西行の歌を読む(6)~あくがるる心はさても山桜 散りなんのや身に帰るべき
あくがるる心はさても山桜 散りなんのや身に帰るべき この歌の現代語訳は、たとえば、このようなものがあります。“花にあこがれ、さまよい出る心はそれとして留めることができないとしても、山桜が散ったあとには、私の身体に戻って来るものだろうか。”これは、使われている単語は現代の言葉でしょうが、文章は意味不明で、何を言っているのか分かりません。それでも、西行の桜を詠んだ歌というと、この歌はセレクションされることが多いようで、おそらく「あくがるる心はさても山桜」というストレートに心情を吐露したように見える表現の雰囲気が気に入られてしまったのでしょう。
「あくがるる」という言葉は、あるべき場所を意味した古代語「あく」から「離る(かる)」ことを言い、そこから、心が何かに惹かれてその方向にさ迷い出ることや、心が落ち着かずいらいらすることという意味になるそうです。したがって、「あくがるる心」は、心が体から遊離していくことを意味します。「空になる心は春の霞にて世にあらじと思ひ立つかな」の「空になる心」と同じような遊離魂感覚による表現です。
久保田淳の「西行の『うかれ出る心』 について」では、次のように説明されています。
花月への讃歌や旅の歌、更には出家前後の一連の述懐歌の基調を成すものを、もしも「うかれいづる心」乃至「あくがる心」という風に表現できるとすれば、これは方向の上ではこれ (王朝女房文学に代表される、恋歌の基調をなす「物思ひ」という、内へ内へと沈潜し屈折してゆく心理)とは正反対の志向、即ち外へ外へと駆り立てられ浮動する心理ということができる。しかしながら、外へ浮動するといっても、それは身体の外へということであって、自己の喪失を意味するものではない。むしろ、身体から切り離されて自己の心だけが純粋な形で取り出され、曝されるという点では、心理的傾向は身体の苦痛まで伴いかねない恋歌の懐悩の場合よりも一層強められていることに注意すべきである。かれは「うかる」といい、「あくがる」といいながら、うかれ、あくがれて忘我の境に遊んでいるのではない。いな、うかれ、あくがるという状態において最も純粋に自らの心、我と対しているのである。
この「あくがるる心」は、内へ内へと沈潜し屈折してゆく「物思ふ」という心理状態とは正反対の志向を示すものですが、二つは何等矛盾するものではなく、深い「物思ひ」の果てにうかれ出た「心」が、やがては「身」に戻り、それが以前よりも激しい「物思ひ」を「心」に強いるというように、西行の「あくがるる心」は円環的な構造において捉えらるものと考えてもいいものです。
この歌が収められた『山家集』では、この歌の前後には
吉野山梢の花を見し日より 心は身にも添はずなりにき
花見ればそのいわれとはなけれども 心の中ぞ苦しかりける
の2首が並べられています。「吉野山梢の花を…」の歌では「梢の花」は「梢」と「来ずえ」を掛けた表現で、来ずという遠さを含んでいて、詠者の住んでいる都からはるばると吉野山まで花を訪ねてやってきた意味を含んでいます。何日もの旅を経て遠くの尾根に花らしい白いものを見いだしたその一瞬に、「心は身にも添はずなりにき」という心が身体から離れて、私は私でなくなる。また、「花見れば…」の歌では、「そのいわれとはなけれども 心の中ぞ苦しかりける」では、忘我の状態の心の中が苦しいとしています。花が心を苦しめているのではなく、私自身が私を苦しめている。それは心と身体と私が分裂しているからこそ言えることでしょう。
この2首に前後を挟まれて位置しているこの「あくがるる…」の歌は、山桜に憧れるあまりに、心を奪われ忘我の状態となります。「さても山桜」に「さても止まず」を掛けて、そのように花に心奪われること自体は、自分の性情だからやむをえない、とあきらめてしまっています。それでもせめて花が散ったら、身体から離れて浮遊する心が「(我が」身」に帰ってくるのかと自問自答するのです。
なお、花が散った後で心が身に帰ることについて、西行は次のような歌も詠んでいます。
散るを見て帰る心や桜花 昔にかはるしるしなるらん
「散るを見て帰る心」は、花が取り終わる見届けために、花への心残りは静まってくることを表現しています。
あるいはまた、次のような歌もうたっています。
散る花を惜しむ心や留まりてまた来む春の種となるべき
花を惜しむ心が花の散った木の下にそのまま留まると表現しています。
なお、山折哲雄によれば、このような遊離魂感覚は、日本人に精神の根底に流れるものだとして、近代短歌の石川啄木の短歌にも見られると指摘します。
不来方のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五の心
啄木が盛岡中学でストライキをおこし、退学するころの作で、少年の青臭い倨傲の自我が、真青にひろがる空のかなたに吸いこまれて、一瞬希薄になっている。この「空に吸はれし 十五の心」が、自分のからだから遊離していく心、あるいは遊離していく心の残像であった。
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