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2020年1月 7日 (火)

中林忠良銅版画展(4)~C.原点への回帰1976~1977

Nakabayashikomai  中林は1975年から76年にかけて、文部省の在外研究員としてパリ、ハンブルグ、ニューヨークに研修に出かけます。帰国直後、師である駒井哲郎の逝去、エッチングに用いる有害物質による健康被害等の経験を経て、中林は銅版による表現の原点に立ち返ることを決意した。その時の作品だということです。中林は、駒井の死で、後の「転位」シリーズにつながる「師・駒井哲郎に捧ぐ」を制作。“それまでは状況の中で自分はどうあるべきかを絶えず考えていたが、もっと基本的なことがあるのではないか。それらをきっぱり捨てて、残ったのが物質そのものだった”と自身が語っているそうですが、1977年から「Position」シリーズを制作。1979年からの「Transposition」「転位」シリーズに繋がって行くものだった。という説明です。
 「碑師・駒井哲郎に捧ぐ」を見てみましょう。画面真ん中にあるのは墓標ということでしょうか。その周囲、つまり画面の縁にかけて枠で囲むかのように、花束が絵描かれていて、時折その枠を断ち切るように白い棒状のものが挿入されています。これまでの作品では画面の中心には、変化させられているとはいえ、何らかの事物が具象的に描かれていました。しかし、この作品ではモヤモヤした雲のような意味不明なものが描かれていて、その中心部が白い棒状のものが挿入されています。具体的な事物を指しているとは思えません。このコーナーの展示タイトルが原点への回帰とされているので、中林は、銅板の表面を腐食されたりして生まれる効果を、制作の中心に置いて、それを使って作品の画面を作っていくということになったのか。そうだとすれば、たまたま刷ってみたら、こんなものが刷られたので、それを土台に作品を作ってみた。その中心の描かれたものが、墓標と思えなくもないので、作品タイトルにして、まわりに花を描き足した。その花の枠を断ち切るように挿入される白い棒状の物体は卒塔婆に見えてきます。中心が墓標ならば、です。そんな想像をします。
Nakabayashitransport  「Transposition-転移-Ⅲ」という作品。展示は、この作品の原版を腐食液につけて表面が変化していく過程を追いかけて作品にした「Transposition-転移-Ⅲ 腐食過程」も並んで展示されていて、似たような画面がたくさん並んでいて、何が何だか区別がつかなくなっていました。この、もとの作品は、ドライフラワーのような花束をエッチングでだろうと思いますが、転写によるものなのでしょうが、執拗に細かい作品です。それが、腐食液に浸すことで、表面が腐食して、その微細な描写がぼんやりとなって、薄くなって、消えていく。そういう変化の効果が、おそらく、中林は面白いのだろうと思います。それは、例えば、料理人が味付けを試すので塩の加減を幾通りも試して、どの加減がいいかを、何度も味わっているのとよく似ていると思います。それで、気に入った加減を採用する。その加減を腐食過程のなかで探していたのだろうか。至った境地が、“自然のものも人工のものも、すべては腐蝕する。そこからしか新しい命は生まれない。”というものだそうです。なんか作ってるな、という匂いがプンプンしてきます。そんなもっともらしいフィクションよりは、腐食で爛れたような表面の銅板にインクをつけて紙に刷ると、表われ出てくる効果が面白くて、それを繰り返しているうちに作品ができた、というフィクションの方が、私には作品の印象に適合しているように思えます。
Nakabayashiposition77  原点への回帰というのなら、1977年に開始された「Position」というシリーズは、枯草や小石など身近な素材を転写の手法で即物的に画面に定着させることによって、現実世界において自らが寄って立つ足場=Positionを再確認する試みだった、と説明されています。
 「Position77-5」という作品を見てみましょう。草と花を転写したものなのでしょうが、これは、草の細かさと茎とか葉とか花というヴァリエーションがありながら、同じような形態が繰り返しているという反復と変化が同時にあるという素材を見つけたという方が、画面のイメージに合うように思います。それは、転写した銅板の表面に腐食を加えて、画面を変質させていく効果が活きてくる。それに適した題材。草の置かれた転写が茫洋として模様のようになっている白い面と上半分の黒い部分が表面を腐食させたカオスのような模様が並べられ。それを対照させて見ることができる作品です。
Nakabayashiposition78  あるいは「Position78-1」という作品。木の枝ですが、陰影が深く立体的に見えます。それが無造作に3本平行に並べられている。その下地は白い布か分かりませんが、染みのような汚れがついている。それを写したというだけなのか、そこに何らかの手が加えられているのかもしれませんが。この展示の一連の作品の中で、見ていれば、何かあるはずだと、その痕跡を探してしまう。そういう宝探しとでも言えばいいでしょうか。

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