無料ブログはココログ

« 伊庭靖子展─まなざしのあわい(1) | トップページ | 伊庭靖子展─まなざしのあわい(3)~Ⅱ »

2019年10月10日 (木)

伊庭靖子展─まなざしのあわい(2)~Ⅰ

Iba200901  最初のコーナーは、階段の踊り場のようなテラスになっているスペースにはクッション寝具のシリーズというのが展示されていました。たとえば、「Untitled2009-01」という作品。これは、画像では分かりませんが、展示室の壁にかけられていると見上げてしまうほど大きな作品です。それが、クッションの角の部分を接写したようなものが、この大画面でいっぱいに描かれています。これはクッションの形には興味がなくて、その表面に対して、見るというよりも触るような感覚で接したいのではないか、という感じがしました。それは、接近するにしても、そのアングルがクッションの形を捉えるというのではなくて、それだったら正面からにすればいいのに、そうことはなくて、角のところを斜めから捉えている。これは、最初から部分しか見ようとしていないと思えるからです。そうやって部分を拡大するように、接近して、よく見えてくるのか、クッションの表面です。さっき触れると述べましたが、表面の布地の柔らかくてフワフワした、ちょっとささくれ立っているような感じ、それがクッション表面を拡大したことで表面の細かい繊維の感じなどが顕微鏡でみるように細かく描かれているように見えます。その布地がクッションの形につくられていて、ちょうど角の縫い合わされたところでは、平面の布地が曲げられて部分的に襞のように皺がよっている。それが布地の表面に凸凹の変化をつくり、光と影を、そして表面の感触が変化する。さらに、花柄の模様が刺繍されていて、刺繍の糸が表面の布地とはちがった質感で表面から盛り上がっている。しかも、色彩も違う。その対象と、模様も、布地の襞にあわせてその形が歪んで、そこに光と影ができ色彩も変化する。それが静物であるはずなのにダイナミックな動感を作り出している。そういう、具象でありながら、抽象画を見ているようなイメージにとらわれるのでした。
Iba200606  「Untitled2006-06」と「Untitled2007-01」というふたつの作品を並べて見ると、クッションの刺繍の模様の柄が同じで、色違いになっているので、そういう襞による変化を対照して見比べることができます。
 ところで、私たちは日頃クッションに対して、どのように接しているでしょうか。リビングのソファーなんかに置いてあって、インテリアの一部になっていたりしますが、それを眺めたりはしないでしょう。座るときに下に敷いたり、寝転がるときに枕にしたり、手持ち無沙汰の時には弄んだり、機嫌が悪いときは八つ当たりして投げ飛ばしたりなどなど。それらのときには、必ず手で持ったり、身体の下に敷いたり、身体で触れています。その柔らかくて、フワフワした感触を感じている。そういう時に視覚に入ってくるのは、枕として頭の下でへこんでいて、隅がはみでているように見えていたり、のような一部のみが、もとの形から変形して、襞や皺が強調されるような様子です。それは、ここで展示されている作品のクッションの一部しか描かれていないとか、襞が光と影で動感が生まれているのと、何か似ている、通じているように思えるのです。

Iba200701

« 伊庭靖子展─まなざしのあわい(1) | トップページ | 伊庭靖子展─まなざしのあわい(3)~Ⅱ »

美術展」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 伊庭靖子展─まなざしのあわい(1) | トップページ | 伊庭靖子展─まなざしのあわい(3)~Ⅱ »