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2020年10月26日 (月)

若松英輔「不滅の哲学 池田晶子」

11113  哲学とは、学業や学科の名称ではなく、哲学者という職業学者の学説で学習する対象ではない。池田晶子という人は、哲学という学問ではなく、叡智(sophia)を愛する(philo)という本来の意味のフィロソフィを実践しようとした人だと思う(哲学者なんて、本当は、みんなそうで、カール・マルクスが書いた著作の内容とマルクス主義とは全くの別物だ)。それゆえに、池田のことを論じようとしても、学問的体系が整っていたり、学説として明確な形態をもって池田の考えたことはこうだと手際よく概説することは難しい。著者は、そこで、あえて池田の思想はこうだという書き方はしていない。ではどうしたか、正面から攻めることを避けて、搦め手から、読む者に池田が考えを実践するイメージを喚起させようと、池田の語る言葉をひとつひとつ取り上げ、エッセイのようにその都度語ることを試みる。したがって、この著作については、このようなことが、このように論じられているという概説することはできない。だから、この著作で試みられた方法は、池田の方法そのものを使っているといえる。それは何も池田に限ったことではなく、プラトンの対話編に表われているソクラテスの産婆術といわれる対話が、自身の学説を主張するというのではなく、相手と対話しながら考えるというものが、そうだ。だから、著作を読んで、その内容を情報として取得するという読み方ではなく、考えということが、この著作の読みとなるのだと思う。だから、内容は頭の中に残っていない。

 

 

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