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2019年6月 7日 (金)

入谷秀一「バイオグラフィーの哲学 「私」という制度、そして愛」(11)~第10回講義 覗く者・除かれる者─野坂昭如の様々なる「私」(2)

 家族についての語りは、家族が語りの主体になるケースと客体になるケースとに分けられます。それは、家族について、家族全体というものについて語ろうとする場合、何がその家族に固有の事情いえるのか、どこまでを一族として振り返り、想起し、囲い込むことができるか、ということもいえます。すなわち、この囲い込みは、家族の内側から提示されることもあれば、外側からされることもあります。「私」の家族と呼べるものは、これこれこういう特徴や伝統、あるいは、よりふみこんだ物言いをすれば、これはこういう運命をたどろうとする者たちだ、という言明によって、当事者である「私」がストーリー・メイカーとして物語る場合は前者です。後者は、第三者の視点から、関係者の証言や物的証拠を積み上げた上で、事実に即したヒストリーを確定させるケースです。
 さて、個人を超えた一族、というより、個人をその一例として位置づける一族についての語りは、内側からされようが外側からされようが、リスクを伴うと著者は言います。そのリスクのひとつは、あるかけがえのない存在について語るはずが、当の語り自身が、その唯一性を掘り崩す帰結をもたらすというというパラドクスとして現われます。ある全体について語ろうとする時に衝突せざるを得ない様々な問題を捨象し、無視し、全体について、あたかもそれを語ることが自明であり、必然であるような態度を押し付けてしまう。例えば個人レベルで考えてみても、私が最も「私らしい」といえるのは、私の人生のいつの段階でしょうか。幼少期でしょうか、青年期ですか、それとも死の直前でしょうか。大病を患い、さらには認知症や心身の不具合をこうむった人からは、その人らしさが失われた、と判断してよいのでしょうか。個人ですらこんなありさまですから、家族、一族全体についての語りに関しては言わずもがなです。
 野坂が父とその兄弟を題材にした自伝-伝記的な作品『同心円』を1970年代後半に執筆しています。この作品は構成が凝っていて、13ある各章に別々の主人公があてがわれ、それぞれの人生が描かれて、その主人公たちは父親やその兄弟、そして母、養母とその家族たちです。しかし、その人々同士が抱えていた心理的軋轢や葛藤の連関は、読者や作者にしか推量できず、しかも、各章が、ほぼ自己完結的な物語となっているがゆえに、全体を俯瞰する位置に、読者も作者も立てない。『同心円』という作品は家族全体の物語のはずですが、各主人公たちは、それぞれの想いを抱え、抱えながらも互いに不十分にしか伝えられず、沈黙に絡み取られ、それぞれの終息を迎えます。断片ばかりです。しかも、その主人公たちは、まともな人生を送ったものがなく、破滅していく。しかし、著者は、そういう『同心円』について、単なる孤独な者たちのモノローグという断片の寄せ集めに還元しきれない何かを感じると言います。
 中でも、野坂の実父をモデルにした孝之は、兄たちの破滅を身近に見ていたので、何とかうわべの生活だけは整えようと、形式にこだわります。そして、その分、自分の本心さえ自分自身にうかがえぬ人間になります。役人としての社会的地位はそれでもいい。しかし、私生活では、兄の嫁に惚れたあげく、愛している実感のない女性を娶り、子どもにはまるで愛情が湧かない。にもかかわらず、彼は体裁にこだわり、家系の安寧を第一に考える。太平洋戦争末期に召集令状を受け取った彼は、このとき遺言状を用意しますが、家族にどんな言葉を残そうかと思案してみれば、教訓めいた一般論しか思いつかない。その後、彼は生還しますが。毎年の暮れに同じように遺言をのこすようになる。無駄といえば無駄なこの作業に耽っているとき、孝之は、ようやく肉親の存在を近くに感じるのです。著者は、この孝之に繰り返し自分と家族についての物語を創作する野坂昭如自身の姿が重なって見えるといいます。
 このような、無駄とも言えることを執拗に繰り返すように、家族を対象に創作する野坂は、ルソーで見たマイナスのナルシシズムではないか。ルソーのそういう「私」を支えていたのは、繰り返し、また一方的に他者を表象し、覗き込むという、「私」と「あなた」の非対称性でした。しかし、ルソーには博愛主義という大義がありましたが、野坂は違います。野坂には『除かれる者、覗く者』というエッセイがあります。その中で、彼は文字を通して他者(作中人物)の生活を覗くことは、決してその人物との心理的一体化を引き起こすものではない、と言います。覗きはむしろ、他者との距離を覗く者に自覚させる。これは理論的洞察というより、経験的心情でしょう。野坂は他者の性行為を覗いた自身の体験について述べます。「すべて滑稽な感じが、この行為に伴っていたが、二人の、他のいかなる場面においてもかなえられぬ一体感というものが、当事者としてはどうであれ、こちらには伝わってくる。そして、ノゾくぼくは、たしかに「除かれて者」に違いなかった」つまり、覗く者は、性愛の一体感へと溶け込む、理解の対称性を受容できません。家族の生活を覗き見、聞き耳をたてることが習性となった野坂もまた、この欠如の自覚に付きまとわれており、それがまた、彼を、その都度微妙にストーリーが異なる語り直しへと際限なく駆り立てた、とみることができると著者は言います。
 田辺聖子は野坂の物語の特徴次のように表現しています。「終わらんとして終わらず、永久に未完であるような余韻がただよう、怨念めいたあと味が残る」

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