小津安二郎監督の映画「浮草」の感想
松竹映画所属の小津安二郎が大映に出向いて制作した作品。普段の気心の知れたスタッフではなく、勝手の違う大映のスタッフと他流試合のような共同作業。それで、他の作品の隙のない完璧な仕上がりでは見えてこないものが垣間見える。キャメラが名匠宮川一夫ということもあり、旅芸人の一座が拠点とする劇場が高台を仰ぎ見る縦構図で奥行をもってとられていたり、一座のお披露目のパレードを縦構図の俯瞰で撮ったりと普段の小津作品では見られない画面。そこに映り込んでいるのは奥行と動き。宮川のキャメラは小津独特のローアングルの固定ショットも、微妙な距離感が違う。大映の俳優たちも、その距離感で演じると、生々しさが残る。小津独特のオウム返しのようなセリフのやり取りが、表面的な言葉の響きにとどまらず、実質、つまり意味を含んでしまうようなのだ。だから、いつものドライでスタイリッシュな映像とは違って、どこかジメっとした重さを含んでいる。それゆえに、小津作品では珍しい土砂降りの雨が降り、京マチ子と中村鴈治郎は感情を露わに怒鳴り合う。まるで画面の奥行が映り込んでしまったのと同じように、人間の奥の感情が表に出てしまった。それは、他の作品で隠され、スタイリッシュな映像では慎重に秘匿され、わずかに仄めかされていたものが、この作品では、隠しきれず噴出してしまったかのよう。
旅芸人の一座という舞台設定も、意味深で、劇場の舞台は普段の小津作品の作品で演じられているもので、その舞台裏、つまり、この作品のドラマは、その画面の背後に隠された奥行が、この映画のドラマとなっている。つまり、小津の映画の構造そのものがドラマのプロセスとなっている、小津自身が自分の映画をメタレベルでドラマにしているのではないかと思われるような作品。
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