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2021年3月

2021年3月27日 (土)

伊藤祐靖「国のために死ねるか」

 11112_20210327220101 書名だけをとってみれば、右翼が昂奮しそうですが、元自衛隊員の著者が、いざというときに軍事行動を起こせば、生命を落とすことも避けられない。それをどうして納得できるかを、机上の空論ではなく、それを実際にそういう場面に遭ったこともあり、切実な問題として考えているという内容。これはこれで説得力があるが、むしろ、その考察を進める中で、様々な事実が示されるのが、とても興味深い。それが、書名のテーマにとどまらず、もと広く使えるのだ。例えば、防衛大学で著者が教官をしていたころ、大地震を想定した災害避難訓練で、生徒たちは素早く批難して、集合し、点呼をとって全員避難を確認し、教官である著者に報告したとき。著者は整列している生徒たちに、何をしていると訊く。自衛隊というのは災害の際に緊急出動して、国民の救援に向かう任務を負う。そのためには、まず自分が助かっている必要がある。そして、次に出動に備える。そこで、整列している生徒たちに、「ただ突っ立っているだけでいいのか?」と問うのだ。そこで、「命令がないので」と答える生徒に、「指揮官が地震に遭って死んでしまったら動けないのか」と。つまり、災害とは非常時で、それに備えて訓練しているのに、平時の発想と行動しかできていないではないか、と問う。あるいは、伝令を命じられた生徒が全力疾走で走り回っているのを捕まえて、速く伝令を伝えるなら駐車場のバイクや自転車を使えばいいとというと、生徒は窃盗はできないと答える。非常時に必要な伝令というのは、通信が使えない非常時にできる限り迅速に情報や指示を伝えるもので、一刻を争う。そのために、少しでも速く伝えるための最適の行動をとっているのか、と著者は問う。平時なら窃盗は犯罪だが、自力で走っていて指示が遅れて人が死ぬのと、どっちが重要か、それを経験したりシミュレートするのが訓練であると、著者は言う。そのとき、前例とおりとか、マニュアル通りだったら、訓練にならない。そこで、生徒は困って、フリーズしてしまったというのだが。これって、自衛隊に限らず、もっと薄味にしてもいいから、仕事の現場でも、そういう姿勢はあってもいいと思う。そういう、触発される指摘がいくつもあって、面白い。

2021年3月25日 (木)

斎藤幸平「人新世の『資本論』」

11112_20210325215401  現代は、人間の経済活動が地球の表面の隅々までを覆い尽くし、環境破壊・気候変動が深刻な時代で、地質学的には、いわゆる「人新世」と呼ばれる時代に突入しているという。そこで、いま国連が掲げるSDGsという包括的な運動やアメリカ合衆国の新政権の推し進めようとしているグリーン・ニューディール政策などは表面的な弥縫策にすぎず、根本的な解決には至らないという。では一体何がこのような事態を引き起こしたのかという根本的原因は行き過ぎた資本主義のせいだ、と著者は言う。というのも、資本主義というシステムは、地球環境を含めたあらゆるものを収奪し、それに伴う負担を外部に押し付けて不可視化し、無限の経済成長を続けることによって、地球環境を危機に陥れ、ひいては我々人類の生存をも脅かそうとしているものであるから。他方、ごく少数の大富豪が世界の半分以上の富を独占している事実からも分かるように、資本主義はごく一部の人々だけが潤い、後の大多数の人間が彼らに搾取され続けるという、我々一般人にとっては全く救いのないシステムでもあるという。
 そこで著者は、資本主義という概念を創出し、批判した、カール・マルクスの思想を再解釈して提示する。資本主義というシステムが人をなりふり構わぬ利潤追求に駆り立て、資本論で労働者からの搾取で資本が利潤を上げていくという従来の解釈に加えて、環境からの搾取、あるいは低開発国からの搾取ということ、そして資本家も含めて利潤追求のために、それ以外のもの、例えば人間的な感情などを犠牲にしてしまうことと不可分に結びついていると指摘する。それを晩年のマルクスは考えていたと。そこで、そういう資本主義というシステムが人や環境を歪めた根本原因であるから、資本主義をストップしなければならないと主張する。
 読んでいて、バッタバッタと切り捨てるような批判に胸のすくような気持ちよさを感じた反面、それで・・・とその先に釈然としないところもあった。マルクスは資本主義というシステムが搾取によって生まれ、そして新たな搾取を生んでいく運動のメカニズムを摘出して、そのメカニズムをどのように変えればその運動が起きないかを考えたと思う。だから、マルクスの再解釈で環境からの搾取があるとするならば、その運動のメカニズムを当然マルクスは考えたはずだと思うが、ただそういう指摘をするにとどまっている。別に、マルクスを持ち出して、解釈すればマルクスはこう言っていた、などと殊更に言わなくても。私は、こう分析して、こういう結論を提出します、でいいのではないか。そう思わせるところが、著者の論述の筋立てに感じられた。それだから、資本主義をストップし、利潤の呪縛から解放されればいいという、私には楽天的すぎるとも思える対策しか出てこないように思える。それは、ユートピア幻想の変種に思える。

 

2021年3月19日 (金)

西行の歌を読む(2)~空になる心は春の霞にて世にあらじと思ひ立つかな

Booksaigyou3   世にはあらじと思ひたちけるころ、東山にて人々寄霞述懐と云ふ事をよめる
    空になる心は春の霞にて世にあらじと思ひ立つかな

 

 この歌については、白洲正子が次のように述べています。
“山家集の詞書に、「世にあらじと思い立ちけるころ、東山にて人々、寄霞述懐と云事よめる」とあるから、西行が二十三歳で出家する直前の作だろう。いかにも若者らしいみずみずしさにあふれているとともに、出家のための強い決心を表しているが誰もこのような上の句から、このような下の句が導きだされるとは、思ってもみなかったに違いない。それが少しも不自然ではなく、春霞のような心が、そのまま強固な覚悟に移って行くところに、西行の特徴が見出せると思う。その特徴とは、花を見ても、月を見ても、自分の生き方と密接にむすびついていることで、花鳥風月を詠むことは、彼にとっては必ずしもたのしいものではなかった。
    世の中を思へばなべて散る花のわが身をさてもいづちかもせん
    嘆けとて月やは物をおもはするかこち顔なるわがなみだかな
 百人一首で名高いこの歌は、同じ百人一首の大江千里の、「月みれば千々に物こそ悲しけれ我身ひとつの秋にはあらねど」を受けているような感じがあり、それを今少し凝縮させたといえようか、---月は物を思わせるのか、いや、思わせはしない、それにも拘わらず、自分は月を見て悲しい思いに涙していると、反語を用いることによって引き締めている。のどかな王朝の歌が、外へ拡がって行くのに対して、どこまでも内省的に、自己のうちへ籠もるのが若い頃の西行の歌風であった。”
 それでは、詞書から読んでいきましょう。“世にはあらじと思ひたちけるころ”の“世にはあらじ”は、世は、世の中つまり俗世にあらざるということ、世の中にいないということは世の中から外れる、つまり出家する。それを“思ひたちける”、思い立ったころ。そのころ、「寄霞述懐」といのは霞に関連づけて心中を述べるということで、東山というのは場所でしょうか、そこで人々と「寄霞述懐」という歌題で詠んだのが、この歌だということでしょう。ということから、この歌は、歌会でしょうか人々が集まって歌を詠む場で詠まれた歌であるということです。ここで、出家という個人の決心から派生する内心を内省的に語る歌であるのかと、私には思えます。そうであるとすれば、白洲正子の述べていることは根底から崩壊します。
 また、小林秀雄は『無常といふ事』の中の「西行」で、この歌と他に数首を引用して次のように言っています。
 “これらは決して世に追ひつめられたり、世をはかなんだりした人の歌ではない。出家とか厭世とかいふ曖昧な概念に惑わされなければ、一切がはっきりしてゐるのである。自ら進んで世に反いた23歳の異常な青年武士の、世俗に対する嘲笑と内に湧き上る希望の飾り気のない鮮やかな表現だ。彼の眼は新しい未来に向かって開かれ、来るべきものに挑んで、ゐるのであって、歌のすがたなぞにかまってゐる余裕はないのである。”  小林は白洲の読みを、さらに推し進めて、主観的な思い入れを押し付けているのが明らかです。このうたのどこに“世俗に対する嘲笑と内に湧き上る希望の飾り気のない鮮やかな表現”があるのか、具体的に示してほしいものです。私は、探しましたがも見つけることができませんでした。“歌のすがたなぞにかまってゐる余裕はない”と自ら言っているのですから、小林は、実際の歌なんかどうでもいいと言っているようなもので、実際に、ちゃんと歌を読んでいるのかという疑問をぬぐうことはできません。
 『古今集』の「仮名序」で紀貫之は“やまと歌は、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。”と述べています。和歌とは、人の心を起源として、さまざまな言葉になったもの、ということです。ここでいう「人」というのは、現代の個人とは違っていて、古典和歌で詠まれる「人」で、文脈に応じて、二人称の「あなた」の意味にも、「あの人」や「世間一般の人々」の意味にもなる融通無碍なものです。要するに「我=自己」以外は、愛する相手も見ず知らずの人も、ひとしなみに「人=他者」として把握されるというものです。古典和歌の世界では、恋しい人は「私」のものではなく、むしろ「世間の人々」とつながっていると言えます。したがって、「人」という「ことば」にこうした二重性があることから、本来「私とあなた」の個別の関係を詠じたはずの歌が、人間一般に通じる普遍性を帯びてくる場合もある。そこで、「仮名序」にもどれば、和歌の人の心の「人」とは、一人称の個人でもあり、人一般でもある。だからこそ、『古今集』で詠われる人の心、つまり心情は普遍的なものとして定型パターンになっているわけです。そう考えると、この歌で、出家を決心する強い覚悟という、他の誰でもない西行という個人に限られる内面の動きを表白しているというのは、和歌として、かなり道を外れたものであるということになると思います。敢えて言えば、和歌の外形をとっていても、「仮名序」でいう和歌の概念から外れたもの、心は和歌ではない。そのような、道を踏み外したと言えると思います。おそらく、それが西行の歌の決定的な独自性ではないかと、と私は思います。とはいえ、白洲正子のいうように、青年の個人のみずみずしい心情を、近代的なもののようにポエムとして表現しているかというと、そんな形のできたものではないと思います。足は道を踏み外したとはいえ、身体の重心は未だ道に残っている。
 そういう視点で、歌を読んでいきましょう。上の句の“空になる心は春の霞にて”は、『拾遺集』の次の和歌を、ほぼ借用しているということです。
    春霞立つ暁を見るからに 心ぞ空になりぬべらなる
                                  よみ人しらず
 春霞に喩えられる“空になる心は春の霞にて”というのは、霞の立っている空が心の中にもできてしまった。自分自身のものでありながら自身でも把握しかねる心、自分の身体から遊離してゆく心のことで、いわば「遊離魂感覚」と呼ばれる不思議な感覚のことで、万葉集のころから和歌で詠われてきたものだそうです。
 下の句“世にあらじと思ひ立つかな”の“立つ”は思い立つという出家の決心をするという内容だけでなく、上の句の“春の霞”の霞立つという内容にかかっていると考えられます。“立つ”には二重の意味が掛けられているということになり、春の霞のような空になる心と世にはあらじという出家の思いは、“立つ”で結びついている構造になっています。西行個人の出家の決心という内心は、広く詠まれる空になる心という型と繋がっているというわけです。それは、たとえば、思い詰めた果てに見極めることができなかった「心」を、霞のような「空になる心」という「遊離魂感覚」で外に浮遊するように身を委ねることで出家に至るという解釈もあるようです。あるいは、「空になる心」を仏教の「空」の境地と重ねて捉えるという解釈もあるようです。どちらも、無理な解釈のように思えますが、白洲正子の述べているような、上の句に対して意外性のある下の句という読み方は無理があるのが分かる。ただし、上記のような無理な解釈がでてくるというのは、無理をせざるを得ないからともいえるので、そういう解釈を強いられるところに、この歌のこなれていないところがある。西行は、ここでは試行錯誤にいる。むしろ、そういうところを晒してしまうところに、西行という歌人の作家性を見ることができて、それが、この人の特徴であり、魅力であると思います。

2021年3月11日 (木)

小田部胤久「美学」

11112_20210311215801  「美学」っていうけれど、実のところはカントの『判断力批判』を美の認識の分析として読み解いた著作。私にとってカントの分かりにくさというのは、部分的には偏執的なほど詳細に分析して、くどくて呆れてしまうほど丁寧に叙述しているのに、その部分から別の部分に移るときに、その移行がまるで跳躍しているかのように、移行のつながりが掴めず、別の部分での執拗に細かい分析が始まる。そのため、読んでいても木の葉の一枚を虫眼鏡で見せられて、隣の葉が突然視野に入ってびっくりするといった感じで、それて樹全体が掴めないのはもとより、森全体を見渡すことは当初から放棄されている。それで、よんでいるうちに苛々してきて、途中で執拗な細部に辟易し、投げ出してしまう。そういうカントを、この著作では、詳細な分析のあらすじを物語り、そして『判断力批判』というタイトルにちなんでかどうか分からないが、カントに先立つ美学理論と比べて、こういう先人を批判してカントはこういう議論をするようになったという説明を加えている。そのため、各部分については辟易することなく、こういうことを言っているというのを読むことができる。
 しかし、葉と葉の関係と樹の全体像は依然として跳躍のままで、例えば、美を認識するというプロセスをこういう特徴があると細かく説明しているのだが、そうでない認識をするときがあって、人が美の認識とそうでなない認識を使い分ける切り替えはどのようにするのかは分からない。例えば、学校の始業のチャイムを時報として聞くが、チャイムにはひとつの節回しがあるが、それを音楽と聴くことはない、その分かれ目はどこにあるのか。カントの議論を読んでいると、こういう認識をしているのが美だという、つまり同語反復ではないかと言うことになりかねない。その出口は、この著作では示されていなかった。というよりは、私が中途半端にしか読めず、ちゃんと読みこなすことか出来ていないからなんだろうけれど。

2021年3月 6日 (土)

ウォーレン・バフェットの「株主への手紙」2020(7)~株主総会

 昨年の2月22日、私は特別な催しの年次総会の予定をお書きしました。1ヶ月も経たないうちに、予定がジャンクになってしまいました。
 バークシャーのCFOであるメリッサ・シャピロとマーク・ハンバーグが率いるホームオフィスのグループは、すぐに再編成されました。奇跡的に、彼らの即興演奏がうまくいきました。バークシャーの副会長の一人であるグレッグ・アベルが、暗いアリーナ、18,000人の空席、カメラを前にして私と一緒にステージに上がりました。リハーサルはありませんでした。グレッグと私はショータイムの45分前に到着しました。
 47年前に17歳でバークシャーに入社した私の素晴らしいアシスタント、デビー・ボサネックは、私が自宅で集めた様々な事実や数字を約25枚のスライドにまとめていました。匿名ではありますが、コンピュータとカメラのオペレーターからなる優秀なチームが、適切な順序でスライドをスクリーンに映し出してくれました。
 ヤフーは、記録的な規模の国際的な視聴者に向けて議事録をストリーミング配信しました。ニュージャージーの自宅からCNBCのベッキー・クイックが、グレッグと私が壇上に立つ4時間の間に、株主が以前に提出した質問や視聴者がメールで送った数千の質問の中から質問を選んでくれました。シースのピーナッツ・ブリトルとファッジ、コカ・コーラは、私たちに栄養を与えてくれました。
今年は5月1日に、もう一つ上を行く予定です。今年もヤフーとCNBCに頼ります。ヤフーは東部夏時間の午後1時(EDT)にライブ配信を開始します。以下のサイトにアクセスしてください。
https://finance.yahoo.com/brklivestream
 それ以前の1:30~5:00の間に、私たちはベッキーによってリレーされたあなたの質問にお答えします。いつものように、どのような質問がされるかについては予断を許さないことになっています。質問は
BerkshireQuestions@cnbc.com
まで送ってください。ヤフーは5:30以降に終了します。
 そして今 - ドラムロールをお願いします - サプライズです。今年のミーティングはロサンゼルスで開催されます。チャーリーがステージに登場し、31時間半の質問タイムの間、私と一緒に答えや観察をしてくれることになりました。昨年はチャーリーがいなくて寂しかったのですが、それ以上に皆さんがいなくて寂しかったのは明らかです。もう一人の貴重な副会長、アジット・ジェイン氏とグレッグ・アベル氏が、それぞれの分野に関する質問に答えてくれます。
 ヤフー経由で参加しましょう。あなたの本当に難しい質問をチャーリーにぶつけてください。私たちは楽しみながら、あなたにもそうしてもらいたいと思っています。
 もっといいのは、もちろん、顔を合わせて会う日だ。それは2022年になることを期待しています。オマハ市民、出展している子会社、そして私たちホームオフィスの全員が、バークシャースタイルの年次総会のために、皆さんをお迎えするのを待ちきれません。

2021年3月 5日 (金)

ウォーレン・バフェットの「株主への手紙」2020(6)~あなたを驚かせるかもしれないバークシャーの姿

 最近、これまで想像もしなかった当社の事実を知りました。それは、バークシャー社が米国に本拠地を置く有形固定資産(米国の「ビジネスインフラ」を構成する資産)を所有しており、GAAPベースの評価額が他の米国企業の所有額を上回っているということです。バークシャーのこれらの国内の「固定資産」の減価償却費は1540億ドルです。このリストの次はAT&Tで、有形固定資産の減価償却費は1270億ドルです。
 固定資産保有における当社のリーダーシップは、それ自体が投資の成功を意味するものではありません。利益率の高いビジネスを行うために最低限の資産を必要とし、追加資本を必要とすることなく販売量を拡大できるような商品やサービスを提供している企業が、最高の成果を上げているのです。実際、私たちはこれらの例外となるビジネスをいくつかを所有していますが、それらは比較的小さく、せいぜいゆっくりと成長します。
 しかし、資産の多い企業は、良い投資先になる可能性があります。確かに、私たちは2つの巨人であるBNSFとBHEに満足しています。バークシャーがBNSFを初めて所有した2011年には、2社合わせて42億ドルの収益を上げました。多くの企業にとって厳しい年となった2020年には、両社の収益は83億ドルとなりました。
 BNSFとBHEは、今後数十年にわたって大規模な設備投資を必要とします。幸いなことに、どちらも増分投資に対して適切な利益をもたらす可能性があります。
 まずBNSFを見てみましょう。鉄道、トラック、パイプライン、はしけ、航空機のいずれの方法であっても、米国内を移動する貨物の非ローカル・トンマイル(1マイルを移動した貨物1トン)の約15%をこの鉄道会社が輸送しています。BNSFの扱う貨物量は、他のどの輸送会社よりも圧倒的に多いのです。
 アメリカの鉄道の歴史は魅力的です。150年ほどの間の熱狂的な建設、頭脳労働、過剰建築、破産、再編、合併の後、鉄道業界は数十年前にようやく成熟し、合理化された姿を現しました。
 BNSFは1850年にイリノイ州北東部の12マイルの路線で操業を開始しました。今日では、390の先祖が鉄道を購入したり合併したりしています。同社の広範な歴史については、
http://www.bnsf.com/bnsf-resources/pdf/about-bnsf/History_and_Legacy.pdf
を参照してください。
 バークシャーは2010年初めにBNSFを買収しました。買収以来、BNSFは410億ドルを固定資産に投資し、減価償却費を200億ドル上回っています。鉄道はアウトドアスポーツであり、砂漠から山地まであらゆる地形に遭遇しながら、極寒の中でも暑さの中でも確実に運行しなければならない1マイルにも及ぶ列車が走っています。定期的に大規模な洪水が発生します。BNSFは28州にまたがる23,000マイルの線路を所有しており、その広大なシステム全体の安全性とサービスを最大化するために何でも費やす必要があります。
 それにもかかわらず、BNSFはバークシャーに総額418億ドルという多額の配当金を支払っています。しかし、鉄道会社は、事業のニーズを満たし、約20億ドルのキャッシュバランスを維持した後に残った分だけをバークシャーに支払っています。この保守的な政策により、BNSFは、バークシャーによる債務の保証とは無関係に、低金利で借り入れをすることができます。
 BNSFについてもう一言:昨年、カール・アイス最高経営責任者(CEO)と彼のナンバー2であるケイティ・ファーマーは、事業の大幅な低迷を乗り切る一方で、経費をコントロールするという並外れた仕事をしました。貨物の輸送量が7%減少したにもかかわらず、2人は実際にBNSFの利益率を2.9ポイント増加させました。長年の計画通り、カールは年末に引退し、ケイティがCEOに就任しました。みなさんの鉄道会社は、良い方向に向かっている。
 BHEは、BNSFとは異なり、普通株式の配当を行わないという、電気事業業界では非常に異例の慣行を持っています。その厳格な方針は、私たちの21年間の所有期間を通して当てはまりました。鉄道とは異なり、我が国の電力会社は大規模な改造が必要であり、最終的なコストは驚異的です。この取り組みにより、今後数十年にわたってBHEの収益がすべて吸収されます。 私たちは挑戦を歓迎し、追加された投資は適切に報われると信じています。
 私はBHEの努力の一つについて教えてあげましょう - その180億ドルのコミットメントは、現在、西部全体で電気を送信する時代遅れのグリッドのかなりの部分を再構築し、拡張する。BHEは2006年にこのプロジェクトを開始し、それが2030年までに完了することを期待しています - はい、2030。
 再生可能エネルギーの出現により、私たちのプロジェクトは社会的に必要なものとなりました。歴史的には、石炭を使った発電が主流でしたが、それは巨大な人口集中地の近くに位置していましたしかし、風力と太陽光発電といった新しい発電に最適な場所は、多くの場合、遠隔地にあります。2006年にBHEが状況を評価したとき、西部送電線への巨額の投資が必要であることは周知の事実であった。しかし、プロジェクトの費用を集計した後、資金を調達できる立場にある企業や政府機関はほとんどありませんでした。
 続行するというBHEの決定は、それがアメリカの政治、経済、司法制度への信頼に基づいていたことに注意すべきです。有意義な収入を得るためには、数十億ドルの投資が必要でありました。送電線は、それぞれ独自の規則と構成要素を持つ州や他の管轄区域の境界を越えなければなりませんでした。 BHEはまた、何百人もの土地所有者と取引し、再生可能エネルギーを生成したサプライヤーと、顧客に電力を分配する遠方の電力会社の両方と複雑な契約を結ぶ必要があります。 競合する利害関係者と古い秩序の擁護者、そして即座に新しい世界を望んでいる非現実的な先見者を参加させる必要がありました。
 驚きと遅延の両方が確かだった。しかし、同様に確かなのは、BHEがその約束を果たすための管理能力、制度的コミットメント、および財政的余裕を持っていたという事実でした。私たちの西部送電プロジェクトが完了するまでには何年もかかりますが、我々は今日、引き受けるために同じような規模の他のプロジェクトを探しています。
 障害が何であれ、BHEはこれまでよりクリーンなエネルギーを提供するリーダーになります。

2021年3月 4日 (木)

ウォーレン・バフェットの「株主への手紙」2020(5)~バークシャーのパートナーシップ

 バークシャーはデラウェア州の会社であり、当社の取締役はデラウェア州の法律に従わなければなりません。その中には、取締役は会社と株主の最善の利益のために行動しなければならないという要件があります。当社の取締役はこの原則を受け入れています。
 さらに、バークシャーの取締役は、顧客を喜ばせ、36万人の従業員の才能を伸ばし報酬を与え、債権者との関係を尊重し、当社が事業を展開している多くの都市や州の良き市民とみなされることを望んでいます。私たちはこれらの4つの重要な構成要素を大切にしています。
 しかし、これらのグループのいずれの人々も、配当、戦略的方向性、最高経営責任者(CEO)の選定、買収および事業分離などの事項を決定することに投票権を有していません。このような責任は、バークシャーの取締役にのみ課せられており、取締役は会社とその所有者の長期的な利益を忠実に代表しなければなりません。
 法的要件を超えて、チャーリーと私はバークシャーの多くの個人株主に対して特別な義務を感じています。少しの個人的な歴史は、私たちの珍しい愛着とそれが私たちの行動をどのように形作るかを理解するのに役立つかもしれません。

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 バークシャー時代以前は、1956年に設立された最初の3つのパートナーシップを通じて、多くの個人の資金を管理していました。時が経つにつれ、複数の事業体を使用することは扱いにくくなり、1962年に12のパートナーシップを1つのユニット、バフェット・パートナーシップ・リミテッド(BPL)に統合しました。BPL)に統合しました。
 その年までに、事実上すべての私のお金と妻のお金は、私の多くのリミテッド・パートナーの資金と一緒に投資されるようになっていました。私は給与や手数料を受け取りませんでした。その代わりに、ジェネラル・パートナーである私は、リミテッド・パートナーが年率6%のを超える収益を確保した後にのみ、リミテッド・パートナーから報酬を受けていました。もしリターンがそのレベルに達しなかった場合、不足分は将来の利益の私の取り分に対して繰り越されることになっていました(幸いなことに、そのようなことは一度もありませんでした。パートナーシップのリターンは常に 6%の「ボギー」を超えていたのです。) 年月が経つにつれて、私の両親、兄弟、叔母、叔父、叔母、従兄弟、義理の親族の資源の大部分がパートナーシップに投資されるようになりました。
 チャーリーは1962年にパートナーシップを設立し、私と同じように運営していました。私たちはどちらも機関投資家を持っていませんでしたし、パートナーの中には経済的に洗練された人はほとんどいませんでした。私たちのベンチャーに参加した人たちは、私たちが自分たちのお金を自分たちのものとして扱うように、私たちを信頼していただけでした。これらの人々は、直感的に、あるいは友人の助言に頼ることで、チャーリーと私は資本の永久的な損失を極端に嫌悪しており、それなりにうまくいくと予想されない限り、彼らのお金を受け入れることはなかっただろうと正しく結論づけたのです。
 私が経営の世界に入ったのは、1965年にBPLがバークシャーの経営権を取得した後でした。その後も、1969年にBPLを解散することにした。年末以降、パートナーシップは、すべての現金と3つの株式を比例配分して分配しました。金額で最大のものは、バークシャーに対するBPLの70.5%の利息です。
 一方、チャーリーは1977年に事業を終了しました。彼がパートナーに分配した資産の中には、彼のパートナーであるバークシャー社と私が共同で管理していたブルーチップ切手の主要な持分が含まれていました。ブルーチップは、私のパートナーシップが解散時に分配した3つの株の中にも含まれていました。
 1983年には、バークシャーとブルーチップが合併し、バークシャーの登録株主数は1,900人から2,900人に拡大しました。チャーリーと私は、古い株主も新しい株主も、将来の株主も、すべての人が同じ立場になることを望んでいました。
そのため、1983年の年次報告書には、バークシャーの「主要なビジネス原則」が記載されていました。最初の原則は次のように始まりました。「当社の形態は企業であるが、当社の態度はパートナーシップである」というものでした。これが1983年の私たちの関係を定義し、現在の関係を定義しています。チャーリーと私、そしてバークシャーの取締役は、この原則が今後何十年にもわたってバークシャーに役立つと信じています。

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 バークシャーの株式は現在、5つの大きな「バケツ」に入っており、そのうちの1つは「創業者」のような立場の私が所有している。私が所有する株式は毎年様々な慈善団体に分配されているので、このバケツは空になることは確実でしょう。
 残りの4つのバケツのうち2つは機関投資家によって満たされており、それぞれが他人のお金を扱っています。しかし、これらのバケツの共通点はそこで終わっています。彼らの投資手順は、これ以上の違いはありません。
 機関投資家向けのバケツの中には、インデックスファンドがあり、投資の世界では大規模かつ急成長しているセグメントです。これらのファンドは、単に追跡しているインデックスを模倣しています。インデックス投資家が好むのはS&P500であり、バークシャーもその構成銘柄の一つです。インデックスファンドは、バークシャー株を保有することが義務付けられているため、バークシャー株を保有していることを強調しなければなりません。インデックスファンドは自動操縦で、「ウエイト付け」の目的のためだけに売買を行っています。
 もう一つのバケツの機関投資家とは、富裕層の個人、大学、年金受給者など、顧客の資金を管理する専門家のことです。これらのプロのマネージャーは、評価と見通しとしての彼らの判断に基づいて、1つの投資から別の投資に資金を移動する権限を持っています。それは、困難ではありますが、名誉な職業です。
 私たちは、この「アクティブ」なグループのために働けることを嬉しく思っています。彼らは顧客の資金を展開するためのより良い場所を探しています。確かに、一部のマネージャーは長期的な焦点を持っており、取引は非常にまれです。中には、長期的な視点を持ち、取引頻度が非常に低いマネージャーもいます。また、コンピュータを使用して、ナノ秒単位で株式の売買を指示するアルゴリズムを採用している人もいます。プロの投資家の中には、マクロ経済的な判断に基づいて行ったり来たりする人もいます。
 4番目のバケツは、先ほど説明したアクティブな機関投資家と同様の方法で運用している個人株主です。このような個人株主は、自分が興味をそそられる他の投資を目にすると、当然ながらバークシャー株を資金源の可能性があると考えています。私たちはその態度と争うことはありません。それは私たちがバークシャーで所有している株式のいくつかを見る方法と似ています。
 とはいえ、チャーリーと私は、5番目のバケツと特別な親近感を感じなければ、人間以下となっていたでしょう。将来が何であれ、われわれの利益を代表することを単に信頼している100万人以上の個人投資家です。彼らは、私たちの元のパートナーが持っていたのと同様の考え方を採用して、去るつもりはなく私たちに加わりました。実際、パートナーシップ時代の投資家やその子孫の多くが、今でもバークシャーの実質的な所有者であり続けています。
 このようなベテランの原型は、陽気で寛大なオマハの眼科医であり、個人的な友人でもあるスタン・トルセン氏で、2020年11月13日に100歳を迎えました。1959年、スタンは他の10人の若いオマハの医師と共に、私とパートナーシップを結びました。医師たちは、彼らのベンチャー企業を創造的に「Emdee, Ltd.」と名付けました。年に一度、彼らは妻と私の家でお祝いの夕食会に参加しました。
 1969年に私たちのパートナーシップがバークシャーの株式を分配したとき、医師たちは全員、受け取った株式を保管していました。彼らは投資や会計の知識はなかったかもしれませんが、バークシャーではパートナーとして扱われることは知っていました。
 スタンのエムディー出身の同志のうち2人は、現在90歳代後半で、バークシャー株を持ち続けています。このグループの驚くべき耐久性は、チャーリーが97歳で、私が90歳という事実とともに、興味深い疑問を投げかけていると思います。バークシャー株の保有は長寿を促進するのではないか?

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 バークシャーの珍しく価値のある個人株主の家族は、ウォール街のアナリストや機関投資家に口説き落とすことに消極的な当社への理解を深めてくれるかもしれません。バークシャーには、私たちが求める投資家がすでに存在しており、彼らが入れ替わってもアップグレードされるとは考えていません。
 バークシャーを所有できる席、つまり発行済み株式は限られています。私たちは、すでにその席を占有している人たちをとても気に入っています。
 もちろん、「パートナー」の入れ替わりはあるでしょう。チャーリーと私は、しかし、それが最小限であることを願っています。結局のところ、誰が、友人や隣人または結婚相手の急速な入れ替えを求めるでしょうか?
 1958年、フィル・フィッシャーは投資に関する素晴らしい本を書いた。その中で彼は、公開会社を経営することをレストランの経営に例えした。もしあなたがダィナーの客を探しているのであれば、コークと一緒に提供されるハンバーガーか、エキゾチックなワインと一緒に提供されるフランス料理のどちらかを特徴とする客層だけを引き付ければ、繁栄させることができる、とフィッシャーは言いまし。しかし、気まぐれに一方から他方に切り替えてはいけないとフィッシャー氏は警告しています。潜在的な顧客へのメッセージは、彼らがあなたの建物に入ったときに見つけるものと一致していなければなりません。
 バークシャーでは、ハンバーガーとコーラを提供して56年。私たちは、この料金がお客様を魅了してきたことを大切にしています。
 米国や他の場所にいる何千万もの他の投資家や投機家は、彼らの好みに合うように多種多様な株式の選択肢を持っています。彼らは魅力的なアイディアを持つCEOや市場の達人を見つけるでしょう。彼らが価格目標、管理された収益、および「ストーリー」を望むならば、その提供者を欠くことはないでしょう。「技術者」は自信を持って、チャート上のいくつかの小刻みな動きが株式の次の動きを示唆するものであるかのように、それらを指示します。行動の呼びかけは決して止まりません。
 そのような投資家の多くは、かなりの成功を収めることになるでしょう。結局のところ、株式の所有は「ポジティブ・サム」ゲームなのです。実際、S&P500の全銘柄をリストアップしたボードに50本のダーツを投げてポートフォリオを構築する忍耐強く頭脳明晰なサルは、時間の経過とともに配当金とキャピタル・ゲインを受け取ることができるのです。
 農場、不動産、事業所有などの生産的な資産は、富を生み出します。そのような資産のほとんどの所有者は報われるでしょう。必要なのは、時間の経過、内面の落ち着き、十分な分散、取引と手数料の最小化です。それでも、投資家は自分の経費がウォール街の収入であることを決して忘れてはならない。そして、私の猿とは異なり、ウォール街の人たちはピーナッツのために働いていません。
 バークシャーに席が空いたら、そして席が少ないことを願っていますが、その席を、私たちが提供するものを理解し、それを望む新参者が占めるようにしたいと考えています。何十年にもわたって経営を続けてきたチャーリーと私は、結果を約束することはできません。しかし、皆様をパートナーとしてお迎えすることをお約束します。
 そして、私たちの後継者もそうするでしょう。

2021年3月 3日 (水)

ウォーレン・バフェットの「株主への手紙」2020(4)~投資&2つの都市の話

投資


 以下に、年末時点で時価総額が最も大きかった15件の普通株式投資をリストアップします(リスト表は省略)。バークシャーは支配グループの一員であるため、「持分法」で会計処理しなければならないため、クラフト・ハインツの保有株325,442,152株は除外しています。バークシャーの貸借対照表では、クラフト・ハインツの持ち株をGAAP基準で133億ドルとして計上しています。ただし、この日の当社株式の市場価値は113億ドルに過ぎません。


 


2つの都市の話


 アメリカにはたくさんのサクセス・ストーリーがあります。この国の誕生以来、アイデアと野心を持った個人が、新しいものを創造したり、古いもので顧客の体験を向上させたりすることで、夢を超えた成功を収めてきました。
 チャーリーと私は、これらの個人やそのファミリーの多くと結びつくために、全国を旅しました。西海岸では、1972年にシーズ・キャンディを購入したのが始まりでした。今から100年前、メアリー・シーは特別なレシピを用いて昔からある商品を再発明し、それを提供することを目指していました。彼女の事業計画に加えられたのは、フレンドリーな営業担当者が配置された趣のある店でした。彼女の最初の小さな店舗はロサンゼルスにありましたが、最終的には数百の店舗がアメリカ西部に広がっていきました。
 今日、ミセス・シーの商品は、何千人もの女性と男性に生涯にわたる雇用を提供しながら、顧客を喜ばせ続けています。バークシャーの仕事は、会社の成功に口出ししないことです。企業が本質的ではない消費者向け製品を製造・販売する場合、それをやめさせるのは顧客です。100年経った今でも、顧客からバークシャー社へのメッセージは明確です。「私のキャンディーを台無しにしないでください。」(ウェブサイトは https://www.sees.com/。ピーナッツ・ブリトルをお試しください)。
 大陸を横断してワシントンD.C.に移動しましょう。1936年、レオ・グッドウィンは妻のリリアンと共に、自動車保険(通常は代理店から購入する標準化された商品)が、はるかに低価格で直接販売できると確信した。10万ドルを元手して、2人は資本金が1,000倍以上ある巨大な保険会社を引き受けました。政府従業員保険会社(後にGEICOに短縮)が、その道の途中にありました。
 運良く、私は70年前にこの会社の可能性に触れました。瞬く間にそれは私の初恋の人となりました(投資的な意味で)。この話の続きはご存知の通りです。バークシャーは最終的にGEICOの100%のオーナーとなりました。GEICOは84年目となり、レオとリリアンのビジョンを常に微調整していますが、変更はしていません。
 しかし、会社の規模には変化がありました。1937年、創業初年度のGEICOの売上高は238,288ドルでした。これに対して昨年は350億ドルになりました。


 


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 金融、メディア、政府、テクノロジーの多くが沿岸部に集中している今日では、アメリカ中央部で起きている多くの奇跡を見落としがちです。ここでは、私たちの国中に存在する才能と野心を見事に物語る2つのコミュニティに焦点を当ててみましょう。
 私がオマハから始めても驚かないでしょう。
 1940年、オマハのセントラル高校(チャーリー、父、私の最初の妻、3人の子供、2人の孫の母校でもある)を卒業したジャック・リングワルトは、12万5000ドルの資本金で損害保険会社を設立することを決意しました。
 ジャックの夢は途方もないものであり、豊富な資本で運営されている巨大な保険会社と競争するために、やや大げさにNational Indemnityという社名を名乗り、弱者の戦略が必要でした。さらに、これらの競合他社は、資金力が豊富で老舗の地元代理店による全国的なネットワークを持っており、確固たる地位を確立していました。ジャックの計画の下では、GEICOとは異なり、National Indemnityは、それを受け入れるように設計された機関を使用するため、事業の買収においてコスト面でのメリットはありません。このような手ごわいハンディキャップを克服するために、National Indemnityは「大物」からは重要ではないとみなされる「変わり者」のリスクに焦点を当てました。そして、信じられないことに、この戦略は成功しました。
 ジャックは正直で、抜け目がなく、好感が持て、少し風変わりでした。 特に、彼は規制当局を嫌っていました。 彼が定期的に彼らの監督に悩まされたとき、彼は彼の会社を売りたいという衝動を感じたでしょう。
 幸いなことに、私はそのような機会に近くにいました。ジャックはバークシャーに参加するというアイデアを気に入ってくれて、1967年に交渉を開始し、15分で握手することができました。私は監査を要求しなかった。
 今日、National Indemnityは、特定の巨大なリスクに保険をかける準備ができている世界で唯一の会社です。そして、バークシャーの本社から数マイル離れたオマハに拠点を置いています。
 長年にわたり、オマハファミリーから4つの追加事業を購入しました。その中で最もよく知られているのは、ネブラスカ・ファニチャー・マート(「NFM」)です。会社の創設者であるローズ・ブリュムキン(「ミセスB」)は、1915年にロシア系移民としてシアトルに到着し、英語を読んだり話したりすることができませんでした。彼女は、数年後にオマハに定住し、1936年には家具店を始めるために2500ドルを貯金しました。
 競合他社やサプライヤーは彼女を無視していましたが、一時は彼らの判断が正しかったようです。第二次世界大戦で彼女のビジネスは停滞し、1946年の年末には、会社の純資産はわずか72,264ドルにまでにしかなりませんでした。現金は、現金と預金の両方で合計50ドルでした(これはタイプミスではありません)。
 しかし、ある貴重な資産が1946年の帳簿には記録されていません。それは、ミセスBの一人息子であるルイ・ブリュムキンが、4年間の米軍での兵役を終えて店に戻ってきたことです。ルイはノルマンディー上陸作戦の侵攻で、ノルマンディーのオマハビーチで戦い、その後、バルジの戦いで負った負傷で名誉戦傷章を獲得し、1945年11月に帰国したのです。
 ミセスBとルイが再会したら、NFMを止めることはできませんでした。夢に駆られて、母と息子は昼も夜も週末も働きました。その結果、小売業の奇跡が起こりました。
 1983年までに2人は6000万ドルのビジネスを築き上げました。その年、私の誕生日にバークシャーは再び監査なして、NFMの80%を購入しました。私はブリュムキン家のメンバーが事業を運営することを期待していました。ミセスBは103歳まで毎日働いていましたが、これはチャーリーと私の判断ではとんでもない時期尚早の定年でした。
 NFMは現在、米国で最大の3つの家具店を所有しています。それぞれの家具店は2020年に売上高の記録を打ち立てました。これは、COVID-19のために6週間以上もNFMの店舗が閉鎖されたにもかかわらず、達成された偉業です。
 この話の後書きが全てを物語っている。ミセスBの大家族が休日の食事に集まるとき、彼女はいつも食事の前に歌を歌うように頼みました。 彼女の選択は決して変わりませんでした:アーヴィング・バーリンの「ゴッド・ブレス・アメリカ」。


 


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 テネシー州第3の都市であるノックスビルに少し東へ移動してみましょう。そこでは、バークシャーは、クレイトン・ホームズ(100%所有)とパイロット・トラベル・センター(現在は38%所有だが、2023年には80%になる予定)という注目すべき2つの企業の株式を所有しています。
 それぞれの会社は、テネシー大学を卒業し、ノックスビルに留まった若い男性によって設立されました。どちらも意味のある資本金を持っていなかったし、両親も裕福ではありませんでした。
 しかし、それがどうしたって言うのか?現在、クレイトン社とパイロット社は、それぞれ税引き前の年間収益が10億ドルを超え、合わせて約47,000人の男女を雇用しています。
 ジム・クレイトンは他にもいくつかの事業を手がけた後、1956年にわずかな資金でクレイトン・ホームズを設立し、「ビッグ・ジム」ハスラムは1958年にサービス・ステーションを6,000ドルで購入してパイロット・トラベル・センターとなった会社を設立しました。その後、それぞれの男性は、父親と同じ情熱、価値観、頭脳を持った息子をこの事業に参加させました。遺伝子には時に魔法があります。
 現在90歳の「ビッグ・ジム」ハスラムは最近、ジム・クレイトンの息子、ケビンがハスラムにパイロット社の大部分をバークシャーに売却するように勧めた方法を説明する感動的な本を執筆しました。どの小売業者も、満足した顧客こそがその店の最高の営業マンであることを知っています。これは、企業が代替わりしても同じことが言えます。


 


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 次にノックスビルやオマハの上空を飛行する際には、クレイトン家、ハスラム家、ブリュムキン家、そしてわが国の至る所に存在する成功した起業家の軍勢に敬意を表しましょう。これらの建設者たちは、自分たちの可能性を実現するために、アメリカの繁栄のための枠組み(1789年に作成されたときのユニークな実験)を必要としていました。また、建国の父たちが求めていた奇跡を成し遂げるためには、ジム・C、ジム・H、ミセス・B、ルイのような市民が必要だったのです。
 今日、多くの人々が世界中で同じような奇跡を起こし、全人類に利益をもたらす繁栄の広がりを生み出しています。しかし、232年という短い歴史の中で、アメリカのように人間の可能性を解き放つインキュベーターは存在しませんでした。多少の中断はあったものの、アメリカの経済発展は目を見張るものがあります。
 その先には、「より完全な連邦」になるという憲法上の目標があります。この点での進展は遅く、不均等で、しばしば落胆することがあります。しかし、私たちは前進してきたし、これからも前進し続けるでしょう。
私たちの揺るぎない結論:アメリカ売りの賭けをしてはいけない。

2021年3月 2日 (火)

ウォーレン・バフェットの「株主への手紙」2020(3)~ファミリーの宝とこれらの宝の皆さんの持ち分を増やす方法

 A-1ページには、年末の時点で36万人を雇用するバークシャーの子会社をリストアップしています。これらの子会社の事業の詳細は、この年次報告書の巻末に掲載されている10-Kに掲載されています。当社が部分的に所有しているが支配していない会社における当社の主要なポジションは、この「株主への手紙」の7ページに記載されています。このような事業のポートフォリオもまた、規模が大きく多様です。
しかし、バークシャーの価値の大部分は4つの事業にあり、3つの事業は支配下にあり、1つは当社が5.4%しか出資していません。4つの事業はすべてわれわれの宝です。
 最も価値の大きいのは、53年間にわたりバークシャーの中核を担ってきた当社の損害保険事業です。当社の保険会社のファミリーは保険分野ではユニークな存在です。1986年にバークシャーに入社したマネージャーのアジャット・ジェインも同様です。
 全体的に、バークシャーの保険会社は、世界中のどの競合他社よりもはるかに多くの資本で運営されています。この財務力は、バークシャーが保険事業以外の事業から毎年受け取る巨額のキャッシュフローと相まって、当社の保険会社は、圧倒的多数の保険会社では実現不可能な株式を中心とした投資戦略を安全に実行することができます。これらの競合他社は、規制上の理由と信用格付け上の理由から、債券を中心とした投資戦略を取らざるを得ません。
 そして債券は、最近はあるべきところにはありません。最近、10年物の米国債(年末の利回りは0.93%)から得られる収入が、1981年9月に得られた利回り15.8%から94%も下がっているなんて、はたして信じられるでしょうか?ドイツや日本のような大国や重要な国では、投資家は何兆ドルものソブリン債からマイナスのリターンを得ています。年金基金、保険会社、退職者を問わず、世界中の債券投資家は暗い未来に直面しているのです。
 一部の保険会社や他の債券投資家は、不安定な債務者を担保にした債務に買い入れをシフトすることによって、現在利用可能な哀れなリターンを搾り取ろうとするかもしれません。しかし、リスクの高いローンは、不十分な金利の解決策にはならない。30 年前、かつては強大だった貯蓄貸付業界は、この格言を無視したこともあって自滅してしまった。
 バークシャーは現在、1,380 億ドルの保険「フロート」を保有しています。この資金は、当社には帰属しませんが、債券、株式、または米国財務省証券などの現金同等物のいずれであっても、当社が運用することができる資金です。つまり、フロートは銀行預金と似たようなものです。バークシャーが保有するこの巨額の現金は、長年にわたって現在の水準に近い状態が続く可能性が高く、累積ベースでは、私たちにとってはコストがかからない。もちろん、この幸せな結果はいつまでも続かないかもしれず、長期的に見れば、私はその確率が高いと思っています。
 私はこれまで、皆様への年に一度の手紙の中で、繰り返し(果てしなくと言う人もいるかもしれませんが)当社の保険事業について説明してきました。そこで私は今年、当社の保険事業と「フロート」についてもっと詳しく知りたいとお考えの新株主の皆様に、A-2ページに転載されている2019年版レポートの該当部分をお読みいただくようお願いします。当社の保険事業に存在するリスクと機会をご理解いただくことが重要です。
 われわれの2番目と3番目に価値のある資産は、現時点ではかなりのトスアップですが、バークシャーが保有する貨物量では米国最大の鉄道会社BNSFの100%の株式と、アップルの5.4%の株式です。そして4位には、バークシャー・ハサウェイ・エナジー(BHE)の91%の株式を保有しています。ここにあるのは、非常に珍しい公益事業であり、その年間収益は1億2,200万ドルから34億ドルへと21年間で成長しています。
 BNSFとBHEについては、この手紙の後半で詳しくお話したいと思います。しかし、今のところは、バークシャーが上記の「ビッグ4」だけでなくバークシャーが保有する他の多くの資産への関心を高めるために定期的に使用する手法に焦点を当てたいと思います。

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 昨年、われわれはバークシャーのA株80,998株分を買い戻し、その過程で247億ドルを支出して、バークシャーの不動産に対する熱意を示しました。この行動により、みなさんは財布に触れることなく、バークシャーの全事業の所有権を5.2%増加させることになりました。
 チャーリーと私が以前から推奨してきた基準に沿って購入を行ったのは、継続的な株主にとって一株当たりの本質的な価値を高めることができ、バークシャーが直面する可能性のあるあらゆる機会や問題に対応するための十分な資金を確保できると考えたからです。
 バークシャー株は、どのような価格であっても買い戻すべきだとは考えていません。私がこの点を強調しているのは、アメリカのCEOたちは、株価が暴落した時よりも上昇した時の方が、自社株買いに多くの資金を投入するという恥ずかしい記録を持っているからです。私たちのアプローチはまさにその逆です。
 バークシャーのアップルへの投資は、買い戻しの力を鮮やかに物語っています。2016年後半からアップル株を買い始め、2018年7月初旬までに10億株強のアップル株を所有していました(分割調整済み)。そういえば、私はバークシャーの一般口座に保有していた投資を参考にしており、その後売却された非常に小規模で個別に管理されていたアップル株の保有分は除外しています。2018年半ばに購入を終えた時点で、バークシャーの一般口座はアップルの株式の5.2%を保有していました。
 この株式の取得に要した費用は360億ドルでした。それ以来、当社はともに年間平均約7億7,500万ドルの定期的な配当を受け取っており、2020年にはポジションの一部を売却して110億ドルを追加で獲得しました。
 その売却にもかかわらず、バークシャーは現在、アップル株を5.4%所有しています。この増加は私たちにとって費用がかかるものでありませんでした。それはアップルが継続的に自社株を買い戻し、それによって現在の発行済み数を大幅に減らしたからです。
 良いニュースはそれが全てではありません。われわれは2021から22年の間にバークシャー株も買い戻したので、みなさんは今、間接的に、2018年7月の時点よりもアップルの資産と将来の収益の10%を多く所有することになります。
 このような好ましい動きが続いています。バークシャーは年末以降、さらに多くの株を買い戻しており、将来的にはさらに株式数を減らす可能性があります。アップルも同様に自社株買いの意向を公言しています。これらの削減が行われると、バークシャーの株主は、当社の保険グループやBNSF、BHEの持ち分が高まるだけでなく、アップルへの間接的な所有権も増加することになります。
 買い戻しの計算は、ゆっくりとしたものではありますが、時間が経つにつれて強力なものになっていきます。このプロセスでは、投資家が優れたビジネスの拡大し続ける部分を所有するためのシンプルな方法を提供しています。
 情熱的なメイ・ウェストが保証してくれたように 「良いことをしすぎると.........素晴らしいことになる」

2021年3月 1日 (月)

ウォーレン・バフェットの「株主への手紙」2020(2)~ (一つがだめなら)他にあるもうひとつの手段

 バークシャーはしばしばコングロマリットと呼ばれます。このコングロマリットというのは、無関係な事業の寄せ集めを所有する持ち株会社に適用される否定的な用語です。このコングロマリットというのはバークシャーを説明にはなります。しかし、それは部分的な説明にしかなりません。一般的なコングロマリットとどのように、バークシャーとはどこが異なるのかを理解するために、少し歴史を振り返ってみましょう。
長い間、コングロマリットは一般的に事業全体の買収に限定されてきました。しかし、この戦略には2つの大きな問題がありました。1つは解決不可能な問題です。つまり、真に素晴らしいな企業のほとんどは、誰かに買収されることに興味がなかったのです。その結果、買収取引に飢えたコングロマリットは、重要かつ永続的な競争力を欠いた「まあまあ」の企業に焦点を当てなければならなかったのです。それは釣りをするのに適した池ではなかったのです。
 その上、素人のコングロマリットがこのような二流のビジネスの世界に飛び込んだとき、彼らはしばしば、獲物を捕まえるために、驚くほどの「コントロール」プレミアムを支払わなければならないことに気がついたのです。彼らは単に、高価な買収のための「通貨」として使用することができる非常に過大評価された自社株をでっちあげる必要がありました。(「あなたの犬のために1万ドル払うかわりに、私の5,000ドルの猫を2匹あげよう」)
 多くの場合、コングロマリットの株式の過大評価を促すためのツールには、プロモーション手法やいわゆる「想像力に富んだ」会計操作が含まれており、それはせいぜい欺瞞的なものであり、時には詐欺行為にまで発展することもありました。これらのトリックが「成功」したとき、コングロマリットは、買収相手に2倍の価値を提供するために、自社株を事業価値の3倍にも押し上げたのです。
このような投資の幻は、驚くほど長い間続けることができました。ウォール街は、買収など取引が生み出す手数料を愛し、マスコミは、金ぴかの創立者が提供する物語を愛している。ある時点で、また、つり上げられた株式の高騰価格は、それ自体が幻が現実であるという「証拠」になりえます。
 結局、当然のことながら宴は終了し、多くのビジネスの「皇帝」は服を着ていないことが明らかになります。金融の歴史には、ジャーナリスト、アナリスト、投資銀行家などから天才ビジネスマンと称されながらも、そのビジネスの創造物が廃品になってしまった有名な財閥系企業の名前がたくさん並んでいます。
 コングロマリットは尋常でないほど高く評価されました。

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 チャーリーと私は、経済的に優れた特性を持ち、優れた経営者を持つ多様な企業グループのすべてまたは一部をわれわれのコングロマリットで所有したいと考えています。しかし、バークシャーがこれらの事業を支配しているかどうかは、われわれにとって重要ではありません。
 私が、そのことに気づくまでには時間がかかりました。しかし、チャーリーは、最終的には、優良なビジネスを支配しないで部分的に所有することは、限界のある企業の100%を苦労して所有するよりも、はるかに少ない労力で、より多くの利益を得ることができ、より楽しく、より少ない仕事であることを確信させてくれました。そして私はバークシャーで引き継いだ繊維事業との20年間の格闘を経て、ようやくそのことに気づいたのです。
 このような理由から、われわれのコングロマリットは、管理された事業と管理されていない事業の集合体であり続けることになります。チャーリーと私は、企業の永続的な競争力、経営者の能力と性格、価格に基づいて、最も理にかなっていると思われるビジネスに、皆様の資本を投入します。
 その戦略が、私たちの努力をほとんど必要としないものであれば、それに越したことはありません。飛び込み競技のような採点システムとは対照的に、ビジネスでは「難易度」には点数がつきません。さらに、ロナルド・レーガンが警告したように「努力しても人は死なないと言われているのに、なぜチャンスを逃すのか」と。

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