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2020年12月28日 (月)

ジャズを聴く(55)~エリック・ドルフィー「ERIC DOLPHY IN EUROPE vol.1」

 エリック・ドルフィーは、アルト・サックス、フルートそしてバス・クラリネットにおいて特徴的なスタイルをもった真のオリジナリティのあるミュージシャンだった。彼の音楽は“アヴァンギャルド”のカテゴリーに分類されたが、彼自身必ずしもコード進行による即興を放棄したわけではなかった(コードに対する彼の譜面はかなり抽象的なものだったが)。彼以外のほとんどの“フリー・ジャズ”の演奏が非常に真面目で堅苦しく聞こえるのに対して、ドルフィーのソロは、多くの場合、恍惚と熱狂をもたらした。彼の即興は非常におおきな跳躍、非音楽的で演説のようなサウンドそして彼自身のロジックを使ったものだった。彼が主として演奏したのはアルト・サックスであったが、ハード・バップ以降の最初のフルーティストであり(ジェームス・ニュートンに影響を与えた)、ソロ楽器としてバス・クラリネットをジャズではじめて使った。彼は、(コールマン・ホーキンス以降)伴奏者なしのホーン単独の演奏による録音を行った最初の演奏者の一人で、それは、アンソニー・ブラクストンの5年も前のことだった。
 エリック・ドルフィーはロサンゼルスでロイ・ポーター楽団(1948~1950)と最初のレコーディングを行い、2年間の兵役に服した後、1958年にチコ・ハミルトンのクインテットに加わるまで、ロサンゼルスで無名のプレイヤーだった。1959年にはニュー・ヨークに移り、間もなくチャーリー・ミンガスのカルテットのメンバーとなった。1960年までには、ドルフィーはプレステージ・レーベルに定期的にリーダー録音を残し、ミンガスとの仕事で注目を得るようになった。しかし、彼の短いキャリアを通じて、自身の尖鋭的な演奏スタイルのゆえに定まった仕事を得るために絶えず苦労していた。ドルフィーは、1960~1961年にファイブ・スポットでトランペットのブッカー・リトルとのセッション、オーネット・コールマンの「フリー・ジャズ」への参加及びマックス・ローチとのセッションという3枚の録音を含めて、その他ヨーロッパでの数枚などかなりのレコーディングを残した。1961年末に、ドルフィーはジョン・コルトレーン・カルテットの一員となった。彼らはヴィレッジ・ヴァンガードで保守的な批評家を前にして長大でフリーなソロの“アンチ・ジャズ”をプレイすることによって、彼らに恥をかかせようとした。1962~1963年の間、アメリカで、ドルフィーはガンサー・シェラー楽団で第3の流れの音楽をプレイし、自身のグループではめったに演奏しなかった。1964年、彼はブルーノート・レーベルで彼の古典となった『アウト・トゥ・ランチ』をレコーディングし、チャーリー・ミンガス・セクステット(The Great Concert of Charles Mingusで披露するための、おそらく最も刺激的なベーシストのバンド)とともにヨーロッパへ旅立った。彼はヨーロッパにとどまることを選んだ後、数回のギグを演ったが、糖尿病性昏睡で突然なくなり、36歳の生涯を閉じた。

 

ERIC DOLPHY IN EUROPE vol.1      1961年9月8日録音
Jazdolphy_europe1  Hi Fly
 Glad To Be Unhappy
 God Bless The Child
 Oleo
  Eric Dolphy (fl,bcl)
  Bent Axen (p)
  Chuck Israels (b)
  Erik Moseholm (b)
  Jorn Elniff (ds)
 エリック・ドルフィーがヨーロッパに渡り、現地のミュージャンと即興的にメンバーを組んでライブを行なった実況録音盤。このアルバムでは、ドルフィーのフルートとバス・クラリネットの演奏が収められていて、アルト・サックスはない(vol.2ではドルフィーのアルト・サックスが聴ける)。「At The Five Spot vol.1」のところで、リズム・セクションが規則的なビートを刻んでいると書いた。しかし、このときのメンバーは黒人のジャズの柔軟なリズム感覚が身体に染み付いている人たちだった。そこに無理が生まれ、それにドルフィーは満足できなかったのではないか。ところが、ヨーロッパの白人ミュージシャンたちは、異なる音楽的ルーツをもっていて、オーケストラのような個人が規則を遵守しないと成り立たないアンサンブルの伝統に培われている。vol.2もそうだけれど、この一連のヨーロッパでの実況盤では、メンバーは異なっているが、規則的なビートを当たり前のように厳格に刻んでいる。そこで、ほとんどが定速の4ビートだけれど、単なるビートをキープしているだけでなく、その中で様々な変化が認められる。ドルフィーのプレイ自体がビートから自由に離れているし、バックを務めるミュージシャンも誰かがビートを維持していれば、他の人はそこから離れる時もある。それらが複合されることによって、ポリリズミックな響きが、「At The Five Spot vol.1」よりも顕著に聞こえてくるのだ。さらに、このアルバムでは、ドルフィーの静の部分にも触れることができる。
 1曲目の「Hi Fly」はドルフィーのフルートとチャック・イスラエルズのベースの2人のデュオ。ドルフィーの思わせぶりなメロティフェイクによる導入部、無伴奏で、芯の太いフルートの音色が軽やかに飛翔してゆくようなフルートのソロに、ベースが後から入ってきて、リズムを刻み始め、テーマメロディとともに演奏に推進力が出てくる。 そしてアドリブパートに入っては、イマジネーション豊かに飛翔していく、まさにエリック・ドルフィーならではのフレーズが後から後から、その足場作りを黙々とこなすイスラエルズの職人気質的ベースワーク。静謐でありながら、厳格にリズムを守るベースは、一種の峻厳さというか精神性すら漂わせ(ドルフィーのフルートがあるからこそなのだが)ている。ドルフィーの楽しげに、だけど適度な緊張感を保ちながら、淡々と綴られてゆく演奏。じわじわと、静かな高揚感が内側から湧いてくる。次の「Glad To Be Unhappy」では、ピアノ・トリオをバックにドルフィーがリラックスしてフルートを吹いている。ドルフィーが優しいメロディが印象的を大切にしたテーマ演奏をフルートで、じっくり聴かせるが、優しいというよりも不気味に緊張感がある、まるで獲物を目の前にして今にも飛びかかろうと息を潜めているライオンの息吹のようなのだ。案の定、しかしアドリブパートに入ると一転、今度は激情迸る展開になる。3曲目の「God Bless The Child」から、バス・クラリネットに持ち替えて、この曲では、無伴奏の単独ソロを披露している。ドルフィーは、この曲の原曲メロディを、おそらくは、わざと出してこない。始めのうち・・・ドルフィーは、なにやら音をまさぐるように、バス・クラリネットの低音域を使ったアルペジオっぽい音階をしつこく続けてくる。そうしてある時~たぶん曲のサビの部分か・・・ここでいよいよ、高い音を吹く。これが・・・とても印象的で、それまでの低い音域でのファットな音圧感豊かな音色とは違う質感の、ちょっと歪んだような、ノドをキュ~ッと絞ったような、そんな悲痛な音色なのだ。でも・・・それが効く。静と動。抽象と具象という感じだろうか。そして最後の「Oleo」ではエキサイティングな演奏で締める。

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