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2020年3月

2020年3月31日 (火)

ハンマスホイとデンマーク絵画(7)~第4章 ヴィルヘルム・ハマスホイ─首都の静寂の中で(6)

Hammerdoor  「廊下に面した室内、ストランゲーゼ30番地」という1903年の作品です。ここには、女性の姿はありません。ということはうがった見方をすれば、室内での女性は家具と同じで、あるかないか、どこにあるか、というのと同じだということになります。だから、この作品では、画面に女性が必要でなかった。これは、テーブルがないということと同じだということです。とくに人物にこだわっているわけではありませんが、人物の姿もコンポジションのひとつの要素にすぎないことが分かります。ハンマスホイは、空間を構成して画面をつくることに熱中していた、嬉々としていた、そんな風に感じられます。この作品では、白い扉開いていて、奥の部屋が見えていて、さらにその奥の扉も半開きで奥の部屋も垣間見えます。これまでは、閉じた単一の空間でしたが、この作品では、扉が開いていることで、奥の部屋と、一部が垣間見えるその奥の部屋、そして右手の部屋と、空間が複数あって多重空間となっています。そこを見る者の視線が行き来いたり通ったりする。部屋は、その通り道のようになる。したがって、家具や人物Hammer2020interia2 を置けば、通り道の邪魔になります。このように空間を多重的に重ねるというのは、例えばモランディが卓上の器と器と器の隙間を同じような存在として扱い、隙間という存在と器という存在を重ね合わせようとしたことと似ていると思います。
 「ピアノを弾く妻イーダのいる室内」という1910年の作品は、ストランゲーゼ30番地から数度の転居で落ち着いたストランゲーゼ25番地の住居の室内を描いた作品で、「廊下に面した室内、ストランゲーゼ30番地」で試みた多重空間が、以前の単一の閉鎖した室内空間のアングルで試みられています。前景と後景に表された二つの部屋が二つの空間を作り出して、それを白い大きな扉がひらいてつないでいます。手前の前景の部屋は、「室内─陽光習作、ストランゲーゼ30番地」や「廊下に面した室内、ストランゲーゼ30番地」のような人の姿のない室内空間で、奥の部屋は、妻のイーダがピアノを弾いているように見えます。しかし、この奥の部屋は、奥行きが感じられないでぺったんこに見え、さらに手前の部屋についても、手前のテーブルがなければ、白い壁だけの平面に見えるところでした。このような正面からのアングルでは、難しいことなのか、それとも、平面であるキャンバスの画面を構成するということから、そもそも、平面的にすることを意図的に行ったのかは分かりませんが、いろいろに構成を試してみて、この作品に至ったのでしょうから、この作品をみていると、ハンマスホイの恣意が表われてきているように思います。端的に言えば、ハンマスホイの室内画は表面的には室内の光景を描写した具象画ですが、実質的には空間を意識的に構成した抽象画でないか、と今回の展示を見ていて、強く思いました。
Hammer2020interia4  そこから、現実の室内の光景であるはずの画面が意図的に構成されて、現実を離れて人工的な幻想の空間になってしまう。それは、静物画で言えば、スペイン・バロックの画家スルバランが卓上の果物を宗教画のような敬虔な空間にしてしまったように、意図的な空間をつくることもできるかもしれない。「室内、蝋燭の明かり」という1909年の作品は室内の光景を楕円の空間に収めるということをして、暗い空間に蝋燭の日が灯るというだけで神秘的な空間を作り出しているように見えます。これは、同時に展示されている他のデンマークの画家たちとは、次元が違っているのが、作品を見比べていて、強く感じたことです。その意味、今回は仕方のなかったことかもしれませんが、室内画の作品が少なかったのは、とても残念なことでした。

2020年3月29日 (日)

リリアーナ・カヴァーニ監督の映画「愛の嵐」の感想

111_20200329210401  ウィーンのホテルの初老のフロント係の男性と有名な指揮者の妻となった女性が偶然再会する。女性はユダヤ人で第二次世界大戦の際に強制収容所に入れられ、救出された過去をもつ。男性は、その収容所にいた親衛隊の将校で、未だ少女であった彼女を弄んだのだった。男は、その罪を逃れるため、隠れた生活を続けていた。それが過去を知る彼女と出遭ったことで、周辺が慌ただしくなる。その結果、二人は、ホテルの部屋に閉じ込められることになる。極限的な状況で二人は、かつても倒錯的な関係を甦らせる。主演女優のシャーロット・ランブリングが若作りして十代の少女になりきって、上半身をサスペンダーだけで隠したヌード姿で、ストリップを踊ったり、鞭で打たれたりするシーンが話題になった映画。
作品としてみれば、ユダヤ人の迫害とか、ドイツの戦争犯罪とか尤もらしいゴタクを並べて格好をつけているが、内容は単なるポルノだろうと、監督のリリアーナ・カヴァーニは好きではない。しかし、閉じ込められた中で、食物が底を突き飢えに苦しむ二人の、男性が冷蔵庫に食べ残しのジャムを見つけて舐める。それを女性がみつけると、男性は舐めつくした後、それで、男性に口づけして舌を差し込み、男性の口中のジャムを奪おうとする。愛の行為である口づけが生存をかけた戦いになる。その時の女性のジャムを口のまわりにつけて、まるで口紅のようになって、獣のような顔つきをしていた、そのシャーロット・ランブリングを見るだけで、この映画の価値がある。ちなみに、男を演じていたのはダーク・ボガード。ビスコンティやベルトリッチなどのヨーロッパ系の監督の作品ではお馴染みの男優。

 

2020年3月28日 (土)

ハンマスホイとデンマーク絵画(6)~第4章 ヴィルヘルム・ハマスホイ─首都の静寂の中で(5)

Hammerinterior  「背を向けた若い女性のいる室内」という1903年ごろの作品。展覧会ポスターで使われた作品です。ストランゲーゼ30番地の自宅の居間で背を向けて立つ女性(ハンマスホイの妻のイーダ)は、盆を手にしていますが、何をしようとしているのか、行動や心理状態を窺い知ることはできません。よく見ると、女性の左の方に置かれた器(パンチボウル)は蓋がずれており、女性に比べて異常に大きい。それは、背を向けた女性が人物画のクローズアップするような描かれ方をしているからかもしれません。例えば、全体にぼんやりとした雰囲気の画面であるにかかわらず、この女性の首筋の後れ毛のほつれが丹念に描かれていたりします。そのあたりの人物への距離感というのが、うなじに吸い寄せられるように視線を近寄っても、この人物が何をしようとし、何を思っているかもわからず、その視線が拒まれるように宙ぶらりんになってしまう。そこで距離感が決まらず曖昧になる。その曖昧な距離感を、異常に大きな器とのバランスが助長している。それは、この室内が現実のハンマスホイの自宅の居間を題材にしているにもかかわらず、現実の具体的な室内から、抽象的な空間になっていることを示していると思います。そうして画面を見ていくと、画面左上の壁にかかった絵画の右下4分の1の直角の角が絵画と額縁の二重の直線があり、この二重の角の延長上で、画面の右端近くに、同じような直線の角が、部屋の壁の枠線として白い桟のように盛り上がっている。その下には壁の上下をわける水平のラインがある。そのラインに沿うように手前に器が置かれた家具が長方形の形である。これらすべてが直線による水平と垂直で構成された幾何学図形のようなもので、そこに器と女性という曲線が入り込んでくる。そうなると、この作品は、室内画から直線と曲線との幾何学的な構成のコンポジションのように見えてくる。昨年末に、坂田一男の回顧展を見てきましたが、彼は、壺やバルブの形状を曲線と曲線の組み合わせに抽象化して、それらのコンポジションによって画面という空間を構成させていくことで様々な作品を制作していました。坂田は、さらにそういう空間をひとつの画面の中に複数入れ込んで複雑な構成を作り出していましHammerida3 た。ハンマスホイは、坂田が平面化してコンポジションしたことを、立体でやっていたと言えると思います。それが、彼の一連の室内画です。しかし、坂田のように平面化して形状に抽象化してしまうのとちがって、室内の家具とか人物などは、立体でしかも形状に抽象化できていません。そこには、例えば光と影という形状と異なる要素や、形状にしても曖昧さが残ります。それをハンマスホイは逆手にとって、コンポジョンのバリエィションの一つの要素とし、さらに、坂田の場合は厳密に設計した画面ということになりますが、ハンマスホイの場合には、そこに偶然的な要素が入り込むことになって、坂田の抽象画にはない、あそびの要素、それゆえ堅苦しくない画面になっている。それが一連のハンマスホイの室内画の大きな特徴ではないかと思います。このような試みを、画家は意図的に行っていたかは分かりません。しかし、見れば、結果として、そうなっていると見ることができる。ここにハンマスホイという人の独創があると思います。仮に、彼に近いことをやっている人として、強いて思い浮かぶとすれば、テーブル上の器を並び替えて、同じように静物画でコンポジションを試みたとイタリアのモランディが思い当たるくらいです。
Hammer2020interia3_20200328215801  「画家の妻のいる室内、ストランゲーゼ30番地」という1902年の作品です。ハンマスホイは自宅の中庭に面した部屋を舞台にして、同じようなアングルで、女性の姿勢や、壁に掛けられた絵画のサイズや数、テーブルの有無、構図のわずかな違いなどで様々なコンポジションの試みをした作品を制作しています。今回の展示は、この一作のみですが、8年前の展覧会では、同じようなアングルの作品が数点展示されていて比べて見ることができました。その時の作品を参考としてあげておきます。両者を比べて見ると、女性の位置関係が違います。参考作の方は、絵を見る者の方を向いて縫物をしているのに対して、展示されている作品を見る者に背を向けて座っています。後ろ姿なので何をしているのか分かりません。このような女性の違いだけでも画面の構成は大きく変化してきます。例えば、窓から差し込んでくる光が同じ(窓を通した光が床に映る角度や大きさが、両作品はほとんど同じなので、時刻等は同じ頃合いであるのが分かります)なのに、室内の明るさが同じに見えないのです。あるいは、「室内─陽光習作、ストランゲーゼ30番地」という1906年の作品でHammeryoukou は、女性の姿もテーブルもありません。そうすれと画面全体の印象がどう変わるか、のっぺりとした平面的な世界になっているように思います。それは、前に違うパターンの二つの作品を見ているから、なおさらそう見えるのかもしれません。このように、ハンマスホイの室内画は、何点もの同じような作品を並べて見ることによって、個々の作品の個性が浮きあがってくる。そうすると、ハンマスホイが一つの作品に施したものが、それぞれの作品でちがうということ、そういうところに彼の画家の苦労が見えてくるように思います。

2020年3月27日 (金)

ハンマスホイとデンマーク絵画(5)~第4章 ヴィルヘルム・ハマスホイ─首都の静寂の中で(4)

Hammer2020vermeer2  ここで少し脱線します。そもそも、絵画の画面で中心となる人物が背を向けているということは、どういうことなのでしょうか。一般論として考えると、デンマーク絵画以外の作品で見ていくと、フェルメールの「絵画芸術」を参考にしましょう。画面中央で、椅子に座り、こちらに背を向けているのは、絵画を制作している画家です。画家は、画面の奥、つまり、彼にとっては正面のモデルを見て描いている。この時、「絵画芸術」という作品を見る鑑賞者は、作品を見ると同時に、背を向けている画家の視線に同一視するように、画家が描いているモデルの女性に視線を向ける。そこで、画家と視線を同じにすることになる。それは画面の画家と一体化することになる。そこで、鑑賞者は画面の画家の見ようとしている、画家の視野、あるいは画家の見ようとしている世界を見ようとすることになる。鑑賞者が、このように画面に引き入れられるのは、画家の背を追い掛けるようにしてであり、画家は画面の中の人物であると同時に、鑑賞者を画面に引き入れるガイドの機能も果たしている。つまり、この作品中の画家は、画面と鑑賞者の中間にいて、鑑賞者を画面に導くような存在になっているといえます。これは、他の画家、例えば18世紀ドイツの画家フリードリッヒの「窓辺の婦人」という作品でも、鑑賞者は暗い室内にいて、こちらに背を向けて、開いた窓に向けて立っている女性に誘われるように、窓の外、つまりHammerfreed2 画面で言えば、窓の奥(向こう側)に視線を移していく。これは、フリードリッヒの与していたロマン主義というものが、はるかな理想の世界への憧れというのを、この作品では現実の生活を匂わす暗い室内から、窓の外に広がっている明るい世界、それが理想の隠喩なのでしょうが、それへの憧憬と、そこへ鑑賞者の視線、認識を導いてゆこうとする作品であるといえます。これらに共通するのは、鑑賞者を画面の人物と一体化させて、画面の中に、というより、画面の中心となって示しているものに導こうというものとなっているということです。これは、展示されているデンマーク絵画でも、ヴィゴ・ヨハンスン「台所の片隅、花を生ける画家の妻」では、鑑賞者は、背中を向けて花を生けることに夢中になっている主婦に一体化するようにして田舎家の台所に導かれるようになっていると言えます。これらの作品では、人物は、鑑賞者に世界を向けていることと、その人物の正面、鑑賞者からみれば、この人物の奥に世界が広がっていたり、何か人物が働きかける事物が存在している。そして、鑑賞者はこれらの人物を通して、それらの世界や事物に関わるように参加していていくことになります。そこでハンマスホイの「室内」をあらためて見ましょう。女性はこちらに背を向けています。この女性の目の前には、何もない壁があるだけです。しかも、女性と壁の間の空間はほとんどない。女性は、壁にくっつくようにして立っている。立っているだけです。ここでは、女性の前に世界が広がっているわけでもなく、何かに働きかけているのでもない。彼女は何もしていないで、ただ立っているだけです。これでは、鑑賞者は女性と一体化して画面に参加するということは不可能です。したがって、そういう機能は、もともと意図されていない。せっかく、背中を向けた人物を画面に配しても、それが活かせるような使い方をしていない。この女性が、作品の画面の中で存在して、機能しているのは、箪笥テーブルなどと同じになっているということです。でも、「寝室」ではHammer2020bedroom_20200327215401 女性は窓辺にいて、外を見ているではないかと反論があるかもしれません。しかし、「寝室」とフリードリッヒの「窓辺の婦人」を比べてみれば、「寝室」の婦人が鑑賞者を画面に導くような存在でないことが分かると思います。フリードリッヒの「窓辺の婦人」では、窓が開かれ、婦人は窓の外に身を乗り出すように外を見ているのに対して、ハンマスホイの「寝室」では、窓は閉じられて、女性は窓際に佇んでいるだけで、外に向けてのアクションの形跡がない。フリードリッヒの窓は外に向けて開かれたものであるのに対して、ハンマスホイの窓は閉ざされ、外と内を区切る壁のようになっています。ハンマスホイにとって、窓を閉ざすには、室内を閉鎖された空間とするという理由があったのだろうと思います。この二つの作品を比べると、「寝室」に特徴的なのは、異なるのは光の扱いです。白壁の室内は明るくて、しかも窓が大きくて外光が降り注ぐように射し込んできます。しかし、室内というのは、外から光を取り込む閉ざされた空間です。そのため、射し込む光は、方向や範囲が、どうしても限定されます。そこで、ハンマスホイの特徴である陰影の塗りが部屋に差し込む外光という制限を受ける形になります。しかし、一方で閉ざされた空間に一方向から光が差し込んでくる。そこで、画家の陰影表現はますます精緻に展開できることになるでしょう。室内の細部の凹凸が陰影表現のために強調的に利用されることになります。それだけに飽き足らず、室内に置かれた家具や生活用具が陰影のアクセントとして何通りもの表現が試みられます。このような室内での光の構成に色々を試みるなかで、構成の要素となる家具や人物を言わばパーツとしてパズルのように組み替える作業を繰り返していくうちに、それぞれのパーツがパズルの構成要素として使いやすく人為的な手が加えられていったとしてもおかしくはないでしょう。いうなれば記号化の措置が加えられた、と考えてもいいでしょう。となれば、室内といっても現実に存在するままを描く必要はないわけです。それは、想像の世界とか幻想とか超現実とかといったものものしいものではなくて、記号の組み合わせに近いものではないかと思います。ハンマスホイ自身も想像を飛躍させていたような認識はなかったと思います。それが、これから見ていく、自宅を題材にした室内画を見ていく際の視点になってきます。

2020年3月26日 (木)

ハンマスホイとデンマーク絵画(4)~第4章 ヴィルヘルム・ハマスホイ─首都の静寂の中で(3)

Hammer2020interia ハンマスホイの作品を見ていきましょう。1898年の「室内」という作品です。これはロンドン滞在時の仮住まいを描いたものだそうですが、おそらく画家の妻のイーダなのでしょうが、背を向けた黒衣の女性。その漆黒と対照的に画面手前のテーブルにかけられた白いテーブルクロスに右手の窓から穏やかな陽が当たっています。そのテーブルの上には何も置かれていない。この簡素さといいますか、他の画家の作品ならば花とか果物とか器を置くのですが、置かないのがハンマスホイで、わずかに奥の壁際のライティングデスクに小さな白い植木がひっそりと置かれています。ここには、先ほど見たような日常の生活の匂いのようなものが全く感じられません。色彩は、ほとんど白と黒の、いわばモノトーンです。白い壁で、右手の窓には白いカーテンが揺れて、手前のテーブルには白いテーブルクロスがかけられている。このような白の室内で、黒い服を着た女性の姿はコントラストをつけるアクセントになっています。あるいは、四角い家具しか置かれていないで、画面が直線で占められているところに丸みを帯びたものがあることで画面の印象のバランスをとっている。画面に女性の姿があるのHammer2020bedroom は、そのような機能上のことで、基本的に背景や家具と同じような存在といえます。画面の中心となって、親密さとか家庭の幸福をシンボリックに表すようなことはないと思います。そして、ハンマスホイは、おそらく妻である人物を単なる画面の構成要素として、画面上のバリエーションとして使いまわしてゆきます。例えば、「寝室」という1896年の作品では、珍しく白いドレスを着させて、画面を白のバリエーションで構成させることを試みています。
 なお、展示されていた同時代のデンマークの画家たちの作品に、室内で背を向けている女性の姿を描いたものが多く見られます。これは、デンマーク絵画の特徴で、おそらく後ろ姿の女性だけを描いた作品が、これほど集中しているということは他には、ないだろうと思います。その理由などは想像がつきませんが、総じて、ここで描かれている女性たちは、何らかの行為をしているところで、その行為自体をとらえるには後ろ姿といいかもしれません。これを前から捉えると、顔の表情が入ってしまい、そこに感情表現がはいって、行為そのものとは違ったところに見る者の注意が行ってしまいそうです。あるいは、黙々と仕事に集中している様子は後ろ姿の方が伝えやすいところがあるかもしれません。例えば、ヴィゴ・ヨハンスン「台所の片隅、花を生ける画家の妻」という作品は、田舎の質素な台所の棚に置いた花瓶に、摘んできた野の花を生ける、その家の主婦の姿が描かれてHammer2020john います。都会のブルジョワの生活とは違って、貧しく、家族が働きづめで女性の見せる肩を落とし気味の背中には苦労とか疲れを負っているように見えます。その忙しい中で、時間をつくって花を摘んできて活けている、おそらく、家族は、このとき外で作業をしているのでしょう。そこで女性は、黙々とやっている。そういう物語が画面から想像できる作品です。また、カール・ホルスーウの「読書する少女のいる室内」という作品。同じ画家の作品でハンマスホイに雰囲気が似ている作品もあったのですが、左の大きな窓から陽が射している室内で壁際の机に向けて椅子にすわって、つまり、こちらに背を向けて少女が読書しているという様子は、フェルメールの作品世界に似ているように思います。壁には数枚の絵がかけられていて、机には花瓶や器が置かれていて、フェルメールだったら、そういうディテールに象徴的な意味を読みとることかできるわけですが、この作品では、そこに都会のブルジョワの生活の匂いが感じられます。ハンマスホイの殺風景なほど簡素な室内と比べると、はるかに生き生きとした印象を見る者に与えるとともに、さきほどの「台所の片隅、花を生ける画家の妻」とは違う、別の物語が、この画面から想像することができそうです。ギーオウ・エーケンの「飴色のライティング・ビューロー」という作品です。女の子がタンスの引き出しを開けて、その中に入っている何かを探している。一心Hammer2020holsu 不乱に引き出しの中を探している様子は、少女の後ろ姿に表われています。壁際のライティングデスクを正面から捉えた構図は、平面的な画面になっていますが、ハンマスホイのようなのっぺりとして、そこに家具や人物を配置する地のようになっているのとは違って、デスクの飴色や壁には数枚の絵画がかけられていて、そこには、それなりの多彩な色彩があり、雑然としているわけではないか、細々とした動きがかんじられ、まったく異なる様相になっています。これらを見ていると、室内の情景を活写して、日常生活の一場面を生き生きと描いている作品であることが分かります。このような作品は、当時の画家たちにとって主要な購買層のブルジョワの人々のニーズに応える形であることが想像できます。

Hammer2020achen

2020年3月25日 (水)

ハンマスホイとデンマーク絵画(3)~第4章 ヴィルヘルム・ハマスホイ─首都の静寂の中で(2)

Hammer2020stove  ここからは、展示の順番通りではありませんが、ハンマスホイといえば室内を描いた作品が中心になるので、展示のメインのメインというべき作品を見ていきたいと思います。ただし、以前の西洋美術館での展覧会のときに比べて室内画の展示作品数は少なくなっていたと思います。ハンマスホイの作品数全体が少なくなっていたからかもしれないし、その代わりにデンマーク絵画の作品が展示されていたからかもしれません。
 まず、「古いストーブのある風景」という1888年の作品です。ハンマスホイが初めて描いた室内画のひとつということで、この室内は自宅のではなくて、学生時代の下宿していた部屋ということです。当時のコペンハーゲンでは、多くの画家たちが室内の情景を描いていたということで、ハンマスホイも、そのような環境の中で室内画を描いてみたという作品ではないかと思います。彼が本格的に室内を描き出すのは1990年代後半からですから、この作品は後のスタイルが出来上がる前のものだと思います。とはいっても、この時点で、同時代の他の画家たちの作品とは一線を画す特徴を見ることができます。この作品を見ていると、何か寒々とした印象で、色調は暗く、しかも描かれた画面は平面的です。どこか突き放したようなところがあり、そこにはあまり画家の部屋に対する愛着とか思い入れのようなものは感じることはできません。同時代のコペンハーゲンの画家たちの描いた室内は、画家自身の家庭生活をモチーフとしたもので、そこでの親密でほほえましい家族や親しい友Hammer2020ilstel Milletbostonfel 人たちのくつろいだ姿、日常生活の場面といった幸福な家庭生活を表現したものでした。これは当時のブルジョワジー、つまり、画家たちの絵画の消費者たちが求めたイメージだったのではないかと思います。例えば、ピーダ・イステルズの「アンズダケの下拵えをする若い女性」という作品は、フェルメールの作品そっくりですが、それを当時の風景に移し替えて描いたような作品です。そこには17世紀のオランダの繁栄になぞらえる気持ちもあったことは否定できないと思います。すくなくとも自信があった。そういうことが見て取れると思います。この作品で若い女性が来ている服の黄色は、ハンマスホイの作品では、ほとんど見ることのできない色です。同じイステルズの「縫物をする少女」という作品です。このような子どものいる室内というのはハンマスホイの作品では見ることができない。少し大きすぎる椅子の端にチョコンと腰かけて、陽だまりの中で縫物に夢中になっている少女の姿は微笑ましく、暖かみのある色遣いと相まって、作品画面は親密な空気で満たされています。このような温もりのある視線というのはハンマスホイの室内には見つけることはできないと思います。また、子供を描いた作品では、ヴィゴ・ピーダスンの「居間に射す陽光、画家の妻と子」という作Hammer2020ilstel2 品もありました。居間で幼い子供をあやす母親を描いた作品です。陽だまりの中で、彼女の白い肌と黄色のドレスは、それ自体が輝いているかのように陽光を浴びています。床に散らばったおもちゃや人形、絵本には目もくれず、笑顔の母親を指さす子供。ここで表現されているのは家庭の幸福な姿であり、この母子のように親し気に視線を交わすことや、床にものが散らばっている光景はハンマスホイの作品画面には見いだすことのできないものです。そして、あふれるような光が、画面に暖かさに満ちたものにしています。ハンマスホイの視点から言えば、このような要素は、彼の作品画面ではすべて排除されたもので、このようなものを切り捨てていったところに彼の室内画というのが、できあがっていったものだということができると思います。

2020年3月23日 (月)

ハンマスホイとデンマーク絵画(2)~第4章 ヴィルヘルム・ハマスホイ─首都の静寂の中で

 第1章 日常礼賛─デンマーク絵画の黄金期
 第2章 スケーイン派と北欧の光
 第3章 19世紀末のデンマーク絵画─国際化と室内画の隆盛
これらは省略
Hammer2020nude  「裸婦」という1884年の作品です。彼が、未だ20歳で、学校で学んでいたころの作品です。いわば習作に近いところもあるでしょうが、この時点でも、彼は、対象を描写するということよりも描かれた画面の方に興味があることを表していると思います。おそらく、ヌード・デッサンをもとに作品に仕上げたのでしょうが、この人のデッサン力の高さは抜きんでているのは、これまで展示されている作品を見ていると、比較で分かります。真っ暗な背景から肌の白さが浮きあがるように映える。その肌の柔らかや温かみの感触できる。とくに、首をかしげるように、向こう側に顔を向けている少女のうなじの少し陰になった柔らかい陰影と産毛の表現によく表れています。ふつう裸婦像で注目されるようなポイントである女性の乳房は、視線を集める中心となっていないと思います。ということは、同じ19世紀にイギリスでは裸体画というのが、理想の美の表現とか物語の場面とかいうような、口実で制作されていました。例えば、美の女神を裸体の姿で描くとか。それに対して、このハンマスホイの裸婦は、そういう配慮があるように見えません。むしろ、白い肌のうなじの柔らかな感触を描くためには裸体にした。だから、乳房を女性の理想的な身体の美しさのシンボルとして扱うことなく、それは、乳房の形を描くことも、あえて隠すポーズをとらせて恥じらいの表現とすることはしていません。しかも、背景を真っ黒に塗りつぶして、物語の場面ではなく、人物をのみ描いているというわけです。それゆえ、裸婦像といっても、官能的であるとか、耽美といったことを、あまり感じることがない作品になっていると思います。
Hammer2020relif  「ルーヴル美術館の古代ギリシャのレリーフ」という1891年の作品です。8年前の西洋美術館の展示会にも出品されていたようなのですが、そのことを覚えていませんでした。それほど印象に残らず、見過ごしていた作品でした。それを見直し、あらためて、この作品を認識させたくれたのは、この展覧会のおかげです。パリのルーヴル美術館に展示されていた紀元前5世紀の古代ギリシャの浮彫を描いた作品です。この浮彫には美と優雅を司る三人の女神の女神が表されていました。
Nebelrefuz  ハンマスホイは大理石の欠損箇所や、周りの暗い美術館の壁までも忠実に描いています。彼は、この浮彫で表現されているギリシャ神話の「パリスの林檎」の物語を描くことには、あまり興味がなかったのではないかと思います。彼が描いたのは浮彫という物体で、その表現という意味とか内容ではないということです。しかし、この作品はそれだけではない。ルーヴル美術館の古代ギリシャのレリーフの浮彫を忠実に写した、写実的な作品ではないと思います。それは、表層部分の描き方のところで、ハンマスホイは、短い幅広のタッチで、点描のような絵の具の使い方をしています。距離をとって離れて見ると、浮彫を描いた画面が、近寄って目を凝らして見ると、整然とタイルが並んでいるように、その並んだ茶とグレーの系統のタイルが微妙に変化するように並べられていて、時折茶系統の色のタイルの並びの中にグレーのタイルが闖入したりして、その並びが独特のリズムを作っている。この作品の主眼は、浮彫の物語でも歴史的な作品としての浮彫Hammer2020relif2 を描くことでもなく、茶とグレーの絵の具のドットを並べて作品を作ることだったように、私には見えます。これは、例えば20世紀初めの抽象画家オットー・ネーペルが、画面中に細かなハッチングを稠密に並べて、全体として人物や建築をモチーフとしたように見える作品を制作したことを連想してしまうのでした。こうしてみると、ハンマスホイの作品はヨーロッパ絵画の先進地域から離れた北欧のローカルな地で、独自の作品をマイペースで描いたものというイメージから、むしろ先端的なムーブメントに通じるような作品を独自に追求していたものと見ることができるのではないかと思えてきます。

2020年3月22日 (日)

ハンマスホイとデンマーク絵画(1)

Hammer2020posta  2020年の1月に東京都美術館で見てきた「ハンマスホイとデンマーク絵画」の感想をまとめました。
 今年から有給休暇が義務のようになって、その消化で、午後3時ごろ上野駅に降り、公園口の改札を出た。修学旅行や外国人旅行者の姿が目立った。西洋美術館を横目で見ると、ハプスブルク展の入場者の列が長く伸びていた。驚いた。あんなに混んでいるのか。今日の目的の東京都美術館が混雑しているか心配になった。いつもは展覧会の会期の終わり近くになるのだが、ハンマスホイはそれほどメジャーでないだろうし、今回は21日に始まったばかりで空いているだろうと高を括っていたが、目の前を中国人の家族がはしゃいでいる。東京都美術館は西洋美術館のような混雑こそしていなかったが、人の姿は少なくない。最近、見た展覧会の静かな、作品をじっくり対峙できるような雰囲気に慣れてしまっていたのとは、少し、落ち着きがないような空気だった。会期が進んでくると、もっと落ち着けなくなるかもしれない。
 例によって、主催者の言葉をチラシから引用します。“北欧の柔らかな光が射し込む静まり返った室内─17世紀オランダ風俗画の影響が認められることから「北欧のフェルメール」とも呼ばれるデンマークの画家ヴィルヘルム・ハマスホイ(1864~1916)が活動したのは、西洋美術が華々しく展開した1900年前後の十数年間でした。印象派に続いてポスト印象派が登場し、象徴主義、キュビスム、表現主義など新しい芸術が次々に生まれた時代です。そうしたメインストリームの「喧噪」から離れて、ハマスホイは独自の絵画を追求し、古いアパートや古い街並み、古い家具など、時間が降り積もった場所やモティーフを静かに描き続けました。その美しく調和した色彩と繊細な光の描写、ミニマルな構成は、画家の慎み深さと、洗練されたモダンな感性を示しています。没後、一時は時代遅れの画家と見なされ忘れられたハマスホイですが、欧米の主要な美術館が続々と作品をコレクションに加えるなど、近年、その評価は世界的に高まり続けています。日本でも2008年にはじめての展覧会が開催され、それまではほぼ無名の画家だったにもかかわらず、多くの美術ファンを魅了しました。静かなる衝撃から10年余り。日本ではじめての本格的な紹介となる19世紀デンマークの名画とともに、ハマスホイの珠玉の作品が再び来日します。”
Hammerposta  上記の言葉にある日本での2008年の展覧会を、国立西洋美術館で見てきました。その時の印象は別にまとめてありますが、初めての出会いということもあって、“私が一番感じた特徴は色彩です。モノトーンと紹介文で書かれていましたが、一見少ない色、しかも無彩色系の色調は、私の個人的な北ヨーロッパというイメージです。クノプフもこんな色調ではなかったかと思うし、カスパー・ダヴィッド・フリードリッヒの一部の作品にこういう色調のものがあったと思います。色調というとかなり感覚的なことのように思う人もいるでしょうが、人間の色の感じ方というのは、実は色の波長だけでなく、温度や湿度に影響を受けているのです。唐突なことにように取られる人もいるでしょうが、実際に印刷会社でグラビア印刷のインクの色を決める時に、温度や湿度によって色が変わって(人が感覚する色)しまうので、一定の環境でインクの調整するように厳しく管理しているのです。また、日本が明治維新によって西洋の文明を必死になって取り入れようとしていた時、絵画についてもローマやパリに留学して西洋絵画を輸入してようとした留学生たちが、帰国して最も困った、戸惑ったのが色彩やその感じ方が全く異質だったといいます。同じ青でも地中海の太陽に映える鮮やかな青と湿潤な日本の青を異なるもので、同じに使えないため、日本の風景では地中海の青の色では描くことができなかったといいます。ということは、ハンマースホイもデンマークという北ヨーロッパの温度や湿度といった環境で、イタリアなどの南欧とは全く異なる環境で感覚できた色を正直にそのまま描いたのかもしれません。私には、ハンマースホイの作品に感じられる特徴というのが、この色彩ということから派生しているように思われるのです。私がこのハンマースホイの作品を見て感じる特徴というのは、輪郭線が曖昧で全体としてぼやけたような画面になっていること、各パーツが単純化されていること、それゆえに重量感というのか物体としての存在感の希薄なグラフィックな図案に近いものとなっていることです。例えば、輪郭線がハッキリしていないというのは、モノトーンの色調から輪郭をはっきりさせてしまうと輪郭線が目立ち過ぎてしまうと考えられるからで、平面的な画面がますます平面的になってしまうからと考えられます。そして、各パーツが単純化されているのはモノトーンのグラデーションで仮面が構成されていると複雑にすることは難しいと思われるからで。さらに。モノトーンの無彩色系の色調では画面全体がどうしても薄っぺらい印象になり易いということからです。その反面、そういう色調から淡い落ち着いた印象を受けるのではないか、それが静寂さという印象に通じるのではないかと思います。”という感想でした。ちなみに、2008年の展覧会ではハンマースホイと表記していましたが、今回はハンマスホイと表記が変わっていました。それだけ、この人は、まだまだ馴染みがないからかもしれません。
 私にとって2回目となる出会いで、この画家の印象が変わってきました。前回と違って、彼を取り巻くデンマークの画家たち合わせて紹介されていたのも大きかったと思います。正直言って、ハンマスホイ以外のデンマーク絵画の画家たちは、彼抜きで見れば、デンマーク絵画のマニアでもなければ、それだけを目指して見たいと思うようなものではないと思います。そして、前回の印象ではローカルな画家という印象だったハンマスホイが、近代のデンマークの画家たちと比べると突出した存在であると分かりました。ほかの画家たちとの違いは一目瞭然で、簡単に言うと、他の画家たちがローカルレベルであるのに対して、ハンマスホイが明らかにワールドクラスだということ。そして、画家たちのデンマーク絵画の特徴がグローバルな世界で異質さとなっていて、その特徴を集約するように突出させたのがハンマスホイだということに気が付いたのでした。主催者の言葉にある“17世紀オランダ風俗画の影響が認められることから「北欧のフェルメール」とも呼ばれるデンマークの画家ヴィルヘルム・ハマスホイ”というオランド風俗画の風景画や静物画は、西洋絵画の伝統の中にあって、歴史画や神話画の場面の背景をピックアップしたものから始まったものです。それが分かるということは、その描かれている風景や静物は、その場面ということ、つまり聖書や神話の意味を含んでいる。しかし、ここで展示されていたデンマーク絵画は、その影響を受けたということですが、オランダ風俗画あった意味が失せている。風景画はたんに風景を描いたというだけ、静物画も室内の器物や活けた花を描いたというだけ、いわば無意味で部屋のインテリアとして品質の高さを求めたような絵画と思えます。ハマスホイの絵画は、そういうデンマーク絵画を土台として、例えば、彼のトレードマークともいえる室内を描いた同じようなパターンの作品は、無意味さゆえに、操作が可能となるわけで、室内の家具などを様々な組み合わせで作品の中に空間を構成させる試みをしているというわけです。何か分かりにくい言い方になりましたが、例えば、20世紀イタリアの画家ジョルジョ・モランディの静物画と共通しているところがあると思うのです。モランディは、卓上の器や壺を様々に配置して、画面構成が様々に変化していくことを試みました。それは抽象画の画家たちがコンポジションとして画面を様々に構成してつくる試みをしているのと同じような作為です。つまり、ハンマスホイは、デンマーク絵画の特徴を集約して、一気に抽象的な思考で画面を作ろうとした。ただし、表面的には近代絵画の具象的な様相で、難解な印象を与えないようにしている、そういう重層的な絵画となっていると思えるのです。ざっと述べましたが、詳しくは、個々の作品を見ながら追求していきたいと思います。では、見ていきましょう。
 展示作品の半分以上はデンマーク絵画の展示でしたが、はっきり言ってハンマスホイ抜きでは、それ単独で見たいとは思えない作品だった(正直言って、私には、展示されている画家の区別がつかなかった。)ので、そこは端折ります。あくまで主役のハンマスホイに絞り、彼との関係でデンマーク絵画を参照するような形で見ていくことにします。

2020年3月 8日 (日)

坂田一男 捲土重来(9)~Ⅳ-2.戦後3 黙示録=捲土重来

Sakatapower  晩年の作品です。このコーナーのタイトルが意味深で、晩年のデッサンの中にキリストの復活=勝利を思わせるような図像があるという説明があったためだろうと思いますが、私には、いくら説明されても、見ているかぎりでは、こじつけに思えました。そんなことよりも、ここで展示されている作品は、さらに、これまでの坂田の地道な作品とは異質な、なんだか同じ作者なのかと目を疑うような作品です。
 「力学的構成」という作品です。以前に見た「コンポジション(メカニック・エレメント)」の多数の線が整然と引かれている作品の厳格なほどの構成を崩したような作品で、「コンポジション(メカニック・エレメント)」の水平の構成をぶち壊すような、あるいは水平の断層を透けて通ってしまうような円形や曲線が縦断していて、画面が錯綜しているような、それでいて、混沌にはなっていない不思議な作品です。しかも、白と黒を続けてみていた眼には、この作品の色遣いが多彩で鮮やかに見えてきます。たしかに、説明の言葉を先入観とすれば、この画面の円形と曲線でつくられている形態は天使が宙を舞っている姿に見えなくもありませんが・・・
 この展覧会は監修者が名乗って、その考えを明確にして、展示においても、その考えを前面に押し出しているところが、とても珍しい展覧会だったと思います。一つには、坂田一男という、鑑賞者には、それほど知られていない作家であり、抽象的な作風の作家の展覧会だったから、やりやすい面のあった。また、監修者が有名でない、この作家に焦点を当てたということもあるかもしれない。それがゆえに、見ていて、余計なおせっかいと感じられる(この感想でも、そういう監修者の説明に、いちいち反論しているところありますが)ところもありますが、このような方針が明確で、展示にもそれが明確に反映されているという展覧会は、私は好きです。とにかく作家のネームバリューで、作品を数多く集めただけの展覧会に比べると、とっつきやすい。この展覧会は、そのような主催者の意志とか誠意がストレートに出ているのが感じられたので、威儀を正して、正面から向き合うのが礼儀だ、というのは言い過ぎですが、普段に増して真剣になったので、見ている途中で疲れてしまいました。それはまた、坂田という作家の作品が自分なりに味わうのに取っ付き難いところがあったもたしかです。しかし、そういう疲れというのは、充実感と裏腹で、このような展覧会がもっと増えてほしいと思いました。

坂田一男 捲土重来(8)~Ⅳ-1.戦後2 残された資料─時間の攪乱=アナーキーなアーカイブ

 2階の大きなフロアの展示室から廊下のような細長い展示スペースに移動すると、完成された油絵作品は少なくて、無数の下絵やスケッチの展示でした。作家のメインの作風を追い掛けるようなスタンダードな完成された油絵作品の展示は、これ以前で、だいたい一通りみせてもらって、この最後の展示コーナーは拾遺集のようなものでしょうか。しかし、ふつうの展覧会では、おまけのような位置づけで素通りのように流してしまうことが多い(ずっと展示を見てきて、疲れてしまっていることもあるますが)のですが、坂田の場合は、むしろ、ここの展示が面白かった。というのも、同じようなスケッチが執拗なほど繰り返し描いていて、おそらく、その一枚一枚が微妙に違っていて、そこで作家は試行錯誤を重ねているのでしょうが。それは、大学の実験室とか、あるいは企業の製品開発とかで、先の見込みが計算できないところで、とにかく目先の課題をクリアするために、膨大な失敗を重ねながら、同じような実験を繰り返しているのに似ていると思いました。おそらく、坂田は、はるか遠くを見通すような研究室の理論家のようなタイプではなくて、その理論が現実に実現できるようにさまざまな条件で実験を行うタイプだったのではないかと思います。
Sakatacomp6  だから、坂田の作品は、理想的な美のイメージとかいうようなものを自身が持っていて、その遠い理想を追い続けるというのではなくて、とにかく、目の前に紙と筆があって、そこで描いてみて、それを何度もやっているうちに、いつか、これだ、という作品に巡り合うかもしれないと、繰り返しているような感じがします。そんなことを繰り返していても、成功するかどうかは分からない。だから、そのやっていることは報われるかどうかは分からない人によっては、無駄なこととみなして、こんなことやってられないと放り投げてしまうというのが、少なくないのでしないか。しかし、坂田は、それを放り出すこともなく、執拗なほど繰り返しました。それは、ひとつには、はるかな遠い理想といったような大言壮語を浮ついたものとして、もっと地に足がついた方向性が、本人の性格には好ましかったのではないか。また、坂田自身は、ああでもない、こうでもないと、些細なことかもしれないが、そういうことについて試行錯誤を繰り返すこと自体を楽しんでいたではないかと思います。そのために、坂田は対象を捨てて抽象的な作風の作品を描くようになったかもしれないと思います。というのも、対象を描く具象では、試行錯誤しても、それは対象に近づくためのもので、目標地点ずはっきりしているからです。試行錯誤は、そのための手段で、正解を探し出すような性格になります。しかし、ここで展示されている坂田の無数の下絵をみていると、むしろ、その試行錯誤で、さまざまなことを試してみるところに坂田の創造性があったのではないか、と私には思えるのです。そして、そのことを彼自身が自覚し、それを面白がるように繰り返したのは、晩年近くなってからのように見えます。“同じ紙の裏表に明らかに制作年代の異なるスケッチが描かれている大量のデッサンがあります。自身のスケッチした紙の裏側を、スケッチ用紙として再利用したと推測することもできますが、一方で坂田は自身のデッサンを分断しコラージュしたり、画面の上に重ねるように引用して描くことも行っています。つまり、制作年代の異なる絵画を重ねること、すなわち時間の攪乱は坂田の方法の中に、すでに組み込まれていた特徴であったことに気づかされるのです。”こういう解説がされていますが、そこには、理想とか何かを描く手段として、いろいろ試みたりするという手段とか方法とかいうことを超えて、そういうことを試みること自体が独り歩きしていて、もはや、この解説で触れられているデッサンを油絵の完成した作品として提示することが不可能なものになっています。むしろ、坂田はデッサンを繰り返して重ねるという動いていることを追い掛けようとしたかもしれないと思われるところもあります。そうすると油絵として完成することは、そういう動きを止めてしまうことになるのです。
Sakataansan  そして、ここで展示されている油絵はそれほど多くはなくて、それらは下絵とは方向性が違うように私には見えます。下絵をそのまま油絵にして完成作とするのとは違う方向性を油絵では求めたように見えます。“それまでの展開から隔絶したような趣をもっている小品群が現われます。黒を基調にした連作に現出しているのは一種、幻想的な光景です。赤い不思議な形態の浮遊する夜の風景、あるいは夜空から舞い降りる蜻蛉でしょうか。祈る二つの手を描いたようにみえるものもあります。これらのモチーフが何を示すかは明らかではありませんが、宗教的な暗示が強く感じられます。やがて形態は黒の背景に溶解し、不定形に流動する闇だけが定着したような画面があらわれます。”と解説では、何か坂田が悟りの境地に達したように説明されていますが、下絵であれほど試している坂田です。わたしには、あの下絵には遊戯性が強く感じられるのです。そういう坂田です。わたしには、そういう下絵の動きを別の形で油絵で残そうとしたのではないかと思えるのです。
 「アンサン」という作品は、どこかパウロ・クレーの素朴な作品を思わせるような作品です。これは、以前の坂田の作品と比べてみると、たしかに構成はシンプルになっていて、解説でいっているような幻想的といえなくもないです。わたしには、以前にあった、秩序立ったような感じが崩れてきているように思えます。画面中央のものは不定形になってきて、部分でも、壺とかパイプとかいうような事物を連想させる形態はありません。そして、直線よりも曲線が増えてきて、以前の作品の静止した感じから、少し動きの要素が入ってきているように見えます。以前作品との大きな違いは、水平線を南本も引くというような繰り返しをしていないのです。そういう繰り返しは、繰り返しを画面に定着させますが、それで繰り返しという動きは定着して止まってしまいます。この作品では、未だにこのものは画面では垂直水平に位置していて、秩序が残されていますが、そういうのを崩すために、単純な構成にしてきているように私には見えます。

2020年3月 6日 (金)

坂田一男 捲土重来(7)~Ⅲ-2.坂田一男のパラダイム

Sakatacompas  作品リストや図録では分けられていますが、展示では一緒に並んでいたので、あまり、違いを意識しませんでした。
 「コンパス」という作品を見ましょう。“このコンパスは人体に見立てられ、アンドロイドのような姿でも登場します。なぜこの道具を描くことにこだわったのか。ここではコンパスが、紙などの上に円弧を引き、境界をつくって新たな空間を描き出す道具であることに注目しましょう。つまりコンパスは、複数の空間を一画面の上に重ねるという作品のテーマを、説明しているのです。”という説明がありました。しかし、例えば、前のコーナーで見た手榴弾を題材にした作品と画面構成はよく似ているものの、背景が全く違っていて、同じように題材を画面の中央に持ってきているのだけれど、手榴弾を題材にした作品では背景を太く黒い線で明確に区切って、複数の平面を作っているのに対して、この作品では、背景に明確な教会は作られていません。わたしには、解説で説明されているような取り上げた題材に意味付けするようなことは、あまり坂田の作品には見合っていなくて、むしろ題材の形態で画面にハマるかどうか程度ではないのかと思えます。もし、解説のような意味合いでコンパスをとり上げたのであれば、コンパスの描き方は違ったものになるのではないか。例えば、コンパスで円弧を引くときの形態、つまり、コンパスを広げて、それを回転させる形の方が適当ではないでしょうか。坂田という人は、リアルな写実をする人ではないので、それがコンパスであることが分かる必要はあったのか、私には疑問です。だから、解説も触れているように、「釣」という作品の人物に典型的ですが、それは人でもよかった。むしろ、画面を縦に位置を占める物として、画面にハマればよい。むしろ、明確に区分されていない平面の中央Sakatafishing に縦に一つの物体が鎮座しているというシンプルな画面を描いているということ。そういう方向で、重層的で複雑な空間構成まで捨てて、シンプルな抽象をしようとしている。そういう作品であるところに、特徴があると思います。というのも、同じ時期に、前のコーナーで見たような水平な平行線を何本も引いた、あるいは機械的な複雑さを画面にしたような作品を描いてもいるわけですから。両極端も言える。二つの方向で抽象的な作品を制作していることになります。それが、次の晩年近くの作品になった、それらの要素をすべて捨て去ったような幻想風の作品を描くようになっていくわけです。それは、静から動への転換のように劇的です。

2020年3月 5日 (木)

坂田一男 捲土重来(6)~Ⅲ-1.戦後1 スリット絵画─積層される時空─海/金魚鉢

Sakataworks  このあたりで、私は、だんだんと似た作品が後から後から際限なく現われてくる波状攻撃に圧倒され始めます。それが、このコーナーのタイトルにもなっているスリット絵画です。水平に伸びるスリット状矩形が横縞模様のようにタテに積み重ねられ配置された1950年代の作品です。坂田は1956年に亡くなってしまうので、晩年の作品ということになります。
 1948年の「作品」というタイトルの作品です、画面に碁盤目のように縦横に直線がはしり、モンドリアンのような分割線を持った作品です。しかし、モンドリアンの作品はひとつの平面の上で分割線が文字通り平面を分割して線で囲まれた面がそれぞれちがった色で塗り分けられて、それぞれに独立して存在しています。つまり、線はあくまでも面の輪郭になっています。これに対して、坂田の作品では、線で分割された面は、それぞれに独立した存在となっているわけではなくて、面に透き通るようにして線が侵害し貫通しているところがあります。モンドリアンのように面が色で塗り分けられているわけでもなく、グレー一色のところを太い線が貫いている。ですから、モンドリアンのような隣り合った色彩による緊張関係のようなこと、色彩というが目立たなくなっています。坂田の作品は色彩を捨てて、線画のようになっています。
Sakatacomp3  1955年の「コンポジション」という作品です。金魚鉢のようなガラスの器が積層されたような画面です。器の真ん中で浮遊しているように見えるのは金魚が泳いでいる様子でしょうか。金魚が泳いでいるということは、器の内部は外側から隔絶されていることになります。しかし、その器の中を、その外側の器の水面が横断しています。そうすると、複数の器が画面の中で透明に透けるように重なり合っている。以前からの領域が重なり合うのであったのに加えて、ここでは、かつて図として示されたものが透明なものとなって独立した存在ではなくなってきている。独立した存在であれば、それがある領域は排他的で、そこに他の物、例えば線が侵入することはできないはずです。しかし、ここでは線が貫通している。ここでは、そういう事物の存在ではなくて、質の違う空間が重なっている。あるいは、それぞれ異なる器に湛えられた濃度の異なる空間が流出し互いに溶け合うように、なお別の空間がそこに残っている。
Sakatacomp4  横長の「コンポジション」です。横長の長方形が並んでいるというように見えますが、これは船ではないかと解説されています。それで、“見かけ上も意味的にも、金魚鉢のような小さな器から、船舶のように、はるかに大きい器へのモチーフへの変化はスムースに思えます。金魚鉢の内側の空間が、船舶の内部へ、さらにその内部はより大きな風景(たとえば海)へと、大きさの次元をこえて通底し重ね合わせられていえるかもしれません。このシリーズのはじまりに見られた、その重なりの効果はやがて後退し、矩形は重なり合うことなく画面の上下に並列されるようになります。一見すれば、この水平、平行に横縞状のスリットが配置された画面は坂田一男の全仕事の展開中、最も抽象絵画としての純度が高まったシリーズと受け取れます。”そうすると、この長方形を並べた画面は、例えばモンドリアンのような幾何学的な抽象画ではなくて、船舶とか海面の水平線とかいったものを描いたという対象が残されているということではないかと。そうすると、抽象的な作品を制作した人ではあったけれど、坂田という人は抽象画は描かなかった。カンディンスキーのような事物を離れた精神的なイメージを、そのまま画面に反映させようという絵画を志向していない。坂田は、あくまでも実際に対象を見るということを残していた人だったということです。この人らしいと思いますが、対象を描くということから飛躍することはなく、ぎりぎりのところで前提にとどまり続けた境界線上にとどまり続け、一線を踏み越えることはしなかった。モンドリアンの幾何学的なコンポジションの作品群や山田正亮のストライプ作品がズラッと並んでいるのに対しては、それぞれの作品の差異を見比べてみていくと、相対的に個々の作品の特徴が見やすくなってきたりして、飽きることがないのですが、この坂田の作品の、横長の長方形が並んだ作品群は、そういう作品相互の差異を見比べるということができなくて、みているうちに疲れてくるのでした。ことは、私の感性の貧しさからなのかもしれません。しかし、少なくとも坂田の作品が抽象画ではないということから、各々の作品の画面の差異を比べるということを許さなかったのかもしれません。
Sakatacomp5  長方形が並んだような作品は横長の画面だけでなくタテ型の画面でも制作されました。「コンポジション(メカニック・エレメント)」という作品もそうです。タイトルにもありますが、こっちは機械のメカニカルに印象が強くなります。この機械というモチーフは直ちにレジェとのつながりを思い出させるかもしれません。機械は、坂田が渡仏時に師事したレジェや彼の生徒たちに共通した抽象の源泉でした。彼らは機械化することによって、人間的な個性を消し去り、ひいては対象を抽象化しようとしました。それを、坂田は思い出したのか。解説では、岩盤掘削機やディーゼルエンジンのような機会に注目していたということですが。横長の画面の作品にはない、線が複雑に絡み合うように交錯していながら、平行線による秩序を作っている。しかし、この作品が無機的で機械的な冷たさを感じさせないのは、限られた色彩がつくり出す微妙な濃淡の変化と独得の味わいを持ったマチエールに負うところが大きい。

2020年3月 4日 (水)

坂田一男 捲土重来(5)~Ⅱ.帰国後の展開 戦中期 カタストロフと抵抗─手榴弾/冠水(3)

Sakatabowl 思うに、坂田という人物は、よく言えば堅実、悪く言えば鈍重で飛躍できないタイプの人だったのではないかと思います。器用に目先の作風を変えてみたり、要領よく流行をおいかけるようなことができない。ウサギと亀のウサギにはなれず、亀のように一歩ずつ鈍重に歩を進めるしかできない。そういうタイプだったのではないか思えるのです。先ほど、熊谷守一や山田正亮の回顧展の同じパターンの作品を延々と展示されていたのと類似を述べましたが、熊谷の場合は老境の悟りみたいなもので猫を描きたくなったので、個性とか、作品とか、あまり考えずに楽しんで描いていたら結果的に猫の絵ばかりになってしまったという感じ。また、山田は、これしかないような切迫感があって、このときの山田はストライプ=絵画のような、まさにストライプにしがみいていたように見えました。個人的妄想と言われれば、それまでですが、坂田は両者の中間のような気がします。坂田は、あちこち目移りするように、様々な題材を幅広く描くことはできないというか、そもそもそういう発想のパターンがなくて、ある作品を制作したら、次はそこから離れるのではなくて、それを起点にして一歩か二歩離れたようなものしか描くことができない。そういう歩みを重ねていくことで、徐々に作品が変化していく。それは、まさに言葉で説明すれば、天才が直感により飛躍的な発想で新たな作品を制作するというのではなくて、凡人でも論理をひとつひとつ理解していけば追い掛けていくことができる。結果として論理的だということです。このときに、その最初の起点となった地点は、おそらく坂田自身が熟考のうえ意識的に選択したとか、そこに彼の個性とか志向性があるとかいうほど深刻なものではなかったのではないか。どちらかというと、偶然、もっというと行き当たりばったり、僥倖といったようなもの。それは、坂田に限らず、我々自身の人生を考えてみれば思い当たるのではないかと思います。Sakatabowl2 就職とか結婚、あるいはその前の大学を選ぶときなど、人生の岐路とか将来を大きく左右する大きな選択だったにもかかわらず、案外と、行き当たりばったりで、その時の勢いとかに流されたりして、あまり深く考えずに、「えいやっ!」と決めてしまったりするものです。多くの年配のサラリーマンに最初に入社の動機を訊ねても、明快な理由を説明できる人はまれです。だからといって坂田もそうだとは言いきれませんが、フランスにわたって、フリエス、そしてレジェのところで学んで、それほど違和感を覚えたり反発したりしたわけでもなかったので、それが出発点になってしまった。その起点がきまってしまったので、そこから坂田は亀のような歩みを踏み出した。そんなところではないかと妄想できるのです。しかし、坂田が凡人とは決定的に違うのは、その歩みを決して停めなかった、辞めなかったということではないかと思います。したがって、戦時体制のもとで、坂田が画風を変えなかったのは、変えられなかったからで、あとは、それでも生きていける状況にあったからではないかと想像します。
 1949年制作の「コンポジション」という作品です。壺のような形と金属バルブのような形が、それぞれ半分ずつ描かれて接合されています。この作品と並んで下絵が何点も展示されていました。そこに坂田の起点から一歩でも二歩でも変わっていこうとする変化の歩みを眼にするSakatabowl3 ことができます。一見すると中央にある壺のような形と金属バルブのような形の接合されたモチーフが目立っていますが、背景となった周囲を様々に動かしているところから、より重要なのはそっちの周囲の部分であったようです。それは、中央と背景の位置関係を様々に動かして、空間のつくりを重層的に変化させて、結果として画面に表われるが別物になってしまう。そういう試みだったと思います。それはまた、中央部の半分ずつの壺(かりに「a」とします)とバルブ(仮に「b」とします)にも言うことができます。例えば壺のみを注視したときに把握される背景の空間(「非a」)と、バルブのみを注視したときに把握される背景の空間(「非b」)は、明らかに空間の現れ方が違ってくるのです。1949年の「コンポジション」という下絵から総合的に完成作としてまとめられた作品は、「非a」と「非B」の異なる空間が同時に存在していることになるわけです。
 そして、坂田は、そのバリエィションとして、半分の壺の反対側を変化させて見せます。「壺のエスキース」という作品は、右半分がバルブが上下反転して、しかも溶け出して形が崩れてしまっているようです。個体のような堅固なものではなく液体のような不定形な様子です。しかSakatabowl4 も背景の黒い色面がところどころ破れたり、塗りのムラが大きく、空間は安定した感じがしません。それで、奇妙で不安定な印象を受けます。その反面、安定して止まっていないということで、何となく動きを感じることができるのです。この動きの感じというのが、階段をおりた2階のフロアに入ったところで眼にする作品につながっていくのです。その前に、まだ3階で階段を下りる前に参考作品でしょうかモランディの「茶碗のある静物」が展示されていました。以前に、同じ展示室で見たモランディの展覧会を思い出しました。あの時の展示室も、今と同じで、同じパターンの作品がずらっと壁に並んで、見ているうちに飽きてしまうほどでした。説明によれば、モランディと坂田は同年代で、時代を共有していただけでなく、共通する点もあった。モランディの作品は、描かれている器などのモチーフよりも、背景の部分モチーフと同等に、あるいはそれ以上の圧力でせり上がるように存在を主張する。手前にあるはずの器が奥へ、逆に奥にあるはずの物が手前に向かい、あるいは平たいようで膨らんで見えるといったような複雑な空間になっていると説明されていました。坂田の作品を見た後で見ると、じっさいに、そうなのでした。坂田の作品を見ることで、モランディの作品が、配置の変化で画面が刻々と変化していくという並べ替えの面白さだけではないことを教えてもらいました。
 Sakatacomp2 さて、階段をおりて2階の展示室にはいると「冠水」という説明。何のことかと言うと、“1944年に決定的な出来事が起こる。瀬戸内海に面する埋立地にあった坂田のアトリエが高潮をかぶり、保存されていた多くの絵画が冠水したのである。その被害の痕を残す1934年制作の「静物Ⅰ」「静物Ⅱ」の画面は痛々して一方で、複数の異なる絵画空間を重ね合わせていく坂田の絵画の構造に、現実的にさらに一次元異なる時空が加わったような不思議な表情を見せている。残された画面は。わずかに付着して残る絵の具の破片を含めて坂田自身による修復を経たものだが、この修復において、水害という事件を生かした創作行為、すなわち画面の改修が加えられた可能性がないとも言い切れない。事実坂田はその後の制作で、この冠水の影響を画面の構造として取り込んだ絵画─画面が剥落し、そこに別の絵画が浮上するような─の制作を開始するからである。たとえば1949年制作の「エスキース」は同年制作の「コンポジション」のための事前エスキースであろうが、すでに絵の具が剥落したり流れ落ちてしまったような表現が前もって加えられている。冠水、修復の事前と事後の時間順序が転倒したような効果が意図的に画面に組み込まれているのが明らかである。”という説明がありましたが、そうですかというもので、例えばこの解説でとりあげられている「エスキュース」と「コンポジション」は、前で見た壺のエスキュースなのですが、そのことに気づかなくても、べつに壺のバリエィションで十分に楽しめるし、「静物」についても、そういうことについては説明されて、はじめて気づいたのでした。そこで、何か違うとか、そういう効果は、少なくとも私にはなかった。そんなものです。

2020年3月 3日 (火)

坂田一男 捲土重来(4)~Ⅱ.帰国後の展開 戦中期 カタストロフと抵抗─手榴弾/冠水(2)

Sakatabomb  3階の展示室の角に小部屋のようになっている一廓があります。そこに同じような画面、中央に電球のような物体を描いたような静物画ともコンポジションとも言えるような作品が、デッサンを含めて6~7点か展示されていました。その小部は、その同じパターンのバリエィションという一廓でした。以前に近代美術館での熊谷守一の回顧展でひとつの壁面が同じような猫の画面のバリエィションばかりが並んでいたり、山田正亮の展示室すべてがストライプの画面だったりというのを思い出させました。坂田も、そういう性格の作家なのであることが分かってきました。このあと、そういう性格を嫌というほど味あわされることになるのですが。例えば。「コンポジション」という1936年の油彩で、タイトル不詳の図録にない特別出品の作品、そして黒の背景の「コンポジション」と並んだ作品は、手榴弾を題材にしている作品だそうです。そういう説明がなければ、私には手榴弾とは分かりません。監修者は次のように言っています。“一見するとこの形態は以前より描かれていたスパークプラグの延長にも思えます。スパークプラグが気化したガソリンに爆発的な引火をもたらす装置だったことを思えば、その形状から主に坂田が描いているのは、遠くに飛ばすための柄のついた、柄付き手榴弾、手投げ弾にSakatabomb2 違いありません。坂田が好んで描いてきた器のモチーフが内部に別の空間を内包させていたように、手榴弾に内包させているのは別の空間のポテンシャルです。が、手榴弾に内包されている別の空間はさらに積極的です。もし手榴弾の外装が破壊されたとき、外部の空間ももはやそのままではありえず、破壊され崩壊するだろうからです。すなわち画面に留まっている(描かれた)手榴弾の内部に保たれているのは、外部空間に一元化されることを拒み、抵抗する異質な空間の自律性ともいえるでしょう。そのポテンシャルはいま現象している絵画全体の空間より大きく、すなわち現在を塗り替えうる別の時間がそこに現実的に存在することを示しています。戦争は、文明も自然も、そして人間性そのものを破壊しつくす、人為がもたらす身の毛もよだつようなカタストロフです。しかし戦中期の坂田の絵画には、すでにカタストロフが抽象化された構造として内在化され組み込まれていた。坂田が一見、時局に応じた絵画を描く必要性も圧力もないかのように仕事を持続することができたのは、そもそも彼の絵画の中に、このように変動する時局とそれに対する抵抗が構造として組み組まれていたからかもしれません。坂田の絵画がぎりぎり抑え込んでいた空間的葛藤は一触即発のポテンシャルとして、戦時の圧迫への抵抗として機能していただろうということです。”引用が長くなりましたが、監修者の強い思い入れで長くなってしまったというか、基本的に、このように作品に思い入れをすることは嫌いではなく、言いたいことは理解できるのですが、私にはついていけないところもあります。監修者の言っていることは、この作品が手榴弾を描いていて、それがどういう意味をもっているかが十分理解していてはじめて、そういう見方ができるということです。そして、坂田は描かれた画面以外の外部のものがたりを前提に作品をつくったということになります。坂田の絵画は、そういう意味とか物語とかメSakatabomb3 ッセージとかいったものに対して禁欲的なものであると私は思います。例えば、ここで引用されているようなカタストロフが内在化されたポテンシャルを、作品画面を見ているだけでは感じることはできませんでした。そういう緊張感とか切迫感は微塵もなく、それは私の感性が鈍感なのかもしれませんが、むしろ、コンポジションという構成を重視して制作された画面で、鈍重で陰鬱ですらある色遣いの画面でから、落ち着いたもの、のんびりとした感じすら覚えたものです。それは、色遣いにおいて色を対立的に並べないことや、曲線を巧みに織り交ぜた事物の輪郭の描き方、そして何よりも、マンガであれば人物を4頭身のギャグマンガのキャラクターのようなスタイルに描かれた中央の事物です。写真の柄付き手榴弾は第二次世界大戦のときのものらしいですが、それと比べると柄が短くて爆弾の部分がすべすべしてガラス電球か器のようです。むしろ、並べて展示されている作品と一緒に見ると、それを題材にして画面のバリエィションを様々に試みた、その題材として恰好の形状だったように見えます。爆弾部分の形状だけを取り出して見れば、1934年の「静物」という作品の中央右の黒い壺のようなものの形状とそっくりです。わたしは、むしろ形状を使いまわすように手榴弾やプラグや器にしてしまうということが坂田の特徴のような気がします。

2020年3月 2日 (月)

坂田一男 捲土重来(3)~Ⅱ.帰国後の展開 戦中期 カタストロフと抵抗─手榴弾/冠水(1)

Sakatacarp  1933年に坂田は帰国します。この時代の日本は日中戦争から第二次世界大戦に突入していこうとする頃で、国内は国家総動員体制が敷かれようとしていた、つまり、言論が弾圧されたりして自由が抑圧され、画壇でも戦争への協力を強制されるような時代でした。しかし、帰国以後の坂田の仕事には、このような社会情勢に影響を受けず、ヨーロッパで学んだ抽象的な絵画制作を一貫して続けていたように見えます。それは、現在では想像することもできませんが、驚くべくことだったと、それは、そもそも坂田の絵画の中に、変動する時期に対する抵抗が構造として組み込まれていたではないかと説明されていました。そうであれば、前にも触れましたが、坂田の絵画の志向というのが、ここで明らかになるのかもしれません。
Sakatacarp2  とはいえ、帰国後の坂田の作品のなかで取り上げられた題材がわずかに時局に対応しているのではないかという変化を監修者の岡崎が指摘しています。その一つが銃を持った兵士の姿が現われるデッサンです。これはレジェの作品のような丸と円筒で構成された人物の描き方です。もう一つは鯉のぼりです。例えば「端午」という1957年の作品です。“空気を孕んで膨らむ鯉のぼりの下部が唐突に切断され、黒く塗り込められた空間として描かれていることです。この理の領域の周囲には遠近法を示唆する斜行する線が描かれ奥行きを暗示しています。しかし、その闇の深さは画面前面を通した他の背景部とは(同じ黒を基調としていても)連続していません。あたかも鯉のぼりが孕んでいた黒い闇が流出して周囲を充し、そこだけ別の空間としての闇を湛えているようにも見えます。兵の養成を鼓舞する鯉のぼりは、軍国主義の時代において好んで掲げられるようになったと言われています。その鯉のぼりが日本刀で断ち切られたように切断され、黒い闇に浸されている。時代の空気への暗示、批判をも感じさせる表現です。”と岡崎は図録で語っています。しかし、並んで展示されていたスケッチをみれば、岡崎が指摘する鯉のぼりの切断は、風に吹かれて尻尾の部分が折れているように描かれていると見る方が自然だと思います。むしろ、スケッチと比べてみて、画面のなかで寸詰まりのように尻尾を折り曲げている鯉のぼりに対して、漆黒の背景に白く引かれた枠線や色の帯が伸びやかな垂直線で対照されている。それが折り曲げようという圧力に対して、それを押し返そうという拮抗する緊張関係を画面に作っているように見えます。闇のような黒に対して、白い線を対照させている色遣いにも表れている。むしろ、そういう造形的なところに視線が行くような作品です。後年、坂田は壺を半分に切断するような作品を何点も描きますが、この作品は同じ傾向の作品とみてもよいのではないかと思います。岡崎の説明は、私には少し思い入れが強Sakatacarp3 いと思いますが、少なくとも、この作品には坂田の意思が感じられます。少なくとも、描く対象があって、前のコーナーの対象が分からない絵画とは違います。これは、滞欧によって、坂田は対象を見つけたのか、それとも、当初もっていた抽象的な性向を後退させたのか、あるいは、時代状況の中でそうせざるを得なかったのか、分かりません。とにかく、坂田の作品は、私にとって、見る者の表面的な、心情的な思い入れを許さない潔癖さがあるように感じられます。 と書いていたら、「端午のエスキース」をみると岡崎が解説しているような鯉のぼりの尾が断ち切られているように描かれていたことが、はっきりと分かりました。ただし、岡崎が指摘するように、断ち切られていることに、それほど意味づけをしてしまうのは、後付けのような気がします。坂田の作品は、そのような物語的な色付けにそぐわない、と私には思えます。

2020年3月 1日 (日)

坂田一男 捲土重来(2)~Ⅰ.滞欧期まで 事物の探求─事物に保管されたもの/空間として補完されたもの

Sakatanude2  坂田の習作や初期の作品などの展示です。坂田の本格的な画家としての出発は1921年の渡仏から説明されていましたが、ここでは、主に、その渡仏前と、滞欧時の作品が展示されていました。最初に目に入った裸婦のデッサンは岸田劉生を想わせるような、重量感たっぷりの、肉体が存在しているという感じの作品でした。それが1917年の制作ということで、この時すでに坂田は20代の後半で、作品として完成しているといえるので、習作として、もともとの嗜好から、どういう紆余曲折を経て、ここまできているのかは分かりません。
 この展覧会の監修者の岡崎乾二郎は岸田劉生について、写実を徹底して追究していった結果、外観の印象は生々しく崩れ出し異様に感じられ始め、ついには見慣れた姿かたちからはみ出す可塑的、無形の物質的真実が現われてくる。そういう視覚対象として定位できない「無形なもの」を現わすことに向かっていたと言っています。そういう視点で、坂田のデッサンを見ると、裸婦の筋肉を異様なほど強調して、各部分が筋肉解剖図を拡大したもののように見える、その全体像はグロテスクに見えてくる。私には、そういうところの執拗さが、岸田に通じているように思えたのでした。
 Sakatanude その次の「裸婦」という1924年の作品は、ブラックの作品と見紛うばかりで、ひとつの完成された作品として見ることができるものです。この二つの作品のスタイルのあまりの開きが、私には不可解というか、それぞれの作品が、それぞれに完結しているようにスタイルが完成して見えるだけになおさらなのです。どうやら、この作家の性格からいって、流行を追い求めて器用にスタイルを変えていくようなタイプではなさそうなので、作家のなかで、この二つの作品の開きにも、何らかの一貫性があるような気がするのですが、それは、私の眼で作品画面を見る限りでは、分かりませんでした。岸田劉生を白樺派のヒューマニズムの一つとして捉えて、フランスで後期印象派を勉強してきてもよかった。おそらく、同時代の日本からの留学生は、そっちの方向性の勉強をして、それを日本に持ち帰り、洋行帰りの箔をつけて画壇でアピールするのが一般的であったのではないかと思います。しかし、坂田は、こういう作品をせっせと学び描いていた。そこでの戸惑いというのか、不可解さというのは、この展覧会を見ていて最初に感じて、それが抜けきれずに終わったのでした。後で、作品を見ていくとわかりますが、作品の傾向としては、この後はワンパターンといえるほど一貫しているので、印象が拡散してしまって捉えどころがないというのではないのですが、どういう作品なのかということを、印象をまとめて言葉で概括しようとすると、頓挫してしまうのです。
Sakatacub  「キュビスム的人物像」という1925年の作品です。坂田は、この作品の2年前からフェルナン・レジェに師事したと説明されていますが、何かレジェとは異質な感じを、この作品から感じます。そもそもキュビスムとはどういうものか、監修者の岡崎の言葉を借りると、“感覚器としての眼が実際に見ているものは、われわれがいままで見ていると思い込んでいた対象の姿とは違う。眼に実際に飛び込んでくると思っていた像とのズレ、これが印象派から後期印象派、キュビスムに至る流れで画家たちが共有するようになった自覚だった。(中略)印象派からキュビスムに至る画家たちが、眼に直接入ってくる視覚情報から離れ、人が感覚を超えて把握し認識している対象のリアルかつ確実な姿こそを、絵画として論理的に構築することに向かった。キュビスムはこうした思考を代表的に示しているとみなされたのである。確かにキュビスムの核心にあったのは、視覚が一瞥して捉えることのできる代表的な像への関心の、むしろ低下である。それはキュビスムの、一見して判じがたい、その画面に明らかである。(『抽象の力』より)”ということで、これは描かれた画面こそ違いますが、坂田が渡欧前に習作していた岸田劉生のグロテスクな画像と志向に共通性があると思います。理屈の上では一貫している。それで、坂田はキュビスムの画家レジェに師事したのか、しかし、画風がレジェとは異質に思えます。
 Sakatareje 会場では、レジェの「緑の背景のコンポジション」と坂田の「女と植木鉢」が並んで展示されていました。画面が垂直の直線と半円の組み合わせによって構成されているところに共通点がありますが、二つの作品の印象は全く異なります。レジェの作品は、画面に様々な事物が並べられているようで、それぞれの輪郭がはっきりしていて、また、それらが鮮やかな色彩で対照させられています。これに対して坂田の作品にはレジェの作品にあるように明確な区分と対照がありません。各部分がつながっていたり、融合していたり、境界がはっきりしないのです。また、同系統の色で描かれているので、その境界の不明確さが促進させられています。“単純にいえば図と背景の関係です。レジェは対象の空間と対照内部の空間を等価に扱い、相互を反転させたり重ね合わせたりしようとする趣向はなかった。図の周囲はそのまま背景として抜けてしまっています。展開するにつれ、レジェの絵画はこの性格を強め、さまざまなモチーフが一つの同じ空間=背景の上に浮遊しているような表現が、その特質になっています(展示されている「緑の背景のコンポジション」がまさにそういう作品です)。対して坂田の絵画は背景も図となる対象と同じ強度で塗りこめられ、背景は虚空の余白ではなく、対象と同じようにボリュームが充満しているように描かれています。(『展覧会図録』より)”と岡崎が解説しています。それは、この時期の坂田の作品の塗りの薄さが、そういうように見える点もあると思います。「キュビスム的人物像」なんて水彩画のように淡い塗りで、ところどころ水彩絵の具の滲みのように半透明で、そこを隣り合った事物が透き通って侵害しあっているようなところがあったりしています。それは、「女と植木鉢」でも、人体と植木鉢が半身ずつ融合してしまっているように見えますが、それは同じような色で、同じように塗られていて、つながっているように見えるからです。そこには、二人の空間の捉え方の違いが大きいのでしょうが、色彩のセンスの違いも小さくないと思います。
 そして、このような坂田の空間表現の特徴は、この後も一貫していたということです。その基本的特徴を図録のなかで次のように列記されていますが、それぞれの特徴を表すような作品がリンクの画像のように並べて展示されていました。
 “1.図として表わされた表面の背後(内部)にも、その周囲(外部)と異なる別の空間が内包しているとみなすこと。
 2-1.積極的な形態=図として表わされた対象(「a」とする)に対して、周囲に生まれるネガティブな地としての領域(「非a」とする)を図「a」と同様に充実したものとして扱った。
 2-2.周囲の空間「非a」は図「a」が置かれることによって、はじめて現象する=性格が定まるのであって、図が描かれる前から、画面上に一元的な空間が先験的にあるとみなされない。
 3.画面に先験的な空間がない以上、図「a」を描くと周囲に発生する領域「非a」と、図「b」を描くと周囲に発生する領域「非b」が同じ空間であるとは前提できない。
 4.複数の線を描くと補完的にそれぞれに発生する複数のネガティブな空間を、それぞれ実体的で充実したものとして扱う。
 5.いわゆる絵画全体の地(基底面)には、この補完的に発生するそれぞれ充実した、「非a」「非b」「非c」という複数の異なる領域自体が重ね合わさっているものとして扱う。ゆえに一元的で中立的な空間(平面)は存在しない。
共通の地として扱われてきた地は積極的に何かが描かれうる領域ではないのだから、「非a」「非b」「非c」…を複数の空間の重なりとして表現することは、容易なことではありません。それは積極的に表現されるものではなく、極めて抽象的な操作の中で現われてくる実践的性格です。”
Sakatacomp  例えば「コンポジション」という1926年の作品では、鍋や蓋つきの容器の半分ずつ描かれ、また数本のパイプが並んだのが途中で隠れてしまうように描かれ、それぞれが領域で囲まれて、それぞれの領域の中でそれらの描かれた背景が同じような強度で色が塗られています。背景と事物のどちらが前か分かりません。そして、それらの事物を半分に重なっている真ん中の長方形の帯のような図形は、背景のようでもあり、全面で事物を隠しているようにも見えます。また、それぞれの領域が画面上で前にあるのか、奥にあるのかの重なり方のつじつまが合っていません。例えば、真ん中の帯状の長方形は左側の鍋の上に重なっているように見えて、その鍋の下の台のようなグレーと同じ空間にあるように連なっています。
 これは、このフロアの展示室のエレベータの向こうの部屋に参考展示されていたル・コルビジェの「ニレ」いう作品が、ピュリスムというフランスで坂田にレジェよりも影響を与えたとされる理念に共通するものがあると言います。作品タイトルの楡の木は画面の中に見つけることはできませんが、正面から見た二本の瓶や手のひらなど、あえて平面的なモチーフを選びながら、並んだ瓶が物理的な前後関係を無視してオーバーラップするなど、画面の中に特殊な空間を作り出そうとしています。
 そういう影響関係や坂田の作品の空間の特徴は理屈ではわかるような気がしますが、それでは、どうして坂田はそういうように空間を表わすことを志向したのか。それは感覚として、画面を見ていて、私には想像することができませんでした。おそらく、それは作品が語ってくれるはずのものですから。それは、これからの展示で明らかになっていくのでしょうか。

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