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2020年2月 5日 (水)

小林ドンゲ展─ファム・ファタル(妖婦)(3)

Dongerainbow_20200205205301  堀口大學の詩集『夕の虹』の挿絵のために1957年に制作された版画から「マスク」という作品。この詩集は、堀口大學がフランス象徴詩を翻訳して紹介した壮年期を過ぎて、老年となって自身の人生を振り返って、つぶやくような作品が含まれた詩集です。そういうなかで、むしろ、フランス象徴詩のイメージを視覚化したような作品を描いています。目隠しをされた女性の顔は、小林の描く女性のパターンの特徴を備えており、形が固まってきたことを示していると思います。切れ長の目で、鼻筋が通っているのを横から表し、口は比較的大きく横に伸びているのだが唇は薄い。これらのパーツは細く尖がった形をしているのに、柔らかい線で顔全体は横長なので、鋭角的にはならず、繊細で生命感の弱い感じで、肉感的ではない。どこか薄幸な雰囲気が漂う。あるいDongerainbow2 は、ちょっとワルな感じ。展覧会のサブタイトルのファム・ファタルのイメージですね。「月」という作品では、珍しく女性の全身像で裸体を描いていますが、肉感的にはならず、むしろ貧弱と言っていい細身の身体。まるでオーブリー・ビアズリーの描いた世紀末の退廃的な女性のような感じです。ただ、ビアズリーの女性像の刺々しさは、ここにはありません。ここには柔らかさがあって、これは小林の独特の線によるところが大きいと思います。
Dongebatafly  「独り蝶」という作品です。典型的な小林の描く女性像が、背景とか小道具がほとんどない。ただし、この女性像は横顔や斜めからの角度でなくて正面から描いている。そのためか、線の細いところがはっきりと出ています。切れ長の目で長いまつげが顔からはみ出てしまうのは、松本零士の描く女性像をおもわせるところがあると思いますが、このようなところは日本画の美人画の影響も否定できないと思います。小林自身が東京下町の商家育ちで、西洋絵画とは無縁の環境の中、“隣室は両親の寝室で、父の趣味(御茶屋風のつくり)のその部屋には、半床の間があり、色紙に描かれた美人画が掛けてあった。その画は鏑木清方の『浅妻船』の画で、反り身になった胸にかけられた太鼓をうっている姿であった。長いたもとは、抱きしめれば折れてしまいそうな華奢な美しい胴体を支えているように、両方にひろがり、あおむいた顔は、こわれるように白く、細い鼻の下の唇は前歯がチラと見えるように、半ばひらかれ、大きな、きれ長の目は遠く遠く一点をみつめているようだった。その美しさは幼い私に淋しさも、こわさも、わすれさせ、闇がその絵を包んでしまうまで、じっと、その部屋にいたのを今でも思い出す。これらの光景は四十年たった現在でも不思議に明確に甦ってくる。そして清方と言う文学を連体とした絵画があたえた幼児期の影響は私にとっては絵画と言う原点にはじめて立った姿なのかもしれない。”という自身の言葉を残していて、日本画の美人画の影響を自らも認めています。ただし、小林は西洋モダンのスタイルを崩すことはなく、日本画の華奢でいまにも折れてしまいそうな柳腰を西洋風の不健康な女性に作り替えていったのには、小林の並々ならぬ苦労があったと思います。この作品では、蛾が一羽だけで、背景にレース模様が登場しています。レース模様は、この後の小林の作品では定番のパターンとなりますが、この作品では、中央の女性、蛾、背景のケースを描く線の性格がそれぞれ違っていて、まるで三つの異質な世界が同居しているような多元的なものが一つの画面に収まっているのです。それを線のバリエーションで表してしまっている。すごい作品だと思います。
Dongeugetsu  小林は、『雨月物語』を何度か題材にして作品を制作しています。“世の中の不思議なこと、自分のこうして生きていること、また死後の世界の不安など、考えても考えてもわからないだらけのそんな私が、エドガー・アラン・ポーや上田秋成にひかれていったことは、当然だといえます。けれども日本人である私には、訳されたポーやワイルドの文学の美しさより、ごく自然に雨月物語の幽婉な美しさに引かれていきました。”という本人の言葉があるそうですが、あるいは“雨月物語のなかでも私のことに好きなのは世紀末的愛欲を感じる青頭巾です。非常に悪魔的で現代に息づいていまDongeblue す。 青頭巾を読んでいると時おり、オスカー・ワイルドのサロメを思い起こします。”とも言っているようで、小林は、『雨月物語』をポーやワイルドと並べて、世紀末の怪奇で不安な美として捉えていたと言えると思います。それゆえ、描かれた作品は日本的な幽玄の世界ではなくて、西洋モダニズムの世紀末的な画面になっていると思います。例えば1963年の「浅茅が宿(秋)」という作品をみると、和風の感じはしません。髪に飾られている葡萄の房はモダニズムのデザインです。この画面の女性の顔だけを描き、長い髪のスタイルは、小林はタイトルを変えて、小道具などの変化をつけて何度も繰り返し描いています。例えば1974年の「青い蝶」という作品では長い髪の代わりに頭巾を被っていますが、同じような形になっています。あるいは版画集『ポーに捧ぐ』の「モレラ」では一人ではなくて二人の女性の顔が寄り添っています。

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