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2020年4月20日 (月)

ブダペスト─ヨーロッパとハンガリーの美術400年(6)~4.自然主義

Budapestfiyold  アデルスティーン・ノーマンの「ノルウェーのフィヨルド」という作品です。ノーマンはノルウェー出身の人だそうです。前のコーナーのラースローに比べて、ちゃんと風景の形を描いています。長く荒々しい筆のストロークで一気に岸壁を描いています。しかも、重量感があって、岩山にのしかかってくるような迫力があります。その荒々して筆づかいは、画面前景のフィヨルドの湾の波にも使われていて、岩山の垂直の筆の動きと、湾の波の水平の動きが画面で交錯していて、それが風景画に動感を与えている。それが、描かれた風景に厳しさの印象を与えていると思います。しかも、湾に上から光が射して風景を映している。一見、自然な風景で癒し系のようなのが、動きを孕んだ厳しさと光のドラマを作り出しているとみ芽ことができると思います。
Budapestpray  イヴァーニ・グルンワルト・ベーラの「祈り(アヴェ・マリア)」という作品。少女の服の白が印象的で、これは無垢とん敬虔といったことを象徴しているのではないかと思います。画面全体はのっぺりとして平面的で、少女の足元のピンク色の花は緻密に描き込まれています。この少女の顔は、整っていますが、固くて人形のようです。宗教画ではないのでしょうが、敬虔とかいうようなものを意識的に描こうとしているように見えます。人物が固いのは、そのためではないか。全体的な雰囲気が、ラファエル前派の、とくに初期のロセッティの水彩による聖母マリアや天使を描いた作品に似ていると思います。
 チョーク・イシュトバーンの「孤児」という作品。自然主義というカテゴリーでの展示ですが、これは自然主義なのか、この後のコーナーの象徴主義の方に入れた方が適しているように思えます。これ以前でも、ビーターマイヤーのコーナーに「漁師たち」や「ウィーンのマクダーネングリュントの物乞いの少年」のような作品が展示されていて、こっちの作品が自然主義ではないかと思ったりするのですが、今回の展示では、私にはちぐはぐに思えるような展示が散見されました。まう、そんなことを気にする人はいないかもしれないが、私は、展示のコンセプトを読み取る見方をしてしまうので、このようなズレは何か理由があるのではないかと詮索したくなっBudapestgirl2 てしまうのです。さて、この作品が象徴主義的に見えてくるのは、画面全体が青で統一されているためで、この青に何らかの意味があるように思えてくるのです。描写自体は、しっかりと描かれていて、むしろオーソドックスだと思います。夜の室内に蝋燭が灯っている。普通なら薄暗い室内でしょうが、そこに青みかがっている程度なら違和感がないのですが、この作品の青みは強すぎる。青い世界にいるという雰囲気です。また、構図が象徴的な意味合いをもってそうに思えます。こちら正面を向いて座っている少女と、その右奥で突っ伏している大人の女性、この二人が対比的に並べられているのは象徴的な意味合いがありそうで、ムンクの作品にこのようなポーズをした作品があったと思います(例えば「赤と白」)。こちらを向いている少女の顔は、少しうつむき加減ですが、思いつめたような強い表情をしています。そして、そのような少女に蝋燭の光に照らし出されてもいいはずなのに、この作品では陰になって、ろうそくの光は、右奥の突っ伏している女性に当たっています。深読みしたくなる作品です。

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