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2020年12月15日 (火)

ベルナール・ビュフェ回顧展 私が生きた時代(5)

4.レアリスムの時代―名声と理想の狭間(1971~1976年)
Buffetchurch2  フランスから勲章を受けるなど、ますます名声が高まる一方で、作品傾向としては写実的な風景画の連作が始まった。外界との接触を避け、アトリエに閉じこもって制作し、これまでの表現とは全く異なるアカデミックな表現は批評家たちを驚かせた、ということです。
 「サン=ジェルマン=デ=プレ」という1971年の作品です。さっき見た「カンペールの大聖堂」と比べてみましょう。こちらはスッキリしています。しかも、建築の形態が整って見えます。これが説明されている写実的な傾向の風景画なのでしょうか。でも、たった3年の制作年度の違いですが、こちらの作品は気の抜けたような印象を受けます。絵画学校の学生が描いたような感じで、“よくできました”と言われそうだが、この作品をすすんで見たいと思うようなことはない。展覧会で展示されていても、素通りしてしまって印象に残らないような作品だと思います。
 「ペロス=ギレック」という1973年の風景画は、小ぎれいですが、別にビュフェが描かなくても、その他大勢の器用な画家が描いてもかまわないような作品に見えます。絵葉書のようでもあります。

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5. 終焉―死の河を渡る(1980~1999年)
 展示の最後は晩年の作品で、写実的な傾向から、もとの作風に戻ります。おそらく、写実的な作品はウケなかったのだろうと思います。それであわてて、もともとの作風にもどった。また、写実的な作品は、ビュフェだって、その気になればマトモな伝統にしたがったデッサンとか絵画が描けるということを示した。そんなところでしょうか。しかし、私には、原点回帰なのかもしれませんが、もはや過去の作品の自己模倣のような感じがして、顧客が喜ぶ作品を制作したと思えてしまうものばかりでした。
 もともとは、線が引かれて、その結果画面に何かの形が描枯ように見えたというのが、形をなぞるように線が引かれているのがこのころの原点復帰の作品ではないかとおもいます。

 

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