浄化される。つまり、この「私」に巣食う亡霊のような他者との命がけの戯れにそれなりの決着をつける。 「再構成」とは、このようなプロセス全体のことです。やまだようこは『喪失の語り』の中で次のように述べています。「ことばを発するには、情動から「はなれ」、文脈から「はなれ」、私から「はなれ」、他者にも通用する「ことばの世界」へと再構成する必働きを必要とする。語るという行為は、過去という倉庫のような場所にしまわれていた「記憶」をそのまま現在という場所に引っぱり出す作業とは、根本的に異なっている」事実としては変わらないのですが、言葉を挟むことで、過去への愛着の仕方が変わる、とでも表現できる。
 夢や想像、抑圧されてきた沈黙に言葉を与える作業は、ときに、その作業を行う者自身の感情を暴走させ、心身を苛み、より深刻な妄想へと巻き込んでしまうことがあります。アリスの場合、恋人や家族との対話が独白の底なし沼から彼女を守っていたようですが、しかし、アリスの見る「真実」と、周囲が見るそれとは、同一ではなかった。終わりのない討論を仕掛けるアリスは一時の安心を得られるかもしれないが、巻き込まれる他者はからすれば、お前の描く事実は正しくないし、母は決してアリスの考えるような人間ではなかった、と言いたくなる場合もあるでしょう、しかし、そもそも母をめぐる沈黙、母に触れないでいるとからもたらされる周囲の安心が、アリスの不安の核にあったことは忘れられるべきではありません。

2019年6月 3日 (月)

入谷秀一「バイオグラフィーの哲学 「私」という制度、そして愛」(7)~第6回講義 愛の葬送、そして再生─昇華・転移・言語行為

 フロイトは人がやがて成長し、他者を愛するようになるには、その人にとって極めて大切な他者との原初的なつながり、幼児期に与えられ根源的な愛の絆を諦める必要がある、と考える。愛される客体から愛する主体への移行において不可避的に刻み付けられる傷、これを彼はメランコリーの経験、あるいは愛の作業として特徴づけた。フロイトが、極めて大切な他者として念頭においていたのは、家族であり、両親であり、とりわけ父の影響です。父を殺害し、母を独占したいという欲望の構図、いわゆるエディプス・コンプレックスです。しかし、現代ではこのような強大な父親というのは現実的なのでしょうか。フランクフルト研究所のホルクハイマーは、次のように分析しています。資本主義社会の到来とともに因習的な職業共同体が解体し、仕事に対する長年の経験やスキルゆえに尊重されてきた働き手は、規格化された商品生産のいち担い手という流動的なポジションに位置づけられることになります。それによって父という家長に家族メンバーが精神的・文化的に依存する傾向が、相対的に低下する。実際のフロイトの父親もそうだったと言います。
 フロイトが無意識やエディプス・コンプレックスの理論を見出したのは、父の死後に友人を介して行った精神分析によるものだと言われています。フロイトが対峙したのは事実としての父親との関係というよりは、父とは息子に何を命じ、何を禁止する存在であるのかというイメージです。したがって、彼の理論の核は、快不快の原理だけでは人は生き延びることはできないという点にあると著者は言います。その原理の外に連れ出す視点、「私」と「あなた」との間で展開される終わりのない愛憎劇の舞台外に「私」自身を引き出す第三者のまなざしをフロイトは父性的な機能と捉えたと著者は言います。そしてこの機能ときっても切り離せない関係にあるのが、脱性化、ないし昇華だといいます。
 細かく見ていきましょう。フロイトの「自我とエス」の第三節「自我と超自我」です。彼によれば他者と「私」の原初的な結びつきは、母の乳房と赤子の唇との関係として整理されます(いわゆる口唇期です)。この母乳を吸うということは、単なる生命維持のためだけの行為にとどまらず、快楽の根源的な経験として、幼児の原型を形作るものです。ここでは、用事にとって自他の区別というのはなく、また幼児は乳房と唇を通して母乳が供給されるということを前提として、当たり前のことと受け取っています。フロイトのリビドーのこの時期を自体愛とも呼びます。ただし、原型であってナルシシズムとは違います。というのは、「私」が自己に執着するという場合の私というのは単なる肉体的快楽の供給源ではないからです。フロイトは「私らしさ」ということには、自我理想という概念を用います自分自身に対して、ああしろとか、あのようになれとか、自分の方針に従えと命ずる、内なる「私」です。私らしさは、この内なる「私」を「私」自身が愛する、という構図の確立とともに形成されてゆくものなのです。
 この自我理想の導入は、ある意味「私」という主体が分裂することでもあるわけですが、それは性的対象としての乳房の放棄、口唇期の卒業です。幼児の自体愛というのは性衝動そのもの、つまり欲望の衝動的満足に自足しているのが口唇期です。そこからの卒業とは、この満足のプロセス自体の放棄を意味します。しかし、それは、自我の中に対象を作るという、ある種の代償行為が求められる。どういうことかというと、母乳への執着という「対象愛」の代わりとなるのは、自分と両親との同一視です。両親のようになりたいという同一視への衝動は、両親を理想化し、それを取り込む、つまり現実の乳よりも「父らしい私」になることで、父母からの愛を今以上に得たい、という欲望に動機づけられていきます。このようにして自我は自らの内に「父らしい私」を住まわせることで変化します。ある意味で、「私」の性愛は、この内なる「私」との関係抜きには語れなくなる。対象愛から自己愛へと対象が入れ替わる。衝動の発散で満足していた口唇期から、この内なる「私」をいかに満足させるかという、長期にわたる自己との関係に再構築されることになります。
 「私」の中の内なる「私」は「私」を愛することができる。というのは、今や「私」は、内なる「私」がかつて関係を結んでいた対象(両親)と同一化したから、というわけです。この場合の両親というのは、「私」が理想化し、自己の性状として取り入れたものですから、取り入れにどこまで成功しているか、その客観的な基準はありません。ある意味では、「私は対象である両親にそれほど似ているのだ」というのは、「私」が「私」自身に対して与える自己イメージとして、最も原初的な幻想であり、フィクションだとも言えます。というのも、両親の思う「私」でありたいというこの自己イメージには、同時に、そもそも「私」は両親のようにはなれない、という諦念が含まれているからです。「私」の中に別の「私」を住まわせるには、フロイトによれば、両親との直接的な性愛関係の放棄を要するからです。男児がこのような対立の構図の果てに父と母を放棄することはエディプス・コンプレックスの図式そのものです。そして、少年は父母の他に性愛の対象を探すように促される。これがエディプス・コンプレックスの克服です。しかし、フロイトによれば、このようにして家族の外に対象を探すにしても、両親の影響は無視できず、彼が見出す相手は、「私」が幼少期に喪失した自分にない「欠如」を埋める存在に他ならないからです。
 もはや手に入らぬとイメージされたものほど、聖化され、理想化されるというのは、幻想のメカニズムとしては、決して分かり難いものではなく、フロイトはその日常的な例として、親が子を理想化し、溺愛するケースをあげる。つまり無垢で、汚れを知らず、幸福と全能感に包まれた子どものイメージを大人が抱くことは、自分たちが喪失した原初的な自体愛の投影の結果だと、フロイトは言います。自体愛そのものが、事後的に形成される幻想といえます。その結果両親との性愛的な葛藤は収束し、今の自分を形成する基準となったわけです。これがフロイト的昇華である、と著者は言います。
 フロイトは、もともと昇華を性的目的以外にリビドーが用いられることを言っていました。フロイトは基本的に、宗教的儀式を含む文化活動(芸術もそう)全般において人間の抑圧された性衝動の戯れを見出そうとしました。アンナ・フロイトは、思春期に突如として起こる知識欲を、知性という運河に性衝動を導くことで、その奔流をコントロールしようと試みました。この場合、脱性化とは、性的快楽を直接的に得ることの断念を指します。その意味で知性化は、性愛の満足を遅延させる、ある永続的な命令を含んでいます。
 ところで、フロイトは、父が発した(去勢の脅しを含んだ)「してはならない」という禁制を「私」が内面化する過程に超自我の形成を認めます。父性原理とは、極限化すれば、人は動物のように振舞ってはならず、自然状態と一致してはならない、という直接性の断念を指令するものです。この超自我をフロイトは良心とも呼びます。良心とは、この場合、リビドーを統御し、社会的現実と軋轢をもたらないような形態において何らかの代償行為で満足するように「私」に促すものと位置づけられます。良心の声などととますが、この良心を特徴づけるのは、指令としての言語的なあり方です。
 アンナ・フロイトによれば、指令する他者として現われる攻撃者(=父)と自分の同一視は超自我の正常な発達による、ひとつの前段階といいます。それは罰への恐怖が大きいために、自分を攻撃を受ける前に攻撃する側のポジションと同一化し不安を外に向けようとするのです。しかし、ちちの指令が回避されるべき身体期脅威にとどめていては、指令を受ける側に生じるのは自己反省ではなく、受けた脅威の単なる模倣であり、ある種の反復強制に過ぎない(反省は、「私」の自己分裂、つまり責める「私」と責められる「私」との対峙という構図をつくりだすものです)。いじめや虐待を受けた者が、それ以上ターゲットにならないように、自分が可逆する側に立つことで、恐怖を避けようとするのと同じ機制です。
 この段階では、誰かに攻撃される/誰かを攻撃せよ、という闘争のイメージとどまっていて、それを乗り越えたところに超自我の象徴性「父の名」が形成されるわけです。著者は言います。
 この象徴的なものとしての超自我は、誰もが従うべき道徳的規範を知れている中立的な座として普遍化可能な、動機づけの中心地だと著者はいいます。父親に指令されたからというのでは、誰が見ていようがいまいが、「私」は、それをほかの誰かが「私」と同じ立ち場であってもそのように行為するだろうと考えて行う。これが超自我に従うということの意味だと言います。父の名という言葉に示唆されているように、この場合他者と「私」との関係は食うか食われるかの肉体的イメージを脱し、名や言語、意味の一般化を担う象徴形式によって再構築されます、想像(=闘争)から象徴(=平和)に上書きされるとラカンは表現しています。
 つまり、「私」は、世界や両親が「私」だけのものであるという自体愛(これが、あなたは私たちに従い、私たちだけを愛さねばなせないという、両親による支配と表裏一体の関係にあるわけです)を諦めねばならず、第三者によって承認されるために醒めた形式へと、「私」の欲望を委ねばならない。それが社会において、おのおのの「私」が自身の欲望を保持しうるための不可欠の道だと著者は言います。すべての者に平等に断念せよ、と指令する法的存在が「父の名」です。ただし誤解のないように付け加えると、この断念を免れた唯一の存在として父がいる、というのではないと言います。象徴するもの自体に実質がなく、言語が中心を持たないように、父は具体的にあれこれせよと命じ、欲望の赴くままに振舞う権威的実体ではない。父殺しの神話の父の名とは、母を独占する父を葬るというフィクションから私たちが受け継いだもの、私の生存に不可欠な代理的構築物に他ならないと言います。
 この第5回と第6回の講義はバイオグラフィーそのものの内容からは少し離れている、それは直接言及しないからということだけでなくて、この時点では、バイオグラフィーという自己を語るということと、自己とは何かということがうまく区分されていなくて、そのため、ルソーやアウグスティヌスを取り上げたときは、その区分があって、彼らが戦略的にその区分を利用していたのに対して、フロイトの場合は、それが曖昧になっているので、このふたりとのつながりがよく分からなくなっています。敢えて言えば、第4回から第5回へのロジックではなくて、レトリックで続いているようで、第4回から第7回に飛んだほうが論理的な筋道はスッキリするように思えます。

2019年6月 2日 (日)

入谷秀一「バイオグラフィーの哲学 「私」という制度、そして愛」(6)~第5回講義 悲しめない「私」─フロイト・メランコリー・他者への愛

 ルソーの「私」は、観察者としての自然美の鑑賞という境地に行き着きました。それは、観察の対象が自然風景に限定される、と言うのではなく、事物や人間の自然で汚れなき(とルソーが考える)姿を、当の対象に干渉しすぎることなく自由に捉える、という志向を意味していました。とはいえ、この美的観賞は、彼の理想に反して、万人に共有される類の普遍性を備えたものではありませんでした。自然は、社会生活に役立つように事物や人間のnatureを改変しようとする文明人の利害関心から逃れるように、彼にしか捉えられない感受性でもって、かすめとるように描写され、彼の心に書き込まれたのです。中でも、ルソーの感受性が最もかけがえのない自然とみなしたのは、彼が幼少期に、他者に隠れるようにして作り上げた彼自身の性愛の感受性でした。
 ところで、ルソーの奔放な想像の戯れには、他者の介入する余地はなかったのでしょうか。イノセンスに対する彼の愛着は、イノセントな自分を見守ってくれるはずだった母の喪失という原体験を埋め合わせようとする代償行為であり、そうした行為に彼を駆り立てたのは、ルソーを母の簒奪者と名指し、母の代わりになれ、と命じた父の存在ではなかったでしょうか。
 ということで、著者はフロイトに近寄ります。
 「私」は、他者と対峙する。しかもその他者は、他ならぬ「私」を形成した当のものであり、自らを語る中で「私」は、その他者から何を受け継ぎ、受け継いでいないかを、改めて振り返り、決断する。そのような半生と決断は何よりもテキストという形で展開される、つまり書くということを通じてという形です。そこでは、「私」は、単に「私」の一部を作る他者について語るのではなく、他者の「声」を受け継ぎ、他者の代弁者という役割を担うことがあります。他者は、いつまでも「私」につくまとう強大な権力者、つまり「父」という伝統的権威として現れるときもあれば─その場合、他者は「私」がそこから解放されるべき対象、つまり、「私」が葬るべき対象となるものです─、声を奪われ、力を奪われた時代や権力の犠牲者、誰かがその声を引き受けてやらねば消えてしまうような弱者として、「私」が新たな生命を吹き込むべき対象となる場合もあります。このように考えると他者というものの存在の大きさです。そういう存在の大きくなった他者を、フロイトは「幽霊」と呼びました。
 1970年代のアメリカで重大なストレスとなる生活上の変化の調査を小此木啓吾は著書で紹介しています。それによると最もストレスが高いのは配偶者の死であり、離婚、配偶者との別れ、拘禁、親密な家族の死と続くそうです。ストレスというと職場や学校での人間関係とか経済的な損失とかトラブルに巻き込まれるということが考えられますが、そのようなことよりも家族関係に起因するものが上位を占めたそうです。そういうものを小此木さんは対象喪失、すなわち一体感が失われる出来事としてまとめています。生物として考えれば生存を続けることが最優先ですから、対象喪失に遭っても新たな環境に適応し、新たに関係をつくって生存に有利な環境を作っていくべきでしょう。しかし、人間というのは、そうはいかないのです。喪失の経験をストレスとして抱え込んでしまうのです。こんなとき人はどうするのでしょうか。小此木さんは二つのケースをあげています。ひとつ目は、対象を無理矢理にでも自分のものにすることで、自他の区別そのものを否定するケースです。自分の愛の訴えを拒否した預言者ヨハネを殺し、その首をかき抱いたサロメの伝説は、相手の生存を否定してでも占有したいという愛情は、極端な例です。そしてふたつ目のケースは、対象を破壊するまでは行かなくても、対象になりきることで、対象との一体化を果たそうとする態度です。例えば夏目漱石の「こころ」で先生は自殺した親友と一体化して奥さんとの結婚を果たしますが、自己との分裂に苛まれ自殺してしまいます。小此木さんは、このときは悲哀の仕事を遂行しないとこうなると言います。著者によれば、これはフロイトのという「Trauer」の概念にあたるといいます。Trauerはドイツ語で喪と悲哀という二つの意味を含んだ言葉です。悲哀の仕事とは、愛する対象はもういないのだという事実を受け入れ、自分のもとから対象を送り出し、その不在をきちんと悲しむということです。これがなかなか難しいのはフロイトの分析からも明らかです。フロイトはこれをリビドーと呼びました。著者はフロイトの読み替えですが、性的欲動というよりも愛着の意味合いで使おうとしています。要するに、特定の対象への持続的なこだわりです。
 フロイトの「悲哀とメランコリー」を見ていきましょう。他者の不在に対して悲哀の仕事をしていないのは、メランコリー、つまり、異常性が顕著な鬱状態であると言います。悲哀もメランコリーも、深刻な苦痛に満ちた不機嫌、外界に対する興味の放棄、愛する能力の喪失などの点では共通しているのですが、メランコリーにのみ特有の現象として妄想的な自己処罰願望にまで発展しかねないほどの自我感情の低下をあげています。メランコリー患者は、自分の至らなさを責め、自己批判を繰り返す。しかし本当は、彼は自分自身を責めているのではないと、フロイトは言います。フロイトからみれば、「私」が批判しているのは、「私」がかつて愛した他者、別の角度からいうなら、かつて特定の他者によって殊更に愛されていた「私」、ということが判明してくる。自己批判をフロイトは、愛の訴えとも表現します。というのも、自分を責めるというのは、つまるところ、どうしてあの人は自分を愛してくれなかったのか、あの人に愛されなかった自分とは何なのかという、破棄された愛への執着以外の何物でもないからだとフロイトは言います。そのメカニズムについて、恋愛の例が分かり易いと思いますが、人は多かれ少なかれ、愛する相手の好みや考え方、趣味などに影響され、相手のようになりたいと思い、その行動様式や思考方法を自分のものとして取り込みます。心理学的に言えば、他者の理想化、または理想自我としての他者のパーソナリティの取り入れ、と定義できるものです。このようにして過剰に理想化された「幻想の他者」─なぜ過剰な理想化であり、幻想かというと、相手が、「私」が希望し、そうあってほしい想像した通りの人間だという保証は、どこにもないからです─が、実際の他者との別れの後も、あるいは、愛の破綻がゆえにますます強固なものとして、「私」の中に居座るようになる。これをフロイトは「自己愛への退行」と呼びます。
 この自己への愛とは、自己が思い描き、いまだに廃棄できない他者への愛を意味するという点です。「私」は他者にすてられたがゆえに、捨てられる以前の、他者に同化し、他者に愛されていたはずの「私」に執着する。しかしこの場合、愛と憎しみが不可避的に交錯する点です。 「私」は、かつて他者に愛されていたはずの「私」、他者好みの「私」であった「私」を愛し、かつ憎む。
 メランコリーという病の奥深さは、苦悩を楽しむ、つまり自己批判自体が快楽と化している点にあります。それは、こういうことです。まず、患者が自分自身(つまり他者)を責めるのは、他者が自分を拒んだからです。そこに生じる憎悪を、他者の期待に応えられなかった自分自身への憎悪、と解釈しなおしてもよいかもしれません。その批判には、愛が破綻したことへの敵意、復讐心が働いています。にもかかわらず、自分(と、その中に住まう他者)に敵意を向け続けたい、と患者が切望するのは、彼が愛の訴えをあきらめ切れないからです。どうして「私」の愛をうけ入れなかったのかという恨みの心情は、今からでも愛をうけ入れてほしい、受け入れてくれるかもしれない、という希望と表裏一体の関係にある。「私」の中に幻想の他者を住まわせることで、絶望が希望へと反転する可能性を、「私」は絶えず垣間見ることができる、というわけです。
 極端な場合、それは自分を殺すことで、自分ともども他者を葬りたい。すなわち、成就したであろう他者と「私」の愛の関係を、現実の彼岸において永遠化したい、という願望へとエスカレートする。
 しかし、他者の欲望は幻想で、実際の他者は望んでいるかどうか分からないのです。それを幻想として葬ること、それをラカンは象徴的虚勢と呼びます。とは言っても、結局幻想は消えてなくなるものではない。むしろ私たちは幻想の中に生きている。我々は日常生活で彼であればこう考えるだろうと相手の内面を推察し行動しています。もちろん、内的世界に閉じこもるメランコリー患者と違い、私たちは、そうした推察を対話で実際に相手に確かめることができます。けれども、我々は日々の生活の中でそんなことをいちいち確認しないし、そもそも確認しようがない他者についても、我々は勝手にイメージを作り、あれこれと評価し、判断を下している。そこでもし、最も確認しようがない幻想が、「私」が持つ私らしさにあるとしたら。「私」は自分の個性、自分らしさを肯定し、愛する。けれどもフロイトが指摘するに、この自己愛の根底には、自分は愛されている、という幻想への信頼が存している。彼は、父や母の愛する自分でいたい、そうした「他者の欲望への幻想」によって自己が占領される心的過程を、個人が自らの性格を形成する上で避けて通れない道であると考えます。

2019年6月 1日 (土)

入谷秀一「バイオグラフィーの哲学 「私」という制度、そして愛」(5)~第4回講義 「私らしさ」の適量─ルソーという自然(2)

ルソーは『人間不平等起源論』の中で、理性に先立つ形で人間の魂に先天的に与えられた二つの原理にについて述べています。そのひとつは自己愛であり、もう一つは憐れみとか同情といったものです。これらは「私」と他者をつなぐキー・コンセプトです。その際に、その信条の適量が問題とされているのです。前章でも、ルソーは友人との関わりを求めながら過剰な干渉は嫌悪していました。これも適量という範囲が想定されていたと言えるかもしれません。適度なリョウの見極めを、ルソーは、感性的存在としての人間のnatureに関わる深刻な問題とみなします。すなわち、どの程度我々が他者を憐れみ、同情すれば、そしてどの程度我々が「私」自身を愛するなら、お互いの生存が保障されることになるのか、とルソーは問いかけます。しかも、その適量ということに関して、時間が関係している。それは、ルソーにとっての自然はイメージとしての自然であると前章で述べましたが、イメージが固まり、頭に書き込むのに時間がかかるのです。
 さて、ルソーにとって自己愛とは、文字通り自己の生存を優先させる志向のことです。彼は自己愛を、共同体を必要とせず孤独に生活していた未開人というフィクションの中の人類の自然状態に見出します。ほとんど動物のような状態です。したがって、ここには世間からの評価とか、他人のまなざしは入り込む余地はありません。それを彼は自尊心として峻別します。一方で、憐れみによって人間は動物と違った自然を獲得することになります。他者を憐れむには、他者の状態を想像する力が必要で、その想像とは時間を伴います。例えば、粗野な主人によって身体を傷つけられた飼い犬を見て憐れむのは、その犬がどんな扱いを受けたか、また今後どんな扱いを受け続けることになるかを想像するからであって、たんに現在の犬の状態を見て憐れむというのではない。そのように想像をするためには、私にある程度の余裕が必要です。つまり、この場合、ルソーは私が優越的立場にいることと切り離せない。ここに、他者のために自分を犠牲にするという深刻な対立は進められてはいません。それは適量ではないのです。それゆえ、自己愛は他者への憐れみと対立どころか、両立するのです。他者への憐れみは、他者の不幸が私の想像の世界に侵入し、私を完全に他者と一致させない程度に、他者の不幸を想像するという線引きの範囲内であるべきなのです。私は他者と心を一つにする。しかし、私は他者ではないので、他者が不幸であっても、私は不幸ではない。そういう線引きです。
 アウグスティヌスとは違って、ルソーの憐れみの背後には、他者たちを巨大な共同体にまとめ上げるキリスト教の神話はありません。彼が他者への憐れみを促すのは、人間のはかなさを心得ているからです。すべては無常に移り変わるということを自然の本性であると知悉し、幸いにもその不幸を免れている我が身のありがたさを理解できるものだけが、同情という感受性を正しく用いることができる。
 ここに想像力が働いているということは、ルソーの最初のところに戻って、彼にとっての自然とはイメージであって、告白という言語化がその想像をつくるということで、ここで、他者を憐れむということは、その観客になるという、友人との関係について、ルソーが観客の位置にあると述べましたが、これと同じことであると言えると思います。それは、しかし善悪の両面があるということではないでしょうか。特権的な観察者になってしまえば、アウグスティヌスの際の監視する神のようですし、しかし、彼は神ではなく人間ですから覗きという倒錯に陥ってしまうおそれも含んでいました。

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