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2020年12月14日 (月)

ベルナール・ビュフェ回顧展 私が生きた時代(4)~3. 激動と表現主義の時代(1958~1970年)

 売れっ子の画家となったビュフェは結婚して、妻をモデルに多数の作品を制作したそうで、画風には多彩なモチーフ、鮮やかな色彩、より力強く激しい輪郭線、絵具の厚塗りへの移行といった変化が起こり、力強い描線によって表現主義的傾向を強めていったと説明されています。
Buffetbroadway  「ニューヨーク:ブロードウェイ」という1958年の作品です。直線をたくさん引きたいだろうビュフェにとっては、直方体で構成されて、ビルの壁面のガラスが碁盤目のようになっているのは、格好の題材ではないかと思います。画面が直線だけで作られたような作品です。このような、好きな直線をいくらでも引いていい作品であるにもかかわらず、その碁盤目という格好の対象に収まらず、そこから外れて無秩序に引かれる線が存在するというのも、ビュフェらしいと言えばそれまでのことですが、画面がスッキリとせずに薄汚れた感じになっているのは、何もニューヨークの薄汚れた雰囲気を出そうとしたとか、人の姿がないことと相まって都会の寂しさを表わそうとしたとかいうのではなくて(そういう解説が会場では書かれていたと思います)、たんに、空になっている部分にも我慢できず細い線を引いてしまって、それが汚れた感じになってしまったということだと思います。それは、同じ題材を取り扱った、モンドリアンの「ブロードウェイ・ブギウギ」のスッキリした画面と比べると一目瞭然です。モンドリアンも碁Buffetmondrian 盤目を嬉々としてキャンバスに描いていますが、ベースの白い部分がクリアなほどすっきりしていて、碁盤目の線と際立つように対立していて、緊張感が高く、それゆえにか躍動感すら感じられるような画面とは、全く違います。モンドリアンと比べて、ビュフェの作品を見ていると、せっかく碁盤目という秩序があてがわれて、そこで線を引いていればいいのに、そこから線が飛び出してしまって、秩序を壊してしまう。それが結果として画面を汚して薄汚くしてしまうのですが、それを分かっていて、敢えてやってしまうというところに、ビュフェという人の線を引く欲望のユニークなところがある。おそらく、そこが彼のオリジナリティの部分ではないかと思います。
 「ピエロの顔」という1961年の作品です。今まで見てきた作品にはなった、背景を赤く塗られているというので、この作品で、はじめて色彩ということを認識できました。ちゃんとキャンバスが絵の具で埋められて、絵画らしBuffetpiero2 くなったというか、完成したことが分かる作品です。それが、本来なら当たり前なのかもしれませんが、今まで見てきた作品は、モノクロームに近く、白地に線が引かれているというもので、しかも、無数の線が引かれているが、そのために描かれている対象の形が決まったという感じがしないで、デッサンとか下絵そのままのような画面になっていました。そのため、キャンバスに下絵がかかれていて、完成した絵画かどうか、見る者には判断がつかないような画面になっていました。それが、完成か制作中かわからない宙ぶらりんというか、キマラナイ、不安定な存在といえるものでした。この作品では、そのような不安定さの要素が薄くなり、一応、画面が塗りで埋められているので、完成した絵画らしい安定があります。それゆえ、この展覧会のポスターでもつかわれているのだろうと思います。そこで、初めて、ゆっくり描かれた画面の形を見ることができるものとなっています。そのようにして画面を見ると、ピエロを描いた作品は、以前に見た「サーカス:トロンボーンとピエロ」と比べながら見るということができます。こちらの作品は半身像のピエロだけが画面中央にあって、対象が絞られて、整理された感じがします。そして、画面全体が左右均衡の構図になっていた、安定感があります。見る者の視線はピエロの顔に集まるようになっています。そういうように導かれるように見ていくと、何となく、ピエロの哀感を想像するように誘われます。たしかに、そのように見る人も少なくないと思います。しかし、私には、そのように顔に視線を誘導されて、みえたものは無表情で、線の集まりが、一応の顔の形を呈しているというもので、何らかの内容とか感Buffetanabel 情を見たい場合には空虚さがある、というものです。この作品は、画面全体がパターンとして安定している、言いかえれば、陳腐化しているために、その空虚さが目立っている。それが見るものに、虚ろさを通り越して、何となく寂しいとか哀しいという印象を生じさせるようになっている、と思います。さすがに、人気作家となっていたビュフェは、単に画面に線を引くということだけでは終わらずに、それを画面で効果的に演出するように仕掛けていると思います。私の好みからすると、余計な装飾に見えてしまうのですが。
 「夜会服のアナベル」という1959年の作品です。妻をモデルにした作品ということですが、服のスタイル画のようです。服の素材感とか、服を着ている女性の肉体の存在感は感じられなくて、黒い直線に近い線を無数に引いている。服は線で構成されているために、面がなくて、透き通っているように見えます。だから、服を着た女性のレントゲン画像というのでしょうか、透かしてみた服を着た女性は、全部透き通ってしまって、中身は空っぽで、女性の肉体も大人の女性の柔らかさがない棒のようです。私には、このころから、彼の作品は線が無数に集まっているという要素が薄れて、その宙ぶらりんのような画面の面白さが次第になくなっていくように見えます。いわば、このころから陳腐化というか、以前に描いたものの形を、なぞるようになっていくように見えました。
Buffetfog  「小さいミミズク」という1963年の作品です。このころになると、線引いて画面になるのに都合のよい題材を見つけ出すようになります。たとえばこの作品では、みみずくの目のところで、放射状に引かれた線は、今までの作品にはなかった線の引き方です。それが、この作品では結構目立っていて、見る者の目を引く作品になっています。メスキータの「ワシミミズク」という作品と比べてみると、メスキータの作品は細部というか小さな羽が並んだ秩序が生み出す面白さがあって、秩序かみだす形に魅力があります。これに対して、ビュフェの作品は、趣向だけにとどまっていて、要領がいいという印象にとどまっている。その結果である形そして全体の画面には、面白さが及ばない。その大きな要因は、画面のデザインが思いつきにとどまっているのと、引かれる線自体が尖がらなくなっているからだと思います。一本一本の線の自己主張がなくなっMesquitafog_20201214211101 た気がします。「魚の骨」という1963年の作品もそうです。このような見方は、ネガティブと言われるかもしれませんが、私は、ここまで見てきて、ようやくビュフェの絵の魅力的な特徴に気づくことができたと思います。今見ている作品では、失われつつあるもの。失われつつあるがゆえに、これまで見てきた作品では、当たり前であったから、失われてはじめて、それと分かる。まあ、私には、見る目がないのかもしれませんが。それは、無数に、秩序があるでもないでもない、一本一本の線で、それによって画面が形成されたということです。
 「皮を剥がれた人体:頭部」という1964年の作品。このころ、ビュフェは昆虫標本のような作品を多数制作しています。昆虫の節くれだった足とか、甲羅や羽とかった身体パーツは直線的な線で描くのに向いているようにも見えるからBuffethead でしょうか。しかし、これらの作品には昆虫の形態への興味がほとんど感じられず、せっかく具象的な作品を描いていて、昆虫という素材を見つけて、こんなに雑な描き方をしているのが、もったいないというか、そういうことから、この人は対象の興味というか愛がないということが、よく分かりました。人物に対しても、同じようだということか端的に分かるのが、この作品です。人体解剖図のような題材で、皮を剥がれて筋肉がむき出しになった姿は、本来はグロテスクなはずですか(例えば、マンガあるいはアニメの「進撃の巨人」にでてくる巨人は記号化された様式ですがグロテスクです。)たんに赤が目立つ顔という作品になっています。たしかに、赤い顔ということで目立つ作品くらいにしか見えません。前の「小さなミミズク」では、鳥の無二つの目が中心から放射状に直線を引いていましたが、この作品では男の顔の眉間のあたりを中心にしてそこから放射状に直線が引かれています。それを顔の筋肉の束にかこつけて描いたということの方が優先されるように思います。この人は、人間も昆虫も同じようにえがくようです。
 Buffethead2 「カンペールの大聖堂」という1968年の作品です。直線を画面に引くのから、直線作られているような建築物は格好の素材であるはずですが、スッキリしていないというか、こういう建築物で目立つロジカルな姿というか幾何学的とも言える整った姿とは程遠くなっています。やはり、この人は物体の形態の美しさとか存在といったことには興味がないことが明らかです。とはいえ、この人の線は幾何学的な感じもしないし、勢いを感じるところもないし、一本の線自体に魅力がない。それが不思議です。たくさんの線が集まって秩序でも無秩序でもなBuffetchurch く、たくさんあるというのが、この人の線による画面の特徴だと思います。風景画で人の姿がないと説明されていますが、そんなことは、ハンマースホイやクノプフの風景画も同じで、とくに珍しいことではないと思いますが、この乱暴に描かれたような、そして、画面が汚れていてスッキリしていないところは、パリの市街を描いたユトリロなどに雰囲気が似ているところがあって、しかし、ユトリロにあるような風情がまったく感じられないというところが、この人の特徴だろうと思います。ユトリロでは街の騒音が聞こえてくるようなところがありますが、この人の作品では音を想像することはできません。

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