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2021年1月13日 (水)

小松英雄「みそひと文字の抒情詩 古今和歌集の和歌表現を解きほぐす」

11112_20210113222201  『古今集』の編者である紀貫之は序文を仮名で書いたり(仮名序)、個人的な「土佐日記」を仮名で書いているが、それは伊達や酔狂ではなく、表現上の必然があった。高校の「古文」の教科書でも岩波文庫などでも読む『古今集』は、もともとすべて仮名で書かれていたのを、勝手に漢字を当てはめてしまった。そういう漢字混じりで誤解されてしまった『古今集』の和歌を仮名で読む(見る)ことによって、今まで見えてこなかった姿が現われてくる。平安初期に成立した仮名は、今日の平仮名と違って、清音と濁音とを書き分けない音節文字の体系であった。和歌は、その特徴を積極的に生かして作られているのだという。例えば
  かかりひの かけとなるみの わひしきは なかれてしたに もゆるなりけり
 この歌では、第四句の仮名連鎖「なかれて」に、ナガレテとナカレテとが重ねられている。第三句までは、自分の立場の侘しいことは舟の上で燃える篝火が水中に映る影と同じであって、という。第四句以下を「流れて下に燃ゆるなりけり」と読めば、篝火の影が水面の下を流れながら燃えていることの確認になるし、「泣かれて下に燃ゆるなりけり」と読めば、こっそり、人知れず泣けてきて、恋の「おも火」に燃えていることの確認になる。第二の文脈では、「篝火」と「燃ゆるなりけり」とによって、「篝火」から「おもひ」すなわち、燃えるような「思ひ」の「火」が引きだされ、表に出ない「思ひ」の火がひそかに「燃ゆるなりけり」という脈絡になっている。そうすると、この歌は、この両者の内容をともに含んだ複線的な意味内容を持っていることになる。このような仮名に特有の上のような特質を巧みに利用して形成されたのが、複線構造による多重表現が、『古今集』の和歌の特徴だという。その多重表現が例えば、内と外、虚と実、といった二面が表裏一体となった表現が31文字という短詩型におさまってしまっているという。そういう視点でみると、『古今集』のひとつひとつの和歌が、それぞれ世界観とか小宇宙といったものを隠し持っていることが見えてくる。これは、目から鱗、ホント。
 ちなみに、『万葉集』は、漢字の音を日本語の音にあてはめた万葉仮名で表記されていて、一音一字の単線的な表現で、『古今集』のような複雑さを持てなかった(だからこそ、単純な力強さ、分かり易さがある)。

 

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