無料ブログはココログ

« 畦地梅太郎 私の山男(2)~1.山男があらわれるまで | トップページ | 伊庭靖子展─まなざしのあわい(1) »

2019年9月23日 (月)

畦地梅太郎 私の山男(3)~2.山男誕生

Azechiclibmer  ここからの展示がメインということになるでしょう。山の版画家としての畦地の作品の展示です。最初の展示作品が「山のよろこび」という1957年の作品。右手にピッケルを持ち、左手でライチョウを高らかと掲げています。人物は円や直線を組み合わせた平面的な造形で、背景もすっきりしています。朴訥とした印象ながら、表情豊かで愛らしい印象を見る者に与える。つい「モデルは誰?」と聞いてしまいそうだが、作家はその質問に辟易していた。「モデルなどあるはずがない。わたしの心の山男である」と書き残している。と説明されていました。山を描いた作品について、峰の数が違うなどという批判を受けたと。描きたかったのは山そのものではなく、山から引き起こされた感動だったと。登山者の姿を、かなりデフォルメして描いたこの作品、しかし、モデルをスケッチして、それをデフォルメにより変形していたというよりも、マンガのキャラのように最初からデザインしたというほうが近いのではないか。現代美術の奈良美智の不機嫌な少女のような彼自身の創出したキャラ111 クターといってもいいのではないでしょうか。実際、この展示のほとんどは、そのパターンのバリエーションといっていい作品ばかりです。いってみれば、ポップアートのような方法論を、結果として、畦地は使いまわしていた。そういう視点でみると、この山男というキャラは、使いやすいデザインになっていると思います。平面的で図案化された人の形はスマートでモダンな印象を与える一方で、トーテムポールを連想させるような形状もしていて、そこからプリミティブアートの素朴さも感じさせるものとなっています。単純化された形状は、人物の細かい表情を捨て去ることができて、そこまで描き込む必要がなくなって、見る者が勝手に想像できるようになっています。おそらく、畦地は人物の表情など描きたいとも思わなかったし、それができなかったといえるかもしれません(能力的にできないというのではなくて、その必要性を感じなかったというニュアンスです)。感情をもった人格ある個人というのを畦地は描こうしていてはいなくて、前に見た「白馬大雪渓」の画面の中に登山者の姿がありましたが、そこにパーツとして組み入れられていたものを取りだしてきて、それを題材にして描いたというのに近いと思います。つまり、山を地形のリズムのようにして意味づけして作品にしたのと同じような仕方で登山者という形状をパターン化して作品とした。その結果が、このようなデザインとなったと言えるよIketatsuoyamada うに見えます。したがって、顔なども、人の顔を写したというのではなくて、お約束として目と鼻と口があることで人の顔として見てもらえるので、それを組み合わせて、使いやすい顔を創作したというもののように見えます。それは、結果として抽象的に映ります。心の中に映った山男の姿を朴訥に表わしたというように言われていますが、私には、結果としてそうなのかもしれませんが、そのプロセスが当時ではとてもユニークだったのではないか、そういう点に畦地の個性を感じます。
Azechijoy  「登頂のよろこび」という作品は、方形の組み合せで人物の姿が構成されている点で小山田二郎の作品と似ているかもしれません。しかし、小山田の人物が濃厚な雰囲気を漂わせているのに対して、そこに強く訴えかけるメッセージ性があるのに対して、畦地はドライというか、そういうメッセージ性はまったくありません。小山田にあるような内面性のようなものは、畦地にはカケラもない。それが畦地の特徴です。
 「若者」という作品です。同名の作品がふたつ並べて展示されていましたが、ほとんど同じ形で、色や模様を変えて別の作品にしている。言ってみれば使い回しです。だから、畦地の山男というのはサンリオのキティちゃんのようなキャラクターに近いもので、造形的につきつめたとか、作者の心象をシンボライズしたというよりも、使いまわすのに便利で、しかも、それで他と差別化できるような特徴を持たせたというものに近いと思います。それは、畦地の作品は、ハイアートの絵画として、その画面を独立して完結したものという発表の仕方よりも、「山の絵本」という版画とちょっとした文章を一緒にした、文字通り絵本のような画文集として発表されているところからも分かります。おそらく、畦地という人は、画家としての才能よりも、出来上がった作品を、どのように客に届けて受け容れられるかを考えるプロデューサーとかマーケッターの才能があって、それで、自身の作品を登山というニッチな市場に限定して、しかも、その市場に特化したということで自身のブランドを定着させ、人びとにそういうブラントの付Azechiyoung2 加価値をつけて作品を見るようにした、作品自体の価値を高め、そういう作品をつくっていくということをやった人ではないかと。それは、サンリオのキティちゃんと同じような戦略で、特化したニッチの市場でのブランドは、その市場内にとどまらず、畦地の場合は登山という市場自体が、他の市場に対してブランドをもつようになり、そのブランドを利用して他Azechiyoung の市場でも通用させるようになって、その結果、登山という限られていたところから一般の市場に浸透して、一定の位置を占めるようになる。例えば、登山用具のリュックザックがある傾向をもったファッションとして一般的な街中でも使われるようになったのと似ています。この展覧会のサブタイトルが「わたしの山男」となっていますが、そこに、畦地のブランド戦略が自身のよらなくても、それを享受する人々がそういう風に付加価値をつけて、それをさらに拡散するように、ブランドが自家増殖するようなものになっていることが分かります。そのことを側面から分からせてくれるのは、「若者」であれば、人物が両手で持っているピッケルだったり、「登頂のよろこび」であれば身体に細引きで吊るしている、リングやピトンが、単純化されているとはいえ正確に描かれていて、ひと目でそれと分かると言うことでしょう。人物は単純化して正確な人間の外形を離れてしまっているのに、これらの登山用具は正確に描かれている。登山用具は、ちゃんとそれと分からないと、人物が登山者と分からないからです。それを登山にかかわるものが見たら、おそらく、これをピッケルだと分かるのは、登山をやっている者だけだろうなとほくそ笑む、そこに、ある種の特権意識というか優越感がある、それを巧みにくすぐる、言い方を替えれば、特定の顧客に媚びるところがある。そういうところです。
 「別れ」という作品です。画面左下の鳥は雷鳥で、ちょうど夏の羽から冬の羽に変わろうとしているところなんでしょうが、これは実際の雷鳥を描いたというよりも、画家の創作に近いような形です。これはもう、登山者はまあしょうがいないと細かいことをいわないし、山に行かなAzechibye い人は雷鳥なんか見たこともないので、こういうものだと言われてしまえば、そうですか、と納得せざるを得ない。それができる物といえるもの、その範囲で描かれている。しかも、このように描かれていれば、描きやすいし、版画にしやすい。それと、「別れ」という題名は、これから下山するので山に別れを告げているのでしょうが、人物は背を向けて、足元に雷鳥がいるという画面構成は、現実にはありえない風景ですが、物語の挿絵としてはそれと分かるような説明的で、しかも、誰にでもいかにもというように物語的につくられた陳腐さがあります。まるで、幼児が休日に動物園に連れて行ってもらったときのことをお絵描きしたら、画面に幼児自身と両親が手をつないでいて、その周囲にライオンやキリンがとりまいている、そういう幼児が頭の中で物語にしてしまったのをそのまま描いた、というのと同じような画面になっています。しかし、それだけに、だれが見ても分かる。そういう陳腐で物語の説明的な画面を、そういうものとしてではなく、朴訥で味わいがあるような印象に変えているのが、雷鳥や人物のキャラや背中のザックにくくりつけられている正確な形のピッケルではないかと思います。
 このような感想を読まれた方は、最初に引用した展覧会の主催者あいさつにあるような畦地の捉え方に比べてネガティブに映るかもしれません。私には、畦地という人は、そういう素朴さとはひと味違う計算高いところがあって、一見素朴に見えるところは、意図的にそのように見えるようにわざとやっているのではないか、むしろ、そういうところが彼の魅力なのではないかと思えるのです。

 

« 畦地梅太郎 私の山男(2)~1.山男があらわれるまで | トップページ | 伊庭靖子展─まなざしのあわい(1) »

美術展」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 畦地梅太郎 私の山男(2)~1.山男があらわれるまで | トップページ | 伊庭靖子展─まなざしのあわい(1) »