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2020年3月26日 (木)

ハンマスホイとデンマーク絵画(4)~第4章 ヴィルヘルム・ハマスホイ─首都の静寂の中で(3)

Hammer2020interia ハンマスホイの作品を見ていきましょう。1898年の「室内」という作品です。これはロンドン滞在時の仮住まいを描いたものだそうですが、おそらく画家の妻のイーダなのでしょうが、背を向けた黒衣の女性。その漆黒と対照的に画面手前のテーブルにかけられた白いテーブルクロスに右手の窓から穏やかな陽が当たっています。そのテーブルの上には何も置かれていない。この簡素さといいますか、他の画家の作品ならば花とか果物とか器を置くのですが、置かないのがハンマスホイで、わずかに奥の壁際のライティングデスクに小さな白い植木がひっそりと置かれています。ここには、先ほど見たような日常の生活の匂いのようなものが全く感じられません。色彩は、ほとんど白と黒の、いわばモノトーンです。白い壁で、右手の窓には白いカーテンが揺れて、手前のテーブルには白いテーブルクロスがかけられている。このような白の室内で、黒い服を着た女性の姿はコントラストをつけるアクセントになっています。あるいは、四角い家具しか置かれていないで、画面が直線で占められているところに丸みを帯びたものがあることで画面の印象のバランスをとっている。画面に女性の姿があるのHammer2020bedroom は、そのような機能上のことで、基本的に背景や家具と同じような存在といえます。画面の中心となって、親密さとか家庭の幸福をシンボリックに表すようなことはないと思います。そして、ハンマスホイは、おそらく妻である人物を単なる画面の構成要素として、画面上のバリエーションとして使いまわしてゆきます。例えば、「寝室」という1896年の作品では、珍しく白いドレスを着させて、画面を白のバリエーションで構成させることを試みています。
 なお、展示されていた同時代のデンマークの画家たちの作品に、室内で背を向けている女性の姿を描いたものが多く見られます。これは、デンマーク絵画の特徴で、おそらく後ろ姿の女性だけを描いた作品が、これほど集中しているということは他には、ないだろうと思います。その理由などは想像がつきませんが、総じて、ここで描かれている女性たちは、何らかの行為をしているところで、その行為自体をとらえるには後ろ姿といいかもしれません。これを前から捉えると、顔の表情が入ってしまい、そこに感情表現がはいって、行為そのものとは違ったところに見る者の注意が行ってしまいそうです。あるいは、黙々と仕事に集中している様子は後ろ姿の方が伝えやすいところがあるかもしれません。例えば、ヴィゴ・ヨハンスン「台所の片隅、花を生ける画家の妻」という作品は、田舎の質素な台所の棚に置いた花瓶に、摘んできた野の花を生ける、その家の主婦の姿が描かれてHammer2020john います。都会のブルジョワの生活とは違って、貧しく、家族が働きづめで女性の見せる肩を落とし気味の背中には苦労とか疲れを負っているように見えます。その忙しい中で、時間をつくって花を摘んできて活けている、おそらく、家族は、このとき外で作業をしているのでしょう。そこで女性は、黙々とやっている。そういう物語が画面から想像できる作品です。また、カール・ホルスーウの「読書する少女のいる室内」という作品。同じ画家の作品でハンマスホイに雰囲気が似ている作品もあったのですが、左の大きな窓から陽が射している室内で壁際の机に向けて椅子にすわって、つまり、こちらに背を向けて少女が読書しているという様子は、フェルメールの作品世界に似ているように思います。壁には数枚の絵がかけられていて、机には花瓶や器が置かれていて、フェルメールだったら、そういうディテールに象徴的な意味を読みとることかできるわけですが、この作品では、そこに都会のブルジョワの生活の匂いが感じられます。ハンマスホイの殺風景なほど簡素な室内と比べると、はるかに生き生きとした印象を見る者に与えるとともに、さきほどの「台所の片隅、花を生ける画家の妻」とは違う、別の物語が、この画面から想像することができそうです。ギーオウ・エーケンの「飴色のライティング・ビューロー」という作品です。女の子がタンスの引き出しを開けて、その中に入っている何かを探している。一心Hammer2020holsu 不乱に引き出しの中を探している様子は、少女の後ろ姿に表われています。壁際のライティングデスクを正面から捉えた構図は、平面的な画面になっていますが、ハンマスホイのようなのっぺりとして、そこに家具や人物を配置する地のようになっているのとは違って、デスクの飴色や壁には数枚の絵画がかけられていて、そこには、それなりの多彩な色彩があり、雑然としているわけではないか、細々とした動きがかんじられ、まったく異なる様相になっています。これらを見ていると、室内の情景を活写して、日常生活の一場面を生き生きと描いている作品であることが分かります。このような作品は、当時の画家たちにとって主要な購買層のブルジョワの人々のニーズに応える形であることが想像できます。

Hammer2020achen

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