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2021年4月10日 (土)

内田樹、白井聡「日本戦後史論」

11112_20210410183401  日本は第二次世界大戦の敗北を「敗戦」とは言わず「終戦」と呼ぶ。そこには負けたということに向き合わず、隠蔽しようとしたためだという。例えば、「なぜ負けた?」という問いは究明されなかった、このような問いをするには「次には勝つ」ためという真剣さがなければならないが、そういうマインドは起こらなかったという。むしろ、日本の国策は対米追従に傾いた。それは、現在の日米安保体制にも連なっている。しかし、だからといってアメリカに敗北し、国土を焼かれ、占領されたという屈辱や恨みが消えるわけではない。ナショナリストなら次はアメリカに勝って見返してやるというのが真っ当なものだろうが、逆にアメリカに追従するという、それも防衛などといった国家の主権をアメリカに依存するという卑屈な姿勢を採った。そういう歪みが日本の戦後社会にあるという。その歪みの奥底にはルサンチマンがあって、破壊願望に進展したのが現在の社会だという。だから、政策に長期的な視野がない。先がないと思っているからで、目先のことしかしい。これは、最近のコロナ対策の場当たり的な政府の施策にも表われている。つまり、敗戦の相手であるアメリカに仕返しをするのではなく、追従してしまった日本を不甲斐ないと失望し、そんな国なら滅んでしまえばいいという転倒がおこっている。それは、最近の安倍政権にも端的にみられるという。
 思うに、そういう指摘をしている著者たちも、そういう歪みのなかにいるはずであるだろうけれど、本人たちがそのことを自覚していないように見える。この人たちはリベラルの立ち位置にいて安倍政権を批判しているだが、その批判がルサンチマンが見え隠れする情緒的な言い方になっているし、例えばリベラルの人たちの中国に対する姿勢は、ナショナリストのアメリカに対する姿勢と同じことが言えると思う。ただ、この国にそういう歪みがあることは否定できないと思うし、それゆえ、戦争を戦ったわけでもないのに勝利を祝う朝鮮半島の国や抗日をしている蒋介石に対抗して静観していたのに日本に勝利したとして反日をうたう大陸の政府を嗤うことは、“目糞鼻糞を笑う”ことになるだろうと思う。

 

 

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