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2019年6月22日 (土)

ラファエル前派の軌跡展(7)~第3章  ラファエル前派周縁(1)

 展示室は隣りに移って、芸術至上主義の画家たちなど、ラファエル前派と活動をともにしたり、近くにいた画家たちです。
Preraffatiz  「初めて彩色を試みる少年ティツィアーノ」というジョージ・プライス・ボイスの作品です。17世紀の著述家リドルフィが記した逸話、“ティツィアーノは幼少の頃、描かれた聖母像に花の汁で彩色したことで、将来色彩画家として著名になる最初の兆候を示した” に基づいた絵だそうです。写真を鮮明にする機能を使ったかのように、なんだか絵がくっきりとして鮮やかで、描写が細かい。例えば、少年の足元の花の描写などは、ミレイが「オフィーリア」でやったように細かさて、輪郭がくっきりと描かれています。この絵の中心は、聖母の彫像で、周囲が明暗のくっきりした鮮やかな色彩で描かれているのに、白一色で、背景から浮き上がっているようです。しかも影のつけ方にメリハリがあって、背景がむしろ平板に映るのに、聖母像の方が立体的に見える。白一色なのは、少年が彩色する対象として位置づけられているからでしょう。むしろ、この聖母像に比べて、本来なら主人公であるはずの少年が背景の色彩の中に埋もれてしまって、しかも、背景ほどには写実的に描かれていないので、ここだけ穴が空いたようにうそ臭くなってしまっていてバランスを欠いてしまっているのが、むしろ面白く感じられました。まるで、水木しげるの妖怪まんがの1コマを見ているような気がしました。
Preraffa2arran  同じ画家の「アラン島の風景」という作品です。母親と4人の子どもたちが水辺で遊んでいる様子でしょうが、何よりも、この光が印象的です。印象派のような南欧の燦々とした明朗な光とは違う、かといって英国のどんよりと湿った光とも違う、透明な光で子供たちの来ているシャツの白や草地の淡いグリーンが映えるような光です。ここでは、「初めて彩色を試みる少年ティツィアーノ」とおなじように背景が細かく描かれていますが、この光のもとで、風景全体が白っぽく、色彩を脱色されてうつろに見えるような印象です。神話の牧歌的な物語の場面に見えてくるような感じがします。
Preraffa2poetry  「詩」というシメオン・ソロモンの水彩画。初期のロセッティを想わせる、おそらく同じような技法で描かれているのでしょう。水彩画特有の滲みがなくて、明確な輪郭で、色彩が鮮やかです。女性の顔の形などもロセッティの影響が明らかです。しかし、印象はまるで違います。ロセッティの描く女性の逞しさというのか、強い自己主張のようなものは感じられず、かといって、同じようにロセッティの影響が見られるアーサー・ヒューズのような穏やかな明るさもない、この女性は表情に愁いを湛えていますが、ヒューズの描く女性のような具体的な対象に向けた感情であるのに対して、この女性の愁いには対象がなく、抽象的です。存在感が薄いというのか、影が薄いという、存在自体がはかないという感じなのです。画面全体の色調も淡い感じで、ロセッティのどきつさやヒューズの鮮やかさはなくて、濁った感じ、鈍さが特徴的です。もっとも、これまでラファエル前派展で何点かソロモンの作品を見てきましたが、スケッチだったり、水彩画でも、ここまできっちりと描き込まれた作品は初めてのような気がします。私のイメージでは、下絵とか走り書きのように即興的に描いているというものをよく見ていて、腰を落ち着けて描き込んで完成させたまとまった作品というのは、初めて見たという印象です。それだけに、今回の展覧会は、このソロモンだったりアーサー・ヒューズのような人々の作品に触れることができたのは、収穫だったと思います。
 Preraffa2chaina 同じソロモンの「中国の服を着た女性」という水彩画です。これも同じように淡い色彩で、ちゃんと描かれた女性像です。

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