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2019年6月17日 (月)

ラファエル前派の軌跡展(2)~第1章 ターナーとラスキン

Preraffa2ras1  ラファエル前派のはずなのに、なぜかターナーです。これは、ラスキンがターナーを高く評価したからで、そのターナーの作品とラスキン自身のスケッチや水彩が展示されていました。そのラスキンのスケッチは、例えば「サン・ソーブル教会」や「樹木と岩」などを見ても、優等生の画学生のようなまじめで几帳面なスケッチで、その細かさゆえにラファエル前派に近い感じがします。それだけにターナーの作品とは、むしろ遠くはなれた感じがして、ラスキンがターナーの価値を衆に先んじて認め、画家を積極的に後援したのは何故か分からないほどです。それほど二人の作品は対照的です。ターナーの展示作品は少なく、ターナーらしい抽象画と見紛うばかりの作品の展示はありませんでしたが、それでも、平凡なラスキンのスケッチと並べてみると変なところ(これは決して貶しているのではありません)が目立ってきます。
Preraffa2ras2 「カレの砂浜─引き潮時の餌採り」という作品は、晩年の抽象画のような作品の兆しが見えると解説されていました。おそらく雲や夕日やその周辺の描き方に、それらしいところがあるというところでしょうか。画面を見ていると、夕日の光が上方に逆V字型に直線的に広がっているのは何故なのでしょうか。夕日の向かって右の光を隠すように右上方に斜めに直線が走っているのは山の稜線のようですが、かといって雲では直線がはっきりでないでしょうし、何なのでしょう。また、夕日の向かって左に建物のような黒い影があります。これも何だか分かりません。また、画面手前で餌を採っている人々は、遠近法の奥行きの描き方であれば、消失点の夕日にむかって小さくなっていくのではなく、逆方向の右に向かって、そっちに消失点があるかのように小さくなっていきます。つまり、風景と人々が異なる空間にいる。しかしそれが、全体としての画面はちぐはぐとしたところがない。だから、不思議な画面です。現実の風景を描いたのでしょうが、現実のリアリズム的な感じがなくて、かといって幻想的でもない。ターナーは尋常じゃないです。この後に展示されているラファエル前派や周辺の画家たちが普通の人が精一杯頑張って普通でないように描いているのに比べて、ターナーは普通に描いていてブッ飛んでいる。ラファエル前派の画家の作品たちが可哀想になりました。

Preraffa2turner

 

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