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2020年8月27日 (木)

兼原信克「歴史の教訓─「失敗の本質」と国家戦略」

11111_20200827212001  著者は、今の安倍政権の初期の頃に設立当初の国家安全保障会議(NSC)で、国家安全保障戦略の策定を事務方の中心となった人物。そういう人物が日本の近現代史を概観し、これからの国家戦略について述べている著作。特に注目すべき点と思われるのは、日露戦争後の大正から昭和初期の、いわゆる戦前の日本の国としての選択について、善悪とか正しかったかどうかとか国益にかなうものだったかという視点で述べられていたのに対して、国家戦略が存在しなかったという視点で批判している。新しい視点ではないかと思う。著者の経歴から、そういう視点で歴史を遡り、現代の国家安全保障戦略を検証したかったのではないかと思わせるところがある。
 例えば、日露戦争後に策定された第一次国防方針では、日英同盟が所与のものとされており、「なぜ日英同盟が国益に資するのか」と言う外交戦略(政略)に関する部分が薄く、国防方針(軍略)に重きがかかっていることである。陸奥や小村のような優れた外交官による情勢分析と帝国国防方針が帝国外交方針と組み合わされば、真の国家安全保障戦略となりえたであろうが、日本ではそこまで外交と軍事を統合させた文書が政府によって策定されたことはない。学術界でも外交史と軍事史をバランスよく組み合わせた日本近代史がなかなか書けないのは、日本政府がそのような総合的な戦略思考をしてこなかったために、そもそもその手の文書がないからである。と指摘する。この後、国防戦略は軍事戦略とイコールになって、外交とは縦割りで、それぞれが独走していってしまう。その結果、いわゆる戦略上の仮想敵国のすべてと戦ってしまったのが太平洋戦争だった。そこでは仮想敵国との戦争をいかに避けるかという戦略が考えられることはなかった。
 そういう議論は、とても興味深いところがある。しかし、著者が関わった現代の国家安全保障戦略では日米同盟を、日露戦争後の第一次国防方針で日英同盟を所与のものとしたのと同じように所与のものとしていないだろうか。そう考えると、戦前に国家戦略がなかったと批判する刃は、そう批判する著者自身も避けられないのではないかと思えてくる。それを意識していないようにも見える。そこが、ここで語られている歴史がチグハグな印象を受ける遠因になっていると思う。

 

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