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2020年4月16日 (木)

ブダペスト─ヨーロッパとハンガリーの美術400年(2)

Budapesttiepolo  で、個々の作品なんですが、前半はイタリア、スペイン、オランダの近代以前の絵画コレクションで、イタリアは大家の工房の制作で落ちるっていう作品だったり、スペインは大家の地味(というより凡庸といってもいいかもしれない)なんかで、突出した印象を残す作品はありませんでした。中には、しばし前で立ち止まるような作品もあった、という程度です。あいさつで、“クラーナハ、ティツィアーノ、エル・グレコ、ルノワール、モネなど巨匠たちの作品”と書かれていますが、これらは、モネがあるから見に行こうというほどではなくて、行ったらモネがあった程度だと思います。まあ、好みの問題なんでしょうが。別に、こき下ろしているつもりはないんですが(こき下ろすのであれば、最初から、載せません)、なので、このあと印象に残った作品をとり上げていきます。
Budapestannuncation  その中で、18世紀ヴェネツィアの画家ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエボロの「聖ヨセフスをカルメル修道会の守護聖人にするよう、アヒラの聖テレサに促す聖母」という作品。70×55cmという、それほどサイズは大きくないのですが内容は大作です。ピラミッド型に人々を配した安定したレイアウトで、その頂上に聖母マリアがいて、上から慈悲を施すというような垂直構造で神と人の対比をいれている。手慣れた堅実な仕事です。しかも、仕上げは丁寧で、全体として明るい色調で、聖母の肌が艶めかしいほどツヤツヤしています。このマリアさんは美女で、このために描いたと言っても許されると思えるほど。
 17世紀イタリアのベルナルド・ストロッツィの「受胎告知」は天から天使が降りてきたのを、見上げるマリアの驚きの表情に迫力がある。縦長のキャンバスに天氏とマリアを上下において天使が降りるとマリアが見上げるという上下の動きを交錯させて、荒い筆遣いがダイナミックな動きを全体に与えていて、劇的な緊張感に漲っている作品です。同じような構図は、エル・グレコの同じテーマの作品で見た記憶がありますが、グレコは光と闇の対照もあって神秘的だけど、こちらは人間ドラマと言えると思います。
Budapestread  17世紀オランダの画家ヘンドリック・ブルーマールトの「本を読む老人」という作品です。暗い背景を背にして一心に本を読む老人に上から光が注ぐという構図は、バロック美術の聖人を描いた作品のようです。例えば、ジョルジュ・ラ=トゥールの聖ヒエロニムスを描いた作品とか。年齢を重ねて節くれだった指をねじるようにして本を持ち、視線を本のページに落としている赤らんだ顔には皺がふかく刻まれています。それを上から注がれる光にあたって、陰影が深く強調されています。背筋がシャキッとするような重厚な作品です。
 フランソワ・ド・ノメの「架空のゴシック教会の内部」という作品。どこまでも続くような教会の、細密で息苦しいまでの荘厳さ。差し込む日の光がつくる明暗のコントラスト、巨大な彫刻群。これらすべてを執拗なほど緻密に描き込まれたさまは、むしろ不気味さを覚えるほど。ファンタジー系のゲームの舞台を見ているような非現実感にとらわれるところがありまか。建築図面にみえないわけでもない。
Budapestjakab  いよいよハンガリーの画家が出てきます。ボグダーニ・ヤカブの「石の花瓶と果物のある静物」という作品。17世紀から18世紀にかけて活躍した静物画家だそうです。明るい色彩で、色とりどりの果物が器からあふれています。ふつう、このような果実の静物は、室内、例えばテーブルの上に置かれているという構成で描かれていると思いますが、この作品は野外に置かれていて、背景は屋外の風景画になっています。そして、その背景となっている風景と前景の静物とのギャップが激しい。それを見ていると強い違和感があります。その大きな要因は大きさのバランスで、風景に比べて静物が異様に大きい感じがします。これでは手に取って食べることのできる大きさではなくて、転がったら人を轢き殺してしまうほど大きいように見えてしまいます。そして、明暗の極端な対比と、前面の静物の描写の細かさが風景の描写に比べて細かすぎるのです。静物の描写が細かすぎて画面から浮いてしまって、毒々しさを覚えるほどです。単に静物の部分だけを取り出してみるとヤン・ブリューゲルの静物画を想わせるようですが、ブリューゲルは背景を省略することがほとんどなので、超細密な静物だけという画面だから、比較の対象がないのです。しかし、このヤカブの静物画は背景がふつうの風景画になっている。そこで風景と静物を比べてしまうと、極端さが目立ってしまうのです。それが見る者に異様な印象、落ち着きのなさを感じさせます。この作品には、他の2人の画家の作品が並んで展示されていましたが、それらはすべて、一部が異様に突出してバランスを欠いた作品で、見ていて落ち着かいない印象を与えるものでした。ハンガリーの画家というのは、そういう特徴があるのかもしれないと思いながら、後半の展示に移ることになりました。

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