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2020年5月11日 (月)

白髪一雄 KAZUO SHIRAGA a retrospective(5)~第4章 「水滸伝豪傑シリーズ」の誕生

Shiragasuiko  「具体」の国際的評価が高まるなか、作品を海外に送る際、個々の作品を識別するために、少年時代から愛読した『水滸伝』に登場する豪傑たちのあだ名をタイトルにつけ始めたということです。題名に物語の要素が入り込み、見る者のイメージを少し限定するというか、ダイナミックとか暴力とか血なまぐさいとかいうイメージと結びつきやすくなってしまったところがあると思います。たしかに、ここで展示されている作品は赤が多用されていて、血の色ですから、そういうイメージに結び付きやすかった。まあ、ここに展示されているシリーズが並んでいるのを、比べながら見ていると、単にロープにぶら下がってのたうち回っていただけで、どれも似たように見えるかというと、そんなことはないのが見ていてハッキリと分かります。それぞれの作品がちゃんと個性があって、それぞれが一つの世界として完結しているのです。そこには、行き当たりばったりの結果オーライではない、おそらくアクションのパフォーマンスをするさいに、ある程度の意図をもって描き分けている。そういう意思を感じることができると思います。例えば、足で足掻くように絵の具を塗りたくっている部分と、そうでない部分をちゃんと分けていて、その違いが見ていて分かる。それらの部分が交錯している仕方が作品で違う。あるいは、足掻くようにして絵の具が塗られているところも、その足の動きそのものShiragasuiko2 は単純な太い線(喩えて言えば、書道の大きなモップのような筆で一気に引いたような単純な墨の線のような)のところもありますが、それだけではなく、単一色でなく、何色もの絵の具が混ざったり、混ざらなかったりして線の中に同居していて、それらが変化しながら線が引かれている。だからのたうち回る線そのものが変化していて、その線の変化が予想がつかないほどだし、ときには、なんとも句妙で微妙な色合いをつくり出している。そういう多彩な変化で、一つ一つの作品が構成されているのです。足で絵の具を塗るというと奇矯なパフォーマンスに映りますが、それ以前の絵画でも普通に、絵の具を手の平でのばしたり、指でなでたりしていたのですから、それを足でやってもおかしくはないはすです。大きなストロークで描きたいなら手より足の方が大きいということになります。こんなことを言っても後出しじゃんけんのようにもので、白髪の作品での効果が、それだけ自然な印象だということなのです。
Shiragasuiko3  「天異星赤髪鬼」という1959年の作品、シリーズのなかでも、最も早い時期の作品だろうと思います。塗りたくられる絵の具の迫力は当然なのですが、ここでは画面の端っこのキャンバスの下地の白が却って印象的で、その白の部分が残されているところで、白と絵の具の塊の対照が強調されている。白と対照されるからこそ、赤の塊が強く際立たせられている。とくに、画面の端のところで白地に赤い絵の具の飛沫が小さく点々とはねた跡が水玉のようにあるのが、なんとも繊細な感じがしています。その全体とのギャップがあり、この作品は、そういう対照が至る所で見つけることができます。
 「天空星急先鋒」は1962年の作品ですが、「天異星赤髪鬼」の塗りが赤から黒へという強い色ばかりだったのに対して、白く塗られたところが部分的に入っています。それが塊の凝集力を弱める印象を作りだしたのか、塊のところを貫くよう、あるいは塊から外に突出するように黒色が多いのですが、太い線が伸びています。とくに左上から右下に対角線のようにまっすぐに画面を貫くような直線は、黒色に白が混じりだしていって走っている。
Shiragasuiko4  「天罪星短命二郎」は1960年の作品で、構図が明快で線の方向性が崩れてはいますが横の8の字をなぞるように描いています。その結果、塊の外形がひょうたん型になっています。それが一見真っ黒に塗られているので、猪かサイかのような獣に見えてきます。しかし、近寄ってよく見ると、真っ黒に見えていた塊が、実は赤が隠れていて、その隠れた赤と黒のグラデーションがとても微妙なため、繊細な印象を持たされるのです。
 「天富星撲天離」は1963年の作品で、これまでの作品に比べて色彩がとても豊かです。これは想像ですが、筆で描く場合にはパレットの絵の具をつけてキャンバスに塗り、色を変えたければ、油で筆に着いた絵の具を落として、新しい絵の具をつければよい。しかし、ロープにぶら下がって足に絵の具をつけて塗っているのであれば、絵の具を変えるのは大変な手間が伴うことは想像に難くありません。これまで見てきた作品が黒を基調としているのは、赤などの色を塗って、黒なら重ねてつけて塗っても黒という色を使うことができるからでしょう。しかし、この作品のように、主として見えているだけでも、白、黄、青、赤、黒と系統の異なる色を使っているのは、しかも、全体が黒を基調にしていないので、色を塗る際に緻密に計画していないとできないと思います。この作品では、色が混ざって滲むようにグラデーションを作りだすところと、色が混ざらずに単色で鮮やかに映えているところもあるのです。他の作品に比べて多彩で鮮やかな印象です。また、この作品では、線が細切れになっているのと、構図として曲線で囲むように円を描く線が伸びて、その内部でチェック型のような線の断片がある。このように足で引く線のタッチが多彩になっています。「天空星急先鋒」のように勢いのある線が伸びて画面を飛び出しそうになることはなくて、画面全体の方向性が外に出るから、内に向くという方向に変わっています。それだけ充実した印象が強くなっていると思います。

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