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2021年4月

2021年4月27日 (火)

山本芳久「世界は善に満ちている:トマス・アクィナス哲学講義」

11112_20210427222601  学校の世界史や授業では、ギリシャ・ローマの古代世界からルネサンスからの近代に跳んで、間を端折ってしまう。同じように倫社では古代ギリシャをやって、デカルト以降の近代思想に移る。共通しているのは中世を無視していることだ。しかし、哲学の世界では20世紀になるまで大学のメインの講座は中世のスコラ哲学で占められていたという。そのスコラ哲学のスーパースターがトマス・アクィナス。彼の主著のひとつ「神学大全」は創文社版の邦訳で全45巻にわたる。その巨大な体系のほんの一部、感情論にトマスの特徴がよく表われていると著者は言う。
 感情とは、ヨーロッパ言語ではPASSION。熱情とか激情とか訳されることが多いが、別の意味として受難というのもある。つまり受け身ということで、感情とは人が対象から受けたことへの反応を指す。例えば、悲しいというのは、日本語では悲しむという自発的なニュアンスがあるが、ヨーロッパ系言語では、悲しませる事に直面したときに引き起こさせられるというニュアンス。だから、感情というのは人の心情という見えないものではなく、対象とそれとの人の関係という外形的なもので、観察し分析することが可能になるという。
 トマスによると、11の基本感情は、「欲望的な感情」と「気概的な感情」とに大別される。「気概的な感情」は、善の獲得または悪の回避に困難が伴う場面で発現してくる感情である。それに対して、「欲望的な感情」の場合には、困難が伴う否かは、どちらでもよく、関心の焦点とはならない。困難が伴おうが伴うまいが、ともなく魅力的なものへと接近し、有害なものや状況から遠ざかろうとする心の動きが「欲望的な感情」と言われている。
 感情の第一の対は「愛」と「憎しみ」である。愛は善との「共鳴」を意味し、それに対して憎しみは悪との「不共鳴」を意味している。ここで注意しなければならないのは、「善」という言葉で意味されているのは、単なる「道徳的善」に限定されているのではなく、「有益的善」─役に立つという意味で善いもの─や「快楽的善」─喜びを与えるとの意味で善いもの─を含む広い意味での善であり、「価値」と言い換えてもいいような概念だという事実である。たとえば、人を愛するとき、人柄が善いから愛する場合(道徳的善)もあれば、役に立ってくれる人だから愛する場合(有益的善)もあれば、一緒にいると楽しいから愛する場合(快楽的善)もある。いずれにしても、愛は、魅力的な「善」に心を動かされることによって生じてくる「好感=気に入ること」を意味しており、それは価値ある対象との「共鳴」とも言い換えられる。このような「善」という言葉の意味について、日本語で考えてみても、「よい」という言葉が道徳的な意味で使用される場合は、必ずしも多くはない。トマスは、価値のあるもの、魅力あるもの全般を「善」という言葉で意味しており、そうした広い意味での「善」が「愛」の抱かれる対象だと述べている。だから、日本語の愛するという、恋愛とか愛情というのとは少し違う。例えば、金目当ての恋愛感情のない結婚とは言うけれど、経済的に生活が豊かになるということは有益であり、それは有益的善ということになり、その善と共鳴するのだから愛だということになる。総じていえば、人の生を肯定的に受け容れるということが愛といってもいい。つまり、存在を肯定するということだという。
 それに対して憎しみは、魅力的な善との関係を脅かす悪との「不共鳴」と定義される。それゆえ愛と憎しみは同じ平面で対立しているのではなく、常に愛が憎しみに先行している。何らかの善を愛しているからこそ、それを脅かす悪に対して憎しみが生じてくるという構造になっている。ここにおいて我々は既に、トマス感情論における肯定的な方向の優位を見出すことができる。愛(肯定的な感情)と憎しみ(否定的な感情)という対を成す感情に関して、愛は憎しみなしにも存在しうるが、憎しみは常に何らかの愛を前提にする。
 そういうわけだから、愛というのは全ての感情の基礎ということになるという。例えば、愛を得るということは喜びになるし、得られないのは悲しみになる。これらのことから、愛という存在の工程をベースに人間の感情というのはできている。そういう存在の捉え方、それがトマスという知の巨人の対象に対する基本姿勢として貫かれているという。
 「神学大全」はタイトルの通り、キリスト教神学がメインであり、日本人には敷居が高く、入りにくいが、著者のような切り口は、比較的入り易いと思う。叙述もスコラ哲学の論証の書き方でなく、プラトンのような対話編の形式で書かれていて、読みやすい。

2021年4月25日 (日)

西行の歌を読む(4)~鈴鹿山憂き世をよそに振り捨てて いかになりゆく我が身なるらん

   世を逃れて伊勢の方へまかりたりけるに、鈴鹿山にて
  鈴鹿山憂き世をよそに振り捨てて いかになりゆく我が身なるらん
 詞書によれば、出家遁世を果たした後に都から伊勢の地に下向する途次、鈴鹿山に至った時の灌漑で、「都を捨てて鈴鹿山を越える。なりふり構わず憂き世は振り捨ててきたが、明日の我が身はどうなるというのだろう。」と和歌文学大系では解釈されています。それで、出家遁世後の自己の感慨を表白したものということになります。
 詞書から見ると、「世を逃れて」は出家遁世してという意味で、これは時期的なものと、出家遁世をした生々しい意識、たとえば、そこに出家をした先への不安とか迷いのようなものが含まれる、そういう状態にあって、この歌を詠んだ「鈴鹿山」は、地理的には都と伊勢とを分かつところとして、ここを越えると都に引き返すことができなくなる。心情的には、出家遁世の迷いにあって引き返す(出家を止めて世俗に戻る)ことのできない一線を越えることに比喩されるという解釈もあります。
 そういう鈴鹿山の読み方の先駆として源俊頼の影響は考えられると思います。
  鈴鹿山関のこなたにとしふりてあやしくも見のなりまさるかな
  おともせでこゆるにしるし鈴鹿山ふりすててけるわが身なりとは
  ふりすててこえざらましに鈴鹿山あふぎの風のふきこましかば
 これらの「散木奇歌集」の歌では鈴鹿山を境界として捉えている点で、西行の歌と共通点が見られます。「鈴鹿山関の…」の歌では、鈴鹿山を伊勢への入り口として捉えた上で、伊勢に滞在する自身を「関のこなたにとしふりて」と表現しています。「おともせで…」の歌では、鈴鹿山は都と伊勢との中間に位置する境界点として捉えられています。俊頼にとっての鈴鹿山はかつて自分が身を置いていた都と、現在の自分が身を置いている伊勢とを隔絶する存在で、「あやしくも見のなりまさるかな」や、「ふりすててけるわが身なりとは」という感慨、つまり老いた身でありながら僻遠の地に暮らすという歎きを告白するためのものだったと言えます。同じように、西行の歌で「いかになりゆく我が身なるらん」という述懐も、鈴鹿山が旅程における分岐点であり、来し方を振り返り、行く末を思いやるのに相応しい場所で、このような感慨を表白するのに相応しい場所だったと言えます。
 和歌において「鈴鹿山」という場所は、歌枕としても捉えられており、「鈴鹿山」の「鈴」が鳴るということから「なる」、あるいは鈴を振るということから「ふる」という言葉が縁語として歌作りに利用されています。この歌でも、「いかになりゆく」には「鳴る」がかかり、「振り捨てて」とともに「鈴」の縁語となっています。そこで、境界という鈴鹿山という現実の場所に、和歌的な気持ちの移ろいという異質な世界が重なって同時的に存在しているといえます。「憂き世をよそに振り捨てて」には、自分の持っているすべてを振り切ろうという切迫感を読み取ることができる一方で、軽やかな鈴の音色が伴うものとなっている。この歌の解釈には、未来への明るい希望をよむか、将来への不安感を強調するかで意見が分かれているといいますが、そのどちらかというわけではなく、両方であると思われます。つまり、不安な心を和歌の伝統に身を委ねることで足取りまで鈴の音のように軽やかな旅人を演じようとした。そのちょっとした背伸びの心の隙間に、不安が忍び寄った。したがって、最初に述べた解釈の西行の個人的な信仰の迷いのモノローグとは、ちょっと違うのではないかと思います。
 また、下の句「いかになりゆく我が身なるらん」は和歌の論理として連なる他の作品たとえば
  世の中はいかになりゆくものとてか 心のどかにおとづれもせぬ
                                   (和泉式部集)
 この歌の詞書には、世の中が騒がしくなったころ、訪れの絶えた人に贈った歌とあります。世の中の二重性を利かせて、男のあなたにとって世の中の騒がしさは政局の不安定などかもしれないが、女の私には、あなたとの直接的関係だけが世の中なのだと言わんばかりです。西行の和歌は、この王朝の女の「(なりゆく)世の中」を受け継ぎながらも、より直接的に、しかも、肉感的に自分自身の肉体に向かって問いかけているというわけです。つまり、出家して「世の中」を捨てると「我が身」はいかに無防備に晒されるものか、と。この歌自体が揺れ動いているといえるのです。
 和歌では恋歌にかぎらず、風景を詠んだ歌でも、恋愛について、その諸相を繊細に表現しているのを、西行は、それを出家、つまり信仰に移し変えたと言えます。とくに、恋愛と言っても、和歌は恋の迷いとかかなわぬ恋とか失った恋といった悲劇的な面に注目して重点を置くのが和歌の特徴で古今集に収録された恋歌のほとんどがそういう歌です。西行の和歌には、この作品のような出家することへの迷いや不安が色濃いですが、そういう和歌の形式的な特徴による点が大きいと思います。それを、西行の青年の人生の悩みというような近代文学の青春の悩みのように受け取って共感してしまう(例えば小林秀雄)こともあるようですが、もっと形式的なものではないかと思います。しかも、恋愛は、必ず相手がいるので、ダイアローグになります。それに対して信仰告白はモノローグが基本です。しかし、恋愛で用いられた表現を移し変えたので、モノローグにならずダイアローグを持ち込んだ。それが、この和歌では、掛詞や縁語といった技法を使っているところに象徴的に表われていると思います。これは、ミハエル・バフチンがドストエフスキーの「地下生活者の手記」の主人公のモノローグをダイアローグ的と評したのと重なるのではないかと思うのです。
 また、この歌は『山家集』の他にも、例えば『新古今集』にも収められています。この歌は17巻の雑歌に収められ、次の2首が続き、3首セットで配列されています。
   題しらず                                     慈円
  世の中を心たかくもいとふかなふじの煙を身のおもひにて
   あづまのかたへ修業し侍りけるに、ふじの山をよめる          西行
  風になびく富士の煙の空にきえてゆくへも知らぬ我が心かな
 “世捨て人西行の動揺する心の表白、慈円の思いの火としての表白、西行の富士の煙のように果てなしなき思いの表白である。この三首は、山という配列の面からも、出家者の心の表白という内面の連関しても見るべきものがあり、西行的なものが一層生彩を放っているようにも思われる。(糸賀きみ江「新古今集雑部における西行歌の位相」)”このように出家者の心の表白という内面の連関が3首にはあると思います。しかし、それだけでなく、西行による2首。ひとつは出家後間もなくの頃の、言わば西行の出発点に当たる時期の作品と、もうひとつは晩年近くの西行の到達点を示す作品が、慈円の歌を軸とする形で対置的に置かれている。もう少し踏み込んで言うと、西行の「鈴鹿山」の歌は既述のように出家したものの我が身の行く末を案じていろところが表わされているものです。続く慈円の歌。私は身の程も弁えず、この世を厭離しようとしている。富士の煙に思いを託して、と出家者としての慈円の身の思いを示したもの。そして、3首目の西行の「風になびく」の歌は、西行自身が「これぞわが第一の自嘆歌」としたもので、下の句、4句目の「ゆくへ」を詠うとき、「鈴鹿山」の歌でどのようになっていく我が身であろうかと、自分の行く末を問いかけていたのに、その行く末は富士の煙と同一視され、「ゆくえ」の分からなくなってしまうものであることを悟り、まるで人生の答えを出したようでもある。つまり、『新古今集』の編者は、そういう西行の歌を正しく解釈して、あえて3首の組み合わせでセレクションしたのだろうと思います。

2021年4月22日 (木)

田中純「デヴィッド・ボウイ 無を歌った男」

11112_20210422205601  オタクとかマニアとか称して趣味的なものに熱中する人が、例えば、ガンダムというアニメーション作品が好きたというのに、フィギアとかグッズを沢山集めて多額の金を使ったり、部屋を溢れさせたりするのを、肝心の作品をもっと熱心に見ないのかと、文句を言いたくなってしまうのは、余計なお節介だが、この本は大判2段組みで640ページ、細かい字でびっしり、ボウイの楽曲について、どのような内容で、それを著者は、どのように聴いて、どのように意味づけているが書かれている。この個々の楽曲の説明が積み上がって、ボウイという表現者は、こういうのを表現しようとしたかがイメージできるようになっている。それは、ロックを愛しながら、それに固まってしまうことはロック的でないとして、ロック的なスタイルから外れようとしたというメタレベルに姿勢を貫いた。つまりロックのスタイルから脱け出ることがロックだったということ。これは、作品を飽きるほど繰り返し聴いて、そのことばかり考え続けるでもしないと書けないと思う。説明の記述は具体的なのだ。一般的な音楽の記述にありがちな、感情的な形容詞で抽象的に語ることは一切していない。例えば、美しいとか過激だとか。あるいは、歌詞を引用して、若者の怒りを代弁しているといった陳腐な定型は見られない。たしかに歌詞にも注目しているが、それはがボウイの歌い方によって歌詞の聞こえ方がこうなって、聴き手には、このような意味づけられるように捉えられるという記述になっている。例えば、この本のタイトルになっている「無を歌う」ということ、英文で「Nothing is …」というは、普通は「…は何もない」と訳すのだが、ボウイの歌から聞こえてくるのは「無がある」と訳せざるをえないとかんじさせてしまう。そういう効果をどのように作り出すかを分析するように記述している。私は、ボウイの熱狂的なファンというわけではなく、「ヒーローズ」というアルバムまでで、そのあとのボウイには興味を失くして聴かなくなってしまったものだが、この本を読んでいると音楽が聞こえてくるし、実際の音楽を聴きたくなる。それが好きなものを愛するということの表われだと思う。私も、好きなものについて、このように語りたいと思う。
 思春期とか悩み多き青年とかいうのが常套句になっているけれど、アリエスが「子供の誕生」で指摘したように、子供とか青年というのは、一方で大人という存在が確立していて、それに達しない未熟な半人前という、大人の否定形でしか認識されていなかった。それらを固有の存在として位置付けれたのは近代になってからで、20世紀の大衆社会になって、大量生産によるマスプロ消費の対象として注目されるようになったのは、第二次世界大戦の経済復興から経済成長が達成された後のことだと思う。その時に消費欲が充たされて大人に代わって新たな購買層として青年が独自の消費文化を生みだした。大人には未熟な青年が、それゆえに大人とは違う傾向の商品を消費する。そこで産業界は新たな市場を作り出した。その一つが青年向けのポピュラー音楽、例えばロック・ミュージックだろうと思う。その特徴として、未熟な青年と共通して、完成された作品よりも、未熟ではあっても表現衝動と直結したところが優先された。つまり、未熟な存在が未熟なものを求めたということになる。だから、ロックの楽曲は歌詞も曲の構造も単純なものが多い。ただ、そこに愛したいという欲望や怒りだとかといった衝動に近い感情がそのまま演奏をつくっていた。それは、ある意味では、未熟が成熟に向かっていく過渡期のみに存在することを可能にしたはかないものといえた。だからこそ、希少性という価値が生まれたと言える。これは、譬えて言えば、笠井潔が『テロルの現象学』で述べたような、革命という非日常の限界状況ではじめて、社会や日常といった制約から解放された人間の本来的な生の輝きを想わせるものだろうと思う。パリ・コミューンのバリケードの瓦礫の中で19歳のアルチュール・ランボーが「地獄の季節」を書き上げ、その後、2度と詩を書くことなく、アフリカに渡り商人となって後半生を過ごしたように。しかし、その反面、衝動などと言うものは、鬱積して、ため込んでいれば先鋭なものとなるが、発散してしまえば、それでおしまいであとは空っぽになる。実際のところ、ロックを演奏するミュージシャンたちは、最初は衝動のままにパワフルな音楽を作っていたが、しだいに音楽がそれなりに完成していくことになると、未熟という希少性を失い、衝動を発散して空っぽになってしまうことが多かった。だから、彼らのほとんどはデビュー曲が最高で、そのあと尻すぼみとなってしまった。その中でも、完成した音楽でも聴き手を満足させられた者や頭が良くて上手に立ち回った者たちは、生き残ったが、それは最初の衝動とは別人の姿となっていた。そこで、衝動の輝きを失なわないためにはどうしたらいいか、ということに挑戦しようとした人かいた。その一人として、デヴィッド・ボウイという人の名前が真っ先に思い浮かぶ。ただボウイのそういう姿勢は、もともと何も失うものがないからこそ衝動を発散することができたものが、そういうことに価値があるとして守るものにしてしまったという大きな矛盾を孕むものだったと思う。それゆえに、ボウイのやったことはゴールを目の前にして迂回を繰り返すような面倒くさいもので、どこか奥歯にものの挟まったようなまどろっこしいものになってしまっていたと、と私には感じられた。しかし、それだからこそ、無視することはできないもの、とこか気にせざるを得ないものだった。  ロックン・ロールとリズム&ブルースの違いはどこにあるのか説明できるだろうか。嘘か真か、白人のエルヴィス・プレスリーのレコードをリズム&ブルースとしてしまうと、黒人の音楽だから白人のレコード店で売ることはできないから、白人向けに売るためにロックン・ロールというジャンルを設けたという。それほど、白人の青少年の購買が期待できたということ。ロックという音楽は、単にリズム&ブルースを若い白人の青少年が歌ったことかに始まる。つまり、新たに創ったのではなく、すでにあった音楽の形を、そのまま演ったというもの。例えば、ビートルズやーリング・ストーンズのファースト・アルバムの収録曲は、シングルで発売されたオリジナル曲以外はコピーといって他人がすでに演っていたリズム&ブルースを単に彼らが演ったというだけのものだった。既存の曲を演るといってもジャズのスタンダードナンバーなどとは違う。ジャズの場合は、既存の他人の曲を取り上げても、それにどのようなアドリブを加えるかというオリジナリティーが大切で、そこに形つくるという創造の要素がある。これに対して、ロックのコピーは、言葉の通り、写す。ロックという音楽は、音楽の形式を創るということが、志向されていなかったという面がある。それが、衝動と関わっている。愛でも怒りでも突発的に湧き上がってくる衝動を音楽の形に創り上げ、整えている暇はない。そんな悠長に時間をかけていたら興奮は冷めてしまう。そんなに待っていられないから、取りあえず、その衝動を盛る器を手近なものでぶちまけてしまう。そのときに手近な器として手に取ったのがリズム&ブルースあるいはロックン・ロール。それは、作り手の側だけでなく、受け手であるリスナーもある意味陳腐なパターンで提供されると親しみ易い。だから、ロックという音楽には、もともと音楽をつくるという創造性はなかった。実際に、ビートルズなんかが典型的なんだけれど、はじめは衝動を吐露するような音楽を演っていた(だから、不良とか反抗的とか言われた)のが、「サージャント・ペッパーズ…」以降のアルバムで音楽的な幅を広げたり、複雑な構成にしたりと形式的な充実を志向すると、初期のファンからは、日和ったとか心を失ったと批判されることが起こった。そのようなことは、ビッグ・ネームとなったバンドでは、皆そんな目に遭っている。

2021年4月18日 (日)

山折哲雄「『歌』の精神史」

11112_20210418191601  いま、叙情が危ない。われわれのこころの世界が乾き上がり、砂漠化しているのではないか。叙情を受け容れる器が損傷し、水漏れをおこしているからではないか。叙情とは、万葉以来の生命のリズムのことだ。魂の躍動をうながし、日常の言葉を詩の形に結晶させる泉のことだ。それが枯渇し危機に瀕しているのは、時代が平板な散文世界に埋没してしまっているからである。歌の調べが衰弱し、その固有のリズムを喪失しているからだ。例えば、平家物語の冒頭の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり…」を小林秀雄はただの美文で、このセンチメンタルな響きが人を誤らせたと断罪する。もっと内容とか意味を深く読み込むと、平家の人々や源氏でも木曽義仲たちが運命に抗いながらも翻弄され滅んでいく悲劇的な叙事詩として味わうことができる。しかし、平家物語はもともと語り物で、琵琶法師などを通じて民衆に受け入れられ、その中で作られてきたものだ。美文というが、それが語られることでうまれるリズムが人々に生き生きとした感情を呼び起こす。美文の言葉もそういう中で選ばれたもの。著者は、近代化のプロセスで導入したヨーロッパ系言語の論理とか意味、その前提となる言葉ですべてを語ろうとするということ、その反面の語られないものは存在しないという言葉の構造とは違う、日本語の言葉のあり方、そこには言葉の意味では表せないことがあるという一種の諦念を全体とする言葉による表現、それによってしか表わすことのできない抒情があるといっていると思う。多分、和歌とか俳句のような伝統的な韻文についても、詠う(うたう)ものであったものが、いまでは黙読するのが主流となり、口に出すという身体性(例えば、口に出して言葉のリズムを身体で感じる)ということがなくなっている。言葉のあり方というものが変化してきているということが、「歌」に、顕著に見ることができるということ。

2021年4月14日 (水)

西行の歌を読むく(3)~さてもあらじ今見よ心思ひとりて 我が身は身かと我もうかれむ

    さてもあらじ今見よ心思ひとりて 我が身は身かと我もうかれむ
 このままではいないぞ、さあ見ていろ我が心よ、(出家への)決意を固めて昨日までの私と全く違う私の門出に
詞書には述懐の歌題を人々と5首詠んだとあり、出家の意識が高まった時に詠まれたと言います。前記の「空になる…」の歌と同じように「遊離魂感覚」を表現している歌だと言われています。
 第二句の「今見よ心」は心に呼びかけている言葉です。「思ひとりて」とは決心しての意味で、出家に際して揺れ動く心を固めることを言っていて、「我もうかれむ」という出家を断行することに対して、気持ばかりが先行してしまうことを、心が身から遊離すると表わし、その心に対して「さてもあらじ」と、そうはいかない(願望だけに終わらせない)と呼びかけている。つまり、心が先に浮かれ出る(遊離する)、それを追いかけるように身も同じように浮かれ出る。そういう決心。心の浮遊するままに身も浮遊しようと心を固める、そうすることで、心の憧れるままに身の方も以前の我が身とは違う私全体が出家を実行する。かなり理屈っぽいことになっています。
 普通、和歌では抒情といい心持ちを表現するという場合、例えば恋歌であれば、繊細優美な恋の情趣を歌い、完成された美的世界を形成しようとする傾向が強いものであって、この場合、和歌を詠む者は、恋をする者であり、その恋する者の立場で自身の恋を美しくうたいあげるというものでした。これに対して、「さてもあらじ…」の歌の姿勢を恋歌にあてはめてみれば、自身の恋愛に即して詠むのではなく、距離を置いて恋という心理的状況を自身と相手を俯瞰的に観察するような傾向になっているところに独自性があると思います。つまり、「遊離魂感覚」ということは、自己から視点が離れて鳥瞰的に自己を眺める視点で、これは西欧の小説のような近代文学にある絶対者の視点で物語を客観的に語るということに近いのではないか。そういう小説の心理描写のような、この「さてもあらじ…」の歌でいえば、出家に際しての心理的な心情の揺れ動きのぐずぐずするようなところを表わしているところは、西行に特徴的なところであり、後世の小林秀雄のような近代人には小説のように読むことができる点で、近しいと映ったのではないかと思います。
 また、光田和伸「身の音─「西行」は読めているか」によれば、西行の特徴のひとつとして、彼の作風は新古今風の行き詰まりを打開するオルタナティブと位置付けられるというのです。当時の伝統的な古今風とは「集め、審判し、微笑む」ことに終始する作風で、つまり、あれこれ和歌を集め、それらを審判し微笑んでみせるという雅びな趣味を楽しむという洗練を極めるということは、新しい可能性を創造するものではなく早晩行き詰まることは目に見えていた。その行き詰まりに際して、当時の歌人たちは、古今風の雅な趣味に逼塞する「特権的な私」にその原因があるとして、そのように窒息し、あがいている「私」からどのように脱け出て、それに代わりうる別の「私」の姿を樹立することにあった。例えば、藤原定家とその周辺が提出したのが「看取り、見届ける私」でした。しかし、これは「集め、審判し、微笑む」特権的な「私」の焼き直しにすぎない。これに対して、西行は次元の違う西行風としか言えないような独自のアプローチを試みたという見解を提出します。それでは、西行風の核心は何かと問えば、親鸞の「歎異抄」にあらわれる生き方に通じるものだったのではないかと言う。そこでは、念仏によって浄土に生まれかわるのか、それとも地獄に堕ちるのか、それは問うところではない。法然に言わせれば、たとい地獄行きになっても一切後悔しない、という断念といってもいい、そういうところに自分は生きているという覚悟。それが趣味に閉じ籠った「特権的な私」から離脱して自由になることになる。つまり、分かりやすく説明することを試みると、古今風や、それを批判した定家たちとは「特権的な私」に留まって、その「私」を何とかしようとした。それにたいして、そういう「特権的な私」を突き放して、もう一つの私、つまりメタレベルの私が行き詰まっている「特権的な私」を客観的に眺めることができた。それが、実際に和歌を詠む現場では、和歌の身体的なリズムに積極的に乗っていく。だから、この「さてもあらじ…」の歌は、西行がくよくよ悩んでいる歌とは考えられないといいます。これは、以前に触れた白洲正子や小林秀雄の読んだ近代的個人の悩める自己の内面というものとは違って、もっと力強い表現と言えると思います。

 

2021年4月10日 (土)

内田樹、白井聡「日本戦後史論」

11112_20210410183401  日本は第二次世界大戦の敗北を「敗戦」とは言わず「終戦」と呼ぶ。そこには負けたということに向き合わず、隠蔽しようとしたためだという。例えば、「なぜ負けた?」という問いは究明されなかった、このような問いをするには「次には勝つ」ためという真剣さがなければならないが、そういうマインドは起こらなかったという。むしろ、日本の国策は対米追従に傾いた。それは、現在の日米安保体制にも連なっている。しかし、だからといってアメリカに敗北し、国土を焼かれ、占領されたという屈辱や恨みが消えるわけではない。ナショナリストなら次はアメリカに勝って見返してやるというのが真っ当なものだろうが、逆にアメリカに追従するという、それも防衛などといった国家の主権をアメリカに依存するという卑屈な姿勢を採った。そういう歪みが日本の戦後社会にあるという。その歪みの奥底にはルサンチマンがあって、破壊願望に進展したのが現在の社会だという。だから、政策に長期的な視野がない。先がないと思っているからで、目先のことしかしい。これは、最近のコロナ対策の場当たり的な政府の施策にも表われている。つまり、敗戦の相手であるアメリカに仕返しをするのではなく、追従してしまった日本を不甲斐ないと失望し、そんな国なら滅んでしまえばいいという転倒がおこっている。それは、最近の安倍政権にも端的にみられるという。
 思うに、そういう指摘をしている著者たちも、そういう歪みのなかにいるはずであるだろうけれど、本人たちがそのことを自覚していないように見える。この人たちはリベラルの立ち位置にいて安倍政権を批判しているだが、その批判がルサンチマンが見え隠れする情緒的な言い方になっているし、例えばリベラルの人たちの中国に対する姿勢は、ナショナリストのアメリカに対する姿勢と同じことが言えると思う。ただ、この国にそういう歪みがあることは否定できないと思うし、それゆえ、戦争を戦ったわけでもないのに勝利を祝う朝鮮半島の国や抗日をしている蒋介石に対抗して静観していたのに日本に勝利したとして反日をうたう大陸の政府を嗤うことは、“目糞鼻糞を笑う”ことになるだろうと思う。

 

 

2021年4月 1日 (木)

ジャズを聴く(60)~ドン・フリードマン「Metamorphosis」

 ドン・フリードマンのリーダー録音としては5作目に当たり、フリー・ジャズっぽい行き方に接近したものとなっている。「CIRCLE WALTZ」とは印象が異なるが、フリードマンが他のミュージシャンのリーダー・アルバムにサイドメンとして参加した、例えばジョー・ヘンダーソンの「テトラゴン」やブッカー・リトルの「アウトフロント」でのプレイは、このアルバムでの演奏の方が通じているように思える。このアルバムでは、ピアノ・トリオにギターが加わったカルテット編成で、ピアノとギターがユニゾンでメロディを演奏するという変わった響きから、ソロが分岐するように派生していくところにサウンド面での特徴があると思う。そこでは、「CIRCLE WALTZ」で目立っていたピアノの弱音による繊細な響きを打ち消してしまうところもあって、「CIRCLE WALTZ」からフリードマンを聴き始めた人は、違和感を持つかもしれない。しかし、このアルバムを聴くと、決してフリードマンがピル・エヴァンズの真似で「CIRCLE WALTZ」を演ったのではないことを、間接的にでも分かるだろうと思う。
Jazfriedman_metamorphsis Metamorphosis      1966年2月22日録音
 Wakin' Up
 Spring Sign
 Drive
 Extension
 Troubadours Groovedour
 Dream Bells
   Don Friedman (p)
   Attila Zoller(g)
   Richard Davis (b)
   Joe Chambers(ds)  
 最初の「Wakin' Up」は、ベースのイントロに続いてミドル・テンポのスインギーなワルツをピアノとギターがユニゾンで演奏する。この時のフリードマンのピアノは、音量でギターの背後になっていて、コードを押さえてのテーマなので伴奏のようでもある。続くソロがギターなので、ことさらそう聴こえるのか、ピアノはバックで伴奏のようであるけれど、ギターが退くと、その伴奏の形のままソロに移行していく。このような形でフリードマンが演奏全体をリードしている。曲の構造的な面では、「CIRCLE WALTZ」の場合は、この曲では大きな変化はないが、サウンドでの印象が違う。しかし、違いは2曲目の「Spring Sign」で明らかになってくる。冒頭でのギターとピアノユニゾンは、フュージョン・ギターでよく演られる手数の多いテクニカルなギターならではのような早弾きフレーズで、ピアノは無理に合わせているようなギコチなさがある。それが、これまでのハード・バップ的なジャズのメロディとは明らかに違うという印象を最初に与えられる。それに続いてピアノによるアドリブが、ブリッジのように静かにゆっくりとコードを連打していくのだが、それが段々に不協和音になってくところが変わっていて、テーマの早弾きフレーズを断片に分解した破片を散りばめるようなアドリブの展開はクラシックの20世紀音楽のクラスターのような響きを作り出していて、次第にピアノのアドリブがバップ的な展開に落ち着いていくのだが、バックのベースの弓弾きやギターの後のフュージョンのような早弾きが、バップ的なピアノとのミスマッチさが奇妙な響きをつくりだす。そして、ギターにソロがかわった後のピアノのバックが、変拍子と不協和音のオンパレード。弓弾きのベースが、この奏法を生かした重音を不協和音で、変拍子で、それにピアノが合わせると、完全に不協和音と変拍子の世界。次の「Drive」では前曲の傾向をさらに推し進めていくと、メロディの印象がクラシック音楽の十二音技法っぽくなってきて、次第にギターとピアノがビートを細分化して、細かい音を高速で間断なく弾いて、まさに高速のクラスターの響きの世界。背後のドラムスとベースは規則的なリズムを刻まず、まるで全体として浮遊しているような世界をつくりだす。
 「Troubadours Groovedour」のギターとピアノで交互に掛け合うように演奏されるテーマは、ジャズのリズムに乗った十二音技法のように聴こえて来る。それは、まさにこの録音が行なわれた当時のクラシックのコンテンポラリーな実験音楽のような響きでもあり、フリー・ジャズのようでもある。ただし、そのような音楽には理論的な方法論があって、音楽の本質はこうだと頭で考えていく、例えばフリー・ジャズでは演奏での自由を突き詰めて、コードなどの規制から解放されて自由に音楽作りをすることの追求という動機があったと思うが、ここでのフリードマンたちの演奏には、そのような理詰め感じはなくて、あくまでもサウンドの響きの新しさを求め結果ではないかと思う。かれらの演奏には、方法論を追求するような熱さはなくて、いかに聴き手に聴こえるかを測りながら演奏している醒めたところがある。それは、演奏が決して熱気でごり押しのような盛り上がりには至らないことからも分かる。これだけ、フリー・ジャズを演っていても、全体としての演奏には穏やかな静かさが漂っていて、リラックスした雰囲気を失っていない。そこにフリードマンの特徴的な繊細さがあると思う。

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