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2020年3月 3日 (火)

坂田一男 捲土重来(4)~Ⅱ.帰国後の展開 戦中期 カタストロフと抵抗─手榴弾/冠水(2)

Sakatabomb  3階の展示室の角に小部屋のようになっている一廓があります。そこに同じような画面、中央に電球のような物体を描いたような静物画ともコンポジションとも言えるような作品が、デッサンを含めて6~7点か展示されていました。その小部は、その同じパターンのバリエィションという一廓でした。以前に近代美術館での熊谷守一の回顧展でひとつの壁面が同じような猫の画面のバリエィションばかりが並んでいたり、山田正亮の展示室すべてがストライプの画面だったりというのを思い出させました。坂田も、そういう性格の作家なのであることが分かってきました。このあと、そういう性格を嫌というほど味あわされることになるのですが。例えば。「コンポジション」という1936年の油彩で、タイトル不詳の図録にない特別出品の作品、そして黒の背景の「コンポジション」と並んだ作品は、手榴弾を題材にしている作品だそうです。そういう説明がなければ、私には手榴弾とは分かりません。監修者は次のように言っています。“一見するとこの形態は以前より描かれていたスパークプラグの延長にも思えます。スパークプラグが気化したガソリンに爆発的な引火をもたらす装置だったことを思えば、その形状から主に坂田が描いているのは、遠くに飛ばすための柄のついた、柄付き手榴弾、手投げ弾にSakatabomb2 違いありません。坂田が好んで描いてきた器のモチーフが内部に別の空間を内包させていたように、手榴弾に内包させているのは別の空間のポテンシャルです。が、手榴弾に内包されている別の空間はさらに積極的です。もし手榴弾の外装が破壊されたとき、外部の空間ももはやそのままではありえず、破壊され崩壊するだろうからです。すなわち画面に留まっている(描かれた)手榴弾の内部に保たれているのは、外部空間に一元化されることを拒み、抵抗する異質な空間の自律性ともいえるでしょう。そのポテンシャルはいま現象している絵画全体の空間より大きく、すなわち現在を塗り替えうる別の時間がそこに現実的に存在することを示しています。戦争は、文明も自然も、そして人間性そのものを破壊しつくす、人為がもたらす身の毛もよだつようなカタストロフです。しかし戦中期の坂田の絵画には、すでにカタストロフが抽象化された構造として内在化され組み込まれていた。坂田が一見、時局に応じた絵画を描く必要性も圧力もないかのように仕事を持続することができたのは、そもそも彼の絵画の中に、このように変動する時局とそれに対する抵抗が構造として組み組まれていたからかもしれません。坂田の絵画がぎりぎり抑え込んでいた空間的葛藤は一触即発のポテンシャルとして、戦時の圧迫への抵抗として機能していただろうということです。”引用が長くなりましたが、監修者の強い思い入れで長くなってしまったというか、基本的に、このように作品に思い入れをすることは嫌いではなく、言いたいことは理解できるのですが、私にはついていけないところもあります。監修者の言っていることは、この作品が手榴弾を描いていて、それがどういう意味をもっているかが十分理解していてはじめて、そういう見方ができるということです。そして、坂田は描かれた画面以外の外部のものがたりを前提に作品をつくったということになります。坂田の絵画は、そういう意味とか物語とかメSakatabomb3 ッセージとかいったものに対して禁欲的なものであると私は思います。例えば、ここで引用されているようなカタストロフが内在化されたポテンシャルを、作品画面を見ているだけでは感じることはできませんでした。そういう緊張感とか切迫感は微塵もなく、それは私の感性が鈍感なのかもしれませんが、むしろ、コンポジションという構成を重視して制作された画面で、鈍重で陰鬱ですらある色遣いの画面でから、落ち着いたもの、のんびりとした感じすら覚えたものです。それは、色遣いにおいて色を対立的に並べないことや、曲線を巧みに織り交ぜた事物の輪郭の描き方、そして何よりも、マンガであれば人物を4頭身のギャグマンガのキャラクターのようなスタイルに描かれた中央の事物です。写真の柄付き手榴弾は第二次世界大戦のときのものらしいですが、それと比べると柄が短くて爆弾の部分がすべすべしてガラス電球か器のようです。むしろ、並べて展示されている作品と一緒に見ると、それを題材にして画面のバリエィションを様々に試みた、その題材として恰好の形状だったように見えます。爆弾部分の形状だけを取り出して見れば、1934年の「静物」という作品の中央右の黒い壺のようなものの形状とそっくりです。わたしは、むしろ形状を使いまわすように手榴弾やプラグや器にしてしまうということが坂田の特徴のような気がします。

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