無料ブログはココログ

最近読んだ本

« 2020年10月 | トップページ | 2020年12月 »

2020年11月

2020年11月30日 (月)

伊藤亜紗ほか「見えないスポーツ図鑑」

11112_20201130204001  スポーツの臨場感を視覚障害の人に伝えるにはどうしたら良いのか。専門家を呼び、その競技の特性を考えながら身の回りの道具を使いながら近い感覚を探っていくという試み。例えば柔道なら座って手ぬぐいを握ってもらい、両端を二人の「翻訳者」が握って、各々(おのおの)がビデオを観ながら割り当てられた実際の対戦者の動きをまねる。すると言葉で説明出来なかった柔道の力の変化が触覚によってまざまざと伝わり、そもそも「柔道とは何か」という競技の持つ本質に近づいてしまうという発見は、エキサイティング。
 例えば、テニスはボールを打ち合う競技で、打つといっても野球のバッターのような打ちっ放しでお終いというのではなくて、一つ打った時が、次に打つ行為の始まりになる。つまり、打つという行為が連続している。この連続した動きをトップ・プレイヤーは、とてもいいリズムを刻む。そのリズムが心地よいのであるが、トップ・プレイヤーどうしのゲームの醍醐味は、互いに相手のリズムを崩す駆け引きが戦術的に行われるところにある。例えば、ラリーが続くときに、相手のいるところにわざと返すことがあるが、それはラリーによって相手とのリズムを生みだすことで、逆に、リズムを崩すタイミングを作り出す戦術なのだという。その駆け引きは、むしろ目をつぶって耳を澄ませているほうが分かるという。テニスの見方が変わってしまったと思う。むしろ、これまでテニスのゲームの解説や記事にたくさん触れてきて、こんな本質的なことが、なぜ教えられなかったのか、とても残念に思った。

 スポーツ観戦は、もっぱらテレビ中継で。ということは、観戦という言葉のとおり、視覚で見ているというところ。しかし、視覚以外のところで、勝負の駆け引きや身体の動きや感覚の動きが行われている。それが、この試みで、普段は見ることのできない、実は、その競技の醍醐味が垣間見える。
 また、柔道の試合は、相手に技をかけて投げ飛ばす1本の見事さに目がいってしまうが、一流の選手でも普通の選手でも、技を掛けるスピード、いわゆる技のキレ味というのは、ほとんど差がないという。では一流と、そうでない人の違いは技に持っていくプロセス、いわゆる「ストーリー」なのだという。その「ストーリー」というのは試合の中では、具体的には「組手」という動きであって、これは柔道をやったことのない人が見ていても、ほとんど分からない。相手の重心を崩すということ。これを相互に駆け引きをしている。試合は、この駆け引きでいかに有利なストーリー作りをするかによって勝敗が決まるという。相手の重心がどうなのかは、目に見えない。しかも、試合では相互に動いているので、重心は絶えず移動している。それを感覚で捉え、相手の重心を自分にとって都合のいい方向に動かしていく。目指す理想的な状態というのは、相手自身は重心が安定していると感じているのに、実は安定していない状態であり、相手を騙すようにして、そこに持っていく。そこには、相手の動きを読んだり、対応するストリーのバリエーションを臨機応変に選択できるのが名人だという。このストーリーの攻防は、経験した人は身体感覚としては分かるので、一般には退屈にも映ってしまう、組手が実は柔道の試合で一番おもしろいのだという。そうか、と納得はするが、私は、そういうものだとして、試合を見ても、その攻防は分からないだろうと思う。これは、昨日紹介した、テニスのゲームで相手のリズムを崩す戦略も、同じようにストーリー作りの要素だという。
p> 

2020年11月25日 (水)

坂口菊恵「ナンパを科学する ヒトのふたつの性戦略」

11113_20201125223101  書名や装丁、「美人がナンパにあいやすいとは限らない,どうして「だめんず」好きになってしまうのかなど,ヒトの恋愛・性行動にまつわるさまざまな疑問を,進化心理学の立場から,豊富な研究結果を用いて解き明かす一冊。」といった惹句からウンチク読み物かと思って手に取ったら、ヒトの性行動に関する様々な実験やデータを駆使した、けっこうハードな専門書だった。ちなみに、上述のナンパにあいやすいタイプについては、アメリカの刑務所で性犯罪者に対して行われた調査の結果から、彼らが真っ先に手を出そうとするのは、美人でも、露出した服装をしている女性でもなく、不自然なシルエットの女性だという。ぎこちない動作がそう。例えば、履きなれないハイヒールを履いて、足元がおぼつかない足取りで歩くようなシルエットだという。それは、動物的な狩猟本能が、群れを作っている動物のなかから、群れの動きについていけなくて逸れてしまった個体を獲物としてターゲットにするのと同じ傾向だという。そこには、文化とか趣味趣向に基づいた美人とか、セクシーというのではなくて、生理学的というか、動物本能に近いことになる。また、恋愛は発情のホルモンの分泌の成分比によって、女性の男性に対する嗜好に一定の傾向がみられるという。ただ、その記述は論文なので、その内容を汲み取ってあげなければならない。むしろ、糞真面目に論文しているところが楽しい。ちょっと、イグノーベル賞っぽいテイストを感じてしまった。

2020年11月17日 (火)

ジャズを聴く(54)~エリック・ドルフィー「At The Five Spot vol.1」

Jazdolphy  下で紹介しているアルバムの、どの演奏でもいいので聴いてみていただきたい。はじめて人は驚くかもしれない。そこには、これまで紹介してきた他のプレイヤー、例えば、アート・ペッパーでも、ソニー・ロリンズでもリー・コニッツでもいい、ハード・バップ、クール・ジャズなどのスタイルの違いこそあっても、ジャズという音楽であるベースがある。しかし、ドルフィーの演奏は、そういうものが壊れてしまっている、アバンギャルドという言葉のイメージそのままの、「これって、音楽なの?」という感想がでてきても不思議ではない。フレーズはメロディという一般的なイメージには合わず、単に数個の音が続いているだけで、まとまった節に聴こえない(うたわない)。爆音のような音がむき出しでがなりたてている。そこで、かろうじてビートだけが単調に響いている。そんな感じではないかと思う。
 それは、ひとつにはドルフィーが活躍した1960年代はじめから半ばという時代状況も影響している。ジャズの歴史でいえば、ハード・バップは下火になり、大衆音楽としてのジャズの人気が落ち始める中で、新主流派からフリージャズといった試みがなされていた。そして、ドルフィーは、そのハード・バップからフリージャズへの橋渡しのようなスタンスにいたということだ。フリージャズなどというと、難解で敷居の高い音楽とか、でたらめでギャーギャーいってるだけの音楽とかいったイメージで捉えられているのではないかと思うが、聴いていただいた、ドルフィーの演奏は、それに近い印象を受けるのではないだろうか。
 「そんなののどこがいいの?」素朴にそう問いたくなるだろう。たしかに、ドルフィーの音楽は聴く人を選ぶ、誰にでも受け容れられるというタイプの音楽ではない。
 しかし、その演奏の圧倒的なパワーは誰も認めざるを得ないだろう。騒音にしか聞こえない人もいるかもしれないが、それにしても、そのうるささが並外れていることは否定できないだろう。それが、ドルフィーの特徴のひとつを形作っている。
そのひとつの要素として、ドルフィーの音そのもののユニークさがある。例えば、ドルフィーの吹くアルトサックスは楽器が壊れてしまうのではないかと思わせるほどにビリビリと楽器自体が鳴りまくる。そこで響いている音はたとえようもなく硬質で、サックスの音の「芯」だけをそのまま大きくしたような、ギュッと中身の詰まった音。音にゆとりがないというか、遊びの部分がなく、聴いていると切迫感がある。うっとりと身を任せたくなるような心地よさなど微塵も感じさせない愚直なまでにシリアスで、そして、でかい、凄い音圧なのだ。とにかく、音をちょっと聴くだけで、あ、ドルフィーだとわかる個性的な音である。フリージャズのアルト奏者のなかには、演っていることはたしかに難解で、時代の先端を行くような立派な演奏かもしれないが、音そのものが貧弱で、フリーキーにブロウしても、その音が爪楊枝のようにこちらをちくちく刺すだけ、というひとがけっこういる。しかし、ドルフィーの音は太い槍のように我々の心臓を貫くのだ。
 そして、メロディになっていない独特のフレーズ。ちなみに、上で説明したようなストレートで心地好さを感じさせない音でメロディをふいても、それに身を任せることができるだろうか。それよりも圧倒的なパワーで力ずくで攻めて来い、といいたくならないだろうか。まさにそうなのだ。あの音で、ビートに乗って、うねるように、巻き込むようにドライブ感に溢れるフレーズが繰り出される。彼独特の咆哮を思わせるような音が跳躍するようにカッ飛んでしまうフリーキーなトーンはデタラメに吹いているように聞こえる。
 例えば、ドルフィーがノッてくると、必ず繰り出してくるパターンがある。それは・・・「パッ・パラ・パーラ・パーラ」というデコボコした起伏を持つフレーズで、ドルフィーは、この1小節4拍のフレーズを、それはもう重い音色でもって、何かが弾け飛ぶような感じで、吹き倒す。そしてこのフレーズが出ると・・・その瞬間、ビートが一気に「解き放たれる」ような感じがするのだ。バンド全体の感じているビート感も一気に爆発するとでも言うのか。そしてそれが、本当に気持ちいいのである。聴く者も突き抜けてしまうのである。だから、ドルフィーは決してデタラメに吹いているわけではない。どんなアルト奏者よりも、「きちんと考えて音を選んで、コントロールしたうえで吹いている」からこそできることなのである。サックスを吹いたことのあるひとならわかるだろうが、あんな極端にオクターブジャンプを繰り返すようなフレーズを吹くのはとてつもないテクニックが必要だ。しかもあのすごい音色であのフレーズを延々と吹き続けるのは、まったくもって人間業でない。
 ドルフィーのアルトのあのフレーズは、いつまでたっても「慣れる」ということがなく、ひたすら我々の心をざわつかせ、いらだたせ、紙ヤスリでこすられるような不安感、不快感をあおる。ドルフィーの音色もそうだが、ドルフィーのフレーズというのもまた、愚直なまでにシリアスである。ソロの出だしを聴くと、ぎゃはははと笑いだしたくなるような演奏なのだが、しだいに「これは笑っていてはいけないのではなかろうか」と思えてき、だんだん聴いているほうも居住まいを正してしまう……そんな音楽である。
 つまり、彼の演奏を聴く者は、聴いているうちに、ドルフィーのデタラメなフレーズのなかに「何か」を見つけて感じとってしまうことになる。同じフリージャズ黎明期の大物プレイヤーであっても、オーネット・コールマンの音楽はどちらかというとわかりやすい。つまり、彼は「そのとき吹きたいように吹く」のであって、言ってみれば、良い意味のデタラメである。そういう気分一発的な演奏というのは、聴く者にとっても、「ああ、もう、わけがわからん」という風にはならず、「なんだかわからないけど、とにかく彼は今、こう吹きたいのだろうな」と納得できる。しかし、ドルフィーの音楽は、どう聴いても、なんらかの楽理に基づいて演奏されているようである。しかし、その理屈がどういうものかさっぱりわからないので、難解ということになってしまう。そこで、ドルフィーの演奏が「何を言っているのかはわからないが、そこには確固としたセオリーが確実に存在していて、音楽総体が発する『意味』は確実にこちらに伝わってくる」という風になっているのだ。

 

At The Five Spot vol.1     1961年7月16日録音
Jazdolphy_five  Fire Waltz
 Bee Vamp
 The Prophet
  Eric Dolphy(as & bcl)
  Booker Little(tp)
  Mal Waldron(p)
  Richard Davis(b)
  Ed Blackwell(ds)
 この録音の少し前に、トランペットのブッカー・リトルが次のようなことを語ったという。「オーネット・コールマンや他の何人かがシーンに登場してきたことはとてもよかったと思う。彼は独自の考えを持っている。つまり、何をすればどうなるかがわかっている。だから、オーネットを批難する人たちの気持ちが理解できない。彼の音楽について論じ合うのはいいと思うけれどね。わたしの場合は、オーネットに比べるとアイディアの面でもっと保守的だ。しかし、彼がやっていることは明確に理解している。そして、それが素晴らしいことも分かっている。やり方さえ分かっていれば、問題など起こらない。純粋に知的な考えに基づいて動く人がいれば、他方では感情にしたがって行動を起こす人がいる。それで、これらの両者が同じ時に同じ場所に到達することもある。思うにバードは、オーネットより演奏面で知的なものを表現していた。オーネットの方は、自分が感じとるものを何でも表現しているように思う。しかし、どちらのやり方も捨て難い」。自身やドルフィーについては触れていないが、当然、オーネットと並べて自分たちを位置付けていたと思うし、その後の録音、つまり、このアルバムでの演奏ではオーネットを意識してか、かなりフリーに近いところにいると思う。
 最初の「Fire Waltz」のアグレッシブなこと。それはオーネットの柔軟さと好対照かもしれず、オーネットの奇妙さというか、プッと吹き出しそうになるユーモラスなところはなく、ドルフィーやメンバーたちのプレイからはシリアスな熱気がストレートに感じられる。ピアノのイントロから、ドルフィーのアルト・サックスによる“ダララ・ラララー・パッパラー”っていう、ほとんど旋律的な上下動のないリズムだけのようなテーマにブッカー・リトルのトランペットのアンサンブルがちょっとだけあって、すぐに続くドルフィーのアルト・サックスは、テーマと何の関連性も見つけられない音の跳躍をしてからフリーに近いようなソロを始める。ここで、少し脱線するけれど今述べた“フリー”というのは若干説明を要する。ガイドブックやライナーなんかではひとこと“フリー”とか書かれていて、それを表面的に流し読みして分かった気になってしまっているけれど、ここでのドルフィーやリトルのソロで即興的に吹いているフレーズは、ほとんどすべて終止形になっていない断片なのだ。彼ら以前の、パーカーやその他のバッパーたちのアドリブは、原則としてメロディが終わったと聴く者が感じる形、それは調性でいうと基音に戻るという形になるのだが、私たちが会話をしていて互いに自分のしゃべっていることが終わるというのは、言い切りの形をとって、それを相手が分かって、そこで替わって相手がしゃべり出す、そういう決め事のようなものだ。それを音楽では有節形式という。要は節回しが終わったということで、それを聴く者は、その終止形でひとまとまりのメロディと理解して聴いている。しかし時には、パーカーだってそういう終止形にしないこともあるが、それは一時的な効果を狙ったり、ほかの楽器とのアンサンブルでトランペットが引き継いで終止形にしたり、あるいはあえて省略して終止形を聴く者に想像させたりするという捻り技なのだ。だから、聴く者はパーカーが即興的に吹くフレーズを味わったり、楽しんだりするのだ。しかし、ここでのドルフィーやリトルはそういったフレーズを終わらせる終止形をとらずに、投げ出してしまう。だから聴いている者はメロディになっているのか分からない。会話をしていて、相手の話していることが終わったのかどうか分からない宙ぶらりんの状態がずっと続いているのだ。しかも、ドルフィーの凄いのは、そこで聴く者がそのように分からないうちに、置いてきぼりにして、すでに次のフレーズに移ってしまうのだ。この演奏のスピード感は、そこに由来すると思う。しかも、ドルフィーの演奏はリズムが大きく揺れる。こんな演奏ではふつう、音楽として崩壊してしまうはずだ。しかし、そうはならない。だから、この演奏はビンビンに緊張感が高い。現実に演奏が崩壊していないのは、バックのリズム・セクションのおかげだ。パタパタとスネアの音数か多いドラムと、中音域を多用したマイナーコードでリズムを刻むピアノは規則的な繰り返しに終始している。そこにはバップの柔軟なノリはなく、機械的なビートに近い。その規則的な刻みが音楽を形にしている。実際のところ、ドルフィーやリトルはこのビートとは無関係に勝手にプレイしているところがままある。それがこの演奏の自由さであり、かつ音楽としてのまとまりが崩壊しないで踏みとどまっていられるところなのだ。しかし、本当に凄いのは、この後だ。演奏の後半、このリズム・セクションが、ドルフィーとリトルに煽られて煽られてか、どんどん捻れて、限りなくフリーに近い、自由度の高いリズム・セクションに変貌していくのだ。例えば、パルシブなピアノのマルが、捻れながらメロディアスに、限りなくフリーに近いソロを後半で演っているのだ。この演奏が、どうして終わることができたのか、今までに数え切れないほど、この演奏を聴いてきたが、未だに分からない。
 2曲目の「Bee Vamp」はブッカー・リトルの曲で、ABACABAという複雑な構成の曲で、小節割りは8-4-8-8-8-4-8になっている、解説されている。例えば、リトルのトランペットとマルのピアノのテーマの受け渡しと伴奏のようなソロのとりあいに、ドラムスのスネアが断片的に挿入してくる。ポリリズムのような重層的なリズム構成などは、リトルの志向性だろう。まるで、近現代のクラシック音楽の精緻な構成をみているようだ。
 そして3曲目の「The Prophet」では、ドルフィーとリトルのユニゾンによるテーマから、ベースとドラムのユニットとピアノ間の異なるリズムの作り出す複合ビートの上で、ドルフィーのアルト・サックスが異質と言っても良い。どうやって思いつくのか判らない、思いっきり捻れた、グネグネなアドリブ・フレーズ。この宇宙人的なフレーズを連発するドルフィーに相対するブッカー・リトルのトランペットも対抗するように吹きまくる、意外と端正なリトルのトランペット。この適度に崩れながらの端正さがドルフィーとの相性抜群に進んでいく。

2020年11月11日 (水)

菅野恵理子「MIT音楽の授業 世界最高峰の『創造する力』の伸ばし方」

11112_20201111213701  病院に行った帰りに、書店に寄って、パラパラ眺めて面白そうと思って購入した本。マサチューセッツ工科大学という最先端の技術を学ぶ学校で、なぜ芸術分野である音楽科目の人気は高い。それには、多くのエンジニアが、創造的な問題解決者となるには、アートや人文学での経験が必要であることを認識していて、テクノロジーや科学的な発達が直面している問題の多くは、人間性の理解や関心の欠如など、エンジニア以外の領域で起きていることが関わっている。ここで紹介されている、この学校の音楽の授業は、たしかに日本の学校で私が習った音楽の授業より、ずっと面白そうだ。それは、科学の分析にも似ていて、魅力的な音楽の作品の構造を分析し、その技法や構造を利用して、新しいものを創りだすことを試み、そのことを通じて、さらに理解を深めるという実践だという。例えば、ビートルズの作品を一つ取り上げて、その作品で使われている伝統的なクラシック音楽の技法を深耕し、学生自身の個人的な音楽体験や環境を顧みて、どこがシンクロしているかを、グループ・ディスカッションで探り当てようとするとか。
 ただし、著者の文章は、この学校のプロパガンダというのか、公式の講座紹介とかシラバスの文章をそのまま使っているようで、タテマエ的に表層をなぞっているだけのように見えて、上記の例でも、具体的な記述に欠ける。だから、ビジネス書のハウツー文章程度の手ごたえしかなかったのが残念。

 

2020年11月 9日 (月)

佐藤俊樹「社会科学と因果分析 ウェーバーの方法論から知の現在へ」

11112_20201109222501  マックス・ウェーバーというと、近代の資本主義経済や合理的な官僚システムがヨーロッパでのみ成立したのはなぜかという問題意識で「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を著した人だが、社会科学の創始者の一人として方法論の著作も少なくない。私には、「社会科学と社会政策にかかわる認識の『客観性』」において、し「社会科学と社会政策にかかわる認識の『客観性』」社会科学が科学であるためには、どうすればよいのかということを、社会科学が成立するために模索したと思っている。時代はズレるが、マルクスが、自身の社会主義を科学的と称し、プルードンたちを空想的と呼んで差別化したのは、客観的であることと実践的であることと、いわば直線的な論理でスパッと切り分けたのが、大学時代の私には、2大巨頭と捉えていた。マルクスに対して、ウェーバーは紆余曲折していて、割り切れないところがあって、つかみどころがない印象が強かった。
 しかし、この著作では、ウェーバーの「社会科学と社会政策にかかわる認識の『客観性』」は過渡期の思考で、方法論の代表作は「文化科学の論理学の領域での批判的研究」だという。それが世界標準で、前者の論文を殊更に取り上げるのは日本の学界の特徴だという。前者では、社会科学は価値を創造する科学であるのに対して、自然科学は法則を追求するとして社会科学を称揚するところがある。それゆえ、私は、その姿勢に感動しもした。しかし、後者にあるのは、そんな差別化、というよりも対立を超えようとした。ということは自然科学をも取り込んでいくことを可能にした。それが実践面では、統計学的手法を社会科学が取り込むことを可能にした。それは、後のマーケティング理論に分化していくし、それが理念が裏付けるという方法論をうみだしていったとする。私の個人的に思っていたウェーバーの姿を作り直させる、目から鱗の議論だったと思う。私には、かなり難しい。

 

2020年11月 1日 (日)

ジャズを聴く(53)~スタン・ゲッツ「Stan Getz At The Shrine」

 スタン・ゲッツのプロフィールを簡単に見ていきましょう。
 スタン・ゲッツは、これまでを通じての最も偉大なテナー・サックス奏者の一人で、かつてなかったほどの美しいトーンを有していたことから「ザ・サウンド」と称せられている。ゲッツは主に初期のレスター・ヤングから影響を受けながらも、とどまることなく進化を続け、大きな影響を与える存在にまでなった。
 ゲッツは、まだティーンエイジャーのうちに第二次世界大戦で多くのミュージシャンが徴兵されたために不足が生じたのを捉えて、メジャーなスイング・ジャズのビッグ・バンドでプレイすることができた。16歳になった1943年、ジャック・ティーガーデン楽団に加入、そして1944~45年にはスタン・ケントン、1945年にはトミー・ドーシー楽団と渡り歩いた。その間、ベニー・グッドマンとも、数回、ソロでレコーディングに参加している。ゲッツは1946年7月にでリーダー・アルバムでレコード・デビューを果たし、4枚のタイトルで残されている。第2期ウッディ・ハーマン楽団(1947~49年)在籍時にズート・シムズ、ハービー・スチュワード、セルジュ・チャロフとともにオリジナルの「Four Brothers」でソロをとり、「Early Autumn」でバラードの彼の特徴が開花したことなどで、その名が広く知られるようになった。(当時のウッディー・ハーマンは”ファースト・ハード”と呼ばれるニール・ヘフティー(arr&tp)の生み出すビバップスタイルのバンドを解散し、次の活動に向けて人材を探している状態で、そんな折にロサンジェルスのクラブで見つけたサックス4人のアンサンブル。彼らアンサンブルをビックバンドのウィンドセクションとしてそのまま組み込んで生まれたのが”セカンド・ハード”だった。)ハーマンのもとを去った後、フィルハーモニックでの数回のジャズイベント以外では、死ぬまでリーダーとしてプレイし続けることになる。
 1950年代前半、ゲッツの自身の音楽的アイテンテティを構築するためにレスター・ヤングの影響から脱皮すると、すぐにジャズメンの中でも最も人気のあるミュージャンとなっていった。1950年、ホレス・シルバーを見い出し、数か月間カルテットに引き入れる。1951年のスウェーデン・ツァーの後、ギタリストのジミー・レイニーと共演する刺激的なカルテットを作った。そのカルテットでは、アップテンポの曲での二人のインタへプレイやバラードでの音色のハーモニーは全く忘れられないものとなった。ジミーの「Moonlight in Vermont」ヒットには、ゲッツのプレイでサポートしている。1953~54年ボブ・ブルックマイヤーの加入によりクインテットとなった。そして、その10年間のうちに、何度か麻薬問題があったにもかかわらず、ゲッツの人気は落ちなかった。1958~60年はヨーロッパで過ごした後、米国に戻り、テナー・サックス奏者として彼自身が個人的に大好きだったアルバム「Focus」をアレンジャーであるエディ・ソーターの楽団とレコーディングしている。それから、1962年2月に、チャーリー・バードと「Jazz Samba」をレコーディングした。その中の「Desafinado」の演奏は大ヒットし、これはボサノバの先駆けとなった。次の年、ゲイリー・マクファーランド楽団、ルイス・ボンファ、ローリンド・アルメイダとボサノバ風のアルバムを制作し、それは彼として最高のセールスを記録した「Getz/Gilberto」となった。それは、アントニオ・カルロス・ジョビンとジョアン・ジルベルトとのコラボレーションで、アストラッドとジョアン・ジルベルトのボーカルをフィーチャーした「he Girl from Ipanema」によるところが大きかった。
 ゲッツはそれからの10年間はボサノバにこだわったが、その一方で彼のプレイは抑制的になり、ジャズとしては挑戦的な選択をしている。この時代の彼のレギュラー・グループはビブラフォンのゲイリー・バートンが加入したピアノレスのカルテットだ。1964年にはビル・エヴァンスとレコーディングし、1967年にはチック・コリアと古典となってしまったアルバム「Sweet Rain」を制作している。1966~80年のゲッツのレコーディングのすべてが重要だとは言えないが、彼が新しい可能性に挑戦することを恐れないでいることは明らかだ。1971年のオルガンのエディ・ルイスとの「Dynasty」、1972年のチック・コリアとの「Captain Marvel」、1975年のジミー・ロウルズとの「The Peacocks」等は評価が高い。1977年にカルテットでピアニストのジョアン・ブラッキーンを起用した後で、キーボードのアンディ・ラバーンをフィーチャーした新たなユニットでフュージョン・ミュージックの可能性を検討している。ゲッツの2曲でエレキ楽器を試みたが上手くいかなかった。しかし、その試み自体には価値がある。しかしながら、1981年に彼がコンコードでサインし、アコースティク楽器のみで演奏し始めたことは、従来の彼のファンを安心させた。最近のゲッツのサイド・メンはピアノのルー・レヴィの他、ミシェル・フォアマン、ジム・マリニーリー、ケニー・バロンだ。彼の最後のレコーディングは1991年の「People Time」となった。息の若干の短さにもかかわらず、バロンとの素晴らしいデュエットだった。

 

Stan Getz At The Shrine   1954年11月8日録音
Jazgetz_shrine  Flamingo
 Lover Man
 Pernod
 Tasty Pudding
 I'll Remember April
 Polka Dots And Moonbeams
 Open Country
 It Don't Mean A Thing
 We'll Be Together Again
 Feather Merchant
   Stan Getz(ts),
   Bob Brookmeyer(vtb)
   John Williams(p)
   Bill Anthony(b)
   Art Mardigan(ds)

 

 「Flamingo」やたら調子のいい司会の紹介のあと、ピアノの短いイントロに続いてテーマがゲッツとブルックマイヤーのアンサンブルで軽快に始まると、2管の絡み合いから抜け出すように、テーマから派生するようにフレーズが次々に紡ぐように連なっていく。それも中音域のされほど広くない範囲で、どうしてこんなできるのか、というほど自然にメロディが出てくるようだ。その間、テンポは落ちることなく、快速ペースはピアノに引き継がれる。「Lover Man」ではミディアムテンポで2管のアンサンブルでテーマが吹かれるが、ブルックマイヤーに席を譲りながら、アドリブでも2管の絡み合いは続き、後半はゲッツのソロとなるが、スローナンバーにも、適度にオカズを加えながら、上手くブルックマイヤーが絡みやすい間を作ったりするが、もとのテーマがそれほどいいとはいえないので、その展開という行き方をするゲッツはスター時点でハンデを負ったのではないか。次の「Pernod」は軽快なテンポに戻るが、ゲッツはスローバラードよりも、軽快なアップテンポに美メロを乗せて、そのスピード感によってセンチに堕したり、重くなったりするのを避けるのが一番やり易いのではないか、思う。別のところでも触れたが、ゲッツは閃きの人なので、テンポがゆっくりすると、余裕が生じて余計なことを考えてしまってしまうように思う。速いテンポで煽られると、閃きに頼らざるを得なくなって、センスが研ぎ澄まされていくのではないか。
 これは、私個人がゲッツの録音を聴いた印象でだけ述べることなので、スタン・ゲッツという人が実際にどうであったといった実証的な事実とは無関係な妄想と思ってほしい。このページのどこかで、ゲッツは即興のなかで美しいフレーズを閃いてしまうのではないかと述べた。そして、普通であれば、そういう閃きの創造の泉というようなものは、殆どない人もいれば、あったとてしも常時こんこんと湧いてくるようなことはない。だからこそ、泉が湧いてくるように苦労したり、苦しんだりする。普通、ミュージシャンがする苦労とか苦悩というのは、なかなか湧いてこない泉から何とか水をくみ上げようとする点にあると思う。そうやって苦労して組み上げた水だからこそ、大事に扱うともいえる。時に何度も使いまわして、賞味期限を過ぎて腐らせても捨てようとしない人もいる。ところが、ゲッツの場合は、そういう苦労の必要がなかったのではないか。とくに苦労しなくても、普通に閃いてしまう。しかも、湧いてくるフレーズが、みんな他の人にはない美しいものなのだ。まさに天才なのだ。それで本人はいい。けれど、そんなのが一緒にグループを組んでいる中にいたとしたら周囲のメンバーはどうだろうか、やりにくいったらありゃしない。何せ、こっちが苦労してようやく手にしたフレーズを、ゲッツは今思いついたなどと言って、いとも簡単にそれを超える美しいフレーズを吹いてしまうのだから。さらにいえば、それを聴かされる聴衆はどうだろう。美しいフレーズの連続攻撃についていけるだろうか。その都度、その美しさに酔っているうちはいいが、だんだん満腹してしまって、もういいということにならないか。飽きるというのではない。ゲッツの作り出すフレーズの美しさは、そんな生易しいものではない。飽きることができるなら、食傷して受け容れなくて済むのだから。しかし、ゲッツの音楽は美しいのだ、だから飽きることなく、聴けば受け容れてしまう。つまり、受け容れないことを許さないのだ。これは、満腹しても、腹が破裂しても、食べることを止められないような、地獄だ。何か、すごく大げさな書き方になってうそ臭いと思う人も多いかもしれない。これは、極端な書き方かもしれないが、ゲッツの音楽の美しさには、このような恐ろしさと裏腹の危うさがあると、私には感じられる。だから、彼のプレイは、一緒にプレイしているメンバーたちと、息が合いながらも、適当にゲッツの閃きに歯止めを欠けているようなものが一番聴き易いのではないかと思う。だから、アップテンポの快速ナンバーで、ゲッツが閃くいとまをあまり与えないものが、抑制されたバランスの取れた聴き易い演奏になっていることが多いと思うのだ。 

« 2020年10月 | トップページ | 2020年12月 »