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2020年8月29日 (土)

戸高一成、大木毅「帝国軍人 公文書、私文書、オーラルヒストリーからみる」

11111_20200829211301  大和ミュージアム館長と『独ソ戦』著者との対談。かつて二人は、『歴史と人物』という雑誌の毎年の終戦日と真珠湾の特集号で帝国軍人の証言を集めたり、海軍軍人の反省会に関わっていたりした。普通、歴史学者は資料を渉猟し、読み込んでいくが、文字化し文書に残された記録は理性によって作られたもので、歴史を動かすのは必ずしも理性だけではなく、人は感情でも動く。とくに第二次世界大戦、日本が英米と開戦したのは、理性で考えれば負けると、しかし、感情では、負けると分かっていて戦った。それが肉声の証言では、語られる言葉ではなく、その語られ方で表われてくる。ときに、理性で構築された文章は、作られてしまうことがある。そこで、当たり前のことなのだけれど、あらためて言われてみれば、そうだと分かってくること。帝国軍人とはいっても、公務員の一種に過ぎないということ。そう考えると、例えば「失敗の本質」で分析された軍部の構造的な問題は、役所の官僚体質のバリエーションで、それだからこそ、後世の企業経営者などが他人事ではないと参考にする理由が、そういうところにあることが納得できる。ここで語られる、当時の軍人たちの貴重なエピソードは、そのことを裏付けている。例えば、出世する軍人の大半は中央の役所に残って、減点主義の生き残りに落伍しなかった人々だったということ。サムライ的な気質を持った人は、そういう出世コースから外れた前線に飛ばされた人たちに多かったという。
 くつろいだ対談で、そこで語られる軍人たちのエピソードや人柄はたいへん面白いので、あっという間に読めてしまった。しかし、現代の組織の中で生きる我々にとって、必ずしも他人事とは言えない、身につまされるようなところがある。

 

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