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2021年5月31日 (月)

テート美術館所蔵コンスタブル展(5)~4章 ブライトンとソールズベリー

 1824年に妻の療養のために一家はブライトンに移り住み、そして、1828年に妻がなくなるとソールズベリーを拠点として制作に励んだそうです。これらの町の風景画が多数制作されたそうです。
Costablewind  「ブライトン近郊の風車」という1824年の作品です。20×25㎝という小さな作品です。小高い丘を見上げるような視線で、その丘に視界を遮られて風車の羽の一部だけが見えています。その先には雲が湧く空が広がっています。一方画面下部の丘には背の低い草が茂っていて、それらの草が上に伸びようとする縦の線の集まりとなっていて、その線の方向に促されるように見る者の視線は画面上部に導かれるようになっています。また、画面左下の切通のような道は上り坂で、これも視線を上部に誘導します。その先には、黒でアクセントがつけられた風車の羽があり、そこにいったん視線が集まると、その向こうに空が広がり雲が動いている。つまり、小道具を巧みに配して、雲に視線を導いているといCostablemone う構成になっています。そして、雲をたっぷりと描いています。ただ、個人的に、この作品を見ていて、コンスタブルとは全く関係がないのですが、クロード・モネの「散歩・日傘をさす女性」を想いました。強いて言えばこの仰角の感じだけが共通しているのですが、モネの作品は同じように視線を上の方に導かれるのですが、そこに風が吹いていて、その風に吹かれるようにフワフワと視線も浮いていく、という動きがあるのですが、コンスタブルの場合は、丘の草は風に吹かれるような描写は多少はあるのですが(下草が立っているように見えます)、そういう風を見る者に感じさせることはない。この画面を見ていて、そういうところが欲しいと思わせるところがありました。でも、強引に並べ、モネの画面は陽光がさんさんと降り注ぎ明るいので印象が全く違いますが、画面下の草の描き方の大雑把さという粗さというか、そういうところは意外と似ているところもあると思います。
Costablesee  「ブライトン近くの海」という1826年の作品で、これも小さいサイズですが、鈍い色の空の下の海の様子を描いた作品で、雲と海だけで他にアクセントになるようなものが何もないので、モノトーンにもなってしまうような作品で、雲と波の描写だけで勝負しています。同時期のターナーにも、これと似た構成の波と空の描写だけで勝負している作品があったと思います。ただ、ターナーの作品は激しさというか、もっと荒れた海で、コンスタブルの作品のような静けさはありません。もっというと、空と海という不定形なものが、不定形そのものとなって、画面から海の形、例えば波の形が失われて、画面全体が靄のようになっていってしまう。抽象画一歩手前です。これに対して、コンスタブルは、雲と海の外観は保っています。だTurner2018ostend からといって、コンスタブルの作品が穏やかかというとそうでもない。それは暗い色調や全体の雰囲気から、いつ荒れても不思議ではないような不吉さが漂っています。それは、雰囲気もそうだし、ある種の感情を想起させるような表現ともいえる者になっています。この展覧会では、コンスタブルとターナーをライバルとして対決させるような演出の展示をしているようですが、このような作品で比べてほしかったです。こっちの方が両者の異なる特徴が際立つように思えるのですが。

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