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2021年5月16日 (日)

テート美術館所蔵コンスタブル展(1)

Costablepos  3月下旬 三菱一号館美術館で見てきたテート美術館所蔵コンスタブル展の感想をまとめました。
 コロナ感染の拡大に伴い、一昨年までのような都心への出張もしなくなり、外出もままならず、美術館に行く機会がなくなってしまった。美術館を訪れたのは、ほぼ1年ぶりとなった。他にも行きたい美術展はあったのだが、日時指定の前売り入場券を買わなくてはならないということになっていて、予定がはっきりしないので、それは断念しました。それで、次善ということで、コンスタブル展に行くことにしました。この展覧会も日時指定の前売り券を買った人が優先的に入場できるらしいのですが、予約状況をネットで見たら空いてそうなので、飛び込みでも大丈夫だろうと思いました。コロナ対策で混雑を避けるため入場人数を制限しているためでしょうが、実際に行ってみたら、展覧会が始まったばかりの時期ということもあって、それほど混雑してはいませんでした。一つの作品の展示に常時1人がいる程度の混み具合で、お喋りは控えるように事前注意の掲示もあり、静かに作品を見ることができました。ただ、コンスタブルの作品は、比較的小さなサイズのものが多かったので、作品の前に立つと、他の人の鑑賞の邪魔をしてしまうのではないかと気を遣いがちで、なかなか落ち着いて心ゆくまで作品に対峙するとまでは行きませんでした。久し振りの展覧会で、こちらもブランクが空いたこともあり、リラックスまではいきませんでした。
 まず、コンスタブルという画家の照会も兼ねて主宰者のあいさつを引用します。“19世紀イギリスの画家ジョン・コンスタブル(1776~1837年)は、一歳年長のJ.M.W.ターナーとともに自国の風景画を刷新し、その評価を引き上げたことで知られます。ターナーが絶えず各地を旅して、国内外の景観を膨大な数の素描に収めたのとは対照的に、コンスタブルは、ひたすら自身の生活や家庭環境と密接に結びつく場所を描きました。故郷サフォーク州の田園風景をはじめとして、家族や友人と過ごしたソールズベリー、ハムステッド、ブライトンなどの光景を写した生気あふれる作品の数々は、この画家が何を慈しみ、大切に育んだのかを雄弁に物語ってやみません。日本では35年ぶりとなる本回顧展では、世界有数の良質なコンスタブルの作品群を収蔵するテート美術館から、ロイヤル・アカデミー展で発表された大型の風景画や再評価の進む肖像画などの油彩画、水彩画、素描およそ40点にくわえて、同時代の画家の作品約20点をご紹介します。国内で所蔵される秀作を含む全85点を通じて、ひたむきな探求の末にコンスタブルが豊かに実らせた瑞々しい風景画の世界を展覧します。”このあいさつ文では、コンスタブルは、サフォーク州というロンドンの東方の田舎の風景を描いて、日本人が“ふるさと”という共通イメージを仮構しているのと同じようにイングランド人の共有しているかのような故郷のイメージを具体化したような風景を作品に描き、当時の人々にそういうイメージを創った人というようなことを、私は言外に深読みしました。実際、コンスタブルのとくに初期の風景画は、当時の同時代の凡庸な風景画との違いが分からないような作品で、あいさつ文で述べられているような称揚すべき作品とは、とても思えないものと、私には見えました。ハッキリ言って日曜画家の上手い人程度の作品にしか見えませんでした。展示されている作品を見て回って、同時代の画家たちと何が違うのか、考え悩みました。詳しくは、これから具体的に作品を見ていきながら、述べていきたいと思います。

 

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