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2020年3月22日 (日)

ハンマスホイとデンマーク絵画(1)

Hammer2020posta  2020年の1月に東京都美術館で見てきた「ハンマスホイとデンマーク絵画」の感想をまとめました。
 今年から有給休暇が義務のようになって、その消化で、午後3時ごろ上野駅に降り、公園口の改札を出た。修学旅行や外国人旅行者の姿が目立った。西洋美術館を横目で見ると、ハプスブルク展の入場者の列が長く伸びていた。驚いた。あんなに混んでいるのか。今日の目的の東京都美術館が混雑しているか心配になった。いつもは展覧会の会期の終わり近くになるのだが、ハンマスホイはそれほどメジャーでないだろうし、今回は21日に始まったばかりで空いているだろうと高を括っていたが、目の前を中国人の家族がはしゃいでいる。東京都美術館は西洋美術館のような混雑こそしていなかったが、人の姿は少なくない。最近、見た展覧会の静かな、作品をじっくり対峙できるような雰囲気に慣れてしまっていたのとは、少し、落ち着きがないような空気だった。会期が進んでくると、もっと落ち着けなくなるかもしれない。
 例によって、主催者の言葉をチラシから引用します。“北欧の柔らかな光が射し込む静まり返った室内─17世紀オランダ風俗画の影響が認められることから「北欧のフェルメール」とも呼ばれるデンマークの画家ヴィルヘルム・ハマスホイ(1864~1916)が活動したのは、西洋美術が華々しく展開した1900年前後の十数年間でした。印象派に続いてポスト印象派が登場し、象徴主義、キュビスム、表現主義など新しい芸術が次々に生まれた時代です。そうしたメインストリームの「喧噪」から離れて、ハマスホイは独自の絵画を追求し、古いアパートや古い街並み、古い家具など、時間が降り積もった場所やモティーフを静かに描き続けました。その美しく調和した色彩と繊細な光の描写、ミニマルな構成は、画家の慎み深さと、洗練されたモダンな感性を示しています。没後、一時は時代遅れの画家と見なされ忘れられたハマスホイですが、欧米の主要な美術館が続々と作品をコレクションに加えるなど、近年、その評価は世界的に高まり続けています。日本でも2008年にはじめての展覧会が開催され、それまではほぼ無名の画家だったにもかかわらず、多くの美術ファンを魅了しました。静かなる衝撃から10年余り。日本ではじめての本格的な紹介となる19世紀デンマークの名画とともに、ハマスホイの珠玉の作品が再び来日します。”
Hammerposta  上記の言葉にある日本での2008年の展覧会を、国立西洋美術館で見てきました。その時の印象は別にまとめてありますが、初めての出会いということもあって、“私が一番感じた特徴は色彩です。モノトーンと紹介文で書かれていましたが、一見少ない色、しかも無彩色系の色調は、私の個人的な北ヨーロッパというイメージです。クノプフもこんな色調ではなかったかと思うし、カスパー・ダヴィッド・フリードリッヒの一部の作品にこういう色調のものがあったと思います。色調というとかなり感覚的なことのように思う人もいるでしょうが、人間の色の感じ方というのは、実は色の波長だけでなく、温度や湿度に影響を受けているのです。唐突なことにように取られる人もいるでしょうが、実際に印刷会社でグラビア印刷のインクの色を決める時に、温度や湿度によって色が変わって(人が感覚する色)しまうので、一定の環境でインクの調整するように厳しく管理しているのです。また、日本が明治維新によって西洋の文明を必死になって取り入れようとしていた時、絵画についてもローマやパリに留学して西洋絵画を輸入してようとした留学生たちが、帰国して最も困った、戸惑ったのが色彩やその感じ方が全く異質だったといいます。同じ青でも地中海の太陽に映える鮮やかな青と湿潤な日本の青を異なるもので、同じに使えないため、日本の風景では地中海の青の色では描くことができなかったといいます。ということは、ハンマースホイもデンマークという北ヨーロッパの温度や湿度といった環境で、イタリアなどの南欧とは全く異なる環境で感覚できた色を正直にそのまま描いたのかもしれません。私には、ハンマースホイの作品に感じられる特徴というのが、この色彩ということから派生しているように思われるのです。私がこのハンマースホイの作品を見て感じる特徴というのは、輪郭線が曖昧で全体としてぼやけたような画面になっていること、各パーツが単純化されていること、それゆえに重量感というのか物体としての存在感の希薄なグラフィックな図案に近いものとなっていることです。例えば、輪郭線がハッキリしていないというのは、モノトーンの色調から輪郭をはっきりさせてしまうと輪郭線が目立ち過ぎてしまうと考えられるからで、平面的な画面がますます平面的になってしまうからと考えられます。そして、各パーツが単純化されているのはモノトーンのグラデーションで仮面が構成されていると複雑にすることは難しいと思われるからで。さらに。モノトーンの無彩色系の色調では画面全体がどうしても薄っぺらい印象になり易いということからです。その反面、そういう色調から淡い落ち着いた印象を受けるのではないか、それが静寂さという印象に通じるのではないかと思います。”という感想でした。ちなみに、2008年の展覧会ではハンマースホイと表記していましたが、今回はハンマスホイと表記が変わっていました。それだけ、この人は、まだまだ馴染みがないからかもしれません。
 私にとって2回目となる出会いで、この画家の印象が変わってきました。前回と違って、彼を取り巻くデンマークの画家たち合わせて紹介されていたのも大きかったと思います。正直言って、ハンマスホイ以外のデンマーク絵画の画家たちは、彼抜きで見れば、デンマーク絵画のマニアでもなければ、それだけを目指して見たいと思うようなものではないと思います。そして、前回の印象ではローカルな画家という印象だったハンマスホイが、近代のデンマークの画家たちと比べると突出した存在であると分かりました。ほかの画家たちとの違いは一目瞭然で、簡単に言うと、他の画家たちがローカルレベルであるのに対して、ハンマスホイが明らかにワールドクラスだということ。そして、画家たちのデンマーク絵画の特徴がグローバルな世界で異質さとなっていて、その特徴を集約するように突出させたのがハンマスホイだということに気が付いたのでした。主催者の言葉にある“17世紀オランダ風俗画の影響が認められることから「北欧のフェルメール」とも呼ばれるデンマークの画家ヴィルヘルム・ハマスホイ”というオランド風俗画の風景画や静物画は、西洋絵画の伝統の中にあって、歴史画や神話画の場面の背景をピックアップしたものから始まったものです。それが分かるということは、その描かれている風景や静物は、その場面ということ、つまり聖書や神話の意味を含んでいる。しかし、ここで展示されていたデンマーク絵画は、その影響を受けたということですが、オランダ風俗画あった意味が失せている。風景画はたんに風景を描いたというだけ、静物画も室内の器物や活けた花を描いたというだけ、いわば無意味で部屋のインテリアとして品質の高さを求めたような絵画と思えます。ハマスホイの絵画は、そういうデンマーク絵画を土台として、例えば、彼のトレードマークともいえる室内を描いた同じようなパターンの作品は、無意味さゆえに、操作が可能となるわけで、室内の家具などを様々な組み合わせで作品の中に空間を構成させる試みをしているというわけです。何か分かりにくい言い方になりましたが、例えば、20世紀イタリアの画家ジョルジョ・モランディの静物画と共通しているところがあると思うのです。モランディは、卓上の器や壺を様々に配置して、画面構成が様々に変化していくことを試みました。それは抽象画の画家たちがコンポジションとして画面を様々に構成してつくる試みをしているのと同じような作為です。つまり、ハンマスホイは、デンマーク絵画の特徴を集約して、一気に抽象的な思考で画面を作ろうとした。ただし、表面的には近代絵画の具象的な様相で、難解な印象を与えないようにしている、そういう重層的な絵画となっていると思えるのです。ざっと述べましたが、詳しくは、個々の作品を見ながら追求していきたいと思います。では、見ていきましょう。
 展示作品の半分以上はデンマーク絵画の展示でしたが、はっきり言ってハンマスホイ抜きでは、それ単独で見たいとは思えない作品だった(正直言って、私には、展示されている画家の区別がつかなかった。)ので、そこは端折ります。あくまで主役のハンマスホイに絞り、彼との関係でデンマーク絵画を参照するような形で見ていくことにします。

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