ジャズを聴く(49)~ソニー・ロリンズ「A NIGHT AT THE VILLAGE VANGUARD」
村上春樹はロリンズについて、以下のようなことを書いている。(「ポートレイト・イン・ジャズ」より)
ロリンズのテーマのメロディの崩し方、あるいは自由な間の取り方は、優れた歌手がメロディを自由に自分の個性に合わせて崩し、伴奏者にはきちんとリズムを取らせながら、好きなタイミングをとらえて歌に入り、自分なりの間を創造してしまうのに通じている。ロリンズは、それと同じことをサックスで行っているのだ。くずし、間の取り方のうまさに加えて、ほとばしり出るアドリブの奔流が凄まじい。ただ、ロリンズの場合は、嵐のような即興フレーズでも、原曲のイメージとかけ離れてしまわないところが、歌心を称賛される理由である。優れた歌手は、歌を自在に自分の懐に引き付けてしまう。つまり、個性的な表現だ。それは歌い手の声そのものとなって、一つの定型にまで高められるだろう。ジャズでも似たようなことは起こる。優れたジャズメンは楽器を通して自分の声を持っている。ロリンズももちろんそうした一人だ。しかし、本当に即興の精神に忠実なジャズメンは、それを日々新たな、そのときの自分の声としなければ満足しない。つまり、あらかじめ練習し、考え抜いた上で、定型的表現へ向かうということはやらない。一つ間違えれば収拾のつかない混乱に陥ることも恐れず、果敢にそのとき、この世に生まれ出る歌声を求めるのが、ジャズの歌心なのである。
A NIGHT AT THE VILLAGE VANGUARD 1957年11月3日録音
Old Devil Moon
Softly As In A Morning Surise
Striver's Low
Sonnymoon For Two
A Night In Tunisia
I Can't Get Started
Sonny Rollins (ts)
Wilbur Ware (b)
Donald Bailey (b)
Elvin Jones (ds)
Pete La Roca (ds)
ブルー・ノートからリリースされた3枚目のアルバム、ピアノレスのトリオを率いてヴィレッジ・ヴァンガードに出演した時のライブ録音である。ライブということもあるのだろう、ここでのロリンズは伸び伸びと奔放にプレイしている印象で、それが聴き手に気持ちよさを感じさせる。だが、凄い演奏をしているのもたしかで、それを聴く者に心地好さを与えてしまうロリンズはすごい。
最初の「Old Devil Moon」は、有名な『Saxophone Colossus』の「St. Thomas」を彷彿させるような、ラテンのリズムでくだけた調子で、ぶっきらぼうに吹かれるテーマのあとで繰り広げられるロリンズのアドリブは、ドラムのエルヴィン・ジョーンズの煽りも受けて、まさに奔放さ全開。次の「Softly As In A Morning Surise」は、ウィルバー・ウェアのベースのイントロが、まるでベース・ソロのような煽りで、それに応えるようなのか、スタンダードなテーマ・メロディを吃音のようなフレーズで吹くと、しみじみとしたメロディがユーモラスに変貌してしまう。曲全体はイントロからベースが支配して、ロリンズのテーマの吹きようで、ユニークな「Softly As In A Morning Surise」の行き方が、ここで決まったという印象で、ここからベースの煽りにロリンズが時にわざと外したりながらのソロは遊び心満載で、エルヴィン・ジョーンズのドラム・ソロも付き合うようにリズムを時折無視したように間を外して遊んでみせる。これはベースが全体を支配している上での遊びだろうことは、ベースの力強い弾力的な響きからも分かる。ここでのプレイは、とにかく3人とも音圧が凄いのだ。3曲目の「Striver's Low」はロリンズのオリジナル曲で、全編アドリブといっていいほどロリンズは全開のプレイ。その高速のフレーズは、あのジョン・コルトレーンのシーツ・オブ・サウンドにも引けをとらない迫力。しかも、コルトレーンの無機的なのに比べて、ロリンズはメロディアスでもある。「A Night In Tunisia」では、ピアノレス・トリオの編成を採用したことで、ロリンズのこのときばかりともいえる大胆なプレイが聴ける。曲も向いているのだろうけれど、テーマ・パートではひとりでボケとツッコミをやっているような箇所もあって、最初と二番目のコーラスを繋ぐ間奏部分で、オリジナルのコード進行を踏襲しながら大胆にメロディを発展させるところは、凄いとしか言いようがない。最後の「.I Can't Get Started」はバラードで、バラードで締めるというのは、レコードという録音媒体の制約でそうなってしまったというだけなのだろうけれど、ここでのロリンズはライブ録音ということからはやる気持ちもあっただろうが、それを抑えてじっくり自身のフレーズと向き合ってみせる。豪快なプレイに真髄を発揮するロリンズだが、このように落ち着き払った演奏をするときも魅力を放つ。ぶっきら棒に吹き始めるテーマ・メロディが独特の歌心に繋がって、ピアノのコンピングがなくても豊かな楽想を感じさせる。さっきも述べたが、たった3人で、これほどのパワフルな音空間を作り出してくるのに身を任せるように聴いていて、締めはバラードというのは、また最初にもどって聴きたくなる誘惑を抑えきれない。
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コメント
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コンバンワ。ピアノレストリオは、ロリンズの本領を発揮できるユニットですね。このライブ盤の前にもピアノレストリオの「ウェイ・アウト・ウエスト」がレコーデイングされておりますけど、個人的には、やはりエルビンの入ったこちらのライブ盤が好きです。
エルビンの強烈な三連のノリにインスパイアされて、ロリンズがいつもより奔放にブローしている気がします。このアルバムは秀逸なジャケット、録音の生々しさ、スリル感溢れる「ザ・即興」と言いたい演奏など、ロリンズファンにとってはたまらないアルバムですね。
私のロリンズ紹介記事も勝手ながら、ご紹介させてください。
https://zawinul.hatenablog.com/entry/2020/06/01/222621
https://zawinul.hatenablog.com/entry/2020/04/21/233059
投稿: zawinul | 2020年8月15日 (土) 21時46分
zawinulさん。たしかに、ロリンズは一人で奔放に吹いているのがいいので、メロディを奏でる楽器が並び立っていないほうが、ナチュラルな姿を現すのだろうと思います。このところは、細々と続けていた美術館まわりが、ほぼできなくなって、ブログも、どうしようか思っていたところ、思いがけずコメントをいただいて、もう少し続けてみめめことにしました。どうもありがとうございます。
>zawinulさん
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>コンバンワ。ピアノレストリオは、ロリンズの本領を発揮できるユニットですね。このライブ盤の前にもピアノレストリオの「ウェイ・アウト・ウエスト」がレコーデイングされておりますけど、個人的には、やはりエルビンの入ったこちらのライブ盤が好きです。
>エルビンの強烈な三連のノリにインスパイアされて、ロリンズがいつもより奔放にブローしている気がします。このアルバムは秀逸なジャケット、録音の生々しさ、スリル感溢れる「ザ・即興」と言いたい演奏など、ロリンズファンにとってはたまらないアルバムですね。
>私のロリンズ紹介記事も勝手ながら、ご紹介させてください。
>https://zawinul.hatenablog.com/entry/2020/06/01/222621
>https://zawinul.hatenablog.com/entry/2020/04/21/233059
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投稿: CZT | 2020年8月23日 (日) 14時24分