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2020年10月15日 (木)

ジャーニー「フロンティアーズ」

11112_20201015214801  1970年代終わりごろ、ロンドンとニューヨークでパンク・ロックと後に言われるバンドたちの活躍が目立ち始めた。当時の欧米の不景気が低所得者層に厳しい状況となったという社会状況と、ロックの音楽的進化が低所得層の若者がノレる、思いを託せる単純さや活力を失って、他方で商業化されたという音楽状況に対するアンチの動きと解釈できる。そのパンクはニューウェイブへと連なっていくが、他方で、アンチにされた従来のロックの中でも、ハード・ロックやプログレッシブ・ロックの要素を巧みに採り入れ、大音量で多数の聴衆を動員するライブをして、大袈裟なアレンジで大仰に盛り上がり、類型的なメロディで聴き易い、まるでマーケティングして、若者の時にロックに親しんだ世代が大人になって購買力がある人々の生活の中で親しみやすいという特色の巨大なセールスを上げたバンドが現われた。それらを総じて、当時の”ロッキング・オン誌”の渋谷氏が産業ロックと呼んだ。その呼称には揶揄が多く含まれていた。ジャーニーはその代表的なバンドとされた。1983年にリリースされた8枚目のアルバムで、彼らの最も勢いのあった時期のアルバム。最初の「セパレート・ウェイズ」は、そういう皮肉の眼を跳ね飛ばすような自信と気合のこめられたナンバーで、今でも、テレビドラマやショーのBGMで効果的に使われるので、どこかで聴いたことがあると思う人もいるだろう。ギターのニール・ショーンはサンタナと張り合った天才少年だった輝かしい実績の才能を発揮し泣きのギターをキメ、ボーカルのスティーブ・ペリーは広い声域の澄んだ声を聴かせ、バラードでは、しっとりと歌い切る。言ってみれば、文句のつけようのない。けれど、パンクの側から見れば、挑戦的でないんだよねっていうことになるのだけれど、ひとつの到達点であることは確か。ジャーニーは前作の「エスケイプ」というアルバムからは、多数のシングル・ヒットが生まれている。この2点が代表作ではないかと思う。

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