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2020年3月 4日 (水)

坂田一男 捲土重来(5)~Ⅱ.帰国後の展開 戦中期 カタストロフと抵抗─手榴弾/冠水(3)

Sakatabowl 思うに、坂田という人物は、よく言えば堅実、悪く言えば鈍重で飛躍できないタイプの人だったのではないかと思います。器用に目先の作風を変えてみたり、要領よく流行をおいかけるようなことができない。ウサギと亀のウサギにはなれず、亀のように一歩ずつ鈍重に歩を進めるしかできない。そういうタイプだったのではないか思えるのです。先ほど、熊谷守一や山田正亮の回顧展の同じパターンの作品を延々と展示されていたのと類似を述べましたが、熊谷の場合は老境の悟りみたいなもので猫を描きたくなったので、個性とか、作品とか、あまり考えずに楽しんで描いていたら結果的に猫の絵ばかりになってしまったという感じ。また、山田は、これしかないような切迫感があって、このときの山田はストライプ=絵画のような、まさにストライプにしがみいていたように見えました。個人的妄想と言われれば、それまでですが、坂田は両者の中間のような気がします。坂田は、あちこち目移りするように、様々な題材を幅広く描くことはできないというか、そもそもそういう発想のパターンがなくて、ある作品を制作したら、次はそこから離れるのではなくて、それを起点にして一歩か二歩離れたようなものしか描くことができない。そういう歩みを重ねていくことで、徐々に作品が変化していく。それは、まさに言葉で説明すれば、天才が直感により飛躍的な発想で新たな作品を制作するというのではなくて、凡人でも論理をひとつひとつ理解していけば追い掛けていくことができる。結果として論理的だということです。このときに、その最初の起点となった地点は、おそらく坂田自身が熟考のうえ意識的に選択したとか、そこに彼の個性とか志向性があるとかいうほど深刻なものではなかったのではないか。どちらかというと、偶然、もっというと行き当たりばったり、僥倖といったようなもの。それは、坂田に限らず、我々自身の人生を考えてみれば思い当たるのではないかと思います。Sakatabowl2 就職とか結婚、あるいはその前の大学を選ぶときなど、人生の岐路とか将来を大きく左右する大きな選択だったにもかかわらず、案外と、行き当たりばったりで、その時の勢いとかに流されたりして、あまり深く考えずに、「えいやっ!」と決めてしまったりするものです。多くの年配のサラリーマンに最初に入社の動機を訊ねても、明快な理由を説明できる人はまれです。だからといって坂田もそうだとは言いきれませんが、フランスにわたって、フリエス、そしてレジェのところで学んで、それほど違和感を覚えたり反発したりしたわけでもなかったので、それが出発点になってしまった。その起点がきまってしまったので、そこから坂田は亀のような歩みを踏み出した。そんなところではないかと妄想できるのです。しかし、坂田が凡人とは決定的に違うのは、その歩みを決して停めなかった、辞めなかったということではないかと思います。したがって、戦時体制のもとで、坂田が画風を変えなかったのは、変えられなかったからで、あとは、それでも生きていける状況にあったからではないかと想像します。
 1949年制作の「コンポジション」という作品です。壺のような形と金属バルブのような形が、それぞれ半分ずつ描かれて接合されています。この作品と並んで下絵が何点も展示されていました。そこに坂田の起点から一歩でも二歩でも変わっていこうとする変化の歩みを眼にするSakatabowl3 ことができます。一見すると中央にある壺のような形と金属バルブのような形の接合されたモチーフが目立っていますが、背景となった周囲を様々に動かしているところから、より重要なのはそっちの周囲の部分であったようです。それは、中央と背景の位置関係を様々に動かして、空間のつくりを重層的に変化させて、結果として画面に表われるが別物になってしまう。そういう試みだったと思います。それはまた、中央部の半分ずつの壺(かりに「a」とします)とバルブ(仮に「b」とします)にも言うことができます。例えば壺のみを注視したときに把握される背景の空間(「非a」)と、バルブのみを注視したときに把握される背景の空間(「非b」)は、明らかに空間の現れ方が違ってくるのです。1949年の「コンポジション」という下絵から総合的に完成作としてまとめられた作品は、「非a」と「非B」の異なる空間が同時に存在していることになるわけです。
 そして、坂田は、そのバリエィションとして、半分の壺の反対側を変化させて見せます。「壺のエスキース」という作品は、右半分がバルブが上下反転して、しかも溶け出して形が崩れてしまっているようです。個体のような堅固なものではなく液体のような不定形な様子です。しかSakatabowl4 も背景の黒い色面がところどころ破れたり、塗りのムラが大きく、空間は安定した感じがしません。それで、奇妙で不安定な印象を受けます。その反面、安定して止まっていないということで、何となく動きを感じることができるのです。この動きの感じというのが、階段をおりた2階のフロアに入ったところで眼にする作品につながっていくのです。その前に、まだ3階で階段を下りる前に参考作品でしょうかモランディの「茶碗のある静物」が展示されていました。以前に、同じ展示室で見たモランディの展覧会を思い出しました。あの時の展示室も、今と同じで、同じパターンの作品がずらっと壁に並んで、見ているうちに飽きてしまうほどでした。説明によれば、モランディと坂田は同年代で、時代を共有していただけでなく、共通する点もあった。モランディの作品は、描かれている器などのモチーフよりも、背景の部分モチーフと同等に、あるいはそれ以上の圧力でせり上がるように存在を主張する。手前にあるはずの器が奥へ、逆に奥にあるはずの物が手前に向かい、あるいは平たいようで膨らんで見えるといったような複雑な空間になっていると説明されていました。坂田の作品を見た後で見ると、じっさいに、そうなのでした。坂田の作品を見ることで、モランディの作品が、配置の変化で画面が刻々と変化していくという並べ替えの面白さだけではないことを教えてもらいました。
 Sakatacomp2 さて、階段をおりて2階の展示室にはいると「冠水」という説明。何のことかと言うと、“1944年に決定的な出来事が起こる。瀬戸内海に面する埋立地にあった坂田のアトリエが高潮をかぶり、保存されていた多くの絵画が冠水したのである。その被害の痕を残す1934年制作の「静物Ⅰ」「静物Ⅱ」の画面は痛々して一方で、複数の異なる絵画空間を重ね合わせていく坂田の絵画の構造に、現実的にさらに一次元異なる時空が加わったような不思議な表情を見せている。残された画面は。わずかに付着して残る絵の具の破片を含めて坂田自身による修復を経たものだが、この修復において、水害という事件を生かした創作行為、すなわち画面の改修が加えられた可能性がないとも言い切れない。事実坂田はその後の制作で、この冠水の影響を画面の構造として取り込んだ絵画─画面が剥落し、そこに別の絵画が浮上するような─の制作を開始するからである。たとえば1949年制作の「エスキース」は同年制作の「コンポジション」のための事前エスキースであろうが、すでに絵の具が剥落したり流れ落ちてしまったような表現が前もって加えられている。冠水、修復の事前と事後の時間順序が転倒したような効果が意図的に画面に組み込まれているのが明らかである。”という説明がありましたが、そうですかというもので、例えばこの解説でとりあげられている「エスキュース」と「コンポジション」は、前で見た壺のエスキュースなのですが、そのことに気づかなくても、べつに壺のバリエィションで十分に楽しめるし、「静物」についても、そういうことについては説明されて、はじめて気づいたのでした。そこで、何か違うとか、そういう効果は、少なくとも私にはなかった。そんなものです。

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