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2020年7月 3日 (金)

村井正誠 あそびのアトリエ(2)~村井正誠の「はじまり」

 村井の初期作品で、主に渡仏した修行時代の作品です。その前の作品の展示はないので、渡欧前にどのような作品を描いていたかは分かりませんが、ここに並んでいる作品は、当時のヨーロッパの画家たち、マティス、ミロ、その他の人たちに倣ったのが一目瞭然のように、マティス風とか、ミロ風とすぐに気づいてしまうような作品です。
Muraistillife  まず、「不詳(静物)」という1932年頃の作品。器や瓶らしき形が塗り絵のように色を塗られて、まるで宙に浮いているかのように画面に並んでいます。平面的とかという以前に、そもそも空間とか位置とかがない。単に画面にその形らしきものを入れたというのか。その形らしきという言い方は変かもしれませんが、器とか瓶を対象に、その形をつき詰めて抽象化したとかそういう感じはなくて、それらしい形を描いたという印象です。そのことは作品タイトルが「不詳(静物)」となっていて「静物」ではないのは、そういう意味に思えてくるのです。不詳とは、詳しきない、つまり、よく分からない。画家本人の何を描いたのかは詳しくは分からない。そして「(静物)」と括弧書きで静物と付け加えているのは、よく分からないけれど、何か静物みたいだ、程度のものと思えてきます。そういう、よく言えば曖昧さ、突き詰めないでどっちつかずの中途半端な狭間にいる、それが村井という人のスタンスで、傍からはそれが「あそび」に見えるように思えます。
 これは個人的な妄想で根拠はありません。村井の作品から受けた印象からのことですが、数か月前に別の会場で見た坂田一男と比べてみたくなるのです。村井と坂田は、坂田の方が15年ほど早く生まれ、渡欧した時期も年上の坂田の方が10年ほど早いという時期的なズレがあります。それは別にして、渡欧して抽象画に目覚めたという点で二人には共通したところがあります。しかし、坂田は禁欲的というのか、つきつめようとする生真面目さが息苦しく感じられるような作品を残しました。それは、私には彼は抽象画の抽象するという方法を厳格に学び、その方法で対象にぶつかり、余計なものを削ぎ落し、本質的な核心をとりだそうとした、それが坂田の抽象であるように思います。村井の作品には、坂田のそういうところは感じられません。村田の場合は、渡欧先で抽象画を発見したというのではないか。こういう作品もあり、という発見から視野が開かれて、それを見よう見まねで、それ風のものを自分で描き始めてしまった。そこには、真面目に方法を勉強して習得して抽象しようというのとは違って、作品として出来上がった抽象画を発見して、そういうのがあるから、そういう作品を作ろうとして、対象とか方法とかよりも、そういう作品を描き始めてしまった。それゆえに、この「不詳(静物)」のように稚拙さとも受け取れるような作品も許してしまう。おそらく、坂田であれば、下書きやデッサンの時点で却下され、作品として仕上げられることはなかったと思います。そういう、坂田なら切り捨ててしまうようなところ、それが村井の「あそび」と呼ぶことができるのではないか、と私には思えました。
Muraiventure  「不詳(バンチュール)」という1929年頃の作品です。バンチェールは耳慣れない言葉ですが、英語読みにすればベンチャーです。それで何となく挑戦的というような意味合いになっていることが窺えると思います。しかし、出来上がった作品を、当時の事情を知る由もない後世の私の目には、静けさすら感じられるような落ち着いた画面となっていると思います。むしろオシャレな感じというのか、この作品に限らず、村井の作品には共通して、色の組み合わせ方(この作品では、紫とか黒といった和風の落ち着いた色を組み合わせて、まるで歌舞伎や寄席の幕のような粋な感じに見せているところ)とか、ディテールとか、配置のちょっとしたところ(この作品では、画面中央の二つの白い形態の配置)などに洗練と言いたいセンスのよさがあると思います。先ほど比較した坂田の作品は、ゴツゴツしたような、どこか厳めしいような見る者を身構えさせるようなところがありますが、村井の作品は、逆に、スマートで目に入りやすいところがあります。それは、村井という人の持って生まれたセンスのようなもので、具体的に言葉にできないのですが、そのオシャレな感じは、この作品でも、未だこなれてはいませんが、部屋のインテリアとして飾ってもおかしくない、環境に抵抗なく受け容れられてしまうようなところがあると思います。話を戻しますが、村井がバンチュールという作品タイトルにしたのは、本人の挑戦的な姿勢がこの作品にあるからということでしょうか。それは、画面の背景が縦に分割されて色分けされているのを、複数の平面が重なっているようにも受け取れることもできます。解説では、この時の村井は俵屋宗達の屏風絵に関心を持っていたそうですが、この作品は折り畳みの屏風の面を色分けして、画面に平面的に並べたようにも見えます。また、マティスの「川辺の娘たち」の画面を縦線をひいてそれぞれの面の色を塗り分けて、異なる空間を一つの平面に並べているのを連想させるという指摘もあったといいます。後の村井の作品には、あまり見られないのですが、複数の平面を画面において、複数の平面の構成を試みたのか、私には、そういう空間を感じることはできませんでしたし、視点を複数にするということもない。それは、村井の作品では、そういうように平面を複数にしても、この作品の核心であめと思われる白い形態が、そういう平面とは関係なく、それらを横断するかのように、位置しているからです。そのため、複数の平面というよりは、背景を太い縦線の模様のように見えてくる。
Muraiventure2  だから、この作品をそっくり引用するようにして、はめ絵のようにして周囲を額のように四角い枠を設けて、全体に花びらを散らして、まるで着物の花柄の模様のようにしてしまった同じ題名の「不詳(バンチュール)」の1931年頃の作品。これは、引用などという方法論ではなく、「あそび」のひとつとして見る方がいいと思います。何か、欧州ではジャポニスムを感じさせる作品ということになるのでしょうか。そういうのを村井は、おそらく意識的にやっている。そうでなくては、自身の作品をそのまま引用するなどということはしないでしょう。それゆえ、村井の作品の「あそび」というのは、彼が意識的にそうみえるようにやっているものではないか、ということがこの作品から分かるような気がします。

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