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2020年10月 8日 (木)

柳父章「日本語をどう書くか」

11112_20201008190501  タイトルから想像するような文章入門の類ではなく、比較文化論の視点から、日本語の「書き言葉」を分析したもの。日本語には「話し言葉」と「書き言葉」があって、実は、この二つはまったく別の言葉なのだという。「書き言葉」というのは、古くは漢文の訓読文、新しくは英訳文と、綿々と続く翻訳文化によって成立してきた「人工言語」であるという。たとえば現代日本人が当然のように使っている句読点や段落は、近代に西欧語の表記法の影響を受けて新しく取り入れられたもので、本来の日本語文はひとつなぎに表記するのが一般的だった。現代日本人にとっての「アタリマエの日本語」が、いかに不自然なものであるかを教えてくれる。それは、日本語への翻訳の特殊事情に由来する。例えば、フランス語から英語への翻訳という場合は、ヨーロッパ系言語のおなじ言語文化の土台の上で、言葉の言い表しの置き換えで済んでしまう。それに対して、英語を日本語に翻訳する場合、例えば「society」とかもともと日本にない概念を日本語にしなければならず、そこで既成の日本語に置き換えると本来の意味が伝わらない。そこで、日本語にない概念を理解してもらうために、既成の日本ではない人工的な言葉を便宜的につくった。それが「書き言葉」で、それが直訳ということを可能にし、意訳ほどの手間がかからないため、効率的に大量の翻訳を可能にした。しかし、「話し言葉」と「書き言葉」という二つの言語が存在する二重構造が、日本文化に影響を与えたという。例えば、「書き言葉」は「タテマエ」を語り、「ホンネ」は「話し言葉」でかたる、というように言葉の二重構造に結びつく。日本語の常識を疑う刺激的な一冊だと思う。  日本語への翻訳の特殊事情、例えば、フランス語から英語への翻訳という場合は、ヨーロッパ系言語のおなじ言語文化の土台の上で、言葉の言い表しの置き換えで済んでしまう。それに対して、英語を日本語に翻訳する場合、例えば「society」とかもともと日本にない概念を日本語にしなければならず、そこで既成の日本語に置き換えると本来の意味が伝わらない。そこで、日本語と外国語の間にもうひとつの日本語ともいうべき翻訳用の人工的な言語をつくった。古くは漢文訓読で、漢文という外国語を訓読という文字の順序をひっくり返したりして日本語読みにしてしまう。これが明治以降の外国語の翻訳にも応用され、言葉の順序をひっくり返し、「てにをは」をつけて。ほとんど原文の一語一句を拾い上げるよう、それが直訳。これは外国語を一応理解するための効率的な方法で、原文の意味はよく分からなくても、とにかく辞書さえあれば、日本文を作ってしまえる。あるいは単語を置き換えなくてもカタカナ言葉(例えば、イノベーションとか)をそのまま日本文に当てはめてしまう。そこで、先進の外国語による情報を取り込むことができた。その結果として、これだけ外国語に対して異質で、翻訳に手間がかかるにもかかわらず、日本語に翻訳された文献が豊富に存在している。それほど、外国語を翻訳して受け容れているのに、ほとんどの日本人は自分たちの文化の独自性について強い確信を持っている。普通に考えれば二律背反なのに、その二つを並立させている。それに、翻訳用の日本語、つまり「書き言葉」と、「話し言葉」の日本語が対立しつつ、併存しているということによる。それは、例えば日本に長く住みついて、日本に好意を持っている外国人が、日本人は親切で、歓迎してくれるが、一定の線を越えた付き合いには立ち入らせないという感想を洩らすことに反映している。  下手くそな文章の典型のひとつが「~が~が」と終わりそうで終わらずダラダラ続く文章。しかし、もともと日本語の話し言葉の文末は、「ですが」とか「だけど」のように中途半端に終わり、終わりを相手にあずけて、明確な終止形をとることがない。あるいは源氏物語を読んでも、文章は終止形をとらず、しかも主語が複数あったり、入れ替わったりしてだらだら続く。古典の昔の写本を見ると句読点がられないのだ。実は、句読点をうって、文章を簡潔にして言い切りの形で終止させるというのは、明治以降のヨーロッパ言語の翻訳が進められる中で、これらの言語のsentenceという文章の構造が日本語に導入されたことで生まれたものだという。もともと、日本語には、主語を明確にさせて動詞をつけて文章を言い切りの形で関係させて、メッセージを明確にするということはなかった。それがないと外国語の翻訳が出来ないとして、日本語にsentenceの構造を持ち込んだものだという。そういうシンプルで明確な文章を重ねて、その文章の相互の関係を接続詞や関係代名詞を介して明らかにする。それで論理を構築する。つまり、ヨーロッパ言語のロジックを日本語にすることが、ここで可能になった、と私は、この本を読んでいて思った。そういうsentenceを導入した近代の文章が言文一致体として、日本語の文章の構造を変革させた。そして、文法が生まれた。

 

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